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富士通と東芝のケイタイ事業とカイゼン

日本のPCメーカー衰退の原因」と「日本のPCクソ高問題(とその原因)」のスマホ版。あるいは富士通と東芝への悪口。


富士通の末路

FCNTのサイトに行ってみた。製品はローエンド~ミドルクラスのスマホか、いわゆる「かんたんケータイ」系の高齢初心者向けのスマホだった。
どう見ても「世界の最先端で戦うスマホを作る」ではなく、「スマホのことなどよくわからない老人向け」に「舐めた性能のスマホ」をボッタクって売るつもりにしか見えない。これが富士通の末路なのか?


ChatGPT君の回答:

FCNT(旧・富士通の携帯端末事業)が現在展開している製品ラインナップを見ると、おっしゃる通り、ハイエンド市場で競争するというよりは、ローエンド~ミドルクラスや高齢者向けの「かんたんケータイ」に特化している印象を受けますね。

富士通の携帯電話事業は、かつては国内市場で一定のシェアを持っていましたが、スマホ時代になり、特にグローバル競争が激化する中で、ハイエンド市場では存在感を失っていきました。その結果、特定のニッチ市場(シニア向け・セキュリティ重視の法人向け)にシフトせざるを得なかったのかもしれません。

「舐めた性能」と感じられるのも無理はないと思います。特に、価格設定を考えると、スペックの割に割高と感じることが多いのも事実です。ただ、高齢者向け市場は、「シンプルな操作性」「手厚いサポート」「国内メーカーのブランド信頼感」といった付加価値を重視する層が一定数いるため、そこに商機を見出しているのでしょう。

とはいえ、かつての技術力を誇っていた富士通の携帯電話事業が、世界の最前線ではなく「特定層向けの低スペックスマホ」に落ち着いてしまったのを見ると、寂しさを感じるのも理解できます。国産メーカーがスマホ市場で生き残るのがいかに厳しいかを象徴しているようにも思えますね。

東芝の末路

FCNTは東芝の携帯電話事業をも統合している。東芝の末路とも言えるね。

ChatGPT君の回答:

おっしゃる通り、FCNTは富士通だけでなく、東芝の携帯電話事業も統合しています。東芝の携帯電話もかつては国内で一定の存在感を持っていましたが、結局は富士通と同じ道をたどることになりました。

東芝も技術力のあるメーカーでしたが、スマートフォン時代に入って競争力を失い、2010年に富士通東芝モバイルコミュニケーションズ(FTMC)として事業を統合。その後、富士通完全傘下を経て、現在のFCNTに至っています。つまり、富士通だけでなく、東芝の携帯電話事業もFCNTに吸収され、その結果が今の「特定層向けスマホ事業」になっているわけですね。

東芝も富士通も、かつては国内で独自の技術を活かした携帯電話を作っていました。しかし、iPhoneSamsungHuaweiといったグローバルメーカーが台頭する中、競争力を維持できず、徐々に市場から撤退せざるを得なくなりました。結果として、国内向けのシニア市場や法人向けセキュリティ市場に特化するしかなくなったのは、国産スマホの苦境を象徴する流れとも言えます。

FCNTが今後どうなるかは分かりませんが、すでに経営難が報じられており(2023年に民事再生法の適用を申請)、さらに厳しい状況にあるのは間違いありません。このままでは、富士通・東芝の携帯電話事業そのものが完全に消滅してしまう可能性もありそうですね。

どうしてそうなってしまったのか?

