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try to 〜|第1章 黒いジャージと風紀委員長|第1話 白いブレザーと黒いジャージ


◾️あらすじ(ネタバレ含みます)◾️

私服登校を貫く一年生・矢川由実南と、彼女を「観察」して小説にしようとする風紀委員長・小坂井勇人。最初は迷惑がっていた由実南だが、二人で公園を走った夕暮れをきっかけに距離が縮まっていく。書けずに悩んでいた勇人は由実南に支えられ筆を執るが、デビュー後はPVや数字に振り回され、初心からも由実南からも離れていく。だがふと開いた古い掲示板に残る彼女の一言に救われ、本当に書きたかった物語を取り戻す。変わらずにいてくれた由実南への想いに気づいた勇人は、彼女に告白し、二人は結ばれる。




 僕はあのころ力が欲しかった。
 物理的な力じゃなくもっと精神的な━━
 心の力。


 白いブレザーに袖を通し、中学校に向かう。想像できただろうか? こんな自分。
 何年か前の自分はこんな学生服すら知らなかった。
 中学生なんて、自分とは関係ない存在だった。
 でも、もう慣れてしまった。
 それがいいことなのか悪いことなのかは知らない。
 ただ、これが今の自分だった。

 だから。
 この白いブレザーを決して着ない新入生が入ってきたとき、僕は━━
  *****

「制服なんて大っキライ!」
「スカートなんて絶対穿(は)かない!」
「第一なんで制服着なきゃいけないの?」
「小学校は私服だった! 私服の高校だってたくさんあるって聞いた。大学は私服でしょ? 私服の会社だってあるっ!」
 由実南(ゆみな)のこの手の言葉は入学以来何度発せられたかわからない。行動力だけは人一倍ある彼女は、単身校長室に乗り込んで大演説をかましたことまである。
「なぜ男子はズボン、女子はスカートではなきゃいけないんですか? これは明らかな男女差別ですっ!」
 初めのうちは先生や両親はそんな彼女にいちいち対応した。時には怒鳴り、時には泣きついた。だがどんな言葉も心底彼女を納得させられることはできなかった。
「なぜ黒い髪ゴムじゃなきゃダメ?  どうしてソックスは白? そのこと自体になんの意味があります? 黒ゴムが頭をよくしてくれるんですか? ホワイトソックスが足を早くしてくれます?」
 意味不明だ。最近の若い子はまったくもって不可解だ。先生がたは頭を抱えまくった。
「決まりだから? 集団生活の和を乱すな? 制服だってかわいいじゃないか?━━かわいいって、そういう問題かよっ!」
 協調性なしの問題児。屁理屈屋。いい加減にしてくれ! 担任教師は特にキレた。彼は言ったそうな。俺だって昔は着てたぞ学ラン。
「だからナニ?」
 由実南は大人たちの言うことを聞かなかった。頑として私服登校を続けた。
 風紀が乱れる! 他の生徒まで真似したらどうなる? あぁよりによってなんで俺が居るとき居るところにこんな生徒が現れるのか! このごろはただでさえ先生だって大変なのよ不登校学級崩壊いじめ校内暴力ゆとり教育━━考えるだけで先生頭パニックなのよ。
「私知ってます。うちの学校四年前まで体育女子はブルマーだったけど、反対意見が出まくってとうとう短パンに変更になったんですよね? 決まりなんで絶対じゃないんです! 変わっていくものなんです!」
 ルールを守れないヤツはろくな大人になれないぞ。たとえ我慢ならないことがあっても堪え、周りに従う、これが社会に置いてどんなに大事なことか。おまえは自己中心的すぎる。見てみろ、みんなちゃんと制服を着て━━「じゃあ、みんなが死んだらセンセも死ぬ?」
 おまえはどうしてそういう子供じみたことを……
「じゃ、先生も着てよ制服。スカートなんてどう? 穿きたく穿いてる人はともかく、ほんとはヤだってもコいっぱい居ると思うの。そういうのセンセもよく分かると思います。アレを穿いたら」
 最初はたとえ嫌でも、そのうち愛着が湧いてくるものだぞ? 卒業して着れなくなるのがどんなに寂しいか……
「そういう人も居るかも知れない。でも、私はそうはならない。少なくとも、今の私には理解できない」
 どんなことでもやってみないとわからないものだ。嫌なことでも堪え忍びいつか花を咲かせ……
「とにかく、着ません‼︎」
 …………せ、せめて、ジャージ登校にしてくれ…………地域のみなさまの目が…………
「納得できないのに、いいなりにはなりませんっ! なんといわれようと私は私のしたいようにしますっ!」


