見出し画像

Realigi 2|第一部|第一章|第二話 「そのとき、言えなかった」

▼前回▼


   2

『あなたが好きよ、ビリーヴ』
 光を弾く金色の髪を揺らすようにして、彼女が笑う。
『あなたのその紫色の瞳も……まるで夜明けのようで、わたしはとっても好きだわ』 
 彼女の青い瞳だけは特別で。
 他の、見下した誰とも違う、優しい優しいブルーアイズ。
 その青き瞳に自分が映るのが嬉しくて、いつも夢のようで━━いつまでそれが続くか、いつだって不安だった。
『一緒に逃げよう、ビリーヴ。お父様やお母様やみんなに知られないよう、夜に港で逢いましょう。あなたが、本土に連れていかれる前に! ━━一緒に、夜明けを、朝陽を見ましょう?』
 だけど……彼女は来なかった。
 来たのは、お館様の気に入りの側近━━プレスト。
『お殲様は、いらっしゃいませんよ』
 絞め殺してやりたかった。
 だけど、自分は連れていかれ、その後二度と彼女に逢えないまま売られ、奴隷船へ《《詰め込まれた》》。━━そう、アイツらは自分たちを荷物くらいにしか思っていない。決して、乗客にも、乗員にもなれやしない。雑魚部屋へ放り込まれ、繋がれ、ただの使い捨ての物でしかないオレたちは、死刑船といっても過言ではないその船で、散々絶望を味わったのだ。
 狂った男色家に目をつけられ、雑魚寝する奴識たちの部屋から連れだされ、隙を見て、デッキヘ━━船尾へ逃れられなければ、
 きっと、奴の餌食になり、そして、本土へ連れて行かれた……
 住み慣れた島から本土へ向かう船。
 船出は決して自由の象徴ではなく。
 破滅の海歌《うみうた》。
『ようこそ、《レアリーギ》に』
 紫と青の瞳を細め、赤毛の少女が微笑む。
『コーラルっていうだ。よろしくな!』
 気安く肩を叩いて、姿勢のいいガイコツが笑い声を上げる。
『ボクはオクト。ねぇねぇ、キミ、なんで名前なの?』
 プチガイコツが甘えた声を出して、腕を取る。
『なにげにコックリーダーをしているセシボンだ。ダディーとかパパとか呼んでくれて構わんぞ。国に残してきた━━まあとっくに逝ってるだろう息子が、私が最後に見たとき、君と同じくらいの年頃でな。みんなは私のことをオヤジと呼ぶが━━君は賢そうでそこはかとなく品がありそうな気がしなくもないからな! 呼んでくれるよな⁉︎ 君こそはダディーとォッ‼︎』
 感極まってセシボンが抱きついてくる。
 他にも大勢いるガイコツたちが、我先にと名乗りをあげ、スキンシップをはかってくる。
「や、やめてくれ……!」
 必死にもがいて、ガイコツたちを引き剥がし、ビリーヴは船内を駆け回る。
「どこだ、どこにあるんだ……」
 悪夢から逃れる光の出口。
 瞳の色なんて関係ない、ありえないパラダイス。
 ━━天国なんてありえない。
 この世界には悪夢しか存在しない。
 なら、どこへ行けばいいのだ?
 ━━━━新大陸。
 まだ誰も発見していない新大陸を、誰かが船で見つけてくれたら。
 植民地になんてせず、戦争なんかせず、その地へ一歩踏み込めば皆が平和と平等を心の民から言じられたら。
 そんな、楽園があるなら。
 今すぐオレの前に、光の出口を示してくれ! 居もしない神でも、そんな奇跡を見せてくれたら、信じるから……!
 ━━光。
 見つけた最後の光に手を伸ばす。
 否《いな》、それは鏡。
 暴ってひび割れた、古びた鏡。