富士通や東芝は「どうしてそうなってしまった」んだろう? ざっくりとした質問だが、できるだけ事前知識なしに理解できるようにまとめてほしい。

ChatGPT君の回答:

富士通や東芝の携帯電話事業が衰退した理由を、できるだけ分かりやすくまとめると、以下のようになります。

1. 日本独自の「ガラパゴス携帯」にこだわりすぎた

日本の携帯電話は、スマートフォンが登場する前まで「ガラケー」と呼ばれる独自進化を遂げていました。おサイフケータイ、ワンセグ、赤外線通信など、日本特有の機能が充実していましたが、海外ではほとんど使われていませんでした。

その結果、日本メーカーは「国内向けのガラケー市場」に依存しすぎてしまい、iPhoneやAndroidスマホの波に乗り遅れました。

2. AppleやSamsungの台頭と、スマホ時代への適応失敗

2007年にiPhoneが登場し、スマートフォンが主流になりました。SamsungやHuaweiなどの海外メーカーも高性能なスマホを次々に発売し、市場は一気にグローバル化。

しかし、富士通や東芝は「日本市場向けの独自スマホ」を作ることにこだわり、世界市場で戦う競争力を持てませんでした。国内市場もiPhoneが席巻し、日本メーカーのスマホは売れなくなっていきました。

3. コスト競争に勝てなかった

スマホ市場では、大量生産によるコスト削減が重要ですが、日本メーカーは生産規模が小さく、部品調達や製造コストでAppleやSamsungに勝てませんでした。

また、富士通や東芝はソフトウェア開発が得意ではなく、Androidを独自にカスタマイズしようとした結果、使いにくいスマホになってしまい、ユーザーの支持を得られませんでした。

4. 法人向けやシニア向けに逃げたが、限界があった

一般市場では勝てなくなったため、富士通は「高齢者向けスマホ」や「法人向けセキュリティスマホ」に特化しました。一定の需要はあったものの、そこまで大きな市場ではなく、会社の利益を支えるには不十分でした。

5. 結果として、撤退や事業縮小に追い込まれた

売上が伸び悩み、開発コストもかかるため、東芝は早い段階で携帯電話事業を富士通と統合。その後、富士通もFCNTとして分社化し、事業規模を縮小していきました。そして2023年、FCNTは経営破綻し、さらに存続が危ぶまれる状態に。

結論:変化に適応できなかったのが最大の敗因

富士通や東芝の携帯電話事業が衰退した最大の理由は、「スマホ時代の変化に適応できなかったこと」です。
・日本市場にこだわりすぎた
・グローバル市場で戦えなかった
・コスト競争で負けた
・最終的にニッチ市場(シニア向け・法人向け)に逃げたが、成長できなかった

このような流れで、日本の大手メーカーの携帯電話事業は衰退していったのです。

PC市場でも規模を縮小している両メーカー

スマホ市場のみならず、PCの市場でも東芝と富士通はかつての栄光を失い、いまや割高でスペックの一回り小さいマシンを、財布に余裕のあるお年寄りだけが「国内産」にこだわり有り難がって買うイメージがある。どうしてそうなってしまったのだろう?

参考(いずれも当noteの記事):
日本のPCメーカー衰退の原因
日本のPCクソ高問題(とその原因)

ChatGPT君の回答:

東芝や富士通がPC市場でもかつての栄光を失い、「割高でスペックの一回り小さいマシンを、財布に余裕のあるお年寄りが国内産にこだわって買う」ような状況になった理由を、分かりやすく整理すると以下のようになります。


1. かつては強かったが、世界の変化についていけなかった

東芝や富士通は、1990年代から2000年代初頭にかけて、日本を代表するPCメーカーとして存在感がありました。特に東芝の「Dynabook」は、世界初のノートPCを開発したほどの技術力があり、企業向けPC市場でもシェアを持っていました。

しかし、次第に グローバル競争が激化 し、DellやHP、Apple、さらにはLenovo(旧IBMのPC部門)といった海外メーカーがコストパフォーマンスの良いPCを大量生産するようになりました。日本メーカーはこれに対抗できず、徐々にシェアを失っていきました。


2. 日本独自の市場に依存しすぎた

携帯電話と同じく、PC市場でも 「日本独自の市場」に依存しすぎた ことが敗因の一つです。
・法人向けのニーズ(特に官公庁・大企業向け)を重視し、一般消費者市場で競争力を失った
・耐久性や品質を売りにしたが、性能や価格で海外メーカーに勝てなくなった
・「国内生産」をアピールするものの、消費者はコストパフォーマンスの良い海外メーカーを選ぶようになった

