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【連載小説】檻城の姫君|第一章 第四話 「宇宙へ」

▼前回▼


 なんかよくわかんないうちに、宇宙である。
 外から見た猫の星は、青かった。丸かった。地球によく似ていた。
 ━━フライは大はしゃぎしている。
 翔は、なんかもう感慨もわかない。ほとんど思考停止している。ブリッジの展望窓の向こう。こないだまでテレビでしか見たことなった世界が広がっている。向こうは音のない世界……らしい。
 ただ━━、もう帰れないんだな……そんな思いが翔の心の中に生まれていた。
「なぁ、どうして俺なんだ?」
「えー?」
 喜色満面のフライに、翔は虚しい声で言う。
「どうしてそんなに城から出たかったんだ?」
「あのね、私、もうすぐ戴冠(たいかん)するんだ。女王にになるんだって」 
 大宇宙を背に、フライは笑う。どこか辛そうな笑顔。
「決まりなの。十六になったら、王にならなきゃいけないの。王家の血をついでる猫のさだめなの。私は、まだ十五だけど、もう少ししたら、十六になるの。そしたら、戴冠しないといけないの。猫は、十六で大人になるの」
「それが嫌で逃げ出してきたのか……?」
「……うん」
「なんでだ⁈  フライなら、一人でも脱出できたろ。なんで俺まで巻き込むんだよ⁈」
「…………」
「なんで、俺が……」
「だって、翔だけだった。笑ってるのは、翔だけだったのっ!」
 フライは翔に詰め寄った。翔の顔を一生懸命な目で見上げる。
「私、お忍びで地球に行ったの。もちろん見てるだけだったけど……。私と同じ年頃の人たちがたくさんいる所を見たかった。高校っていうんでしょ? 同じ服を着た人たちがたくさんいたわ。みんなつまらなそうな顔をしてた。机の上でお勉強してた。本当はみんな、逃げ出したいんじゃないかって……私にはそう思えた。なのに、逃げないの。一生懸命先生のお話聞いてるの。寝てる人もいたけど、でも、教室からは逃げないの。壊れちゃうんじゃないかって、見てて心配になった」
 フライが泣いていたから、何も言えなくなった。
 でも翔は知っていた。そう思う人はいるかもしれない。でも、みんながそうってわけじゃない。 
 わりと楽しい授業もあるし、案外教室だって居心地がいいと翔は思ってる。
 休み時間にばか騒ぎしたりするのは楽しいし、最近うちのクラスの一部の男子ではやってる、空き部屋で球蹴りしたりするのは、正直いってすっげー楽しみなのだ。 
 フライはそんなこともわかっていない。
「屋上にも人はいた。ちょっと安心した。でも、その人も寝てた。つまんなさそうだった。お庭で運動している人たちもいた。でも、不満言ってた。やりたくないって」
 たまたまだろう。たまたま笑ってなかっただけで、フライにはそう感じただけで━━。
「━━でもっ! 翔は違ったの!」
 フライは瞳を輝かせた。
「翔はね、教室の中で笑ってたの! みんなとは違うご本読んで、笑ってたわ」
「━━は⁈」
「だからお願いしたの。姫として、最初で最後のわがままだって言って。女王になったら、自由なんて全然なくなっちゃうから! お父様にもマイティにも内緒にしてもらったの。猫ってね、気のいいのが多いの。同情してくれたの。だから、翔のこと、連れてきてくれたの」
「ばかじゃねぇの⁈  俺はただ漫画読んで笑ってただけじゃねぇか━━」
「でもっ、笑ってたもんっ! 翔は笑ってたもんっ!」
 フライは拳を握って頑(かたく)なにそう言った。
 翔はフライに背を向けた。
「翔━━⁈」
「……一人にしてくれ」
「えっ⁈ 待って、翔……‼︎」
「つきあいきれねぇ」
「……」
「なんで俺がわがままなお姫様の犠牲にならなきゃなんねぇんだよ⁈」
「しょ……」
 翔は出て行ってしまった。フライは大粒の涙を一杯流した。
「だって、だって……」