 ━━━━柴。
 《《柴の瞳の誰か》》が、自分を見ている……
 知らずに後ずさる。
「誰だ……知らない……こんな奴は、オレは知らない…………こんな、こんな、瞳の奴は、オレじゃない…………ッ!」
 転びそうになりながら、それでも走り続ける。
 追ってくる、青き瞳の人々と、ガイコツたち、
「嫌だ、嫌だ、嫌だ……ッッッ‼︎」
「ビリーヴ……!」
 赤い髪を揺らし、レアリーギが前方から走り現れる。見えた紫の瞳にすがりそうになって━━青のもう一つの瞳に、伸ばされた手を拒絶する。
「どうして、オレを助けた! なぜ、死なせてくれない……ッ‼︎」
「よろしいんですの?」
 微かに、しかしとても意地悪く、彼女は笑った。
「本当によろしいんですの?」 
 世界が偽りの光で溢れる!
 一面鏡張りの部屋に、ビリーヴはただ独りで立っている。
 鏡に映る己は、もう、生きた人の姿をしていない。ただの、ガイコツ━━。
「それが、あなたのお望みなのでしょう?」
 どこにも姿がないのに、とても近くでレアリーギの声がする。
「よかったですわね、ビリーヴ。あなたを助けたといったのは、嘘なんですの。あなたは最初から、この船に流れ着いたときから、すでに死んでいらしたのですわ」「そ、そんな、そんな、嘘だ……‼︎」
 頭を抱え、目を瞑り、ガイコツたちを視界から追い出す。それでも、瞳を閉じたはずなのに、見えるのだ! 自分は、全面鏡張りでどこにも出口のない正方形の部屋で、ただ独り、ガイコツの姿で停んでいるのだ。
「よかったですわね、これがあなたの望んだことでしょう?」」
「い、嫌だ! 違う……!」
 床も天井も、鏡なのだ……!
「違う、違う、オレは……オレは……‼︎」
 出口が欲しくて、目の前の鏡を割る。割っても割っても、その先に何重にも鏡が現れる‼︎
 手から赤い血を流しながら、ビリーヴは走り、側面の無傷の壁を割る。━━結果は変わらない。背面の鏡を割る。割る、割る、割る、至る所の鏡を割る……!
 それでも、世界は変わらない……‼︎
 かけらの散らばる━━しかし、どこまでも税く無限回廊ような鏡の間《ま》にくずおれ、嘲笑うガイコツたちを頭から追い出そうと、床を叩き割る。
 ━━割れた鏡の下からまた現れる、無慈悲な鏡……嗤うガイコツ。
「やめて、やめて、くれ……‼︎」
「どうしてですの? ほら、ごらんになって。ガイコツには、瞳がありませんわ。これでもう、瞳の色で差別されることはございませんのよ‼︎  だって、もう、ないんですもの‼︎」
「オレは、消えたくて━━こんな世界、終わりにしたくて……·!」
 世界が割れる音が、甲高い大音声が響き渡る。
「……つ……!」
 耳を押さえて目を瞑る。
 ……再び開かれた紫の━━涙で滲《にじ》むその瞳で、ビリーグは、見る。
 鏡は消え、
 溢れる、紫の闇。
 否、光へ向かう━━夜明けの色。
 東に現れる━━明星《みょうじょう》。
 金色の光を放つ、レアリーギ。
「ビリーヴ、あなたの夢は、なんですの?」
 彼女の光が優しすぎて、眩しすぎて、差し出されたその手が温かすぎて……
 ビリーヴはまた、涙を溢れさせる。 
「……りたい、」
 恐る恐る、その指先に触れる。
「青の瞳になりたい……」
 彼女の手のひらに、自分の指を滑らす。
 それを握り返して、彼女はとても悲しそうに微笑んだ。
「…………実現するといいですわね……」