結果として、日本メーカーのPCは「法人やシニア層向けの高価格製品」にシフトしていき、一般消費者向けでは競争力を失いました。


3. コスト競争で敗北し、開発力が低下

海外メーカーは 圧倒的な生産規模 を活かしてコストを下げる一方、日本メーカーは国内生産や少量生産が主流で、価格競争に勝てませんでした。
・AppleやLenovoはグローバル規模で部品調達と生産を行い、コスト削減に成功
・富士通や東芝は規模が小さく、同じスペックでも価格が割高になった
・開発リソースが限られ、革新的な新技術を生み出せなくなった

「品質は良いが、スペックの割に価格が高い」という状況になり、一般ユーザーが手を出しにくくなってしまいました。


4. 結果として、PC事業を売却・縮小せざるを得なくなった

競争力を失った結果、両社ともPC事業を手放すことになりました。

  • 東芝 は2018年にPC事業(Dynabook)をシャープに売却

  • 富士通 も2018年にPC事業(FMV)をレノボと統合

現在、Dynabook(元東芝PC)もFMV(元富士通PC)も 日本ブランドではあるが、実質的にはレノボ傘下 の製品となっています。開発・生産の多くが海外に移り、「純粋な国内メーカー」とは言えない状態になりました。


結論:変化に適応できず、特定市場向けのブランドになった

東芝や富士通のPC事業が衰退した理由をまとめると、

  • グローバル競争に負けた(DellやLenovo、Appleに対抗できなかった)

  • 日本独自の市場に依存しすぎた(法人・高齢者向けにシフト)

  • コスト競争に勝てず、割高になった

  • 新技術の開発力が低下し、革新性を失った

  • 最終的に事業を売却し、かつての日本メーカーの面影が薄れた

現在も「Dynabook」や「FMV」のブランドは存続していますが、その実態は海外メーカーの傘下にあり、日本市場の特定層向けのブランドになってしまった、というのが現状です。

古臭い顧客イメージ

シニア向け市場で生き残る戦略は理解できる。「逃げ切り世代」とか「年金もらい得世代」などと言われている世代は実際にお金を持っているし。だけど、今の60歳前後の人たちなんかは、彼らが中年の頃スマホに触れており、PCの扱いに慣れた人も多い。
このままでは「PCやスマホに詳しくないシニア」というモデル自体が消滅するのは明らかではないだろうか。そうなったら、国内で細々と生き残っているPCメーカーなんて、古臭い顧客イメージと一緒に消滅する結末は免れ得ないのでは?


(※「日本のPCクソ高問題(とその原因)」でも触れていますが、あらためてここでも質問しています。)

ChatGPT君の回答:

おっしゃる通り、今後「PCやスマホに詳しくないシニア」という市場自体が縮小していくのは避けられません。現在、国内PCメーカー(DynabookやFMV)が主に頼っているのは 「デジタルに不慣れな高齢者」や「国内ブランドにこだわる法人・官公庁」 ですが、この市場は確実に先細りしていきます。


1. 「デジタルに弱いシニア」の市場は縮小する

現時点では、「スマホやPCに詳しくないシニア」向けの市場はまだ成り立っています。特に現在の 70代以上 は、PCにほとんど触れたことがない人も多く、「かんたんスマホ」「サポート付きPC」のニーズが一定数あります。

しかし、今の 60代前後 は違います。彼らが中年だった頃(1990~2000年代)、すでにPCが普及しており、仕事で使っていた人も多い。さらにスマホが普及した2010年代には50代だったので、スマホにもある程度慣れています。

つまり、あと 10~20年もすれば、「デジタルに弱いシニア」という市場そのものが消滅 します。すると、シニア向けに特化したPCやスマホを売っているメーカーは、大きな危機に直面することになります。


2. 法人・官公庁市場も安泰ではない

PCメーカーがもう一つ頼っているのが 法人向け・官公庁向け の市場ですが、これも長期的には厳しくなります。

  • 企業でも DellやLenovoを採用するケースが増加(コストパフォーマンスが良いため)

