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『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第10棚

第10棚「足立区にモンスター現る!」


——もし、マンガがなかったら、今、自分はここにはいないだろうなぁ。
ぼんやりと考えることがある。
『キャプテン翼』の「ボールはともだち」ではないが「マンガはともだち」だ。そして、マンガは先生でもある。
幼い頃、身体が弱かった私は3日にあげず熱を出し、母に背負われ医者へ連れて行かれていた。その帰りに本屋に寄って、絵本を買ってもらった。買ってもらう本は、絵本からマンガになった。「小学一年生」などの学年雑誌。『バレリーナの星』『かあさん星』など谷ゆき子のマンガは今でもよく憶えている。学年雑誌からマンガ雑誌へ。マンガ熱は年々増していく。
「小学校を卒業したらマンガも卒業しなきゃね」
(え? マンガって卒業するものなの?)
昭和40年代に出現していた「教育ママ」ではないものの、マンガに没頭する娘が心配になったのか、母は不安げに微笑んだ。
(だいたい、本やマンガを最初に与えてくれたのはお母さんでしょうに)
「お母さんね、小さい頃は貧乏だったから本なんか買ってもらえなかった。だから、あんたには欲しい本を買ってあげたい」
なんて、言ってたのに……。
(ここまで来て、手のひら返さんといて)
マンガは昔から大人に敵視されている。「マンガは子どもの読む物」として虐げられてきた。「教育によくない」「文部省推薦図書だけ読んでいればいい」などと迫害されてきた。マンガ本を捨てるポストまで自治体が用意していた。
幼い頃は本やマンガは父に隠れてこっそりと読んでいた。父は昭和一桁生まれで、明治男に教育された最後の世代だ。
「女に学問は必要ない!」
本を読んでいるところを見つかると怒鳴られた。
マンガの場合は見つかるともっと怖ろしい目に遭う。
「こんなもん読んどると過激派になる!」
(何で殴られるんだろう? カゲキハって何だろう?)
殴られるのはマンガを読んでいた時に限らない。
父が亡くなった現在も「地雷がどこにあったか」はよくわかっていないが、人見知りで引っ込み思案の幼い女の子を毎日怒鳴ったり、殴ったりすると、その子はとんでもなく変な人間に育つし、おかしな人生を送ること間違いなしだ。
オトナになってからふと思い出す。
(父さん……浅間山荘事件のニュース見て、影響受けすぎだよ)
どこか深刻になれずに、いつも思い出すとつい笑ってしまう。
だいたい「詰め込み教育」「教育ママ」とは無縁だった我が家。金はあっても子どもの教育に金は遣いたくない。そういう理由で大学進学の夢をはじめから持たない子どもも……ここにいる。
だから、教育熱心な「教育ママゴン」たちが今でもめずらしい生き物のように感じられて仕方がない。
そして、「モンスターペアレント」と呼ばれる「いちゃもんをつけてくる」「口うるさい」親たちが話題になった時には、新たな怪物の出現に胸がざわざわしてきた。
——「モンスターペアレント」と「教育ママ」はどう違うのか?
「教育ママ」は、とにかく「勉強しろ!」とうるさい母親。ゲームやマンガはもっての外。挙げ句の果てに「あの子と遊んじゃいけません!」などと言ってくる。学校に対して言うこともあるが子どもに対してガミガミ言うことの方が多い。いわば、「成績重視型」。
対して、「モンスターペアレント」は学校・先生・世間に対して何でもいちゃもんをつける父親か母親(祖父母の場合もある)。
それでは、これからお話しするお客様はどちらでしょうか?

