見出し画像

『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第5棚

第5棚 「足立区の天使と魔法の小箱」


常々、疑問に思っていることがある。
——元ヤン・ファミリーはどうして、一家全員がひと塊(かたまり)で移動するのだろう。
書店員になってからは毎日のように目にするようになった元ヤン・ファミリーの塊移動……。なんか目につく。
一家総出で遊びに行ったり、みんなで買い物に行くことは別にいい。私がとやかく言うことではない。元ヤンであるお父さん、お母さん。小学生の子どもが3〜4人。おじいちゃん、おばあちゃんまで一族郎党総勢8人ほどで出かけることも別段悪いことではない。お出かけの帰りに書店に立ち寄るのも変わったことではないと思う。むしろ、ありがたい。
しかし、だ! 書店内を8人がひと塊になって移動するのが不思議でしょうがない。特定の家族だけじゃない。どの元ヤン・ファミリーもそうだ。
——少しでも離れたら寂しくて死んじゃうのかな?
料理雑誌のコーナーも、絵本の棚も、クルマ雑誌のコーナーも、コミックスの棚へも、全員でかたまって移動して、全員でそのコーナーの本を見る。
親世代・子ども世代で趣味も違うし、それぞれの好みというものがある……のが普通の感覚だと思う。
私だったら別々に行動して、自分の読みたい本やマンガを自由に探したい。親におねだりしたかったら、後で頼めばいいだけのことだろう。
元ヤン・ファミリーは書店内をずっと一緒にぞろぞろぞろぞろと移動して、本を選んだら8人全員でレジに並ぶ。どんなに混んでいても、レジに行列ができていても8人全員で並ぶ。
(あーっ! 鬱陶しい!)
思ったことはすぐに顔に出るが、私もそこはオトナである。心の叫びに留めておく。
(いつも払うのはお母さんだ。それなら、お金を払うお母さんが1人だけレジに並んで、他の家族は出口の方で待ってりゃええやろ!)
この光景は書店以外だと、コンビニやスーパーマーケットでもよく目にする。
(なんで、どの元ヤン・ファミリーも全員が塊で動いて、全員がレジに並ぶんじゃ! それも毎回!)
そして、コミックスにカバーをかけていると、レジカウンターから全員乗り出して「カバーかけ」を凝視する。
(なんで全員でのぞき込むんじゃ! すげーやりにくいんだけど!)
特に小学生の子どもが無神経。そういう子は必ずといっていいほど「後ろ髪だけ長いという髪型をさせられていて、若干ぽっちゃり体型」だ。典型的な元ヤンの子どもだ。
カバーをかけ、商品を渡し終えた時には、「カリン様から仙豆をもらうため、丸1日かけてカリン塔に登る」ぐらいヘトヘトに疲れ切っていた。もう降りられない。
(この労力に対し、売り上げがコミックス五冊か……ゼロよりいいけど)

