ノイキャンを外す横断歩道 Vol.76
駅前の交差点。耳には最新型のノイズキャンセリング。世界が薄い布でくるまれたみたいに静かだ。信号が青に変わる。——でも私は、癖で片耳を外す。
耳が外へ出た瞬間、音がどっと戻る。自転車のブレーキが砂を噛む音、ベビーカーの小さな段差、宅配トラックのアイドリング。どれも安全に関係あるけれど、いちばん役に立つのは、斜め前のおじいさんのひと言だった。
「どうぞ」
手で道を譲る合図と一緒に届く、やわらかい声。私は会釈で返し、一歩出る。横から来た自転車が“チリン”と一回だけ鳴らす。私は手のひらを上にして「先にどうぞ」。順番がふわっと並び替わる。青信号より速く、空気の交通整理が進む。
別の日。雨で視界がにじむ夕方、ノイキャンの効きが良すぎて、車の音がほとんど消えた。信号は青、でも私はやっぱり片耳を外す。
「傘、気をつけてね」
隣の人の一言で、濡れたアスファルトの角度が急に怖くなくなる。機械は騒音を消してくれるけれど、合図まで消すことがある。だから、渡るときだけ音の布をめくる。
自分ルールができた。青でも外す、渡り切ったら戻す。 イヤホンはまた静けさを作ってくれるし、外した0.5秒は横断歩道の“会話”を残してくれる。
歩きながら気づく。安全は“車の音が聞こえるか”だけじゃない。**「どうぞ」「ありがとう」「すみません」**の三語が、横断歩道の速度をそろえる。
機能は頼もしい。けれど、安心はいつも人から来る。
結論。安全は、機能+目配りの合成。
静けさは装置がくれるが、渡る勇気は声がくれる。今日は片耳のぶんだけ、街に参加した。
