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父の初盆を迎えて

今年、父の初盆を迎えます。

昨年8月31日、父が突然倒れました。

急な病気で、父は自分のことも、家族のこともわからなくなってしまいました。

その後、病院、リハビリ、施設と過ごし、
4月、父は亡くなりました。

家に帰ることができないままの別れでした。

そして、今年の夏。

父がいない、初めてのお盆を迎えます。

父の初盆を前に、いろいろなことを考えました。

正直なところ、父がもういないという実感は、まだあまりありません。

去年の夏、父が倒れた頃。

私自身も、離婚という大きな出来事を経験していました。

これまで当たり前だと思っていた生活や、人との関係。

そこにあった安心感も、少しずつ変わっていきました。

振り返ってみると、この数年で私は、いくつもの「喪失」を経験してきたのだと思います。

離婚。

父との別れ。

失ったものは、人や関係だけではありません。

それに伴って生活が変わり、心の中にあった安心感や、これまで当たり前だったものも失いました。

そんな中で、私はnoteを始めました。

自分の気持ちを言葉にしてみようと思ったのが始まりでした。

書くことで、自分の中にあった気持ちが少しずつ整理されていきました。

そして、私の言葉を読んでくださる方がいました。

温かいコメントをくださる方。

「スキ」を届けてくださる方。

何度も記事を読みに来てくださる方。

その一つ一つが、どれほど私の気持ちを整えてくれたかわかりません。

今では、もうすぐフォロワーさんが1500人になろうとしています。

でも、私にとって大切なのは、人数ではありません。

それだけたくさんの方が、私の言葉を見つけてくれて、読んで、見守ってくださった。

そのことが、本当にうれしいのです。

あの頃の私に、こんなふうにたくさんの人とつながる未来があるなんて、想像もしていませんでした。

そして、父を亡くしてから、「グリーフ」というものについても、改めて考えるようになりました。

時間が経てば、悲しみがなくなるわけではない。

「どうしたら癒えるのか」

「いつになったら悲しくなくなるのか」

そんなことに、決まった答えはないのだと思います。

悲しみ方も、悲しみの深さも、人それぞれ。

悲しみは治すものではなく、共に歩むもの。

訪問看護師として、これまでたくさんの方の最期に向き合ってきた私でも、自分の父を亡くしてみると、身近な人の死はやはり違うのだと感じました。

仕事では、人生の最期に寄り添うことができても、自分の大切な人を失ったときには、自分自身が悲しみの中にいる。

経験して初めてわかることが、たくさんありました。

だから私は、看護師として、そして一人の人間として、グリーフケアについて学んでみようと思いました。

まだ学び始めたばかりです。

でも、自分自身が経験した喪失や悲しみを、いつか誰かの気持ちに寄り添うための力に変えていけたらと思っています。

そして、父の初盆。

家に帰ることができないまま亡くなった父が、今年は帰ってきてくれる。

そう思うと、少し不思議な気持ちになります。

だから私は、父にこう伝えたいと思っています。



お父さんへ

おかえりなさい。

急な病気で、自分のことも、家族のこともわからなくなってしまったまま、会えなくなってしまったね。

もしかしたら、

「あれ?どうなっちゃったかな」

って、思っているかもしれないね。

離婚を伝えて、心配させたままになってしまったけれど、私は何とか前向きに頑張っているよ。

だから、安心してね。

姿は見えなくなったけれど、お父さんはこれからも、みんなの心の中でずっと一緒にいるからね。

これからも、そっと私たちを見守っていてね。

お父さん。

おかえりなさい。


いつもお読みいたありがとうございます。

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