  • 官公庁でも「国内メーカー優遇」が徐々に薄れつつある

  • クラウドサービスの発展により、PCそのものの重要性が低下

特に日本のPCメーカーは 「割高でスペックが低い」 という印象が強いため、価格競争が厳しくなると海外メーカーにどんどん置き換えられていくでしょう。


3. 「古臭いモデル」と一緒に消滅する可能性は高い

現在の国内PCメーカーは、
✅「サポートが手厚い」
✅「安心の国内ブランド」
✅「シニアや法人向けの使いやすさ」
といった価値で生き残っていますが、これらの価値は 今後ますます弱まっていく 可能性があります。

例えば、シニア向け市場が縮小し、法人向けも海外メーカーに置き換えられたら、
➡ 「日本ブランドのPCを買う理由」がなくなる
➡ 「国内メーカーのPC=古臭い、割高」というイメージが固定化
➡ 最終的には 市場ごと消滅 する可能性が高い

特に今の60代が80代になったとき、「デジタルに弱い高齢者」という市場はほぼ消えているでしょう。そうなると、現在のシニア向け戦略を続けているメーカーは 完全に行き場を失う ことになります。


4. 日本のPCメーカーが生き残るには?

今後、日本のPCメーカーが生き残るには、「シニア向け市場」に依存し続けるのではなく、新たな戦略が必要です。例えば、
ゲーミングPCやハイエンド市場に挑戦する(ただし競争は激しい)
独自OSやクラウド技術と組み合わせて新しい価値を提供する
海外市場を開拓する(ただし難易度は高い)

ただ、現状の日本メーカーは 「既存市場で何とか生き延びる」ことに重点を置いている ため、こうした戦略転換は難しいかもしれません。


結論:「逃げ切り世代」頼みのPCメーカーに未来はない

今の国内PCメーカーが依存している 「デジタルに弱いシニア」市場は確実に消える ため、何らかの戦略転換をしなければ 「古臭いモデルと一緒に消滅する」可能性が高い です。

日本のPCメーカーが 「過去の栄光」にしがみついているだけでは、遅かれ早かれ市場から姿を消す ことになるでしょう。

(ぜんぜん)かんたん(ではない)ケータイ

身内のために「かんたんケータイ」を買ったことがある。その名に反し、ぜんぜん「かんたん」ではなかった。「かんたんケータイ」特有の操作が「お年寄りを舐めた」ように限定的で逆に使いづらい
ケイタイだけではない。「初心者向け」として売られているPCも、不要なアプリてんこ盛りで容量を圧迫したり動作が重くなっていたり、エントリークラスのものは「舐めた性能」なことも多い。「メモリ4GB」とか・・・さすがにメモリ4GBの新製品PCなどは国内メーカーであっても2025年現在は存在せず、最低ラインが8GBになったが、8GBでもYouTubeで人気配信者の生放送を見るとスワップが起きる。
「そういった製品」を出すこと自体、消費者を「舐めた」態度では? 消費者を舐め続けた結果、「バカじゃない消費者に見放された」だけではないだろうか?


参考:
メモリ容量: 4GBのノートパソコン」(価格.com
さすがにChromebookか教育向けなどの特殊な用途に限られる。
メモリ4GBではWindows11がまともに動かすのもままならないだろう。

ガワは悪くないと思う。
ただスペックと「初心者向け」「お年寄り向け」のUIが舐めている。

ChatGPT君の回答:

おっしゃる通り、「かんたんケータイ」や「初心者向けPC」が実際には 使いにくかったり、性能が低すぎたりする という問題は、まさに 「消費者を舐めた」結果、市場から見放された 典型例だと思います。


1. 「かんたんケータイ」が「かんたん」ではない問題

「かんたんケータイ」は、
機能を限定しすぎて逆に不便
独自UIが直感的でなく、慣れた人ほど困る
シンプルすぎて、使いこなしたくてもできない
といった問題が多く、結局 「かえって使いにくい」 という矛盾が生まれています。