こんな、おバカ地獄の足立区の書店だが、可愛いお客さんも来店してくれる。美男美女に興味の薄いおばさんも、さすがにココにいると、可愛いとか美しいとか安らぎが欲しくなるのだ。
ある日のこと、レジカウンターで「ポイントカードの申込用紙ナンバー記入作業」に励んでいたら、真っ正面からお客様が歩いてくる。
書店員はちょっとでも手が空いたらやることがてんこ盛りだ。「ポイントカードの申込用紙ナンバー記入作業」か「本にかけるカバーを作る(紙を折る)作業」「プレゼント用のリボンを作っておく作業」をカウンター内で客に見えないようにやっている。その日もせっせと作業に励んでいたら「彼女」が来た!
この書店は広くて無駄なスペースも多く、レジ前の通路はやたらとストロークが長い。
よく見ると、レジに向って歩いてくるのは、雑誌を大事そうに抱えて微笑んでいる女子中学生だ。
まるで、「東京ガールズコレクション」のランウェイを歩くモデルのように見える。スポットライトが当てられているかのよう。もしかしたら、彼女自身から発せられる光かもしれない。
彼女は派手な美人ではないが、清楚で素朴でとても可愛らしい「少女」だった。もちろん、化粧っ気もなく、中学校の制服姿。校則をきっちり守ったスカート丈。ちょっとだけ「昭和」の薫りもする。
私の中に潜む「おじさん」部分がひょっこりと顔を出し、萌えそうになる。
(多分、この娘は中二!)
と、断定するも根拠はなし。
こんなヤンキー多発地帯にこんな清純そうな少女がいるなんて。まるで、掃き溜めに鶴。いやいや、天使降臨だ!
その可愛らしさのほとんどは笑顔からできている。
「大好きな人が載っている雑誌が欲しい」
「早くお家で大好きな人の写真や記事が見たい」
「大好きな人の写真をずっと持っていたい」
そう思ってそうな笑顔だ。大事そうに、それでいて、折り目がつかないようにそっと抱える雑誌。
これぞ、書店員冥利に尽きる瞬間だ。
いや、どちらかというと、雑誌編集者冥利に尽きるという方が正解かもしれない。この光景を、知人のエンタメ系雑誌の編集者たちに見せてあげたい。ライターたちにも見せてあげたい。このシーンだけで白飯三杯は食えるぞ。
ところがである。その女子中学生がレジに到着し、差し出された雑誌のバーコードを読み込んだ瞬間、聖なる微笑みが消えてしまったのだ。
「じゅ、10円足りない……」
彼女は可愛い小銭入れをさぐり、代金を払おうとしたのだが、消費税を計算に入れていなかったらしい。
晴天から急に雲行きが怪しくなって、真っ黒な曇天に。
「ど、どうしよう……」
私は瞬間的に非常に迷っていた。
この店には、落とし物の小銭を入れておく「魔法の小箱」がある。小銭は10円か5円か1円玉。「何かあったら使ってもいい」と言われながら、全員そのタイミングがわからず、ほとんど使われない。だが、今がその使い時なのではないか。
——この娘の笑顔が見たい!
実はお節介なおばさんでもある私は瞬間的にぐるぐると考える。脳内で小さな小さな私が腕を組みながら歩き回っている
(10円ぐらい「魔法の小箱」から取り出していいよね。それで笑顔が戻れば)
(でも、それが本当にこの娘のためになるのかな。「困ったら誰かに頼ればおごってもらえる」なんて考えるオトナになってほしくないし)
(それに、他の場合でも困ってるお客さん全員に「魔法の小箱」から小銭を取り出して、あげていたらキリがないし、しめしも付かない)
(でも、この娘だけだったらいいよね……)
たかだか、10円ぽっちのことで、もう妄想はおかしな方向へいく。
この娘の大好きな俳優さん(雑誌の表紙は確か、向井理か松坂桃李だった)が突然ここに現れて、「足りない分はボクが出してあげるよ」「少ないお小遣いなのに、ボクが出てる雑誌を買ってくれて嬉しいよ」「いつも応援してくれてありがとう」なんて言って、この娘をギュッとハグしたらすごく喜ぶだろうなぁ。
「この雑誌はお取り置きしておきますので、代金が揃ったら改めて買いに来てくださいね」
はっ!
私が妄想をしている間に、嵐リーダーが一刀両断。バッサリと終了。
「魔法の小箱」から小銭を取り出すこともなく、かといって追い返すこともせず、優しく「お取り置き」である。
10円足りなくて、私が妄想をして、我に返るまでの数秒間。嵐リーダーが優しく振り下ろした刀がオトナとして正解である。私よりも10歳以上年下とは思えないしっかり者の書店員リーダー。さすが、接客の鬼である。
後日、この女子中学生がお取り置きした雑誌を買いに来店した時、私はその場にいなかった。
それから、この女の子を見かけることはなかった。
名前も知らない、純粋で清楚な女子中学生。荒れたヤンキー多発地帯に咲いた一輪の花。清らかな光を放つ、笑顔が素敵な聖少女……。
(もしかしたら……本当に天使だったのかもしれない)
レジカウンター内で、空き時間に「ポイントカードの申込用紙ナンバー記入作業」をしながらも妄想中の私に年配の女性客が声をかけてきた。
「書店員はいいわねぇ〜」
「はい?」
「書店員って、ヒマな時に本が読めるんでしょう? 好きな本を読み放題。いい仕事だわねぇ〜」
「……」
(すみませんね。妄想しているのは私だけですよ……みんな、安い時給なのに真面目に忙しく働いてて、ヒマな時に商品を棚から出して読むなんて書店員は1人もいませんよ)
そう言いたかったが、こういう悪意のない天然なご婦人には通じなさそうなので黙っておいた。
「ホントにいいわね〜」
「いいでしょ〜。とっても良いお仕事なので誰にも代わってあげませんよ」
書店員をナメないでいただきたい。

(第5棚 「足立区の天使と魔法の小箱」了)

いいなと思ったら応援しよう!

魚住 陽向 = 東京キャスケット舎 星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。