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光影構成 -カメラ購入日記-


カメラを買った。
今年の2月にはじめたばかりだが、フィルムは100本を超えた。
最初は SONY α7 RⅢ を買い、フルサイズミラーレスの高画質感が楽しく、
カメラをはじめた実感で心が躍っていた。

写真を撮ることを目的に外出するようになり、だんだん自分の写真の特徴を自覚しはじめた頃、だいたいカメラ購入から1ヶ月ほど経ったある日、「フィルムに手を出しそうだね」と言われた。

銀塩?フィルム?現像?光に当たるとダメになる?
露出とかシャッター速度?フルマニュアル?写ルンです?

…….あんなよくわからないものに…手をだす…?

と思ったが、そもそも僕はアナログレコードが好きで、デジタルの音よりもアナログの人間臭い音を大体の感覚で操作するDJであり、また将棋にハマって本柘植の盛上駒と本榧の6寸将棋盤をなんとか手に入れ、盤と駒の制作過程を調べ職人技を見尽くすような人間だった。

「…….確かにフィルム好きかも」

そう思った瞬間から、僕のインターネット検索履歴は、「フィルムカメラ」で占拠されたのだった。


アナログ原理主義ではない。人間が介することで初めて起きる不確定な要素が好きなんだ。


新橋のストリートスナップ

フィルム作例、デジタルとの比較、果ては90年代に書かれたデジタル批判のブログまで。検索を重ね、読み漁り、知れば知るほどのめり込み始める自分を実感する。

そもそも僕は、アナログ回帰・原理主義ではないので、曲はデジタルでも聴くし、オンライン将棋もやる。本業のデザインももちろんデジタルツールを活用する。デジタルが悪とは思っていないし、便利さに救われている大多数の一人だ。

しかしそこに時たま、曖昧さのないキチリとした出力に対する窮屈な感覚を覚える。パリッとした高音質の、ドレミの音ならドレミとしか聞こえない正しさ。苦労することなく世界中の人と対戦ができる楽さ。失敗なく直線や円が描画でき、際限なく洗練させられることによる、思考の余地のなさ。

正確にしか描けないものは、比較する「曖昧さ」がない。
曖昧さが関与しないので、「正確」という言葉さえ合わない感じがする。

僕はそれより、曖昧さ、むしろ人間が介することで初めて起きる不確定な要素が好きなのだ。

人の手で針を持ち上げ、溝に針が乗り、埃や静電気、回転の振動により発生する「パチパチ」というレコードノイズや、ピアノや管楽器で発音できない音を抽出するサンプリング。

盤と駒のぶつかる音が、感情がこもって力が入ることで、最初はしっとり「パチッ」とさしていた棋士が終盤戦で「バチン!」と発砲音のような駒音を出すあの瞬間。

誰にも読めない、そもそも読むために書いたものではないアイデアノート。あーでもない、こーでもないと、コンセプトを考えたり、時にぐちゃぐちゃに黒めるメモや、お蔵入りの紙の残骸。

そういう自分の手と頭と、それしか機能のない不器用な道具。
僕はそんな不器用な道具に囲まれ、自分の手で使う生活が愛しいと思っている。

一通り調べ尽くし、自分の深層心理や特徴と向き合い、お金と時間と思考と感情を委ねる不器用な道具である、新しい相棒にしたいカメラが決まった。


新橋のストリートスナップ


Leica M4 


僕は前述したように、興味が出るとひたすら調べ尽くす癖がある。
というのも、頭の中がそれいっぱいになって、何をしていてもそれに触れていたい、調べていたい衝動が止まらなくなるのだ。

カメラも相変わらず、癖の対象になった。
そして Leica の存在を知ってしまった。

知れば知るほど魅力が溢れる。 Leica を手にしたい。
まだ触れたこともないのに、Youtubeでやっていた Leica 検定の最上位レベルを普通に答えるほどになっていた。レンズの展開図などを見て解説できるくらいには、調べたり計算したりしまくっていた。もう一度言うが、まだ現物を触ったことも見たこともないのだ。それほどに魅了された。
だが、買うのは少し躊躇する。

ものの良さは十二分にわかっているが、自分に扱いきれるか不安だ。
「絞りを大きくすると被写界深度が深くなる」というようなことすらパッと理解できなかったのに、完全フルマニュアルで、露出計も何もない中でいきなり扱えるか、そんな不恰好な自信はない。

そしてもう一つ。
Leica は高いのだ。そりゃもうべらぼうに高い。
流石に高すぎるので、「いつかお金を貯めて、写真も上手くなったら買おう」と自分に言い聞かせて過ごす毎日。

そんな折、新宿に行く用事ができた。
SONY α7 RⅢ で撮影していた当時、僕の写真や投稿を見た友人から、ポートレートの撮影依頼がいくつかあったのだ。
写真撮影歴1ヶ月そこらの僕の写真を見て依頼をくれたこの人も相当奇特な人だと思うが、彼女は僕の本業であるデザインを知っていて、信頼してくれていたことと、またこの人も駆け出しのモデルとして練習がてら…という感じで、兎にも角にも新宿へ行くことになった。

