⚔️ナイトと姫は平行線(パラレル・ライン)👸
お姫さまが好きだ。
なんていうか、護ってげたくなっちゃうような、儚くて、可隣で、哀れな姫君。こぉ、線が細くて、抱きしめたら折れちゃうような……そんな、そんなコ。
「おまえの場合、すでに病気入ってる」
武元《たけもと》はそういう。ヤローのくせに、ヤロー心がわからないヤツだ。
「おまえはドン・キホーテか。『姫君の騎士になりたい』?
今時そんなこというヤツ、いね~よ。ウィンドミルとでも戦ってろ」
つーか、ドン・キホーテってナニ? お店の名前じゃないの? 宮内《みやうち》?
(ていったら、宮内に展笑された。だってマジ知らね~っての。『ハムレットの逆みたいな性格のヤツ』だと教えてくれたが……ますますわからん)
「そんな女、いね~っての!」
内弁慶な高校生な姉の夏歩《かほ》は、マンガ片手にポテチ食らいながら言った。
夏歩ちゃんみたいな姉は、キライではない……。
夏歩ちゃんが外では内気になるのは、作っているのではなく、自然にそうなってしまう……臆病なだけだと知ってるし。
(わざとやってたら、なんかムカツクし。そういうメローが好きなヤローも世にはたくさんいるらしいけど)。
とにかくお姫様が好きだ! 絶対、オレの姫はどっかにいるんだってばッツ‼︎
……と、思ってたら、
「北海道から来ました。白雪《しらゆき》 姫《ひめ》です」
ある日、オレの中学のクラスに転校生が来ました。
「シラユキヒメー? スノーホワイトかよッ⁉︎」
「すげ~名前‼︎ マジで本名⁉︎」
クラスの奴らが騒ぐ。黒板のそばに立っている白雪さんは、顔を暗くした。
……キタキタキタキタキタァァァッッッ‼︎
春が、来た!
理想どおりの、オレの姫ッッッ‼︎
おしとやかに、口元に手を当てて、彼女は笑う。
夏歩ちゃんとは大違い。給食のパンなんか、少しずつ、ちぎって食べるんだ。口が小さい。ていうか、全体的に、なんもかんも、小さい。体も、顔も、手も……。
あ、でも、目は大きい。理想だ、理想が服着てる!
「ありえないね」
わけしり顔で、夏歩ちゃんは笑う。
「そんな女、いるわけねぇ」
「いるってのッッ‼︎」
「大体、パンをわざわざちぎって食うな! ざ~とらしい‼︎ 小鳥かテメー‼︎」
学校から帰ると、オレはいつも夏歩ちゃんに今日あったことを話す。姉弟仲は良好だ。
世間ではこの年頃の兄弟はあまり話さないなんていわれてたりもするようだが(姉妹は別かな?)、我が家に限っていえば、それはない。
まーいろんな家があるもんでしょう。
ところで、オレの名前はナイトっていう。
いや、本名です。騎士と書いて、ナイト。
うちのオヤジが命名したらしい。
「おまえ、名前からしてすでにキてるよ」
と、クラスのヤツらは言い、
「あたしはマトモでよかった」
と、夏歩ちゃんは胸を撫で下ろす。
……オレはこの名前、気に入ってんだけどなぁ。
どうも、白雪さんには、友だちがいないみたいだ。
最初は好意的に話しかけていた女子も、彼女がやんわりと笑って、誘いや何かを断っているうちに、彼女に寄りつかなくなった。
「スカしてんじゃねーよ、ブス」
「カワイコぶりやがって、マジムカツク」
休み時間。すげー毒入りのセリフを、一部の女子が言う。
白雪さんは、どこへ行ったのか、今は姿が見えない。夏歩ちゃんも似たようなことを言うけど、夏歩ちゃんのセリフには毒がない。
彼女のナイトたるオレ(勝手に決めた)は、当然、彼女の味方だ。味方っつったら、味方だ!
