『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第14棚
第14棚「異常者・くじ男」
——私は空気が読めない。
引っ込み思案で無口で空想ばかりしていた幼い頃はいじめられっ子で、友達は本だけ。しかし、「このままではダメだ」と節目節目で頑張って自分改革を行ってきた。頑張って喋りかける。友達をつくる。聞いてもらえるような楽しい話し方を工夫する。
だが、それはすべて付け焼き刃。根っこにある性格はそうそう変わらない。
気がつくと、不安定な明るさとバランスの悪いお喋り、そして元々の自信のなさが変な歪みを作り出す。
そして、読めていたと思っていた空気もさほどは読めておらず、歪みはねじれになっていく。ついには年々子どもの頃の元の自分に還っていく気がした。
接客業などよくやれたなと思う。
客側としては、日常で一番接する接客業はコンビニの店員だ。
おかしな客が来る確率も書店に比べたら格段に上がりそうである。
万引きやコンビニ強盗などのリスクも高い。
それにちょっと見ているだけでかなりのスキルが必要だ。なにせ、やることが多すぎる。時間によって商品を入れ替えたり、レジでの作業だけじゃない。宅配便、切手やハガキの扱い、クレジットカードやポイントカードの処理、レジ回りのお総菜販売、定期的にあるキャンペーン……などなど、枚挙に暇がない。
——私には絶対に憶えられない。
書店は本や雑誌を求めてくる客相手で、客の目的もある程度ハッキリしている。なかには待ち合わせや涼みに来る人もいるが問題はなし。
しかし、コンビニは客層が「日用品を求める老若男女すべて」であるから、どんな人がやって来ても対応できるようにしなければならない。外国人のアルバイト店員はよくやれていると思う。国がどこであろうと、いくつであろうと、コンビニで接客業をやれている人はちょっと尊敬してしまう。
しかし、書店にも実はリスクは潜んでいる。
「書店員のリスクといえば重い荷物を持って、腰をやられる、とか?」
「紙で指をスパッと切る、じゃない?」
冗談交じりでマンガ家の友人たちが答える。
「わかった! 一番くじで客が大行列の日!」
「ああ、近い! 近いけど、一番くじじゃない!」
一番くじとは、コンビニや書店や特定のアミューズメント施設で販売され、キャラクターグッズが当たるくじ引きのこと。ハズレなしだが、人気のキャラクターグッズ目当ての客が発売日に行列をつくる。
だが、くじはくじでも一番くじではない。本当のリスクは別のくじだ。
毎月下旬、駅ビルのキャンペーンの日に行われる駅ビル「スクラッチくじ」。これを目当てに鬼のような形相で訪れる異常な男。
今回は、この「異常者・くじ男」とやり合った時の話である。
私がブックスあだち無双店に入った時には、異様な男はすでに常連客であった。40歳代なのか、はたまた50歳代なのか、年齢が読めない。ずんぐり体型ではあるが、そんなことよりもじっとりとした暗い雰囲気をまとっている。ほとんど喋らないが、接客する時のひと言二言でさえ会話があまり成立していない。
彼は毎月必ず25日にブックスあだち無双店にやって来る。
目的は、駅ビルの月末キャンペーン「スクラッチくじ」だ。
500円以上お買い上げごとにお客様に名刺大のスクラッチくじを一枚引いてもらう。お買い上げ1000円なら2枚、1500円以上なら「3枚お引きください」と、くじの入った箱を出しながらお客様に告げる。でも、2000円以上買っても「4枚」とはならない。3枚が上限だ。
スクラッチはその場で削ってもいいし、家に持ち帰って削ることも可能。その場で削りたい場合は会計終了後、削るために別カウンターへ誘導する。
削って出てくるのは100円券、300円券500円券の3種類だ。
その場で削って、たとえ当たっても使用できるのは「次回のお買い物から」なのだ。
この「スクラッチくじ」目当てと世の中の給料日が重なり、とんでもなく忙しい日となるのが毎月25日なのである。
このかき入れ時を逃がすわけにはいかない。
