見出し画像

”狂気”とは誰からの目線か。

そもそも「狂っている」や「狂気」とは
どういうことだろうか。


僕は目の前で、
競馬に10万円突っ込む先輩をみて
僕は笑って「この人狂っている。」と思った。


あの刹那に僕は、
色んなことを考える。


「10万あればレンズ買える。」
「10万あれば海外行ける。」
それらの可能性が無くなるかもしれないのに
よくそんなリスク取れるな。。。


そんなリスクを犯すような選択は
馬鹿げている。
考えられない。


と頭の中で完結してから
僕は口から
「最高に狂ってますね。」笑
と言い放った。


それと同時に、
こんな人を見て
「面白い。。。」と思うのも事実だ。


リスクなんて考えない。
考えるのは勝ったときのことだけだ。


そして考える。


「狂っている」とはなんなんだ。


自分の当たり前や
常識が通用しない人を
目の当たりにしたときに
使う言葉なのか。


そもそも僕たちはこの先輩を見て
狂っていると思うかもしれないが
先輩側から見たらどうだろうか。


こんなチャンスがあるのに
飛び込めないなんて
それこそ狂っている。


と思われてもおかしくない。


一般的に使われる「狂う」の定義に
至れない人間こそ狂っているのではないか

という僕の中で何かが爆発した。


その瞬間、「狂う」という言葉は
マイナスからプラスにガラッと変わった。


そして、狂気という言葉を
検索してみる。


まあ一般的に使われている意味が
そのまま出てくる。


その中で一際異質を放っている
「狂気」の解釈が最高に
クレイジーなものを見つける。


「狂気とは即ち、同じ事を繰り返し行い、違う結果を期待すること」

アインシュタイン


「あー間違いなく狂気だ。」


僕はこの言葉に思わず笑ってしまった。


この思考は、アインシュタインの
物理や科学で考えると
たしかにそうだなと思えるかもしれない。


だがこの言葉はとても普遍的であり、
現代人への皮肉とも捉えられる。


同じことを繰り返して、
違う結果が起こることを
どこか期待している。


目先のことを頑張ってたら
いつの間にか夢が叶ってた。


そんな美談が
特に日本人は好きだ。


まあ僕も好きではある。


しかし、もしこれが日本人を
目的なく働かせるための刷り込みだと
考えたらどうだろうか。


どうせ考えなくても
目の前のことをやっておけば
なんとかなるでしょ。



そんな人、、、、
いやそんな狂気の人を作って
それが狂気であることを悟られないように
そうじゃない人を”狂気”とする。


逸脱したものを”狂っている人”と
することでマジョリティーの正義が完成して
無目的に過ごす人が増える。


そして、マイノリティーを叩く。


みたいな構図が完成するのだ。


穴を掘って、穴を埋めることをさせられても
自分は仕事をしていると思わされている。


そして、それがいつか報われるのだ。
と思ってしまっているのだ。


そんな無駄の繰り返しと
日々の振り返りの重要性を
思い出させてくれる。


一文だったような気がする。


そんな狂ったような人が
また誕生しながらも
その狂人の先輩は競馬に
勝って喜んでいた。



そうやって自分の世界を広げてくれる人こそ
大事にして、狂っていかねばならないな。
思いながらも、
僕はその日競馬で4万負けた。


まだまだ狂気が足りないようだ。




いいなと思ったら応援しよう!

うらやん / yoridokoro 頂いたサポートは、色々な経験・体験に使わせていただきます! そして、違う形で皆様に還元します。もしよろしければお願いします。

この記事が参加している募集