イスを蹴飛ばすように立ち上がり、陰口言ってる女子ども(筆頭は狩谷《かりや》)に蹴りを入れる。
オレは女だろうと、敵には容赦しない。
「いて~! 何すんだ、ナイトト!」
「ブスはテメーらのほうだろ。つーか、性格ブス! 白雪さんに謝れ!
オレは前々からおまえらみたいな、裏表のあるヤツは大ッッキライだったんだよ!
Aさんの前ではいい顔して、Aさんのいないとこでは陰口叩く──そういうムカツクヤツらの曲型だな!」
「うるせ~よ、こっちはこっちで、いろいろ気遣って大変なんだよ!
ストレス溜まってグチりたくもなんだよ!」
「まるで、いい顔と悪い顔使い分けな、噂好きのオバサンだな!」
「んだと⁉︎」
凶暴狩谷のパンチが、オレの鼻に決まった。鼻血噴いて、オレは倒れた。
目覚めたら、保健室だった。
思わず白雪さんを探してしまう。
「ナイトくん……ごめんなさい、私のために」
「いやいや、これも愛ですから」
「ナイトくんッ!」
なーんてのを、期待してしまった。
……現実は、そんな夢みたいにはいかない。とほほ……。
というか、あんなヤツらに負けたのが、悔しい。
……帰ったら、腕立て伏せとか、腹筋とか、スクワットとかして鍛えよう。チッ。
日雪さんが、ガラ悪そなヤローども七人に囲まれてる!
……な、なんか、ベタな展開……。
ゴミを出すために、ガッコの裏庭を横切ってたオレは、ひとまずゴミを横に下ろした。
上級生だろうなぁ、強そうだなぁ。
「麻呂とおつきあいしてくれでおじゃる」
「おことわりします」
「何が気に入らないのか聞かせてたもれ」
な、なんか、見た目のわりに、しゃべり方丁寧だな、アイツら。つか、ヘン。
「自雪姫さん、今、帝《みかど》さんとおつきあいすれば、特別に青森の妃《きさき》オバサンさんが贈ってきたリンゴ一箱差し上げるでごじゃる!」
「さらに、果物包丁もおつけして、なななんと! 遊園地でも動物園でも映画館でも、好きなところにタダでいけちゃうのじゃ!」
「豪華ディナーにもご指待!」
「──おことわりです」
「ナンジャトォォォォォッッッッッッ!⁉︎」
ガラ悪男の一人がキレ、白雪さんに拳を飛ばそうとする。
「ヤメロォォォッッ‼︎」
妙に大きなモーションで迫る拳を、オレは──
どうにかする前に、いきなり小石に蹴つまずいて見事にコケた。
「い、イテェ」
デコから血ィ流しながら、顔を上げると、──そこは地獄だった。
七人のヤローたちが、ケガをし、血を流し、失神し……とにかく、みんながみんな、何者かにヤラれていた。
「白雪さん⁉︎」
探したが──姫はどこにもいらっしゃらない。
オレはケータイで救急車を呼ぶべきか迷い、とりあえず、職員室に駆け込んだ。
「先生ッッ‼︎ 裏庭で、ヤロー七人負傷‼︎ た、たぶん、ナゾのカマイタチかなんかのせい⁉︎ わ、わかんないけど……」
彼らは病院送りになり、意識不明のまま。事件の真相は、まだ、誰にもわからない……
「におうね」
夏歩ちゃんが顎に手を当てていう。
「その、白雪ってコ、くさいね」
オレはソファーに寝転がってる夏歩ちゃんに、そばにあったクッションとぬいぐるみ多数を投げつける。
「いくら夏歩ちゃんでも、言っていいことと悪いことがあるぞ!