 瞳を開く。
 あるのは、木目の、天井。
 涙が頬を伝う。
「……夢……」
 特等船室のベッドから降り、寝室にもある鏡……鏡台に歩み寄る。
 ━━変わらない、紫。げんじつ
「…………ただの、夢……」

   3

 ━━夜明け?
 それとも、闇へ向かう夕暮れ色?
「……どっちも大して変わらない」
 紫のこの瞳に変わりはない。
 たとえ、目を潰しても、意味がない。
 目を傷つけた紫の者は━━やはり、虐げられるのだ。
 死に近づくだけ。
 目の見えない奴隷など、役立たずなだけなのだから。
 盲目だとて、瞳が青色なら。
 人として、扱われるのに。
「夜明けの明星」
 明け方見た夢。醒めた今でもまだ心から消えない光。
「……レアリーギ……」
 信じない。
 あんな、得体の知れない小娘。

 すでにガイコツたちは起きているらしく、それぞれ仕事をしているようだ。デッキへ上がると、縄を邪魔にならないようまとめるガイコツや、見上げれば、双眼鏡《ビノキュラー》片手に海を見張るガイコツもいる。帆柱に寄りかかり、ビリーヴは黄緑色の髪を風に舞わせる。
 瞳を閉じ、こうして風に吹かれていれば、自分だって、変わらないのに。
 ━━青の瞳と。
「オイ」
 瞳を開じたままなら、この声だって、ガイコツだなんて決してわからない。
 ━━なのに。
 一瞬で、世界は嘲笑う。
 闇に置き去りにされたような気分。
 いるのは、妙に姿勢のいいガイコツ。
「どうした?もう、体調はいいのか?」
 嗤える。
 青の瞳なら、自分なんかに気遣ったりしない。
「コーラル━━」
 わからない、こいつの瞳。
 だけど、きっと、こいつは生前は紫色の瞳をしていたに違いない。でなければ、おかしい。胸がざわつく。━━そう、もし、こいつが青き瞳の持ち主なら。
 酔いてやりたい。
 骨が粉と散るまで。
 ━━でなければ、青の瞳ならば、嗤っているのだ。親しげな声の裏で。
「昨日は結局、何も口にせず、寝たきりだっただろう。レア……キャプテン、心配してる。アイツは船長室とか、操舵室とか、学習室とか、調理室とか、いつも結構動き回ってるからな。魚もポートに乗って自分で釣るしな。アイツは、俺たちの希望の星だから。最近新船長になったばかりだけど、みんなアイツが大好きなんだ。……だから」
 指を突きつけ、コーラルは鋭く言う。
「レアには……手を出すな。不可侵条約だ! アイツは、みんなのアイドルなんだ」 ビリーヴはコーラルの声を右から左に流して、ただ停んでいる。
「なんつって。なんつって。本気にした? あ、でも、今のは嘘とも言えねーな。アイツに酷い仕打ちでもすれば、《レアリーギ》の奴らは黙っちゃいないぜ? 奴隷とか支配階級とか関係ない。ただ、レアは俺たちにとって宝だから、新たな希望の拾い者━━おまえだとて、容赦はしねーからな! な?」
 ビリーヴは何も言わず、船尾のほうへ歩いてゆく。
「おい、待てよ、コラ! この船には奴隷も支配階級もない。だがな、元気になったのなら、働かざる者は食うべからず! 同胞として、家族として、クルーとして、それなりに仕事は割り振らせてもらうぞ。死ぬほどの重労働を強いるのは間違っている。だが、人は働かなければならん。そうしなければ、美しい心が曇ってしまう。それが、この船の方針だ。さしあたり、甲板の掃除でもしてもらおうか? まぁ、文句があるならキャプテンに言うように。発言に正当性が見られるなら、みんなで会議して改善することだってできるしな!」
 ビリーヴは船尾に辿り着くと、しばし立ち止まり、呼吸を繰り返す。
「しかしおまえも変わってるよな。普通、人ってのは、現状を━━理解できない今の状況について、知りたがるものじゃないか? 俺はおまえが訊けば、答えられることなら、なんでも答える気でいるんだぜ?」
「……意味がない。理解できないことなんて、この世には溢れすぎている。わかったっ……変えられたりなんか、しない」
 欄干に手をかけ、ビリーヴは言う。
「オレー人いなくとも、世界は変わらない」
「……! 待て、おまえ……‼︎」
 欄干の向こう側へ足を下ろし、そこに立ったまま青い海を見つめる少年へ、コーラルは欄干のこちら側から声を飛ばす。
「バカ、そんな、足場の狭いトコ、━━落ちるぞ……!」
「それこそ望みだ」
「なに、バカなこと言ってるんだ……! せっかく助かった命を……‼︎」
「レアリーギに聞いてない? オレは元より、自殺するつもりだったんだ」」
「な、なに……⁉︎」
 愕然としたコーラルの声に、くつくつとビリーヴは笑う。
「そう、あれは、悪夢だ。これも、悪夢だ。オレはおまえらみたいにガイコツとなってまで意識を保《たも》ったりはしない。生にしがみついたりしない。きっと、今度こそ、死ねて、オレは、この世からかけらも残らず消えられるんだ……。骨だって、やがて海に溶ける……。他の生物に食いつくされる。アハハハ、ハハハハ、死ぬために、オレは生まれてきたんだ……!」
「バカヤロウ━━! じゃあ、レアは、あのコはなんだっていうんだ……ッ!』・
 ビリーヴが不可解そうに、コーラルを見る。
「レアリーギは、捨てられたんだ……! 赤子《あかご》の時に、海に捨てられたんだよ……ッッ‼︎ 俺たちが拾ってなきゃ、あいつは今頃生きてない! 『海の神よ、この子をどうか抱き留めたまえ』 ━━赤子のレアの包まれていた布地に縫われていた文字! わかるか、この意味が?」
 無感動な適で、ビリーヴは先を促すうなが
「死ねってことだよ‼︎  海の神に抱かれて、果てて、二度と地上に戻ってくるなって意味だよ……‼︎ あいつは今でも、自分の生まれてきた意味がわからない。自分が生きていてもいいのかと、いつもいつも悩んでいる。それなのに……‼︎」
「━━関係ないね」
 色のない声で、ビリーヴは口にした。
「他人は他人、オレはオレだ。生きたきゃ勝手に生きるがいい。死にたきゃ死ぬがいい。あんな女のこと、オレはどうでもいい。━━オレは、もう、この世界にいたくないんだ‼︎
 オレには死ぬ自由すらないっていうのかよッ⁉︎
 オレ個人の選択を、尊重してくれよ……‼︎ どうして、出逢ったばかりの、よくわからないおまえなんかに、意見されなきゃいけない⁉︎
 オレの身近な者でもないくせに、勝手なことばかりテ……‼︎」 
 わかったような口を利かないでくれ。
 自殺がバカなことだと、いけないことだと、なぜ、決めつけられる?
 おまえはオレじゃないくせに。
 オレの絶望なんか、おまえにはわからないくせに。
「勝手に助けられたり、永遠の安らかな眠りへの入り口を閉ざすようなこと言われたり━━もう、うんざりなんだよッッ‼︎ オレのことは、もう、ほうっておいてくれよ……!」 
 肩で荒く息を繰り返し、ビリーヴはコーラルを睨み続けた。
「……勝手にしろ」吐き捨てるように、コーラルは言った。「手に死んじまえ‼︎ おまえなんか━━ッッ‼︎!」