この日は書店員総出の日で誰も休めない。とにかく大行列をこなさなければならないのだ。
通常稼働の「1レジ」以外に「2レジ」を開け、ワンオペが得意なツン先輩が担当する。1レジは通常は二人態勢だが、この日は三人体制。一人目はレジスターで会計担当、二人目はカバーや袋担当。そして、もう一人はすでにその次のお客様の本を受け取り、二人目とチェンジ。二人目と三人目はチェンジし続ける。その間にスクラッチくじを引くように促す。
——目が回る。
目が回る忙しさとはこのこと。文字通りである。
「くじ男」はそんな混乱に乗じて、毎月必ず来店する。そもそも雑誌の定期購読をしており、その雑誌を受け取りに来る常連ではある。購入日を25日に設定しているようだ。そこまでは何の問題もない。
だが、彼の行動は常軌を逸しており、書店員として見て見ぬフリをしたいほど異常だった。
彼の、毎回の「手口」はこうだ。
自分の順番が来たら、その日に買いたくなった(らしい)本をレジに出す。我々、書店員はその本を会計し、「○○円です。くじを○枚お引きください」とスクラッチくじが入った箱を出す(ポイントカードの処理もするがここでは省略)。
すると、「くじ男」は、定期購読本を受け取りたいことをここで口にする。事前にくじ男を見かけて、定期購読本を用意しておくと「今は受け取らない」と言い出すこともあるので何かを企てていることは間違いない。
定期購読本や注文を受けた本はレジの壁側の書棚に並べられている。
つまり、定期購読本を取り出す時、書店員は必ずお客様に背中を向けることになる。
彼はこのチャンスを作るのである。
「くじ男」は我々が背を向けた隙にスクラッチくじが入った箱にぐいっと手を突っ込み、くじをゴッソリとわしづかみにして取り出し、くじの束をレジカウンターに積み、一枚一枚凝視し始めるのである。毎月。毎回だ。
嵐リーダーが今まで「お客様!1枚だけお引きください」と注意しても聞く耳を持たない。平然と持てるだけつかみ取り、くじを出して、一枚一枚凝視。
ある時など、レジカウンターの上にくじの入った箱を置いておくと会計も済んでいないのに勝手に手を突っ込むようになった。注意すると「自分の買う本は○○円だから○○枚引いてもいいはずだ」と主張する。我々は箱をお客様から見えない位置に隠すようにした。必要な時だけ取り出し、くじ引きを促す。
ある時、嵐リーダーとコミックス棚担当のメガネ先輩に「あれは何をしているんですかね?」と聞いたことがある。
「わかんない。スクラッチくじには通し番号が付いているから規則性とか見てるのかな? そんなのないと思うけど」
「スクラッチ部分は削らないと見えないよね。うっすらとか見えるんだろうか?」
「まさかぁ!」
我々は、彼の異常性しかわからなかった。
泥棒ではない。暴力でもない。
やみくもにスクラッチを何枚も削るのなら破損させたことになるが、そうではない。
これは犯罪なのか、どこに訴えればいいのか、我々は全くわからなかった。
ただただ異常な行動。理解不能だ。他のお客様は当然、気持ち悪いから絶対に見て見ぬフリである。
彼が来店するとオタク店長の出番だ。
「危険人物がいたら自分で処理しようとしないで、僕を呼ぶように」
呼ぶ前に異様な雰囲気を感じ取り、バックヤードから出てきてくれることもしばしば。オタク店長はガタイがいい。ぽっちゃりはしているが身長185センチはある。デカいオタク……最強じゃないか!
しかし、その日はバックヤードで月末発売の雑誌にヒモがけ中で忙しかったらしく、くじ男が来店した気配をオタ店長は感じることができなかった。
1レジは、お会計を嵐リーダー、二人目と三人目をメガネ先輩と私が入れ替わり立ち替わり動き回っていた。
そして、今月も「くじ男」がブックスあだち無双店にやって来たのである。
彼は自分の順番が来ると本をレジに置く。その会計をし、「くじを3枚お引きください」と嵐リーダーが告げると、急に定期購読本があることを言い出し、メガネ先輩が背を向けた途端……!
刹那!