ブックスあだち無双店のレジカウンターは、店内の端っこに位置している。駅ビルの階段を上がって4階に行き着くとすぐの入口付近にある。レジカウンターからは店内すべてが見渡せる。
その日の作業も早めに済んで、客もまばらな午後3時すぎ。レジカウンターには、人見知りで機嫌が悪そうに見えるけど、笑うととても可愛い19歳のツン先輩と二人。店長は休憩中だった。
「レジ袋を補充します」
と、レジカウンターを出ようとしたところ、正面から40歳代ぐらいの女性がすごい剣幕で近づいてきた。
「あ、いらっしゃいませ」
「ちょっと! これ、見なさいよ!」
やたらと憤慨しているその女性は、黒縁のメガネをかけ、暗い色のスーツ。高音のキーキーした声でヒステリックに怒鳴る。彼女の背後で恥ずかしそうに小さくなっている男子中学生は学生服のボタンをしきりにいじっている。逃げ出したくても逃げ出せない雰囲気。私は一瞬で彼に同情した。
——これは! 絵に描いたような教育ママ!
教育ママゴンが牙をむいた。
「こんなマンガを置くなんて! 子どもが間違って買ったらどうするの!」
「は?」
彼女がレジカウンターにバンッと置いたコミックス……それは『暗殺教室』であった。
『暗殺教室』は「週刊少年ジャンプ」の人気マンガ。コミックスの2巻が出て数ヶ月後のこと(2011年当時)だったが、かなり話題になっていた。ちなみに、アニメ化されるのも実写映画化されるのも、この数年後のこと。
「この子がね、こんな有害図書を買いたいって言うのよ! 子どもたちが見つけやすい場所に置かないでほしいわ! 悪い影響でも受けたらどうしてくれるの!」
「お客様……『暗殺教室』は学園コメディマンガです。有害図書ではありません」
「危険なマンガじゃないの! 誰が読むのよ、こんなの」
「とても面白くて人気のあるマンガなんですよ」
「だって、『暗殺』って題名じゃない。教室で人殺しをするマンガでしょう? それとも人殺しを教えるの?」
すると、いつも静かでほとんど口を開かないツン先輩がうつむき加減で冷たくつぶやいた。
「殺すのは『人』じゃないですよ。それに殺せないです、速すぎて」
「……速すぎて」のあたりで、マンガの内容を思い出したのか、にやりとするツン先輩。
「は? 何なの、それ。有害図書じゃないの? この子に与えても大丈夫なの?」
(そもそも有害図書って何なんだよ)
だんだん呆れてきて、この場から立ち去りたくなってくる。
「全然、危険な内容じゃありません」
眉間のしわが険しい教育ママの背後に恥ずかしそうにおさまっている息子くんに直接話しかけてみた。
「ねぇ、学校で人気あるよね、このマンガ」
すると、息子くんは無言でこくっとうなずいた。
「君が、読みたいんだよね?」
再び、息子くんがうなずいたのだ。
気まずい雰囲気と重い沈黙……。
教育ママは普段から相当厳しいのだろう。生活の中でいろんな制限を受けているのだろうと想像できて、息子くんに三度同情した。
すると、少しだけ落ち着いてきた教育ママが急に意見を方向転換させてきたのだ。
「わかりました! そういうことなら息子に読ませる前に、まずは私が読みます!」
その途端、私もツン先輩も、息子くんまでもが揃って大声を上げた。
「えええーーーっ?」
「私が読んで、危険じゃないと判断したら、そのあとに息子に読ませます!」
私もツン先輩も、きっと息子くんも心の中でこう叫んだに違いない。
(めんどくせーーーっ!)
『暗殺教室』のコミックスを購入して、教育ママゴンはうなだれる息子くんを引き連れて、帰って行った。一見、正論のように聞こえるが。全然納得できない。
マンガって親の許可を得て読まなければいけないのか?
子どもは、文部省推薦図書(現在は、文科省)しか読んではいけないのか?
マンガはよくないものと大人たちは昔から言う。
そんな中で、こっそり読むマンガのおもしろいこと、おもしろいこと!
親や学校の先生が教えてくれないことをマンガから学んだ。難しくて読めない漢字やわからない言葉は自然に辞書を引いた。今なら、調べる手段はいくらでもある。
マンガや小説は、自分で見つけて、自分の意思で読むものだ。怒られたら「こっそり」読むところから感性は磨かれる。
ママゴンに引きずられるようにして帰って行く息子くんに向かって、心の中でエールを送った。
(自分が読む本もマンガも好きな音楽も進路も自分で選べ! 親に反対されてナンボやで! 反対されても説得できたら、なお良しや!)
何故かエセ大阪弁になってしまった……。
果たして、教育ママゴンは『暗殺教室』を読んでどんな判断を下したのか。気になるが知るすべはない。
(息子くんよ! どちらの判断になろうとも、こっそり読め! 読みたい時に読め! おもしろいかおもしろくないかは自分で決めた方が良い。健闘を祈る!)
ふと、書店レジ袋を補充している手を止めて、思った。
——あのママゴン、実は自分が読みたかっただけなのではないか、と。

(第10棚「足立区にモンスター現る!」了)

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魚住 陽向 = 東京キャスケット舎 星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。