いうにことかいて、清らかなる白雪さんが臭いだとォォォォッッッ⁉︎」
飛びりをかますが、あっさりよけられる。ソファーから立ち上がった夏歩ちゃんは、部屋の中を歩き回る。顎に手を当てたままだ。
「そうじゃなくてだな、男七人が病院送り。その他で現場にいたのは、白雪ってコと、ナイトだけ。この状況から判断し、犯人は……」
「カマイタチ」
「アホかッッ⁉︎」
夏歩ちゃんが手近にあった雑誌類を投げつけてくる。腕をクロスして顔をガードするが、お腹に次々とヒットしたので、意味なかった。
「あ、姉上、どうかお気をお静めくだされ」
まだ何か投げてきそうになるので、思わず変な口調で夏歩ちゃんをなだめる。
うちは基本的に「父さん」「母さん」「姉さん」などと呼ばず、名前で相手を呼ぶ。
こんな感じだ。「洋平《ようへい》さん」「まほのさん」「夏歩ちゃん」「ナイト」
ヘンだというヤツもいるが、オレは結構気に入っている。別に多数派だけを「フツーはこう」とかいって保守する必要はないと思う。うちはうちです。
逆に、オレは母親が「お兄ちゃん」とか子どもを呼ぶほうがなんか違和感あるくらいです……。そういうマイ常識ってーか、マイ習慣(?)みたいなことって、わりとありません?
デコに貼ったバッテン印なバンソーコーをつつき、
(やめてくれ……)
夏歩ちゃんは目を光らす。
「その白雪ちゃんは、さる政府すじから送り込まれた人間殺人マシーンだ。ある極秘な任務のため、ナイトの学校に潜入し、虎視眈々とミッションをパーフェクトクリアし、ボーナスポイント溜めて、大古に失われた伝説のチョコパフェを食べようと……」
「イミフメイ!!」
夏歩ちゃんに足払いをかける。しかし夏歩ちゃんは余裕で交わした。……強いんです、このねーちゃん。
……白雪姫さんが、人間殺人マシーン?
ていうか、人間殺人マシーンってそもそもナニ?
人間なのに、マシーン? 人間的なマシーン?? マシーンのような人間??? 人間を殺すマシーン?
などと、理科の授業中、ノートに走り書きする。
「うーん……。=ロボット? =妖怪? =オレはどうすれば……」「ナイト! 授業聞けッッ‼︎」
熱血理科教師がチョークを豪雨のように降らせてくる。
オレは白雪さんを束の間見、立ち上がって思い切って質問する。
「先生! 人間殺人マシーンってナ二⁉︎」
教室は、爆笑の渦に包まれた。
決めた! オレはナイトだ!
たとえ白雪さんが殺人マシーンでも、妖怪ケウケゲンでも、歌って踊れるアイドルでも、オレは彼女だけを護るぜ!
そう、たとえ、白馬に乗った王子が横からやってきて、
「へェ~イ! カノジョン、オチャシネー?」
とか片言の日本語で話しかけてきて、
「もちろんOKよ、プリンス~」
とかいう展開になっちゃっても、姫のためなら、涙を呑んで、彼女を送り出すんだ。
あぁ、泣ける……(キラリン⭐︎)。
そう、オレは騎士。王子にはかなわない。
だけど、オレはそれでも、生涯忠誠を誓ったあなたのためだけに、陰からあなたを護って生きるのさ……。フッ。最後はそう、につくき敵からあなたを護ってジ・エンドってのも、想いを貫いたんだから、それはそれで、オレにとってはハッピーエンドさ。
ところでもうお気づきかもしれませんが、オレは未だに白雲さんとお話したことがないのです。
ていうか、彼女が長文的に話しているところを聞いたことがあるヤツは、うちの学校にはほとんどいない。いや、全くいないかもしれない。
必要最低限のことしか口になさらないお人柄のようです。うちの内弁慶夏歩ちゃんとは違って、きっとどこに行っても、本当に大人しいコなんだろうなぁ。
と……思っていたら、
また来ました! 転入生‼︎
「沖縄から来ました~! 南国王子《なんごくおうじ》です!」
「南国王子? ヘンな名前~」
「それって、本名??」
クラスのヤツらのセリフに、南国くんは陽気に笑う。
「ハッハッハ。よく言われます。でも、ボクは気に入ってます」
なんかわかるなぁ。南国くん。オレもよく、ヘンな名前っていわれるもんなあ。でも、それでも好きなんだよね!