箱にガバッと手を突っ込み、デカい手で目一杯くじをわしづかみ。箱から手を出した時には、その手には100枚以上のスクラッチくじが握られていた。
それを見た瞬間、「これは絶対に許してはいかん!」と思った私は「くじ男」にわしづかみされたくじの束をとっさに両手で掴んだ。
「お客様、お止めください!」
すると、くじ男も両手でくじの束を奪い取ろうとする。
私も両手でそれを阻止しようと引っ張る。もう綱引きである。
「離せ!」
「お客様こそ離してください。お客様は引けるのは3枚だけです!」
「どれを引こうと自由だ! おれは客だ! 客がくじを選んで何が悪い!」
何を言ってるんだ、コイツは。どんな論理だ。
その間も、ずっとくじの束の引っ張り合いが続いた。男のチカラはかなり強い。持っていかれないように渾身の力で踏ん張る。もう私は半ば叫んでいた。
目に端に、驚いたような怯えたような目をした他のお客様が見える。唖然呆然である。
「離せ! くじを客に選ばせろ! どこが悪いんだ! おれは悪くない!」
「あなたこそ離しなさい! くじは何が出てくるかわからないから、くじなんです。選べたらそれはくじではありませんよ!」
そこに、やっとオタク店長が駆けつけた。
体格のいい男性店長を見て、おとなしくなったところを見ると、女性店員だけの時間帯を狙っていたようだ。やはり計画的犯行である。
異常なくじ男は店長にやんわりと注意されて、すごすごと帰って行った。
その間、嵐リーダーとメガネ先輩は平然とレジ前にできた行列をさばいていた。スクラッチくじの箱はもう一つあったのだ。
さすがはプロの書店員である。
私といえば、くじ男が去った後は手の震えがなかなかおさまらなかったのである。本当に怖かった。「じゃあ、やらなきゃいい」のだが、私の正義感からくる沸点は異常に低いようだ。
嵐リーダーが慰めてくれたのが唯一の救いだった。
当然、いつものようにオタク店長からは「危険なことはしないように」と注意を受ける。
そのおよそ30分後と1時間後にブックスあだち無双店に数回の無言電話があった。
この日の帰り道は、本当に怖かった。もし、待ち伏せされ、仕返しでもされたら……と考えると、ますます震えが止まらない。
今でもあれは何だったのかと思い出すことがある。
あれから、異常なくじ男がブックスあだち無双店に来ることはなくなった。定期購読している雑誌も受け取りに来ない。
注文された本や定期購読している雑誌は店に届くと電話で連絡するが、それでも受け取りに来ないと本や雑誌はずっと宙に浮いたような状態になる。返本するわけにもいかない。そもそも返本すると取り次ぎ先に何%か支払わなければならないので赤字になる。積もり積もって書店にとっては大損害だ。
くじ男が定期購読雑誌を放置するようになって半年が経った。
嵐リーダーが何度目かの電話をし、受け取りに来るように催促した。
すると、今にも倒れそうな細身のおばあさんが受け取りに来たらしいのだ。
どうやら、くじ男の年老いた母親らしいが、「本を受け取りに来られない。息子は遠いところに行っている」と言い残して、代金を払い、定期購読を停止していった。
「あの人、他のところで別の犯罪で捕まったみたい。定期購読本を取りに来られないワケだよね」
そんな息子よりも、一人残されたあの年老いた母親はどうなったのだろう。
私は今も思う。
くじは選べない。それが「くじ引き」だ。何が出るかわからないから面白いのである。
そして、本や雑誌が読者を選べないように、接客業もまた、客を選べないのだと。だからこそ分け隔てなく平等に、きれいに丁寧に本や雑誌を売りたい。
誰の手に渡るかわからない本や雑誌を丁寧に作ってきたからこそ、最後まで丁寧に見送りたいのだ。
誰かの役立つ情報のために。誰かの癒やしのために。誰かの情熱のために。誰かの勇気のために。誰かの喜怒哀楽のために。誰かの人生のために。
——誰かのために本はあるのだから。
(第14棚「異常者・くじ男」了)
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星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。