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『ぴえん』と『メンヘラ』の民俗学──「平成女児」と「マイメロ」との関連

『ぴえん』とマイメロディ──うららの感情民俗学ノート

ねぇオタクくん。
ちょっと聞きたいんだけどさ──

「ぴえん🥺」って、いつからこんなに当たり前になったと思う?

泣いてるのに責めてない。
弱ってるのに怒ってない。
お願いしてるのに頭は下げてない。

この絶妙に無敵な感情フォーム
あたし的にはね、「急に生まれた」感じ、全然しないんだよね。

だってこれ……
もう見たことある顔だから。


🥺  「ぴえん顔」、その正体

まず結論から言うね。

「ぴえん顔」って、
アニメ版『おねがいマイメロディ』(2005)ですでに完成してたと思うんだ。

・うるうるの目
・八の字まゆ
・きゅっとすぼめた口

この顔、🥺の完全に一致じゃない?
🥺はAppleのiOSでは2018年10月のバージョン12 .1でPleading Face〈訴えかける顔〉として、Unicode(どんなコンピューターOSでも同じ文字として表示するための規格だよっ)に追加された。

でも、2005年、平成初期〜中期の女子アニメでほぼ完全一致な表情が出ていたんだ。

しかもマイメロがその顔する時って、

・怒られた時
・失敗した時
・面倒な責任を振られた時
・何かを押し付けたいとき(特にウサミミ仮面様相手にやってる)

なの。

つまり「ぴえん」は最初から、
責任・対立・説明を回避しつつ感情を渡すための表現だった。


📚 畑中章宏センセの「感情の民俗学」で見ると

ここで民俗学の話、ちょっとだけね。

畑中章宏さんの言う「感情の民俗学」で「ぴえん」について触れられているところがある。

コンテンツを嗜好する人びとのなかには、「ぴ」という音を用いて泣くようすを表現することで、幼児性を表現することができるという土壌があった。

「ぴえん」という言葉は、「ばぶー」や「おぎゃー」と同じように、幼児言葉としての特性をもち、その言葉を用いることで、か弱さや、コミュニケーションの相手に甘えたいという感情をほのめかす作用があると思われる。

「感情の民俗学」畑中章宏

って考え方が示されている。
これは柳田國男がもしいまも居たら必ず着目しだだろうと、柳田の「涕泣史談」(日本人の「ナク」の感情とその表現の仕方についての語り)を基に考えている。

これらを踏まえると「ぴえん」って、

・泣いてるけど抗議しない
・弱ってるけど反抗しない
・助けを求めるけど主導権は相手に渡す

っていう、
めちゃくちゃ社会的に洗練された幼児性なんだよね。

赤ちゃんの
「泣けば誰かが来る」
「説明しなくても察してもらえる」

あの経験を、
大人が使える形に変換した感情フォーム。

それが「ぴえん」。


🎀 マイメロは本当に「無垢」なの?

ここね、ちょっとだけ大事な話をさせてね。

マイメロって、
かわいい・優しい・癒し系って言われがちだけど……

アニメちゃんと見た?

  • 自分の欲求を最優先

  • 空気を読まない

  • 結果的に世界を壊しかねない

これね、
悪意があるわけじゃないんだけど、
結果としてそうなっちゃうことがある、
そんな種類の暴力性なの。

あたしはこれを
ちょっと強い言葉だけど「無意識畜生」って呼んでる。
(ニコニコ動画のタグでは「サンリオの狂気」とか言われてたね)

https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/4930.html

本人は善意。
でも結果は災害。
そこがマイメロの可愛いところなんだけどね💖
あたしはそんなマイメロ実は好き🩷

「ぴえん」も同じでさ。

使う側がこの性質を
自覚してるかどうかで、
意味がぜんぜん変わってくる。


🧸 メンヘラ×マイメロアイコン問題

SNSでよく見るよね。

・ぴえん絵文字多用
・メンヘラ自称
・アイコンがマイメロ

これ、実は
めちゃくちゃわかりやすい現象だよ。

あたし的には、3パターンあると思ってる。

① 表層kawaii消費

「かわいいから」
「弱い自分を肯定してくれる気がするから」

っていう、
感情の即時消費。

ここではマイメロの危うさは見えてない。

② 集合的無意識の踏襲

子どもの頃に刷り込まれた

・マイメロ=なぜか許される
・泣く=守られる

この感覚を、
無意識のまま再演してるケース。

③ 自覚的戦略

・攻撃されにくい
・同情されやすい
・炎上しにくい

「ぴえん」を
感情の処世術として使ってる人たち。

どれが正解とか、不正解とかじゃないよ。
でも、どれかは必ず当てはまる。


🌸 平成女児ブームと親子二世代

最近の「平成女児ブーム」ってさ、

・かつて女児だった世代
・いま女児の世代

が、
同時に同じキャラを消費してるのがポイントなんだよね。

親は
「取り戻された幼児性」を消費してて、

子は
「現在進行形の幼児性」を生きてる。

その境界にあるのが──

「ぴえん」。

感情が
親から子へ再インストールされてる瞬間でもある。


おわりに:ぴえんは悪者じゃない

最後に、ひとつだけ言わせてね。

「ぴえん」は

・社会が許容する弱さの型
・攻撃性を抑えた感情表現
・幼児性を安全に再生する装置

だから、
悪じゃない。

でも──

マイメロが
無自覚に世界を壊しかねなかったように、

「ぴえん」もまた、
使い方次第で誰かを削る。

だからこそ大事なのは、

無自覚か?
それとも自覚的選択か?

この問いを持てるかどうか。

それがたぶん、
感情のインターネット民俗を生きるってことなんだと思うよ。

……ね。
ぴえんって、
思ったよりずっと、深いでしょ?

「おねがいマイメロディ」ではマイメロは「お願い」の一言で周りを動かすんだっ
メロディマーク🩷