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「男同士のケア」は、なぜ難しいのか──ちょっとした気づかいが、職場を変える

はじめに──ある日、ふと気づいたこと

職場のグループLINEで、ある社員が体調不良で早退するという連絡をした。それに対して、女性社員からは「お大事にしてください」「無理なさらず」といったコメントやスタンプが飛ぶ。

しかし、男性社員たちは──誰ひとりとして反応しなかった。

冷たいとか、非常識だとか、すぐに批判するつもりはない。でも、気づいてしまった。「あれ? なんで男たちはこうも無反応なんだろう」と。

観察していると、それは一度きりではなかった。他の日、他の投稿でも、女性は何かしら反応するのに、男性たちは沈黙を貫く。これは単なる偶然じゃない。男性同士の関係性には、感情表現を抑えるような文化的・組織的構造が根を張っている気がした。


無反応の理由──「気づかい」が男にとって難しい理由

一見すると無関心に見えるこの態度。けれど、その裏にはいくつもの“感情の絡まり”が潜んでいるように思う。

競争心・ライバル意識
 ──「自分だって無理して働いてるのに、気づかう必要ある?」
 ──「甘やかしたと思われたくない」

感情表現へのブレーキ
 ──「男が気づかいなんて、気持ち悪がられそう」
 ──「慣れてないし、何を言えばいいかわからない」

優しさ=弱さ、という誤解
 ──優しくすることが“媚び”や“へりくだり”と受け取られるのでは、という不安

これらはすべて、ある意味では“防衛反応”だ。誰も悪人じゃない。ただ、優しさをどう扱えばいいのか、わからなくなっているだけなのだと思う。


本当は、みんな優しくされたいんじゃないか?

自分がそうだから、思う。

自分だって、本当は優しくされたい。「大丈夫?」のひとことが、想像以上に沁みることがある。

だからこそ、他人の無反応が気になるのだと思う。気づかいが自然に飛び交う職場を、どこか羨ましく思うのかもしれない。

だけど、周りを見渡してみると、どうも「みんな麻痺している」ようにも見える。本当は同じように、言われたい、気にされたいと思っているはずなのに──
それを期待することすら、忘れてしまっているように見える。


それでも、やってる人はいる

思い返してみると、人望がある人、信頼されている人ほど、さりげなく声をかけたり、気づかいの言葉を添えたりしている。

それは別に、“意識高い系”の行動ではない。
「最近調子どう?」
「昨日ありがとう、助かったよ」
「無理しないでね」
──そんな、ごく短い、でも確かな言葉たち。

リーダーシップって、こういうことかもしれない。そう思うようになった。


自分にできること──まず、一言かけてみる

だから、自分も実践するようにしている。最初はちょっと照れくさいけれど、やってみると案外すんなり言えるものだ。

そして驚くことに、それに続いて誰かが反応することもある。
「ありがとう」
「助かります」
「ほんとそれですよね」

ほんの一言で、空気がふわっと和らぐ。そういう瞬間が、確かにある。


補論1──「男は言葉にしない。行動で示す」の限界

よく言われる。

「男の優しさは、言葉じゃなくて行動で示すものだ」と。

たしかに一理ある。黙って片付けを引き受けたり、残業を肩代わりしたり──不器用ながらも、そうやって気持ちを伝えようとする男性は少なくない。

だけど、その“行動”がちゃんと伝わっているとは限らない。むしろ、言葉にされないことで、気づかれず、孤独を深めてしまうこともある。

言葉にするのは、怖い。でも、それをあきらめてしまうと、誰にも届かないまま終わってしまう。

優しさを「行動だけで伝える」文化の裏には、言語化を避けてきた歴史や、感情を封じてきた社会のしわ寄せ、そして不器用さへの不寛容さがある。

だからこそ、言葉にしてみる。「ありがとう」「大丈夫?」「助かったよ」──たったそれだけのことで、関係は大きく変わる。


補論2──SNSにあふれる「女叩き仕事論」も、同じ根の話かもしれない

SNSを見ていると、ときどきこんな言説を見かける。

  • 「男は踏ん張る力がある」

  • 「客にだって土下座できるのが“男の責任感”だ」

  • 「女はすぐ辞める。甘えているだけだ」

この言葉の裏には、「俺たちはこれだけ耐えてきた」というプライドと同時に、「それなのに誰もねぎらってくれなかった」という痛みがあるように思う。

だからこそ、“楽をしているように見える誰か”に怒りをぶつけたくなる。だけどそれは、もしかしたら、ケアされないまま耐え続けた自分の過去が、今なお癒えていないからかもしれない。

誰かを叩く前に、自分自身の「優しくされたい」という声に耳を澄ますこと。そこからしか、関係性の回復は始まらない。


終わりに──ちょっとした言葉で、人の温度を取り戻す

男同士の間には、照れや競争、無関心を装う文化がある。
でも、その奥には、たぶん誰もが「優しくされたい」「認められたい」という気持ちを抱えている。

難しいことじゃない。ただ、一言、かけてみる。それだけで、少しだけ職場が変わる。

言葉にすることで、感情は存在を許される。言葉にすることで、関係は動き出す。

「人間の温度」を取り戻すには、最初の一言をかける人になることから始まる。それだけで、誰かが救われるかもしれない。

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