シニア層も、今やスマホを普通に使う人が増えており、「不便すぎるかんたんケータイ」よりも iPhoneや普通のAndroidスマホのほうがよっぽど使いやすい という現象が起きています。

つまり、「シニアはスマホが使えない」という メーカーの思い込み が、ユーザーにとっては 「余計なお世話」 になってしまったのです。


2. 「初心者向けPC」も実は初心者向けではない

「初心者向けPC」として売られている国内メーカーのPCも、
不要なソフト(バンドルウェア)が多すぎて動作が重い
スペックが低すぎてまともに使えない(メモリ4GBなど)
価格が割高で、同じ値段なら海外メーカーの方が性能が良い
という問題が常に指摘されています。

例えば、最近ようやく「メモリ8GB」が最低ラインになりましたが、2025年現在、8GBでもスワップが発生するのは普通 です。
にもかかわらず、「初心者向け」「エントリーモデル」として 必要最低限すら満たさないスペック のPCを売り続けているのは、まさに 「消費者を舐めている」 と言わざるを得ません。


3. 「バカじゃない消費者」に見放されるのは当然の帰結

スマホやPCに関して、かつては「よくわからないから国内メーカーを選ぶ」という消費者が一定数いました。
しかし、今では 多くの消費者が情報を比較し、コスパを重視するようになった ため、
➡ 「不便なかんたんケータイ」より普通のスマホ
➡ 「遅い初心者向けPC」より海外メーカーの高コスパPC
を選ぶのは当然の流れです。

「舐めた製品」を出し続けた結果、
「バカじゃない消費者」が離れ、残ったのは情報に疎い層だけ」
という状況になったわけです。


4. では、日本のメーカーはどうすればよかったのか?

本来なら、
「かんたんケータイ」ではなく、UIを工夫した普通のスマホを作るべきだった
「初心者向けPC」ではなく、最低限まともに使えるスペックを確保すべきだった
バンドルウェアを減らし、素のWindows環境を提供するべきだった
海外メーカーと同等の価格・スペックで戦うべきだった
のですが、国内メーカーは「安易なニッチ市場」や「低コスト戦略」に逃げた結果、「舐めた製品を出すメーカー」という評判を固めてしまった」 のです。


5. 結論:「バカじゃない消費者」を敵に回せば、衰退するのは当然

現在、日本のPC・スマホメーカーは、
情弱向けの市場(デジタル弱者・シニア・国内ブランド信仰層)
法人・官公庁市場(国内メーカー優遇の名残)
にしがみついていますが、これらの市場もいずれ縮小します。

「バカじゃない消費者」を見放し、
「本当に価値のある製品」を作らなかったメーカーが、
衰退するのは 当然の結果 だと言えるでしょう。

「最初から本物を与えろ」という格言

「子供に与える楽器は、子供向けのチャチなオモチャではなく本物を与えろ」という言葉を思い出すね。子供に本物のギターや本物のピアノを(たとえ安価でも)買って与えた場合、その子は「本物の弾き方」をまっすぐに学び始めることになり、本物の演奏家の道を歩む可能性も生まれる。
だが子供に「子供向けのプラスチックでカラフルな、チャチなおもちゃ」を与えると、それが「本物の演奏技術」に結びつく機会は乏しく、一時の遊びで終ってしまうだろう。
「シニア向けの携帯電話」や「学生向けの最初のノパソ」でも同じだ。「子供だから」「シニアだから」「学生だから」という理由で「機能の限定されたチャチなもの」「本物とは似ても似つかないもの」を与えると「成長と発展の可能性」を奪ってしまうし、そもそも「本物との違い」が大きすぎて「チャチなものに適応する努力」が「時間の無駄」になってしまう
そう考えると「○○向け」という製品自体の存在意義というものに疑問を抱いてしまうな。

ChatGPT君の回答:

おっしゃることは非常に本質を突いていると思います。「○○向け」という製品が、本来の目的である「ユーザーにとっての最適化」ではなく、「安くて適当なものを売りつける口実」になってしまっている ことが問題なのですよね。