 気づいたら、ここにいた。テーブルと椅子が並んだ食堂らしき部屋。
 テーブルの上に俯せて、翔は死んだように動かない。呼吸を何度も何度もした。息が詰まりそうだった。胸の鼓動をずっと聞いていた。
 顔を上げた。初めて部屋を見渡した。
 猫がいた。
 藍色の毛に金色の瞳の猫。
 ただし、それはロボットだった。
 大きさはフライと同じくらいだが、フライたちと比べるとなんだか作り物めいて見える。もしかしたら、見分けるためにわざとそう造ったのかもしれないが。
 ロボットは翔に近づいてきてこう言った。
「お食事はいかがですか?」
 ピンクのエプロンと三角巾をつけたそのロボットは、翔の返事をしばらく待ち、それでも返事がないと知ると、流暢(りゅうちょう)な口調で続ける。
「お飲み物はいかがですか?」
 そんなものはいらない。そう思った。
「お菓子はいかがですか?」
 いらない。
「お茶はいかがですか? クッキーはいかがですか?」
「いらねぇよっ!」
 叫ぶとロボットは沈黙した。動かなくなった。翔のすぐ横で、親に怒られた子供みたいに固まっている。
「……」翔は長く溜め息をついた。「……茶、くれ」
 ロボットの金目が光った。嬉しそうにカウンターの内に入っていく。
 見ると、カウンターの下から急須とお茶っ葉の入った緑色の筒を取り出した。
 急須に葉を入れる。カウンターの上のポットから急須に湯を注ぐ。それを湯飲みへ入れる。
 不器用なのか、少しこぼした。慌ててふきんでカウンターと拭く。それを盆に載せ、翔の目の前のテーブルに置いた。
 得意げに目をまた光らせる。なぜかとても人間っぽい動きをするロボットだった。
 翔は茶を飲んだ。体が温かくなった。
 心もなんだか解(ほぐ)れてゆくような気がした。
 香苗を思い出した。
 香苗もよく茶を作ってくれた。
 あいつも、どこか少し抜けている所もあった。そしたらなんだかほっとして、空腹を覚えた。
「じゃあさ、なんか食い物でも作ってくれる?」
 ロボットの瞳が瞬く。
「えーとさ……オムレツがいいな。あと、できればサラダかなんかも……」
 香苗が作る料理の中で、翔はオムレツが一番好きだった。
 香苗は毎晩文句も言わずに料理を作る。それどころか、「えらいな」とかいってみたら、香苗の奴、「別に。料理作んの好きなだけ」とか言った。
 確かに、嬉しそうに料理を作っていた。
 自分だったら絶対そんなことできない。おもしろいのなんて最初だけで、すぐヤになる。━━そういうところ、翔はちょっと尊敬していた。香苗は朝が苦手なので、朝飯作るのは、いつも母親だったが。
「えっとさ、チーズが入ったオムレツで、ケチャップかかっててさ」
 翔の注文どおり、ロボットはカウンターの奥の厨房でオムレツを作ってくれた。翔は自分も厨房でサラダを作った。でっかい冷蔵庫にはいろんな物が入っていた。トマトサラダにした。翔はトマトが好きだった。マヨネーズをかけてできあがり。
 あとは、温かなご飯。米なんかないかなぁ? と思ったら、あった。ロボットは鍋で素早く一人分のご飯を炊いてくれた。
 案外器用らしい、テーブルに戻って翔が食事するのを傍で見守っている。
 香苗のオムレツとは少し味が違うけど、おいしい。
「おまえはなんか食わないのか? 食わないか……ロボットだし。燃料はなんだろ?」
 香苗は最近彼氏ができたらしい。
 実の兄のことは小馬鹿にするくせに、彼氏のことはベタボメだ。そいつは、成田くんといって、秀才らしい。実際見たことはないのでわからないが、かなりかっこいいらしい。耳にタコができるほど聞かされたから、なんか宙を仰ぐ癖があるらしいってことまで知っている。
