『ヤンキー多発地帯・足立区のたたかう書店員』第8棚
第8棚・休憩時間「パブロフの接客」
何度も言うが、私は声がデカい。
自分では意識していないが、腹から声が出ているし、声も通る。
広いブックスあだち無双店で、客がどの入口から入店してきても目に入ったら「いらっしゃいませー!」と腹式での声がけは欠かさない。
出勤すると行う挨拶の発声練習の成果が出ていると思われた。やはり急には声はなかなか出ないものだ。非常時に備えて「助けてー!」と叫ぶ練習は必要なんだなと独りごちる。
接客の挨拶の中でもよく言っていたのが「ありがとうございました」と「またお越しくださいませ」の二つ。
この二つの言葉はセットになっている。
お会計をして、お買い上げの本や雑誌を渡し、「ありがとうございました」「またお越しくださいませ」で完結する。美しい流れだ。
「ありがとうございました」だけでも終わらないし、「またお越しくださいませ」だけでは感謝の気持ちが伝わらない。
「ありがとうございました」と「またお越しくださいませ」は上の句と下の句のようなものと勝手に解釈している。
人間でいうと良いパートナーみたいな関係。シャーロック・ホームズにはワトソン。白バイ野郎のジョン&パンチ。仲良くケンカしているトムとジェリー。マンガ『寄生獣』の新一とミギー。『うしおととら』もバディものの名作マンガだ。
失礼。話がそれた。
それぐらい、この二つの挨拶は絶対に切っても切れないセットの言葉なのだ。
このセットの挨拶を毎日毎日、一日中言っていたら驚くべき状態になってしまったのである。
その現象はある日突然やって来た。
夕方5時頃に仕事を終え、ブックスあだち無双店を出て、その帰り道にスーパーマーケットに寄った時のこと。普通の、夕飯の買い物だ。
何気なく食品を選び、カゴに入れ、レジで会計を済ませようと列に並んだ。セルフレジではなく、対面レジだ。
自分の順番がきた。
レジの女性が食品のバーコードを通していく。金額が提示される。スムーズだ。私もお金を出して支払う。
「○○円のお返しです」
お釣りを渡してくれる時の普通の会話だ。
レジの女性からお釣りを受け取り、財布に小銭を入れようとした瞬間、彼女は普通に「接客」をした。
「ありがとうございました!」
刹那!
私は無意識にかなりデカい声で叫んでいた。
「またお越しくださいませっ!」
はっ!
これは……条件反射っ!
レジの女性が言うのならば何の不思議もない自然な挨拶。
ところが今、客の立場にいる人間(私)の口から出る言葉としてはかなり不自然だ。それも結果的に、まるで掛け合いみたいになってしまった。
自分の顔がかーーっと真っ赤になったのがわかる。
なんというおバカさん。「穴があったら入りたい」とはまさにこのこと。
変な人間だと思われたに違いない。「頭おかしいんじゃないか」って。
私は逃げるようにその場を立ち去った。
カゴから袋にどうやって詰め替えたのかも憶えていない。
(うわあ……うわあ……恥ずかしい!)
たまに行く店だったらまだしも、毎日買い物をするスーパーマーケット。顔見知りで挨拶する店員さんも何人かいる。
そんな店で「やらかした感」満載だ。
(ああ、もうやらないぞ。気をつけよう。気をつけよう!)
だが……。
この後日……。
この条件反射を……10回ほど繰り返してしまう。
いや、10回は軽く超えていた。
同じスーパーマーケットのレジで、だ。
ああ、イワン・パブロフさん。
あなたがこんな実験をしなければ、私はこんな現象に名前があることを知ることはなかった。
身近な生活の中の「条件反射」。
論文に書きたい気分だ。
論文のタイトルは「日本人書店員による書店接客におけるおっちょこちょいな条件反射現象はなぜ起きるのか」。
ああ、なんか、いい歳して……いや、年齢関係なくバカみたい。
(第8棚・休憩時間「パブロフの接客」了)
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星の数ほどいるクリエイターの中から私を見つけて、読んでくれて、ありがとう。一人暮らしで、還暦を超えたクリエイター。まだ何も成し遂げていません。でも、将来の目標ができました。そのためにこれから芸大生(通信教育部)になります。「才能」なんてこれから創り出してみます(笑)。