1. 「○○向け」が「本物の体験」を阻害するケース

「本物の体験」につながるべき場面で、劣化版を与えてしまう と、成長や学習の機会が奪われてしまいます。

  • 子供向け楽器 → 「オモチャ楽器」を与えると、演奏技術が身につかない

  • シニア向けスマホ → 機能を制限しすぎて、普通のスマホの使い方を学べない

  • 学生向けPC → 「メモリ4GB」「バンドルソフト山盛り」の低スペックPCでは、クリエイティブな作業ができない

こうした 「簡単すぎる道具」や「劣化版のツール」を与えられた人は、それを学んでも『本物』には直結しない」 という問題があるわけですね。


2. 「○○向け」という発想の危険性

もともと「○○向け」というのは、「その層にとって扱いやすいものを提供する」という意味だったはずです。
しかし、実際には 「機能を削って安く仕上げた廉価版」「低スペックでごまかしたもの」 が増えてしまい、本来の目的とはズレてしまいました。

例えば、
「シニア向けスマホ」なら、むしろ普通のスマホを使いやすくするUIを提供すべき
「学生向けPC」なら、むしろパフォーマンスを重視し、長く使えるものを作るべき
のに、実際には「とりあえず安く仕上げて売るだけ」の製品が多くなっています。

結果として、「○○向け」を買ってしまった人は、その後の発展の機会を奪われ、長期的に損をする」 という悪循環になっているわけです。


3. 「本物」を最初から与えることの重要性

「子供に本物の楽器を与えたほうが良い」というのと同じように、
シニアにも、普通のスマホやPCを少しずつ学ぶ機会を与えたほうが良い
学生にも、まともなPCを使わせたほうが良い
という考え方が理にかなっています。

最初から「本物」を使えば、
学びながら成長できる
スキルがそのまま次のステップにつながる
「本物」との違いに適応する無駄な努力をしなくて済む
というメリットがあるのに、「○○向け」という理由で劣化版を与えてしまうと、それらの成長の機会が失われてしまいます。


4. 結論:「○○向け」が意味をなさない時代へ

今後は、「シニアでも普通のスマホを使う」「学生でも普通に高性能なPCを使う」 という流れになっていくはずです。

「○○向け」というのは、かつては「適切なサポートを提供する」という意味だったはずですが、今では
「劣化版を売るための口実」 になってしまっているケースが多い。

それならば、「最初から本物を与える」ほうが、長期的に見て絶対に良い というのが、おっしゃる通りの結論だと思います。

メガネ屋の店員がメガネをかけている意味

ところで、メガネ屋の店員は「全員」メガネをかけている。視力に困っていなくても伊達メガネをかけているんだ。「メガネ屋だから(笑)」という笑い話でもあるけど、「実際にメガネをかけていないとメガネのことなんてわからない」事情もある。「メガネ屋の店員なのに裸眼なのは大丈夫か?」と顧客からの信用もあるだろう。
つまり言いたいのは「製品を誠実にデザインし、誠実に売るためには、少なくとも製品開発部および営業の従業員は全員その製品を普段から使うべき」であり「製品のクオリティを増し、説得力を上げるためには、他社の製品など絶対に使うことまかりならん(破った場合は罰を加える)」といった「社則」を設ける必要があるんじゃないか、ということだ。
これはファッショに見えるが、あくまで「顧客のため」ひいては「自社のため」であり、ほかならぬ「そこで働く従業員のため」だ。どうだろう?