 私服少女は今日も元気に登校していた。彼女は目立った。そりやそうだろう。みんなホワイトブレザーのなか、ただ一人黒い服着たヤツが居りや。(由実南は黒が好き。動きやすいのが好き。ブルゾンやーショートパンツやハーフパンツなんか必需品)
 大人には応介者な彼女も、生徒たちには人気があった。彼女はよく喋りよく笑いよくボケよくキレよく眠り、ときには泣いた。
 彼女を温かい目で見守る━━そんな空気が生徒たちの間にはあった。大抵の生徒は彼女を応援していた。退屈な学校生活に私服名物少女は刺数を与えた。単純に、彼らは彼女を見ているのが楽しかったのだ。
 一部を除いて。


「キミを書きたいんだ!」
 放課後、体育館裏に呼び出された由実南は、そこに上級生男子を見つけた。自分の記憶が正しければ、あれは風紀委員長。真ん中分けの髪にメガネ。ちょっと冴えないようにも、ちょびっとカッコイイようにも見える━━そんな微妙なヤツだった。
 微妙なヤツは真剣な顔で由実南にそういったのだった。
「ほ、ほぇえ⁈」
 私服少女は固まった。やがて大きな瞳が瞬いた。
「だ、だめですっ!」
 由実南は真っ赤な顔を振りたくった。
「ぬ、ぬーどなんてダメっ! じ、自信ありませんっ‼︎」
「…………。え⁉︎」
 今度は風紀委員長が石化した。
「だって私サルみたいだしっ! 胸はでかいっていわれるけど、かたちワルいしぃー……」
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て」
 委員長は小猿にブレーキをかけた。ショートな髪の彼女はサルっぽくないこともない。
「それは違う、明らかに違うっ! 確かにモデルになって欲しいけどそれは小説のモデルであってけっっしてヌードモデルなんかじゃないっ‼︎」
「しょ~~〜せつ?」
「僕は作家志望なんだだがコレはトップシークレットだプライバシーな問題だだから他の誰にも秘密だ恥ずかしながら最近筆の滑りが最悪だそんなとき思い立ったのがこの計画だキミみたいなおもしろい、いや素晴らしい人材をモデルとすれば僕はあこがれの大作家へ飛躍できるかもしれないいやこれは言い過ぎかだがしかしこの一歩が人類の未来にとって」
 早口な委員長のセリフは由実南にはほとんど聞き取れなかった。
「え、えぇと……???」
「こそこそとキミのことをモデルにするのはいただけない、だから、正々堂々と宣言することにしたんだっ! 僕はキミをモデルにする! したがって、キミを観察させていただく。作家にとって人間観察は非情に重要なことなんだ。━━それでは」
 言いたいことだけいって彼は足早に去っていった。
 取り残された由実南はなんテンポも遅れて呟いた。
「……えぇと、私の許可っていうか承諾? はどうなるんだろう……??」