あ、でも、白雪さんは自分の名前、好きじゃないのかなぁ。
「シラユキヒメー?」
とかいわれて、暗い顔してたもんな。
んー、でもなんか、南田くんとは友だちになれそうだなぁ。
いやー、嬉しいな。いい感じの友だちがいるのって、楽しいもんなぁ。
教壇のそばに立ってた南国くんは、教室を見回し、おもむろに歩きだすす。
白雪さんの横で止まり、南国くんは言った。
「へェ~イ! カノジョ~、オチャシネ~?」
……なぜか片言だった。
ライバル登場です。急展開です。
ど、どうしよう。
「さあ、ドン・キホーテ! ウィンドミルをヤレ!」
宮内がおもしろがって、オレをこづく。
いや、だからオレ、ドン・キホーテ読んだことねーっつのに……ウィンドミルってなんだよ? 風車《ふうしゃ》?? 風車がどうしたって??
「ウィンドミルは、ドン・キホーテの……仮想的。まあ、わかりやすくいえば敵。今のおまえの敵は、ヤツだ! 南国」
そ、そんなこといわれても。ウィンドミル……もとい、南国くんは、なれなれしくオレの白雪さんに話しかけている。
あぁ、今日の休み時間な教室は、気のせいかダークだ……
「姫、姫は、ボクの~ずっと探してた人だよ!」
あぁ、死ね、南国……。オレの姫の白いお手に触れるんじゃねぇ……握るんじゃねえ。
「ボクは、君だけの王子サマさ!」
「ざけんなッッッ、南国ッッッツ‼︎!」
オレはヤツの後ろドタマに蹴りを入れる。
「テメーみたいなケーハクなのが王子なんて、騎士として、オレは認めんッッッ‼︎!」
「き、騎士?」
頭を押さえ、南国がオレを睨む。
「なに、君、姫の親衛隊長か何か? 悪いんだけど、およびじゃないんだよね、ていうか」
ヤツのアッパーが、オレに激しくヒットする。
「消えな!」
目覚めたら、また保健室だった
あぁ、もう、腕立てと腹筋とスクワットだけじゃてんでダメだ。背筋だの側筋だのにも励み、夏歩ちゃんに格闘技を習おう。
怖いけど、習ってみよう……。本当に、怖いんだけど、夏歩ちゃん手加減知らずだから……
と、ベッドのカーテンに、女子の影が映る。
だ、誰だ……?
「ナイト、大丈夫か?」
「なんだ、狩谷かよ」
「んだと⁉︎」
この前保健室送りにしてくれた、凶暴陰険女子だ。
はっきりいってこんなところで会いたくない。
狩谷は勝手にカーテン開けて、勝手にベッドの端に座りやがる。
そんな短いスカートで足組むなっての。まー夏歩ちゃんで慣れてるし、狩谷のんなのはどーでもいーが。
「やめといたほうがいいよ、白雪姫。妙な噂が流れてる」
「……そ、それってまさか、人間殺人マシーン???」
狩谷は呆れたようにオレを見、顔を押さえて上を向き、豪快に笑いだす。
「笑える、おまえ、ほんと、おもしれー」
オレは狩谷の座ってるのと反対側からベッドを下り、カーテンを引いて、外へ出る。保健の先生はいらっしゃらない。お忙しいのだろうか。
「もう、今日の授業終わったよ。一緒に帰ろ」
鞄を放ってよこし、狩谷が笑う。
「なんでテメーと一緒に帰らないといけねーんだよ」
頭を押さえる。ちょっとイタイ……。
おのれ、南国……
「好きなの」
「──ハ?」
「あたし、ナイトが好きなの」
「………………………………………は???」
「姫じゃなくて、あたしを、好きになってほしいの」
こ、こういうラヴコメモードは慣れてない。激しく苦手だ。オレは保健室を飛び出した。
* * *
び、びっくりした。あんな、狩谷初めて見た……ちょ、ちょっとかわいかったかも……
いやいやダメだ、オレには姫がいらっしゃる! オレは、姫だけを……
住宅の並ぶありふれた帰宅路。ダッシュで角を曲がる。ど、どうしよう、夏歩ちゃんに相談すべきか、しないべきか……。
「姫、アイラヴュー」
カタカナ英語で南国がホザき、真っ赤な花束を白雪さんに差し出す。
そんな現場が、オレの目に飛び込んできた。
オレは思わず、電柱の陰に隠れる。
白雪さんは、花束と南国を見比べている。
……あぁ、頼む、姫、受け取らないでくれ!