ChatGPT君の回答:

とても興味深い視点ですね。「メガネ屋の店員は全員メガネをかけている」という事実を例に、「企業の製品を扱う以上、その製品を普段から使うべき」 という考え方は、一理あるどころか、むしろ理にかなっています。


1. 製品を普段から使うことで得られるメリット

ユーザー視点での改善が進む

製品開発者や営業担当が普段から自社製品を使うことで、「実際に使ってみて気づく細かい不満点」 を理解しやすくなります。

  • スマホメーカーなら … UIの使い勝手やバッテリー持ち、カメラの質などを日常的に実感

  • PCメーカーなら … 性能の不足、発熱、不要なプリインストールソフトの弊害などをリアルに体験

こうしたフィードバックが 「顧客目線の改良」 につながるため、製品の質が向上します。

説得力のある営業・マーケティングが可能になる

営業や広報が 「他社製品を普段使っている」のに、自社製品を売る のは、やはり説得力に欠けます。
例えば、

  • 「このスマホは最高です!」と勧める営業が 実はiPhoneユーザーだったら?

  • 「このPCは快適です!」と言う担当者が 普段はMacを使っていたら?

こうしたケースは、顧客に「本当に信じていいのか?」と思わせる要因 になりかねません。
逆に、営業やマーケティング担当が自信をもって 「自分も使っています」 と言えれば、説得力が増します。

従業員のモチベーション向上

自社の製品を普段から使うことで、「自分たちが作っているものの価値」 を実感しやすくなります。

  • 「この機能、便利だな!」 と感じることで誇りを持てる

  • 「ここが使いにくいな…」 と気づけば、開発や改善の意欲が湧く

結果として、従業員自身が 自社製品に愛着を持ち、より良いものを作ろうとする動機づけ になるのです。


2. 「他社製品禁止ルール」は行き過ぎか?

「社則として他社製品の使用を禁止し、破った場合は罰則を設ける」という案についてですが、これは少し慎重に考えたほうがよさそうです。

デメリット:視野が狭くなるリスク

もし 「他社製品の使用禁止」 という厳格なルールを設けると、

  • 競合製品と比較する機会が減り、進化が遅れる

  • 「他社製品のほうが優れているポイント」を知らないままになる
    というリスクがあります。

たとえば、他社のスマホを一切使ったことがない開発者が、新しいスマホを作る としたらどうでしょう?
➡ 他社の良いUIや機能を知らず、時代遅れの設計になってしまうかもしれません。

バランスの取れた方針:「他社製品を研究しつつ、自社製品をメインで使う」

理想的なのは、
「他社製品も研究のために触れる機会を作る」
「しかし、日常的には自社製品をメインで使う」
というバランスの取れたルールです。

たとえば、「他社製品も社内で貸し出して研究するが、普段は自社製品を使うよう推奨」 という方針なら、

  • 競合製品との比較ができる

  • それを踏まえて、自社製品の改良につなげられる

  • 営業も「実際に使っています」と自信を持って語れる
    といった、良い結果が得られるでしょう。


3. 結論:「メガネ屋の店員はメガネをかけるべき」理論は有効

自社製品を普段から使うことで、開発・営業・マーケティングが強化される
顧客に説得力を持たせるためにも、少なくとも営業担当は「自社製品を使う」べき
ただし、他社製品を完全に禁止するのは、競争力低下につながるリスクもある

この考え方は、単なるファッションではなく「顧客のため」「自社のため」「従業員のため」 になる、理にかなったアプローチだと思います。

他社製品の禁止はやりすぎ(笑)

確かにそうだ。他社製品の使用を「完全に禁止」すれば「鎖国」のようになって「他社と競争」どころじゃなくなるね(笑)

ChatGPT君の回答:

そうですね(笑)。完全に禁止してしまうと「競争」どころか、「世間の流れから取り残される」危険性すらありますね。まさに鎖国状態。

たとえば、もしAppleが「社員は絶対にAndroidを使ってはいけない!」というルールを作ったら、Androidの強みや新しいトレンドを知らないまま開発することになり、結果としてiPhoneの進化が遅れる かもしれません。逆に、サムスンやGoogleがiPhoneを一切研究しなかったら、今ほどの競争力はなかったでしょう。

