【連載 第2回】国家からの退出──ビットコインとテクノリバタリアンの思想
はじめに
リバタリアンが志向する貨幣制度として、金本位制やフリーバンキングが長らく議論されてきた。これらはいずれも国家による通貨独占に対抗するものであったが、完全な「国家からの退出」を実現するものではなかった。金本位制は国家の制度に組み込まれ、フリーバンキングも国家法のもとで運営されていたからである。
そうした中で登場したビットコインは、これまでとは異なる決定的な挑戦だった。国家の外に位置する貨幣として登場したビットコインは、リバタリアニズムにとって新たな可能性を切り開いたのである。
ビットコイン──国家の外に出現した貨幣
ビットコインは中央の発行主体を持たず、完全に分散化されたネットワーク上で運営される。参加者は自由意志でノードとなり、コンセンサスアルゴリズムによって取引の正当性と新規発行が管理される。国家の許可を必要としない、純粋な市場内貨幣という理念は、ビットコインによって初めて部分的に現実となった。
その後、ビットコインの技術を基盤として、さまざまな暗号通貨が登場し、通貨制度の多様化は新たな段階に入った。
こうした動きを思想的に支えてきたのが「テクノリバタリアン」と呼ばれる人々である。
テクノリバタリアンという思想
ニック・サボ──法と契約をコードに置き換える先駆者
ニック・サボ(Nick Szabo)は1990年代から「スマートコントラクト」という概念を提唱していた。これは法制度による契約の執行をコードで代替し、仲介者なしで自由な市場取引を実現しようとする試みである。
また、ビットコイン以前に「Bit Gold」という暗号通貨の設計思想を構想・公表しており、これはビットコインの思想的源流のひとつとなった。彼にとって貨幣とは、国家や法制度に頼らない、分散型ネットワークによって自己完結する存在であるべきものだった。
バラジ・スリニヴァサン──国家を超えるネットワーク国家のビジョン
バラジ・スリニヴァサン(Balaji Srinivasan)は、国家とテクノロジーの関係をさらにラディカルに再定義しようとした。著書『The Network State』では、オンライン上の分散型コミュニティが既存国家に代わる新たな主権単位になる未来を描いている。
この構想の中でビットコインは、ネットワーク国家の経済インフラとして位置づけられる。人々は国家から退出し、自由意志でネットワーク国家に「入国」して通貨や法、社会契約を選択する──これはハイエクの「貨幣脱国有化」を超え、国家そのものを代替する極めてラディカルな思想である。
暗号通貨の限界と可能性
もっとも、ビットコインをはじめとする暗号通貨には課題も多い。価格の変動、エネルギー消費、スケーラビリティの問題は無視できない。また、多くの国家が暗号通貨を規制対象としはじめ、「国家から完全に独立した通貨」という理想は現実には困難になりつつある。
それでも暗号通貨が国家通貨の独占に風穴を開け、制度の多様化を現実のものとした意義は大きい。テクノリバタリアンたちの挑戦は、リバタリアンが長年夢見た「貨幣の自由」を、技術の力によって実現しつつあるのである。
▶次回予告|【第3回】制度を選ぶ自由──リバタリアンが描く貨幣の未来
金本位制、フリーバンキング、暗号通貨…それぞれの利点と限界を整理し、制度としての貨幣をどう捉えるべきかを考察します。
参考文献
Nick Szabo, “The Idea of Smart Contracts” 1997.
Balaji Srinivasan, The Network State, 2022.
橘玲『テクノ・リバタリアン』文藝春秋, 2024年.
坂井豊貴『暗号通貨 VS. 国家』SBクリエイティブ, 2019年.
フリードリヒ・A・ハイエク『貨幣発行自由化論』日経BP, 2020年.