姫はしかし、バラの花束を手にする……
あぁ、世界が傾く。立ってられないほどだ。
つーか、マジで倒れた。
オレにだけ、地震がやってきた。ハートブレイク。ブロクンハート。あぁ、ぁぁあ…….。
地面に両手をついて、涙を堪える。
「ウワァァァッツ⁉︎」
? 顔を上げると、そこに、塀のそばでノビている南国と、指を鳴らし、花束を踏みにじっている白雪さんがいた。
……え? え? え???
白雪さんが、こちらを見る。
な、なんか、とてつもなく、コワイ……
「えー加減にしろよ、ゴラァ!」
可隣な顔のまま、麗しのヴォイスを低く震わせ、姫はおっしゃる。
「姫姫姫姫姫姫ッッッて‼︎ でーきれーなんだよ、そういうのッッッ‼︎」
で、でーきれー? え? え? え????
「人のこと勝手に、王子様を待ってるなんにもできないシンデレラ症候群みたいな目でみやがってよ! そんな哀れな姫だと思って寄ってくるのは、ナイトフッド・コンプレックスだの、ナイト症候群《シンドローム》だの、ヒーロー・コンプレックスだの、そーいうヤツらばっかり‼︎
私を好きなんじゃなくて、かわいそうなか弱そうな感じの女の子が──護ってあげたくなるようなコが好きっつーか、そんなコを救ってあげる自分に酔ってるだけ。
━━そんなヤツらばっかりよ! 同情は、いらないのよね」
「し、白雪さん……?」
「友だちもできない、かわいそーな女の子?
違うのよね。あんたら、狭量なのよね。私は友だちは作らない主義なの。自分で、作らないの!
メンドくさい友だちごっこなんて、もうたくさんよ‼︎」
な、なんか、世界が真っ白になった。彼女のいうことが……すごい、ショックだった。
彼女は忌々しげにオレを見、走り去っていった。
湯船に浸かりながら、白い天井を呆然と見つめていた。
どうして、友だちがいらないんだろう……。
寂しくないのかな……
そんな彼女に寄ってくるのは、ろくでもないーオレや南国みたいな、男ばっかり。
そうだ……。
オレはたぶん、好きなんかじゃなかったんだ……白雪さんのこと。
オレが欲しかったのは、彼女じゃなくて、「かよわい女の子」。
オレの騎士願望を叶えてくれる、「お姫様」。
髪を乱暴に掻き、湯に言葉を吐き出す。
「最低だ……」
そう。オレは、彼女のことなんで何も知らない。何も知ろうと──見ようとしなかった。
仮想姫。
あえていうなら、そんなところだろうか。ドン・キホーテが風車を敵とし、戦ったように。オレは、白雪さんを、勝手に姫と思い込んで──勝手に自分の想いばっか押しつけて、そんな目で彼女を見て、そこにいる「白雪姫」という、一人の女のコのことなんて、これっぽちも──ちゃんと見ようとしなかった。
「突然ですが、今日で、白雪さんが転校することになりました」
担任が爆弾発言した。
オレは騒ぐ生徒たちの中、教壇脇に停む白雪さんを見上げる。
彼女は、誰も見ていない。このクラスに来たあの日から──いや、たぶんきっともっと前から──彼女はたぶん、他人を見ない。
包帯を巻いた負傷兵のような南国が、微妙な表情で、彼女を見ている。
彼女は近づくヤローどもには容赦なく、鉄拳を飛ばし、蹴りを入れ、高い治療費を払わ病院で働くヤツらの生活を豊かに……するかはしらんが、きっと、そんなふうに生きているんだろう。
たぶんあのときは、オレを殴るテンションもなかったのだ。
彼女は、とても強い。きっと、オレなんか必要ない。
