フアン氏がXを始めた理由、3投稿で判明する──そして今週、出資先が60億ドルで売られかけている
ジェンセン・フアン氏がXを始めたのは、7月25日だった。
以来投稿した内容を数えてみた。
1本目、オープンウェイト擁護の政策書簡の宣伝。
2本目、8月10日、5000億ドルのコンピュート融資構想の発表。
3本目、8月11日、同じ話をもう一度、写真付きで。
3投稿中3投稿が、全部、自社の商材だった。
個人の日常も、他社への論評も、ミームも、猫の写真もない。
人生初のSNSアカウントを、広報カレンダーとして開設した男がいる。
そして今週、その3本目の投稿に写っている6人のうちの1社が絡む話が、もうひとつ飛び込んできた。
アンソロピックが、あるスタートアップを60億ドルで買収しようとしている。
そのスタートアップに最初に出資していたのは、エヌビディアだった。
この記事では、8月11日の投稿に写っていた6人が誰だったか、フアン氏が投稿で使った「すべての企業がそれによって動き、すべての国がそれを築く」という一文の意味、そしてDecart案件がエヌビディア自身にとってなぜ「出資しても損しない」構造になっているのかを、順番に見ていく。
8月11日の投稿を、まず見ておきたい。
This is a big moment for computing and @NVIDIA. We’ve made the leap from building chips to creating a new investable asset class: AI factory infrastructure. Every company will be powered by it. Every country will build it.
— Jensen Huang (@JensenHuang) August 11, 2026
Thanks to Larry Fink of @BlackRock, Jon Gray of… pic.twitter.com/OuFztK7XuM
内容はこうだ。
「これはコンピューティングとエヌビディアにとって大きな瞬間だ。我々はチップを作ることから、新しい投資可能な資産クラス——AIファクトリー・インフラを生み出すことへと飛躍した。すべての企業がそれによって動き、すべての国がそれを築くだろう」。
そのうえで、ブラックロックのラリー・フィンク氏、ブラックストーンのジョン・グレイ氏、ブルックフィールドのブルース・フラット氏、ゴールドマン・サックスのデビッド・ソロモン氏、アポロのジム・ゼルター氏、KKRのヴァルデマー・シュレザック氏——第4部で書いた融資6社のトップ全員——に、名指しで謝辞を述べている。
写真は、全員が親指を立ててこちらに笑いかけているものだ。
8月10日に一度発表した話を、翌日、もう一度、感謝の言葉と記念写真を添えて再放送している。
これは広報の作法として見れば、悪くない。
だが「初めてXを始めた男の、3投稿すべてがこれ」となると、話は違う角度で読める。
フアン氏のXは、思想を語る場でも、雑談の場でもない。
発表を打ち、翌日にもう一度打ち、余韻を作る場として設計されている。
第4部で私は「オープンウェイトも融資構想も、両方とも需要の設計だった」と書いた。
あのときはまだ、政策と資金という大きな絵の話をしていた。
だが実物のXアカウントを見る限り、需要の設計はもっと小さな粒度でも同じように行われている。
1投稿ごとに、律儀に。
そして、この「AI ファクトリー」という物語がどこまで実体を持つのかを試す、格好の材料が同じ週に転がり込んできた。
ブルームバーグが8月13日、アンソロピックがイスラエルのAIスタートアップ、Decart AIを約60億ドルで買収する交渉に入っていると報じた。
交渉はまだ初期段階で、破談の可能性もある。
実現すればアンソロピック史上最大の買収案件になり、注目されるIPOを控えたタイミングでの動きだ。
Decartが何をしている会社かというと、AIチップをより効率的に動かすためのソフトウェアを作っている。
学習コストを下げ、限られた計算資源から、より多くの性能を引き出す。
イスラエル軍の精鋭サイバー部隊「Unit 8200」出身の技術者2人が、2023年に立ち上げた。
このDecartに、5月、3億ドルの資金調達ラウンドが入った。
主導したのはRadical Venturesだが、このとき新規に参加した投資家の一人が、エヌビディアだった。