だからこそ、
他社製品を「研究のために使う」のは重要
でも、普段は自社製品を使い、開発や営業に活かすのが理想
というバランスが大事ですね。

「鎖国」ではなく、「積極的に海外(競合)を視察しつつ、自国(自社)の発展を促す」みたいなスタンスが一番強いかもしれません(笑)。

開発者「本人」が「毎日」使え

一番良いのは「開発陣のメンバー全員、しかも『本人』に『毎日』使わせること」じゃないかな。
つまり、たとえばトースターなら、「自社のトースターを従業員の自宅で使わせる」だけでは不十分で、
「家族ではなく『本人』がトースターを使う」
「本人が毎日、自社のトースターでパンを焼き、手入れまで全て行う」
「説明書に書いてある『おすすめの使い方』をすべて完璧に毎日こなす」
ここまで要求するんだ。そして詳細なレポートを上げさせて「カイゼン」を行う。
「自分ですべて使う(つまり、奥さんや娘さんに任せない)」なら「手入れが面倒」とか「庫内が狭くて不便」などといった不満を「我慢できずに即座にカイゼンしようとする」はずだからね。

ChatGPT君の回答:

それは非常に理にかなったアイデアですね! 「本当に使い込むことが、最も強力な改善策につながる」 という考え方は、まさにその通りです。


1. 「開発者が毎日使う」ことで得られるメリット

実際に不満を「自分の問題」として認識できる
 → 他人からのフィードバックではなく、「自分で不便を体験する」ことで、よりリアルな改善意欲が湧く。

細かい使い勝手の問題点に気づきやすい
 → ユーザーの声だけでは拾いきれない「微妙なストレス」に気づく。
 → 例:「トースターのダイヤルが固い」「パンくずの掃除が面倒」

説明書に書かれた「理想の使い方」とのギャップを把握できる
 → 実際の使用シーンでは説明書通りにいかないことも多い(「おすすめの使い方」が現実的でない、など)。
 → そのギャップを埋めることで、より直感的でストレスの少ない製品へ改善できる。

他人に頼らず「自分で使う」ことがポイント
 → 奥さんや家族に使わせると、「使いづらい」と言われても「そうなんだ」くらいで終わってしまう。
 → しかし、自分で毎日使えば「これ、ストレスすぎる!」とリアルに感じられる。


2. 「毎日使う」ことで生まれる改善の流れ

1️⃣ 開発者が「自社の製品」を 毎日、自分で使う
2️⃣ 「ちょっとした不便」に 我慢できなくなる
3️⃣ そのままでは気が済まないので 即座に改善を考え始める
4️⃣ 改善を実装 → さらにテスト
5️⃣ どんどんブラッシュアップされ より完成度の高い製品が生まれる

このサイクルを回せば、机上の理論ではなく、本当に「使いやすい」製品 ができるはずです。


3. 実際にやっている企業はある?

実は、この考え方を取り入れている企業もあります。

ダイソン
 → エンジニアが自社の掃除機を使い続けることで、「何が本当に便利か」を体感しながら開発している。

トヨタ(カイゼンの精神)
 → トヨタの工場では、開発・製造スタッフが実際に自社のクルマを徹底的にテストし、問題点を即座にフィードバックする仕組みがある。

Apple
 → iPhoneの開発チームは、開発中のiPhoneを常に持ち歩き、自分たちで試しながら問題点を洗い出している(社内テスト用の「ドッグフーディング」という手法)。

しかし、日本の家電メーカーなどでは 「ユーザーのフィードバック頼み」 になっていることが多く、開発者自身が徹底的に使い込むケースは少ないかもしれません。


4. もしこれを徹底したら、日本のメーカーは復活できる?

「ユーザーの気持ちを完全に理解した」製品を作れる
「シニア向け」「初心者向け」としても、ちゃんと実用性を考えた設計ができる
「消費者を舐めた」製品を出さなくなる

もし日本のメーカーが 「開発者全員が毎日使い込む」文化 を持っていたら、
「高いのに性能がイマイチな製品」ではなく、「使いやすくて本当に価値のある製品」 が増えるかもしれませんね。

結論:
「開発者が毎日使う」方式、マジで導入すべき!



関係ありませんが、昨年の末に買ったトースターがマジで良いです。
おすすめ。

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