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『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第4棚

第4棚「定年後のデイサービス」


「決まりましたね……」
マンガ雑誌の紐がけをしながら、ツン先輩に話しかけると、彼女は紐がけの手を止めて顔を上げた。
「……あ、決まりましたね」
ツン先輩は無口だ。20歳なのにキャピキャピとかルンルンとか華やかさとは縁遠く、表情も乏しく、どちらかというと地味なタイプだ。怒っているのではないかと心配になるが、話してみると別に他人に興味が無いだけで、感情を表に出す人ではないことがわかる。地元民で、今でも家族と同居(結構、大家族らしい)。高校卒業後にブックスあだち無双店にアルバイト入社したらしい。今思えば、マンガ『メタモルフォーゼの縁側』の主人公・佐山うららから「BL好き」を抜いて、眼鏡をかけたのがツン先輩であった。一見、「怒っているのではないか」と顔色を見ていたら、何かのきっかけで一瞬笑顔になる。
(ツンデレかよ……笑顔かわいいじゃん)
この笑顔にやられて、彼女のことは心の中で「ツン先輩」と呼ぶことにした。
「何が決まったの?」
嵐リーダーに聞かれて、ふと手を止めた。
「『本屋大賞』ですよ」
「ああ、『本屋大賞』か……うちの店には関係ないね。配本されてきたら並べて売るだけだし」
「『全国の書店員が選ぶ』ってうたい文句ですけど、過去に選んだことあります?」
「1回もないよ。うちの店どころかブックスあだち自体が声かけられてないと思う」
「どこの『全国』なんでしょね?」
「足立区って日本じゃ、ないんじゃね?」
ツン先輩が紐がけの手を止めずに「クスッ」と笑った。
その時、レジカウンターのそばにある、問い合わせカウンターのパイプ椅子にドカッと座る音がした。
「アレ、持ってこい!」
このじじい、もとい、この年配のお客様は毎日来る常連だ。決して酔っ払いではない。
毎日、暇つぶしにやって来て、無理難題、言いたいこと言って、長時間居座る。ハッキリ言って仕事の邪魔だが相手をしないと怒る。そして、「買う」ことも時にはあるので無下にはできない。
足立区に限らず、高齢化社会になって、毎日暇を持て余しているお年寄りは増えた。団塊の世代が定年退職を迎えてから以降は、悠々自適な生活を送るお年寄りがブックスあだち無双店にも毎日やって来る。それは悪いことではないと思っている。
しかし、高齢男性はクセの強い客が多いので要注意だった。
全体的に見て、高齢女性はまだ生活や趣味での楽しみ方を知っている人が多い。コミュニケーション能力もある。ところが、男性は長年、「仕事人間」だった人が多い。そのうえ、「日本の高度成長期をバリバリ働いてきた」プライドもある。
だが、定年退職を迎え、生き甲斐や毎日通う居場所を奪われると大多数が「何をして良いのかわからない」。おまけに、住んでいる地域のコミュニティ活動をしてこなかったものだから地元の友達もいない。そして、家にいても居場所がない。
すると、たいがいは書店に向かう。それも毎日。客である自分の話を聞いてくれる書店員のもとへ通うのだ。
高齢者でも職人さんはまだまだモノを作っているので毎日書店に来ることはない。引退しても地元とのつながりがまだあるのだ。
しかし、この場合の高齢者(団塊の世代)は大卒で会社員だった人が多く、定年退職時にはある程度の役職に就いていた人なのだ。
つまり、プライドが高く、定年後も「偉い人」が全然抜けないけど、まわりに相手にされないので、書店員相手に威張りくさって、無理難題言って、偉そうに指示して、寂しさを紛らわしている迷惑な老人が毎日、ブックスあだち無双店にやって来るというわけだ。
「おい! アレ持ってこい!」
「お客様、アレとは何でしょう?」
「アレはあれだ! あの本持ってこい!」
「あの……本のタイトルを言ってもらわないと探しようがないんですが……」
「わからんのか! おまえら、それでも本屋か? アレって言ったらすぐにわかるだろうが!」
(わかるかよっ!)
そう、私らは超能力者ではなく、書店員なのです。オシャレな本屋にいるコンシェルジュだって、欲しい本のキーワードをもらわないとオススメできないはず。
「お客様、どういう本をお探しか、ヒントをいただけますか?」
ここから、お問い合わせカウンターの脇にあるパソコンでインターネット検索開始だ。「いつ頃」「どこで知ったか」「ジャンルは」「どんな内容か」「(文芸本だったら)映画化やドラマ化されているか」「どんな著者か」イメージだけでも聞き出し、検索する。在庫があるようなら広い書店内を文字通り、駆けずり回り探し出す。
ここの書店員が全員スニーカーを履いているのは、本を探して走り回るためでもある。しかし、店長を入れて6〜7名いる書店員も、人件費の関係上、毎日全員働けるわけもなく、「店長以外、最低でも2人」が基本。昼のシフトは新刊の荷開けやシュリンク作業などがあるので、時間の余裕がある書店員は1人もいない。
慢性的な人手不足状態で、毎日がてんてこ舞いのなか、困った老人(こういう客は3名ほどいた)は常連客の顔をしてやってくる。そして来店するなり、お問い合わせカウンターのパイプ椅子にドッカリと座り込むのだった。