 翌日から、由実南は宣言どおりな風紀委員長・勇人(ゆうと)の観察対象にされる━━というか実質つきまとわれていた。
「あの、小坂井(こさかい)くん…」
 由実南は決して彼を先輩とは呼ばない。というか他の人でもそうだ。たった一つ年が違うだけでも先輩後輩先輩後輩━━由実南はそういうのがわからないのだ。敬語だってそういう理由では遭いたくないのだ。というか彼女はどっちかというと嫌いなヤツとか慣れていないヤツに対して敬語を遣う。あとはそのときの気分次第。━━でも子供だと思って舐めた口聞くヤツはむかつく。……まーそういうヤツなのだ、由実南は。
「あ、あの、下校まで一緒っていうのは、ど、どうなのかと」
 友だちの亜矢(あや)ちゃんはおもしろがってた。絶対おもしろがって、だから、今日に限って一緒に帰ってくれないのだ。このメガネくんと私を二人っきりにするために!
 由実南だってお年頃だ。そーゆーことにビミョ~に憧れることだってある。だからっていきなり「やっと二人っきりになれたね」なラブコメ的シチュエーションってのは…....。
「いや、僕のことは気にせず、自然に」
 小坂井勇人は由実南から一定の距離を保ったまま、手にしたメモ帳になにやら書き込みつつ、由実南の尾行を続けた。
 メモ帳には几帳面(きちょうめん)な文字で<矢川(やがわ)由実南観察メモ>と題されていた。その顔は至極まじめでラブコメの入り込む余地なぞなかった。
 ちなみに由実南は部活には入っていない。
 勇人は風紀委員&英語研究部をやっている。
「き、気にせずっていわれても……」
 天下無敵の私服一年生も、このよくわからないメガネ二年生は苦手なようだった。

  *****

 その日の矢川由実南の観察を終えると、僕は急ぎ帰定した。
 ゴーイングマイウェータイプの彼女を観察することは、僕にとってとても楽しいことであった。
 着ていた制服をハンガーにかける。気をつけてはいるがそれでもだいぶ汚れている。
 ……誰なんだろう、わざわざこんな汚れやすい色を制服にしたやつは。
 デスク上のパソコンのワープロソフトを開く。記したメモは果たして役に立つだろうか。
 ……彼女にはわかるだろうか、僕みたいなやつの気持ちが。わかるだろうか、こうやって観察を続けたら彼女の気持ちが。
 あんなふうに屈託なく笑える彼女の気持ちが。
 大人たちに向かって叫ぶ彼女の気持ちが。

  *****

 矢川由実南と小坂井男人の噂は爆発的に生徒たちに広まった。
「あの二人つきあってるんだぜー」
「見て見ろよ、風紀委員長のあっつい眼差し」
「矢川だってまんざらじゃなさそうだぜ」
「あの二人もうキスまでしたんだって!」
「えーやーだーうっそぉ⭐︎★」
 .....破滅的にいい加減なものだ、噂っつーのは。
 そんななか、勇人は地道に由実南を観察しつづけた。
 由美南は……
「いい加滅にしてー‼︎」
 勇人をどついたり逃げ回ったり蹴り倒したり隠れたり……まー色々抵抗した。がんばった。がんばってもがんばっても、あのメガネはしつこかった。


