『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第15棚
第15棚「店長の苦悩 〜別れは突然やって来る」
——もっとシフトを増やしてほしい。
ブックスあだち無双店の仕事がわかってきて、おもしろく感じてきた頃のこと。こう思って、オタク店長に言ってしまったことが引き金となってしまう。
突然の別れはこうして訪れた。
ブックスあだち無双店の店長は当時30歳代半ば。
本人は否定していたが、マンガ好きは隠し通せるはずがない。社割(1割引き)で購入する大量のコミックスとラノベが物語っていた。
「大学卒業後はマンガ誌の編集者になりたかった」
出版社には入れなかったが、「本やマンガに関わる仕事がしたかった」のは私も同じ。口には出さなかったが「同志」のような気持ちでいた。
オタク店長も口には出さなかったが、マンガ誌の編集者経験があったり、小説を書いたりしている私がアルバイトの中で一番話しやすかったのではなかろうか。
他のアルバイト、パートはオタク店長がブックスあだち無双店に赴任するずっと以前からこの店で働いてきたベテラン書店員ばかり。全員女性だ。
彼はこの店にいた時期は非常に「蚊帳の外」状態だったのではないか。
一緒に呑みに行ったことはなかったが、もっと話しておけばよかったと後悔した。
オタク店長は独身・一人暮らし。
毎日、片道1時間半かけて電車を3回乗り換えてブックスあだち無双店に通っている。私は毎日の通勤に乗り換えは1回までにしたいと考えており「店長、引っ越せばいいのに〜」と無責任なことをたびたび言っていた。
残業を終え、帰宅したら風呂に入って寝るだけの日々。
店に出勤しても、精神的な居場所がない。
チェーン店の本部からは、売り上げや万引き被害について叩かれるだけ叩かれる。万引き対策を講じる予算もない。人件費も出せないのに叩かれるだけ叩かれる。
人手不足なのにやはり人件費は使えないからギリギリのシフトを組むしかない。
本の品揃え、配本の権限など一切ない。本の陳列は古参のアルバイト書店員がやってくれる。自分の意見が入った感じはまるでない。
キリッとしていないとナメられる。そもそも陽キャじゃないから女性とコミュニケーションを取るのも気をつけなければいけない。
ある日、出勤すると本部の社長からファクシミリ用紙が何枚も送られてきていた。
A4用紙に筆ペンで太く力強く書かれた「根性」「努力」などという文字が見える。今どき、受験生でも貼らないようなお題目が何枚も社長から届いていた。
本当は破り捨てたい気持ちをグッと堪える。
……オタク店長の苦悩が垣間見えた。
私だったら「こんなもんで万引きが減ったり、売り上げが伸びるんかい!」とツッコむところだ。
書店チェーンには、社長が各店を見回る「抜き打ちチェック」がある。社長が来ない時でも覆面調査員が客のフリをして来店する。いつ来るのか、誰が来るのか全くわからない。
社長が接客チェックに訪れた際に、自分が書いた「努力」や「根性」が壁に貼っていなければ叱責されそうだ。
覆面調査員はこっそり来店し、店内を回り、客のフリをして本を購入する。「店内のきれいさ」「的確な接客」「声出し」などなど細かな各項目の点数を付ける。そして、全国で順位を付けてランキング発表されるのだ。
……くだらない。いつの時代のやり方なのか……。
その書店の良さは地元民が一番知っている。それぞれの書店にはいろんな良い特徴がある。なぜ、ランキングにする必要があるのか理解できない。
私はオタク店長が可哀想で仕方がなかった。
(あんなに毎日頑張っているのに、報われない……)
そんなある日、私は要望を口に出してしまった。
「もっと働きたいので、もっと長くシフトに入れてほしい」
私は私で書店員のアルバイト収入のみでは生活できていなかった。
仕事は大変だが、3年ほど経てばずいぶん仕事もおぼえてきて、「ちょっと言ってみてもいいかな」と思ったのが間違いだったのだ。
書店員の時給は日本全国どこに行っても激安だ。全国各地の最低賃金ギリギリで、半年に一度ぐらいは20円ぐらい昇給する。
ブックスあだち無双店のベテラン書店員たちは10年以上働いていたらかなりの時給になっていたと思われる。だから書店側は大学生のアルバイトを雇いたい。何故なら昇給しても4年で辞めてくれるからだ。
だが、ベテラン書店員たちにも言い分はある。
この書店チェーンにはアルバイトから社員になれる制度があり、それを目標に頑張って働き、何度も「社員になりたい」旨を本部に伝えていたにもかかわらず無視されてきたのだ。高校を卒業してから16年ずっとアルバイトだ。
そんな彼女たちに「魚住さんがもっと働きたがっているから働く時間を彼女に分けてくれ」とオタク店長はどうしても言えなかった。
オタク店長は苦渋の決断をしたのだと考える。
「あなたは書店員の仕事の他に、編集者としてのキャリアがあるし、小説も書いている」と。
実情なんて誰もわからない。現に編集者のキャリアなんて何のつぶしもきかないし、未だに私は貧乏である。
「他のアルバイトさんは他の仕事や業界を全く知らない。魚住さんは書店員じゃなくても生きていけそうだ。もっと稼げる仕事に転職してもらった方が良い」
そう決断したオタク店長は私にリストラを言い渡した。
「もっと働きたい」などと言わなかったら、辞めずに済んだかもしれない。未だに書店員をしていたかもしれない。でも、言ってしまったのだ。
……しょうがない。
私は編集者以外に様々な仕事をしてきた。
洋食店の厨房で半日ずっと鍋を洗い続ける仕事、パチンコはしたことがないけれどパチンコ屋の店員、チラシのポスティング、ケーキ工場、スーパーマーケット、居酒屋、文房具屋、雑貨屋、区画整理の調査員、飲料工場、印刷工場で謎の事務作業などなど……。蟹工船には乗ったことがないけれど、しっかり「労働者」をやってきたと思う。
その中でも書店員が一番おもしろかった。
それは多分、私が本やマンガを愛しているからだ。
本の流通の裏側や闇の部分も見えてしまった。
それから、足立区は困った客が本当に多い。小学生・中学生の段階から図書教育をしたいと本気で思ったほど、読書レベルが低い。まぁ、それも愛すべきところでもあるのだが……。
やはり「作っている」人間からすると「売る」現場も知りたいのだ。
いや、知らなければいけない!
だから、「編集者は必ず一度は書店員をしてみるべき」だと考えている。
出版社は大手・中小にかかわらず、出版社に入社した新入社員は全員、研修として書店員を3ヵ月はするべきだ。
客がどんな本を求めているか、どんな企画がウケるか、ヒントは書店に落ちている。
なんて、偉そうに提案して叫んでみたところで、リストラされた書店員にすぎない。
もう、このブックスあだち無双店で働くことはない。
編集者にだって、そう簡単には戻れない。
でも、本当に楽しかった。
元ヤンやお年寄りとの数々の思い出が浮かんでは消える。
思い出といってもほとんど闘ってばかりだったが……。
(あんなに頑張ったつもりだったけど、終わり方はなんてあっさりしているんだろう)
ブックスあだち無双店の入った駅ビルを出て、駅前広場から振り返った。
夕焼けがきれいだ。
——ふと、現実には居もしない怪物に立ち向かったドン・キホーテの物語が頭をよぎった。
(第15棚「店長の苦悩 〜別れは突然やって来る」了)
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星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。