   4

 そのとき、船が揺れた。
「うわぁ……ッッ‼︎」
 思わず上げた悲鳴を止めたのは、落ちゆく腕を掴み、身を乗り出し、死の海と、生の船の間で揺れる少年を、間一髪、その手で支えたのは、
 ただ一人の、ガイコツ。
「やめろ、離せ……‼︎ 離せ、バカ……‼︎」
「じゃあさ、どうして、人を助けるのがバカだって、自殺を止めるのがバカなことだって、おまえは決められる⁉︎  逆に訊くけど、おまえは俺の何を知ってる⁉︎」
 細い両手で、生身の人間の体重を支えられるわけがないのに、彼は離そうとしない。
「おまえも、落ちる……!」
 思わず上げた声に、ガイコツは笑った。状況が状況だけに、苦しげに響いたけど、彼は今、嬉しげな適をした。それがビリーヴには伝わった。
「俺は、死なないんだよ……‼︎」
 恐るべき力で、コーラルはビリーヴをデッキに引き上げた。
 息を乱し、うずくまるビリーヴに、大の字になって伸び、空を見上げるコーラル。
「死な、ないの、俺は……ガイコツだから。死んだはずなのに、成仏っての? できないの。なぜかは、わからない━━……でも、俺は、俺たちは、死ねない。望んだわけじゃない。この世にずっと留まっていたいほどの怨みがあるわけでもない。そりゃ、オレたちだって、生きたんだから、いろいろあったさ。わだかまりも、怨みも、憎しみも、心残りも、━━たくさんたくさん、あったさ。だけど、だからって、こんな気が遠くなるほど、骨が無に帰して当然な時なんか遥か越え、この世に留まっていたいなんて、神に願った覚えばない。……死ねないんだ、━━俺たちは、俺は、死にたくても……死ねないんだ……もう、疲れたよ…………」
 ビリーヴは起き上がり、初めて見る者を見るような目で、コーラルを見た。
 ━━初めて、その瞳に、彼が色を持って映ったように、ビリーヴはコーラルを見た。
 コーラルも上体を起こして、ビリーヴを見る。
「ま、今は、レアがいるから、そうでもないけどな!」
 親指の骨を立て、コーラルはどうやら笑んだようだ。
「約十五年前、あいつを拾ったとき、俺たちには、あいつが宝物に見えた。成長する、生きた人間━━。あぁ、このために俺たちはこの世に留まっていたんだって、思った。くだらん運命論者と嗤いたきや嗤え。だけど、意味がある。レアを拾ったことにも。おまえを拾ったことにも。━━きっと、意味が、あるんだ……」
 でなければ、何を言じて、終わらない夜を朝を昼をタを━━年月《としつき》を過ごしていける?
「なぁ、おまえは、何をじている?」
 オレは何も言じない。
 なぜか、それが、そのとき━━ビリーヴには言えなかった。


▼次回▼

いいなと思ったら応援しよう!

うさぎさん⭐︎/usagisantoka 応援してくださると、次の物語を書く励みになります✨