【創作大賞2024】幸せな奴みんな死ね
あからさまな釣りタイトル。クリックさせる事だけを目的としたサムネ。動画製作者は多分、視聴者を人間と思っていない。この動画はカブトムシを捕まえるための罠と同じ。そんな動画をひたすら消費し続けている僕は、人間未満だと自覚している。呼吸をするたびに酸化し錆び落ちていく自分の現状に焦燥感を抱きながら、それでも人間には戻れない。現実を紛らわせてくれるライトドラッグなしでは、到底生きられそうにない。早く死ねばいいのに。死ぬ前に犯行声明の動画でもアップロードすれば、社会は僕に気づくだろうか。そんなことを考える僕は、果たして正気なのか。
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「ア、スイヤセン、ソレニツイテハ、タブン、ダイジョウブダト、シャーセン」
多分、音声読み取りソフトに聞かせたらまともに認識されないだろう。そんな言葉を発したのが自分であると思いたくない。
「多分っていうのはどういう事?なにか不安要素があるの?」
「………………………………………、アー、エット、ソノ、………..ノチホド、レンラクシャス」
「…わかりました。曖昧な報告は良くないので気を付けてくださいね。こちらも不安になってしまうので。」
「ア、ハイ、シャセン」
人間であるチームリーダーには何とか聞き取れたようだ。こんな自分を他人に見られたくない。音声のみのWeb会議なのがせめてもの救いか。恥ずかしい。コミュニケーションに問題を抱えたまま就職して、そろそろ一年が経つ。最初は大変だろうが、チームの一員として仕事をする経験を積めば改善するだろう、寧ろそれこそが一番の解決策だろうと思い、会社員になることを決めた。しかしどうやら、本物のコミュ障というのはそうそう簡単に治ったりしないらしい。上司や先輩と話すと脳がフリーズする。いつも緊張していて頭が回らない。吃音がひどくうまく話せない。ただの指摘ですら、責められているように感じる。そんなことないのに。
「君、言われたことしかできないロボットみたいだよ」
今の部署に配属されてすぐのころ、マネージャーから言われた言葉が頭を反芻する。
「アルバイトじゃないんだからさ。君このままじゃ、何年たってもお刺身の上にタンポポをのせる仕事しかできないよ?それでいいの?」
「…。イエ。」
わかっている。給与に見合った働きをできていない事ぐらい。そしてこれが当分改善しないことも。新卒ガチャを外させてしまったことは申し訳なく思っている。しかもただ無能なだけじゃなく、チーム内のコミュニケーションすら避け続けている可愛げがないタイプの無能である。早くいなくなればいいのに。
憎い。憎らしくてたまらない。世の中と、かつてのバイト先の上司sが。僕は生まれつきのコミュ障ではない。元来、自分は寧ろ愛想がいい人間だった。中学の頃陸上部の部長をやったのだって、周りから求められたからだ。大学4年の後期に始めたバイトがきっかけで、すべて変わってしまった。
バイト初出勤の日、中古品販売店のレジに立つsはとても感じよく見えた。sにとってまだ僕はお客様だった。
「仕事のことは基本sさんに聞いてね。」
そう店長から言われた。最初の品出し作業、どの棚に商品を出せばいいか聞くため、買取作業中のsに話しかけた。忙しかったのだろう。振り返ったsの眉間にはしわが寄っており、あからさまに不機嫌だった。以降、sのパワハラが始まった。
この時学んだのは、パワハラの加害者が悪魔ではなく、人間であるということだ。人間は、自分が悪いことをしているという自覚に耐えられない。故に加害者は、そのパワハラ行為に正当性を見出している。例えば、新人が不真面目で同じミスを繰り返すとか、仕事が遅くやる気を感じられないとか。その後ろ盾があるから、加害者はパワハラに罪悪感を感じないし、躊躇いもない。だってそれを糾弾し正すのは、社会人として正しい行為だから。正しい行為だから、いくらでも酷いことができる。犯罪者に罰を与えるみたいに。その本質がストレス発散だったとしても、覆い隠される。仕事ができない奴や協調性に欠ける奴はパワハラ被害者になりやすい。加害者にパワハラの正当性を与えてしまうから。さらに被害者の自責思考が強い場合、加害者の理屈を真に受けて自壊したりする。僕は自責思考が強い無能だったので潰れた。
大学院進学後、僕は病んでいた。授業や研究に関するミーティングに遅刻、欠席を繰り返した。人に会うのが怖くて外に出られなかった。おかしくなっているのはなんとなく自覚していた。そんな状況でも、就活は待ってくれない。今の自分が働くなんて到底無理だ。しかし、逃げるわけにもいかない。僕が大学に進学したのは就職のためだ。幸せになりたかった。やりがいのある仕事に誇りを感じながら、満足いくお金を貰いたかった。そのためには、新卒の箔がついている今自分を高く売り込なければならない。間違っても精神科の既往歴を作って、自分の商品価値を毀損するべきではない。僕は人事を騙すことに決めた。健康でフレッシュな就活生を演じた。就職後の明るい展望を祈って。