歴1ヶ月にしては上手く撮れたと思う。相手も相当喜んでいたので、ひとまず大成功だろう。すぐRAW現像して送ってあげなければ。
撮影が終わり、まだ昼間で帰るのも何か物足りないな、ということで街を歩くことにした。

新宿には多数のカメラ店がある。
その中には「北村写真機店」があることも知っていた。
なぜならYouTubeにも、Leica を紹介する動画をあげていらっしゃったからだ。

東口駅前広場の大通りを右へ。ビックカメラを過ぎて紀伊國屋が見えてきたところを右折。そこに北村写真機店が鎮座する。Leica フロアへ直行、そこにはYouTubeで見た店員さんの顔があった。

「ら、Leica M4 を見てみたいのですが….」

緊張から、いつもの喋りっぷりが嘘のようになってしまったが、振り絞って聞いてみた。

快く案内してもらって、初対面の Leica M4 。
調べに調べて、知れるだけを知ったあのカメラが、目の前にあった。

目の前に3台が並ぶ。手に取り、空シャッターを切り、確かめる。
輝きも、傷のなさも、各部の動作も操作性も、今ある中では最良の状態の3つとのこと。

これがあの Leica かと、感動をしかけていたが、案外感情はしっとりしたものだった。もちろん素晴らしいことこの上ない。素晴らしいのだが、もっとこう、溢れて止まらなくなる感情みたいなものがあるんじゃないのか、と少し戸惑ってしまった。


新宿のストリートスナップ


人が道具を使い、道具は人を選ぶ。


「ん…..?」

全く関係のない方向に意識がふれる。

僕はよく電車の中や街中で、赤ちゃんや子どもと仲良くなる。
何か彼らが発している電波を感じるというか、よく彼らにじっと見つめられてしまう何かを僕は持っていて、親御さんとも仲良くなるし、赤ちゃんにも気に入ってもらえる特技があるのだ。

それと同じ現象、というか何かを感じる。振り向くと、奥の方から僕を見据える視線があった。

僕は目が悪いのであまり遠くが見えず、誰かと目が合うこともあまりない。その時も目が合ったわけではないのだが、なぜか目を逸らせられない。目が合うというより、目線を奪われたに近い。

その方向に歩いていくと、他の Leica カメラに少し重なって見えずらい位置に、隠れるようにちょこんと M4 が座っていた。

先ほど見せてもらったものより色は少しくすみ、バルサムも切れている。
店員さんに聞いても、やはり先ほどの方が状態が最良とのことだったが、どうにかこちらも触らせてくれとお願いした。

怪訝な顔をされた気がするが、気持ちはわかる。最良のものじゃないものを見せてとはどういう了見なのか疑いたくはなる。店員さんへの申し訳ない気持ちを消せないまま、目の前に置かれたそれと、ガラスケース越しではなく直接目線を合わせた。

ただの金属の塊、機械。
だが、やはり何かを訴えかけられている感じに嘘はなかった。
そして手に取った瞬間、わかった。

これだ。
これは「僕が使う」カメラだ。


影によるセルフポートレート


僕は剣道をやっていた学生時代も、書道も、もちろん身の回りのなんてことない小物類も、全て何かとの出会いを感じてきている。

例えば 僕の愛用品である S.T. Dupont のライター。これは約30年前、僕の父が生きていた時に使っていたものと同じ型のもの。ひょんなことから手に入れたものだが、修理に出した際にその事実が判明した。

剣道で竹刀を選ぶ際も、竹刀との握った際の相性があることを多くの剣道家はわかってくれると思うが、僕の場合は握る前から、まるで「俺を使ってくれ」と言わんばかりに、竹刀が目に飛び込んでくる感じがする。それで失敗した経験がない。逆に、その実感がなかった際の竹刀を使うと、1時間で折れる。

書道の筆もそうだし、レコード針もそうだった。
僕は自分の手と、道具が接続する感覚を大事にしている。
竹刀は、握ってなくても手から離れないし、書道の筆は毛先の一本一本まで脈動があり、コントロールできる感覚がある。

そして手に取った瞬間の、「僕が使う」カメラだという感覚。
握ろうとしなくても手から落ちないし、シャッターを切った時の幕の下りるタイミング、指に伝わってくる幕の感覚も求めていたそのものだし、シャッター音もその他の3台よりも脳内のイメージ通り。

たくさん調べていた分、「これがいい」という条件がたくさんあったのだが、この個体はその全てが一致していた。
僕にはこのカメラが、手に取った瞬間一番輝いて見えた。

迷うことなく、僕はこのカメラを購入した。


ちなみにフィルムを現像するお店が自宅近くにあり、ほぼ毎週、数本持って行っていたので店員さんと仲良くなった。その店員さんに、「最初見た時と大体4ヶ月たった今とで、カメラを買い替えたんだと思ってました。めちゃくちゃカメラ綺麗になったというか、輝いて見える気がする。」と言われた。

家も、車も、道具も全て使わなくなると劣化するという。
人が道具を使い、道具は人を選ぶ。
僕はこのカメラに選ばれた。
このカメラが、僕を選んだことを後悔しないように、使い続けようと思う。

新宿のストリートスナップ


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