私の看護師としての原点― 看護師2年目にいただいた一通の手紙
私の原点
――看護師2年目にいただいた一通の手紙
看護師になって、35年が経ちました。
その節目に、ふと心に浮かんだ出来事があります。
それは、看護師2年目の頃、
ある患者さんからいただいた一通の手紙です。
私の心の片隅に、いつもある記憶。
何かの折に、ふと思い出す大切な思い出。
長い間、大事にしまってあったその手紙を、
久しぶりに開きたくなりました。
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Aさん。
当時60代後半の男性の患者さんでした。
病名は「脊椎カリエス」。
同世代の方なら聞いたことがあるかもしれませんが、
今ではあまり耳にしない病名です。
結核菌が脊椎に感染する病気で、
肺結核や腎結核などのあとに発症することがあります。
Aさんは背中の強い痛みと発熱があり、
自分で体を動かすことができませんでした。
排泄や食事の介助が必要で、
ナースコールも多い方でした。
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治療が進み、症状が改善して退院されたあと、
私はAさんから手紙をいただきました。
宛名は、私の旧姓。
色あせた便箋の中には
退院後の近況、
病気に対する不安、
そして私たち医療者への感謝の言葉が
震える字で綴られています。
手紙を書いたあと、
呼吸困難で再入院したことも書かれています。
封筒を開けると
23歳の私に引き戻されました
懐かしく、なぜだか胸の奥が締め付けられました…
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封筒の中には、手紙だけではなく、
・一緒に撮った写真
・詩
・テレフォンカード
・私が生まれた年の万博記念切手
が、いただいた当時のまま入っています。
手紙の中で
退院前、Aさんは
コンパクトカメラを持ってきたそうですが
断られるだろうと思っていたと書いています。
私は、たまたまAさんの担当で朝の環境整備で伺い一緒に写真をとりました。
いただいた写真には、
若かりし頃のナースキャップを被った私と、
少し緊張した表情のAさんが写っています。
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そして、添えられた詩は
私を初心に帰らせてくれます。
「明日へ歩こう」
ある日、きんさん、ぎんさんがいいました
「うれしいような、かなしいような」
ーそれが人生
八月、ことしも百日紅の花が色あざやかに咲いた
むなしさの旅路に 瞳の奥を
真赤に染めて-
魂の冴えかえる 明日の風に
白衣の蝶が舞う
あなた
砂漠の中の 泉のように
明日へ歩こう
失意の日にも 悦楽の日にも
胸の奥底で 流転する
思い出のアルバム
心の空洞を埋めるものは
愛と言葉の優しさです
あなたの手のぬくもりを
いつまでも 忘れないために
わたしも あなたについて
生命あかあかと 燃やして
明日へ 歩こう。


個人の特定できるものは伏せてあります
この詩は、
ずっと私の心の奥底にあります。
時折、ふっと顔を出し、
今でも私を支えてくれる。
⸻
私が看護師として、
何を大切にしてきたのか。
その根底には、
この手紙と、この詩があるのだと思います。
Aさんは、
再入院後、ほどなくしてお亡くなりになったと聞きました。
でも、私の心の中では、
今も生き続けています。
⸻
今の時代、
こうしたやりとりは、あまりないかもしれません。
あの時代だったからこその距離感。
あの時だったからこそ生まれた繋がり。
30年以上経った今でも、
私はAさんと、どこかで繋がっている気がします。
これは、
私にとって大切な思い出であり、
今の私の「看護師としての原点」です。
これからも、
この手紙を胸に、
看護師として大切なものを忘れずに歩いていきたいと思います。
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