働き始めて一年と少し。求められている成長は叶わず、会社から取得を奨励されていて、同期達が一週間程度で取得する資格すら取れていない。まだ自分なんかいない方が良いという思考に取りつかれ、同期や先輩と話ができない。給料泥棒の自覚があるから、後ろめたくて職場で笑うことができない。先輩方はいい人ばかりだ。パワハラを受けているわけでもない。それでも居心地が悪い。足手まといは辛い。今のこの状況はまだ当分続くだろう。でもいつかは改善するはずだ。以前のように、常人並みのコミュニケーションをとれるようになるまで辛抱できればよい。
改善?辛抱?改善すると、僕は本気でそう思っているのか?働き始めて既に一年以上が経っているのに?この現状こそ、就活のとき抱いた希望が叶わないことの証左ではないか。この後の展望は容易に想像できる。そろそろうちの部署にも新人が入ってきて、僕は新人じゃなくなる。現状ですら実力不足なのに、求められる仕事のレベルが上がる。新人のサポートや教育面での貢献も期待されるだろう。状況は寧ろ悪くなっていく。
ならばどうする?今より難易度も、年収も、社会的立場も低い仕事に転職すれば楽になれるだろうか?無論そんなことはない。僕は最低賃金のアルバイトで潰れたのだ。この国が求める最低限の生産性すら、僕は有していない。仮に働き始めたところで、コミュニケーション不全の問題が付きまとう事は想像に難くない。そもそも恐怖で転職活動などできない。働くのが、人と関わるのが怖い。
僕はどこにいけばいいのか。何もできない無能は一体どこに。そう、何もできない。何もできないのだ。周囲の人々が何の気なしにこなす業務も、コミュニケーションも、人間関係構築も、恋愛だって、今の僕には叶わない。そんな人間の居場所がいったいどこにあるというのか。どうやって社会と折り合いをつけて、どのように幸福を求めろというのか。
普段はリモートワークだが、今日は久しぶりに出社した。マネージャーから前年度下期評価のフィードバックを受けるためだ。
「君、前に成長したいって言ってたよね。その割に、このあいだ先輩から仕事の依頼断ってたよね?」
「…ア、ハイ。」
「ありえなくない?言ってることとやってること矛盾してるよね。なんか理由でもあったの?」
「エト………。ソレニカンシテハ、シゴト、デキナイカモ、ソウオモッテ…」
口下手が過ぎて会話になっていない。キョドり散らかす自分自身を体の内側から俯瞰してそう思う。いつも通り無様を晒したミーティングだった。自席に戻り周囲を見渡すと同期達の一部も出社している。会話に聞き耳を立てると、ボーナスがどうとか、恋人がどうとか話に花が咲いている。彼らの日常は楽しそうに見える。僕が会話に入っても、生きている世界が違いすぎてかみ合わないと思う。所属していたい世界と近づこうとする程に、寧ろ距離が遠いことを実感させられる。
このまま会社員を続けた先に明るい未来なんてないのだと思う。それでも僕は希望を捨てることができない。そう、捨てられないのだ。なぜなら、行き場を失った後の僕は、社会への敵愾心を飼い太らせた復讐者の形をしているだろうから。今の僕にとって希望を失うことは、社会に居場所を失う事と同義だ。社会は、使い物にならなくなった僕を排斥するだろう。僕を排除した社会の中で、どうして僕が社会規範を守る必要があるというのか。最近、そんなことを考えてしまう。
そうだ。そうなのだ。僕は社会に復讐をしても許される。なぜなら、復讐者になった僕を社会は許さないだろうから。社会の中で幸せに暮らしている奴らは僕のことを批判するだろう。僕が抱える事情なんて露知らず、一方的に、悪者として。その行為こそが、僕の復讐に正当性を与えてくれるのだ。僕は、自分が悪いことをしているという自覚に耐えられない。でも、僕を気にかける事もなく、一方的に害してくる社会に復讐したとして、どうして心が痛む事があるだろうか。
踏みとどまっている。捨てられない希望にすがり続けている。社会に所属していたい、模範的でありたいという欲求がまだ残っている。大事に抱えている希望が本当に存在するのかは考えない。何も考えなくて済むように、家ではいつも動画サイトをぼんやりと眺めることしかしていない。
あからさまな釣りタイトル。クリックさせる事だけを目的としたサムネ。動画製作者は多分、視聴者を人間と思っていない。この動画はカブトムシを捕まえるための罠と同じ。そんな動画をひたすら消費し続けている僕は、人間未満だと自覚している。呼吸をするたびに酸化し錆び落ちていく自分の現状に焦燥感を抱きながら、それでも人間には戻れない。現実を紛らわせてくれるライトドラッグなしでは、到底生きられそうにない。早く死ねばいいのに。死ぬ前に犯行声明の動画でもアップロードすれば、社会は僕に気づくだろうか。そんなことを考える僕は、果たして正気なのか。
フィクションだ!全てフィクション!悪い妄想だ。そうに決まっているではないか。まるで自分が犯罪者予備軍みたいじゃないか。現実がこんなにも救いようがなくてたまるか。きっと良い方向に向かっていくのだ。少しの辛抱だ。あと少しだけの辛抱できっと僕は!
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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