七人の先輩を病院送りにしちまうほどだ。
──だけど……
「白雪さんッッ‼︎」
一人教室を出ていく白雪さんを、オレは追う。
放課後──。
そう、ついに彼女は、誰とも友だちにならなかった。
世の中には、いろいろな人がいる。一匹狼みたいに生きるのが性に合ってる人や、猫みたいに家族くらいとしか交流を持たない人、犬みたいにみんなと生きるほうが好きな人もいる。それぞれの生き方だ。オレなんかに口出しできることじゃない……。
だけど、
「白雪さん、オレ……」
彼女はオレを無視し、昇降口に向かう。
誰も映さない瞳。彼女の全身が、オレを拒絶している。
「白雪さん、オレ、もう、ナイトじゃなくて……騎士《ナイト》として……個人のオレとして」
あぁ、こういう時ややこしい名前だ。
髪を乱暴に掻く。
「オレは、君のことなんて、全然知らないけど。オレは……君が、おしとやかなプリンセスじゃなくても、」
校庭を横切っていく彼女を追う。
「たとえ、殺人マシーンでも、ケウケゲンでも、ウィンドミルでも、」
あぁ、何が言いたいんだ、オレ……
「オレが護る必要なんかない、強い女のコでも。とても、弱い女のコだとしても、」
気づけば、彼女が南国をKOした住宅の並ぶ路の辺りにいる。
そう、オレたちは帰宅万向が一緒だった。
「……いい加減にしてよ」
彼女が低く言い、振り返る。
「あんた、ストーカー? 言ったでしょ、同情はいらない。
ナイトはいらない。私は、姫なんかじゃない」
「でも、」
「あんたみたいな、友だちに囲まれて、毎日笑ってる人にはわかんないだろうけどさ、私は、一人のほうが気楽なの。どうでもいい人たちと、どうでもいい笑顔して暮らすのは──耐えられないのよ」
どうでもいい……
「正論振りかざすのはやめてね? 大丈夫よ、私にも、大切な人の一人くらいは、いるんだから」
寂しそうに、彼女は笑う。
「ほんとうに?」
「ええ、あんたなんかより、ずっとすてきな人よ」
彼女がいなくなっても、オレはその場にずっと立っていた。
電柱を蹴飛ばす。
「くそッ!」
無力な自分だけが、ここにいる。
「彼女はね、転校ばかりしてるんだって」
いつのまにか、狩谷が立っている。
「だからきっと、人が苦手で……友だちを作るのが、苦手なのよ……。
だけど、かわいいから、男だけは寄ってきて、そんな彼女は、ゆく先々で、近づく男どもを病院送りにしてるって……。
そういう噂だから、彼女には近づくなって、言おうとしてたの」
「それであんなに強くなったって?」
オレは皮肉げに笑う。
「ばかなやローどもを、しりぞけるために」
オレにはまねできないよ、白雪さん。オレは、いくら腕立てとかしたって、全然弱いし。
どうやってそんなに鍛えたかしらないけど……、なら。強い君には、誰もいらないの……?
──いや、そうじゃない。
誰なんだ、大切なヤツって……
「あたし、青い鳥症候群タイプだから、我慢を知らないのよね。
シンデレラ・コンプレックスってのはね、自立するのが怖いって意味もあるらしいわよ?」
「症候群《シンドローム》とかコンプレックスとか、なんなんだよ」
「今、うちのクラスの女子ではやってるのよ。まあ、症候群《シンドローム》ってのは、本当は病気みたいだけどねぇ??」
シンデレラ・コンプレックスは、自立するのが怖い?
シンデレラ症候群《シンドローム》は、王子様だかなんだかを待っている……?