「そんなにいーのかねぇ……」
 ロボットはずっと翔を見ている。翔は微笑した。
 ━━こいつ、なんか香苗に似てるよな。
 それから、フライのことを考えた。
「逃げるほど、嫌なのかな……」
 たとえば、通う大学を親に決めつけられたら。
 たとえば、生まれたときから、つくべき職業が決まっていたら。
 それが決して変えられなかったら。
 ━━嫌だろうな、やっぱり。
 フライは姫として生まれたから、衣食住には困らなかっただろうけど、でも━━やっぱり、嫌かもしれない。そこに自由はないのだろうか……? 
 王家ってなんなのだろう、一体。
 レタスをぱくつきながら、翔はふと気づいた。食堂の入り口の開け放たれた扉。
 その辺りから、長い茶虎の尻尾が覗いている。
 よく見ると、三つ編みにした髪見えた。
 翔は苦笑した。
「出ておいでよ」
 尻尾が揺れた。
「もう、怒ってないよ」
 フライが顔を半分覗かせた。
「ほんとに?」
「ああ。ごめんな」
 フライは出てきた。目がウサギみたいに真っ赤に腫れていた。
「座りなよ」
 フライは翔の向かいに腰を下ろした。翔の様子を神妙に窺っている。
「すげーな、このロボット」
 もしも土産にできたら香苗が喜ぶかもしれない。
「結構うまいよ。フライもなんか作ってもらったら? こいつってなんでも作れるの?」
「う、うん。翔のために、地球っぽい感じのロボットとか、施設とかをこの船にはつけたの。地球の料理いろいろ作れるはずだよ。材料も、まだ別の倉庫にもあるの。全自動の料理マシーンもあるんだけど……こういうほうが、翔喜ぶかと思って……迷惑だった?」
「いや」
 翔は優しく笑った。フライは途端に笑顔を取り戻した。
「あ、ね、じゃあ、翔と同じの作って!」
 フライはロボット猫にそう頼んだ。ロボットは目を光らせて言われたとおりにする。
「本当は、お魚のほうが好きなんだけど……」
「え? じゃ、魚にすれば?」
「でもっ、翔とおんなじのが食べたいのっ!」
 フライはすごいスピードで食事しだした。  
 そういえば今日は彼女、翔を乗せて走りまくってた。お腹も減るはずでである。
 翔は微苦笑して、ふと訊いてみた。
「あの料理ロボット。名前あんの?」
「ないよ。なんで?」
「名前つけてもいい?」
 フライは瞬きした。
 ちょっと顔を赤くする翔。
「ふふっ。いーよ。なんて名前にする?」
 楽しそうに首を傾げてこっちを覗き込むフライに、翔は言った。
「……カナエ」

 その日は疲れていたので、風呂に入り(この宇宙船。見かけはお魚なくせに、風呂があるのだ)、フライの部屋の隣に用意された翔専用の部屋のベッドに入るなり、翔は眠ってしまった。
 いろいろと思うところはあったが、寝つきの良さは翔の特技だった。
 家族の夢を見た。
 学校の夢を見た。
 そして━━宇宙の、フライの夢を見た。
 夢の中でフライは泣いていた。
 動物園の動物みたいに、檻の中に閉じ込められて、そこから出たい出たいと泣いていた。
 本来の二足歩行の猫の姿をしたフライは、翔に向かって檻の中から手をの伸ばして涙声でこう言った。
「翔。助けてよぉ!」

※次章もお楽しみに⭐︎



▼お楽しみ、航海日誌①です!▼


▼次回 第二章 第一話 「追っ手」▼


▶ 目次①に戻って他の話も読む
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