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排泄と出産

試行回数を重ねる戦略を否定するつもりはない。

だが、今私が任されているのは、
会社の柱になる基盤プロジェクトと、
開発チームの未来だ。

「継続的に開発できる基盤を固めます」と言うと、
『今までも開発できている。無駄だ』と真顔で言われることがある。

保守も回らず、
売上も伸びず、
競合に差をつけられているのに。
何をもって「これでヨシ」と判断したのか?

一旦売れたから、それでいいのだ。

保守はエンジニアに任せる。
火消しは営業に任せる。
うまくいかなければ、次を作ればいい。
売れたのだから、問題はない。

では、何がいけないのか。

これは前進ではない。
尻拭いを繰り返しているだけだ。

エンジニアに求められるのは納期と成果物だけ。
技術的負債も将来の拡張性も、エンジニアの成長も後回し。
とりあえず動くものを作ることが最優先だ。

無茶な要求を完遂した優秀なエンジニアほど、
そんな仕事に長くは留まらない。
知的好奇心を満たせる場所が見つかれば、静かに去る。

残された人間が引き継ぐ。
だが大抵、構造は共有されていない。
ドキュメントは断片的で、思想は置き去りだ。

売ってしまったプロダクトは簡単には閉じられない。
顧客がいる。メンツもある。

理解しきれないまま、
莫大なリソースを消費して再構築が始まる。
またゼロからだ。

これは戦略ではない。反射だ。
私はこれを「排泄」だと思っている。

焦りや数字や承認欲求を飲み込み、
消化しきれぬまま、出す。
排泄物に愛着は残らない。
また作り、また出す。

しかし開発は、そうあるべきではない。

私は、開発は「出産」であるべきだと思っている。

「あなたにはこんな期待を込めている」
「こんな未来を歩んでほしい」

そう願いながら、育てる前提で作る。
引き継げる構造で設計する。
自分が去った後も回り続ける形に整える。
子に対して、そうあって欲しいと願うように。

そしてそれは、
エンジニアが過去の負債に振り回されず、
経験を積み上げながら成長できる環境を作ることでもある。

それが、基盤を固めるということだ。

時間をかけろと言いたいのではない。
これからの時代、生成AIが実装を高速化する。
だが思想は自動生成されない。

思想を暗黙知のままにせず構造として残しておくことで、
属人化は解消され、システムは手を離しても回り続ける「自立型」になる。
こうして初めて、エンジニアは次を設計する側に回れる。

サービス終了を迎えることもあるだろう。
だがそれは世代交代であるべきだ。
場当たり的な清算ではない。

私が前職で手がけたサービスたちは、
10歳をこえた今も現役で動いている。

経営者が優秀だったことは大きい。
だがエンジニアとしても責任を持って構造を設計した。
その子が今も売上を生み、自走している。
だからこそ、リソースを新たな挑戦に振り向けられ、会社は拡大している。
これ以上に嬉しいことはない。

少なくとも私は、
人が手を離しても回り続ける仕組みを作りたい。
それは、人が前を向ける状態をつくるということだ。

だからこそ思う。
思想のない設計で成功を期待するのは、
愛情を注がずに子の成長を願うのと同じだ。

宝くじの方が、まだ確率は高い。

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