サイレントリスナー
時々、サイレントリスナーをしているポッドキャストに、お便りを送りたくなる。
一度、とあるポッドキャストにお便りを送ったことがあって、採用されて、放送された。とっても嬉しかった。
でも、その採用のされ方は私の思いとは違う扱われ方だった。お便りを送った私の意図と、番組制作上の都合との兼ね合いって難しいのだなとしみじみ感じて、それ以来送るのをやめてしまった。
たとえば、ポッドキャストの主相手へ、なにか応援するメッセージだとしたら、それはまっすぐな言葉だろうから、番組による解釈も、言葉の言い換えを含んだ改変も介入しにくいはず。
でも私が送ろうかなと思ったりするメッセージは、応援でないことが多い。疑問や、自分の考えや、単純化できない気持ち。
番組制作上とは言え、省略したり、前後関係を勝手にうまくまとめてしまわれると、私は納得できないし、採用されても嬉しくない。
誰かや何かが間に立つ悲しさ。
ビジネスというか、誰かの時間やお金が間にある難しさというか。何かの目的に沿わないといけない感じというか。
サイレントリスナーであることに寂しさはない。お便りを採用された方へ、妬みも羨ましさもない。
でも時々、自分ならこう考えるのにな。
と思ったりすると、不意にお便りを送ってみたくなる。
採用されるとか、改変されるとか、そこは置いておくとして、ただ投げるだけになってもいいから、お便りしたくなる。
私はnoteでも、ほとんどコメントしない。
サイレントリスナー(リーダー)に徹している。
いいなぁ、と思ったら、こっそり自分のマガジンに入れさせていただくくらい。
私が勇気が足りないとか、気力がないとか、臆病だとか、そういう問題でもあるのかもしれないけど、noteに限って言えば、私が変なコメントすることで記事主さんの大切な「熱」に、茶々を入れるようなことになったらどうしようと思う。
何を偉そうにと、自分でも思う。
自分の発言が、どれほどのものだと思ってるの?
でも私は、そういう臆病さを捨てたくない。
サイレントリスナー(リーダー)は、客観的には傍観者にしかなっていなくて、思うことはあっても、伝えない人。
サイレントを「卑怯だ」という歌を聞いたことがある。
全ての場面でのサイレントが卑怯だと私は思わないし、サイレントもまた、私が選んだ結果なのだと思う。
でも、趣味で聞いているポッドキャストにお便りを送ってみるくらい、やってもいいのかもしれない。
自分が自分の選択をしたと思えるなら、なんだってやってみたらいい。
今年は、そういう気持ちでいたいかな。
【今日の川柳】
お題「早起き」
朝日より 今日も早いね 送る賞状
【今日の英作文】
同じ話をしているのに、意見がどこまでも平行線で、全く意味をなさない。これは時間の無駄ですか?
Even though we're talking about the same topic, our conversations keep going nowhere and don't make any sense. Is this just a waste of time?
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