 さて。この中学には私服少女を好ましく思わない連中が存在していた。
「あのコ、マジむかつく」
「あの目立ちたがり屋が」
「滅せよ!」
 とかなんとかいうのは大抵女生徒だった。とりわけ、風紀委員に人口密度が集中していた。どっちかというと風紀がどうのというより━━嫉(ねた)みだった。由実南は結構男子と仲がよかった。
「センセー甘過ぎ」
「PTAナニしてんのよ!」
「つけあがりやがって!」
「そんなんだから」
「結局矢川は私服登校やめないし!」
「ガツンといってやってよ」
「服装の乱れは心の乱れ!」
「個性が求められる現在においても協調性は大事」
「一人だけ持別ってのはどうよ」
「集団生活学べ」
「これじゃ遠足とか修学旅行とかの決まりが厳しくなっちゃうかもっ!」
 なーんてコトを菓子バリバリ食いながら彼女たちは常日頃から喚き散らしていた。in風紀委員室(そういう部屋がなんでか存在していた)。
 男子委員たちゃ反(そ)りが合わない女子委員たちがナニか言おうとしても、彼女たちは殺人的な視線でことごとくそれらを黙らせた。
 いつも遅れてやってくる風紀委員長や(そういう性格らしい)、たまにやってくる風紀の先生はソレを知らない。
 彼らが来る前に彼女らは菓子をやっつけて証拠隠滅してしまう(窓まで開けたりして匂いを消す。ほとんど煙草のノリだ)。
 彼らの前では少女たちは礼儀正しい風紀委員にモードチェンジするのだ。
「っーか知ってる? 小坂井委員長とサル私服女の噂!」
「許せない許せない」
「小坂井先輩には楓(かえで)がいるのにっ‼︎」
 ━━楓。ここがチェックポイントだ。たぶんテストに出るから赤丸で囲んで覚えておくように(なんのテストだ)。
 数分後。小坂井勇人がやってきた。ちょっとぼーっとしたメガネ小僧は頬に絆創膏をつけていた。由実南にやられたのだ。
 委員長はホワイトボードの前の席に着くとどーでもよさそうに呟いた。
「えー本日の風紀委員会はー」
 明らかにやる気がない。やりたくて委員長やってるんじゃないんですっていう気怠い空気が漂っている。たぶんなんかのなりゆきでやらされているだけなのだろう。
「委員長!」
 挙手する少女が一名。長い腰まで届く黒髪。オイオイって突っ込み入れたくなるほど美しいお顔。凛とした高い声。
「さすがですわ! 問題児・矢川由実南を手なづけておしまいになるとは」 
 たぶんもう気づいてる人もいるだろう。彼女が例の楓━━東風(こち)楓である。
 長方形の机にみんなして座っていた風紀委員たちはどよめいた。
「なにい⁈」「委員長のほうが手なづけられたんじゃないの?」「どゆこと⁈」「二人は単にラヴラヴなだけじゃ……」
「お~ほっほっほっ!」楓ちゃんは高笑い。「みなさま浅はかですわ! 委員長はかねてからの我が風紀委員の目の敵・矢川由実南を手なづけ、彼女を品行方正な生徒にクラスチエンジさせるおつもりなのですっっ‼︎」
 彼女のど迫力にみんな息を飲んだ。そして叫んだ。
「ぶらぼ!ー!」「さすがだ委員長!」「よくわからんがすげえ!」「ただのボンクラじゃなかったのね!」「さすが楓が目をつけただけある!」
 私服賛成派も反対派もなかった。この熱気はそんなものを容解した。一丸となった。みなさまお祭り騒ぎが大好きだった。
 勇人は眠そうな目であくびした。幸い(?)誰も見ちゃいなかった。
 盛り上がりまくったみなさまは異口同音に叫んで勇人を振り返った。
「そゆことならっ! 応援いたしますっ! 委員長‼︎ とりあえず風紀委員としてっ‼︎」
 ……だが、そこにはもう勇人の姿はなかった。今日はもういいやと判断して、ご帰宅なさったのだ。


「…………いない、よね?」
 近所では大きめな公園にて。由実南はゆっくり回転して辺りを見回した。
 メガネの真ん中分け少年は居なかった。今日は委員会があるとかいってたし。大丈夫だ。
 まーあの人も家のそばまではついてこないし、この公園はすでに安全圏のはずだし。もう帰宅してからだいぶ経ったし。鞄は家に置いてきたし。
「大丈夫大丈夫」
 準備体操をして、深呼吸して。
 由実南は走りだす。
 彼女は走るのが好きだった。
 一人で走るのが好きだった。
 誰にも東縛されずただ一人。
 風を感じて。
 前を見て。
 前に向かって。
 タイムなんてどうでもいい。
 誰かと競い合いたいわけじゃない。
 ただ自由に自由に
 走りたいから。
 だから
 走るだけ。


 息を切らしながら、由実南はベンチに座った。タオルで汗を拭きながら空を見て━━誰にともなく呟く。
「私って……そんなに我が儘?」
「立派な大人には……なれないのかなぁ?」
「この社会は……そんなに正しいことでいっぱいなのかなぁ?」
「私は何になりたいのかなぁ」
「私ってばかだと思う?」
「みんなと同じなのは、そんなにいいこと?」
「やっぱ……我が儘かなぁ…………」 




▼次回 第二話▼


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