「ほら、アレだ! 新聞の広告で出ていた、あの本だ!」
「書評じゃなくて広告ですね? 何日の何新聞ですか?」
ほんの少しのヒントが出たが、これは糸口に過ぎない。
「そんなのは忘れた。本屋なら調べられるだろう」
(なにか? 私らはあんたの女房か? 「アレ」「それ」「これ」ですべてが通じる長年の連れ合いか? ツーカーの仲なのか?)
どんどん地底から湧いてくるマグマのような怒りを押し殺し、引きつったような笑顔で対応……悲しき書店員である。
こういう老人の対応は何故かYUI先輩が多い。別に得意ではないだろうが、「ニュースも見ないし、時事問題にまったく詳しくなく、ノンポリ具合いが良い感じ」なのだろうか。
ちなみに「YUI先輩」とはシンガーソングライターのYUIに雰囲気が似ているから私が勝手に心の中で呼んでいるだけである。ついでに、聞こえてくる2人の会話に心の中でツッコミを入れる。
「あんた、太平洋戦争知らんだろう」
「はあ……」
(あんただって、「戦争を知らない子供たち」のなれの果てじゃないか)
「最近の若いもんは……」
「はあ……」
(それ、団塊の世代のあんたが一番言われてきた言葉だろう)
「政治がなっとらん」
「はあ……」
私の心の声とは違って、YUI先輩はネット検索しながら、生返事を繰り出すだけだが、それが良いのかも知れない。
ただの世間話だ。喋りたいだけだ。
このじいさんは淋しいだけなのだ。
まだ介護されるほどではない。プライドの高い老人からすると、デイサービスに通うのはまだまだ早いし、屈辱的なことかもしれない。
書店は、ある意味で、行き場のない老人たちのデイサービス。そう考えると書店員は別手当が欲しいものだ。
相手をするのも、本を探すのも別に嫌じゃない。お客様じゃなくても何か聞かれたら普通に答えるし、電車内では席も譲る。
老人は敵じゃない。わかっている、わかっているよ。
だが、一番嫌なのは口調が偉そうで上からものを言う態度。身内にも煙たがるだろう。家族に相手にされないからって、書店員には何を言ってもいいわけではない。
私らはあんたの女房でも、部下でもない。
心の中で(私も老後にこうならないように気をつけなくちゃ)と呟きながら今日も「アレ」を探す。
毎日、無理難題言うし、偉そうだし、散々だけど……でも、時には買ってくれるからまだ全然いい。むちゃくちゃ効率悪いけど。
新聞の広告を切り抜いて持ってくる老人もいる。その場合は、タイトル、著者、出版社名がわかるのでありがたい。走り書きのメモ持参で来る老人もいる。そのうちの一人はおばあさんで、連れ合いに「コレ買ってこい」と言われて、まったくわからないまま書店に来て、書店員と一緒に悩むパターンである。
「買ってこいって言われたんだけど……」
「このメモ……なんて書いてあるかわかりますか?」
「うちの人、字が汚くて……私もわかんないわ……」
(じゃあ、私もわかんないわ……)
ある日、オタク店長に「最近は、本シェルジュっていう人がいるみたいですけど、この店にも……」と言いかけた瞬間、食い気味に「そんな人、雇ったり育てたりする予算ないから!」と言われる始末。店長を見ていると映画『男はつらいよ』で寅さんが板挟みになってるシーンを思い出す。がんばれ、店長!
ブックスあだち無双店に勤めて一六年のベテラン書店員・嵐リーダーがその話を受け取った。
「最近、オシャレな本屋さんが増えたよね。店内にいくつかベンチとか小さいテーブルとか置いてるの見たことある?」
「あります、あります。渋谷区とか世田谷区とかにある本屋さん」
「そう。あれはオシャレな街にある本屋さんだからできるんだよ。うちみたいな足立区の本屋で椅子なんか置いたら、『ただ座りに来るだけ』の年寄りとヤンキーでいっぱいになっちゃう」
「そして、座り読みして、誰も本は買わない、と」
「そう! 下手すりゃ、ただ椅子に座りに来るだけ」
「まぁ、今もそう変わんないですよね」
2人でお問い合わせカウンターのパイプ椅子を見て、ため息をついた。
しかし、これだけ書店が減っているのを見ると、来てくれるだけでもありがたいのかもしれない。
情報は書店で得る。
そんな時代はもうとっくに終わっている。
でもね、街から書店が消えるとその街はとても寂しそうに見える。
本を買うのが目的じゃなくても「アレ」だの「それ」だのワケがわからなくても「毎日出かける場所」に指定してもらえるだけ良かったのかもしれない。
散々、どんな本なのかヒントをもらい、調べた挙げ句、やっとこさ本のタイトルが解明した。ところが、ネット検索の結果、どこにも在庫がなく、本自体がすでに絶版となっていた。
こういうことはとても多い。彼らが朝日新聞の広告で見た情報はとても古いからだ。
こんな時は、もうこれしか解決策はない。
私は親切心から、誰にも聞こえないようにこっそりお年寄りに禁断のアドバイスをする。
パソコンのモニターを老人側に向けながらニヤリ……。
「お客様、アマゾンってご存じですか?」

(第4棚「定年後のデイサービス」了)

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魚住 陽向 = 東京キャスケット舎 星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。