評価額は当時で約40億ドル。それが3か月足らずで60億ドルの買収額に化けようとしている。
ここからが本題だ。この案件を、エヌビディアの立場で眺めてみてほしい。
エヌビディアは、自社のGPUをより効率的に使えるようにする会社に出資していた。
その会社を、エヌビディアの最大級の顧客の一社であるアンソロピックが、60億ドルで丸ごと買おうとしている。
買収の目的は、公式には「推論の高速化」「計算資源の有効活用」だ。
つまりアンソロピックは、限られたGPUからもっと性能を絞り出すために、この会社を買う。
エヌビディアから見た景色は、こうなる。
顧客に売ったGPUの上で、顧客がもっと効率よく計算できるようにする会社に、あらかじめ出資しておいた。
その会社を、当の顧客が数か月で15倍近い評価額をつけて買いにくる。
出資は含み益になる。しかも買収が成立すれば、アンソロピックはより少ないGPUでより多くの仕事をこなせるようになり、その浮いた計算余力で、さらに次のGPUを買う原資が生まれる——あるいは、同じ予算でより野心的なモデルを学習できるようになる。
効率化への投資が、次の購買力を生む。
エヌビディアは、顧客が自社製品をもっと使いこなすための道具にまで、あらかじめ賭け金を置いていたことになる。

循環取引という言葉は、第4部では「エヌビディアが顧客に金を貸して、その金で自社のチップを買わせる」という直接の輪を指していた。
今回のDecart案件は、その輪の外側に、もう一段、緩やかな輪を重ねる話だ。
エヌビディアは直接お金を貸しているわけではない。
ただ、エコシステムのあらゆる結節点に、小さな出資という形で先回りしている。
顧客同士が食い合っても、道具屋が買われても、エヌビディアの持ち分はどこかで浮上する構造になっている。
これは陰謀ではない。ベンチャー投資として、極めてまっとうな戦略だ。
CoreWeaveへの出資も、Nebiusへの出資も、同じ論理でやってきた。
ただ、その一つひとつの点が、8月に入ってから恐ろしいペースで線になって見えてきている。
フアン氏が8月11日の投稿で書いた「すべての企業がそれによって動き、すべての国がそれを築くだろう」という一文は、大言壮語のようでいて、実はかなり正確な描写だったのかもしれない。
企業がAIファクトリーを築くとき、その建設資金にも、その建設を効率化する道具にも、たいていエヌビディアの名前がどこかに紛れ込んでいる。
8月26日の決算では、この件がどう語られるかにも注目したい。
Decart買収がアンソロピックの決算(非上場だが、IPO準備の一環で情報が漏れてくる可能性がある)にどう効いてくるか、そしてエヌビディアが決算コールで自社のベンチャー投資ポートフォリオについてどこまで踏み込んで語るか。
フアン氏のXアカウントが、また律儀に何か発表する頃合いでもある。
第4部を書いたとき、私はまだ「思想と資金の話」だと思っていた。
今は違う。
これは、もっと細かい粒度で、あらゆる取引の周りに網が張られている話だ。
網の目の一つひとつは無害に見える。
出資、買収、感謝の投稿。だが全部足すと、エヌビディアが関わっていない取引を探すほうが難しくなってくる。
次にフアン氏がXに何を投稿するか。もう賭けてもいい。
それは、今日書いたこの話の続きになるはずだ。
※本記事は公開情報の整理であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。
ウサギ研究員です。25年の投資経験と、複数業界を横断してきたリサーチャーとしての視点から、表層のニュースでは見えてこない構造を追いかけています。「媚びない。魂は売らない。本質だけを書く。」を掲げて、ジェンセン・フアン氏の動きを第1部から追ってきました。まさかXの投稿頻度そのものが分析対象になるとは思っていませんでしたが、追いかける価値のある人物です。
ここまで読んでくださってありがとうございます。よければマガジンで全編どうぞ。
他の記事もこちらから。 https://note.com/usagi_giken
#NVIDIA #エヌビディア #ジェンセン・フアン #アンソロピック #Anthropic #Decart #循環取引 #AIインフラ #米国株 #半導体
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