「バカくせェ」
自雪さんは、シンデレラじゃねぇ。
王子もナイトも友だちもいらない、強い女のコ。
「ねぇ、もう我慢できないんだけど。あたし告ったのに、まだ返事くれてないでしょ。
ナイトが好きなのは、一体、誰なの??」
* * *
少女は静かに、プラットフォームの盲人用道路のそばに立ち、レールを見ている。 手にしているのは、薄汚れたボストンバッグだけ。
大切な人なんで、本当はいない。ただ一人の肉親の父親だって、仕事ばかりで自分なんて見てはくれない。新しい家に行くのだって、こうやって別々だ。転校なんか、したくない。いつだったか。そういったとき。彼は笑った。
「まだ、姫は子どもだな」
転校、したくない。先日そういったのに、彼は返事すらしなかった。
「強くなんかない……」
唇を噛む。
「弱くなんか、ない……」
もうすぐ、電車が来る。
レールが誘っているような気がする……
おいでよ。もう、苦しまないでいいよ。
轢死《れきし》。電車事故。ダイヤが乱れ、たくさんの人が困る。
聞いた話じゃ、損害金を払わされるとか。
たとえばもうどうしようもなくなったサラリーマンが、電車目がけて飛び降りる。ダイヤが乱れる。そうすると、みんな怒る。グチる。嗤う。あるいは、楽しそうにいう。「マグロ」だの、「迷惑」だの、「ムカツク」だの。
「なんか、人間って最低……」
それは、本心なのだろうか。
最初はそうでなくても、今時そんなの日常化してるから、そういうふうに思うようになってしまうのだろうか。
その現場を見ても、言えるのだろうか。知ってる人がそうなっても、言えるのだろうか。
どうして、悲しまないんだろうか。
それとも、悲しんでいる人も、いるのだろうか。それが、身内じゃなくとも。
「同情なんか、いらない……」
そう、なんでわざわざ電車に飛び込んで死ぬんだ。迷惑なんだよ。死に方は他にあるじやないか。それが、本音?
電車に轢かれた人のニュースなんて、あんまり観ない。交通事故ならわりと観るのに。学生の飛び降り自殺なんかも、報道してるのに。
価値がないんだ。社会にとって。ニュースにする価値さえ。
「同情なんていらない。本当の私を見ない人なんていらない。
誰のことも、見たくない」
人身事故なのに、電車にモノが挟まっただけみたいな、アナウンスが流れ、みんなにとってそんなの日常で。不倫快で。迷惑で。
「みんなが嗤うから、私も嗤う」
そんな時期もあった。誰かを嗤ってやり過ごしていた時期。
誰かを敵にすれば、仲間たちの団結は強くなって。やりたくないことをして。
「……疲れた」
同情なんかいらない。──ウソだ。同情でもいい。時々ひどく優しさが欲しくなる。優しい王子様が、好きだった。だけど、優しい彼は去ってしまった。……同情に過ぎなかったから。
友だちだって、やがていなくなる。離れても友だちだっていったコだって、時の流れには勝てない。そんなものは、長続きしない。だから初めから、いらない。
──電車が来る。
「自雪さんッ!!」
踏み外しかけた足が止まる。プラットフォームの内側に、引き戻される。すごい──怖い顔。
「白雪さん、今」
「どうして、いるの」
ナイトは、息を切らせていう。
「今、もしかして、ジサ……」
「足が滑ったのよ」
曖味に笑い、彼女はそばのイスに腰かける。
「どうして、来たの」
「聞いたから。白雪さんち調べて行ったら、もう留守で、近所のオバサンが、駅だって」
「そう、あの人とは、珍しくフィーリングが少しだけ合ったから。少し、話したわ」
「オレは、だめ? オレじゃ、ダメ? 友だちでも恋人じゃなくてもいい。もちろん、騎士や王子なんかじゃない。オレは──オレは」
彼女の前にしゃがんで、まっすぐその目を見て。ナイトは言った。
「オレは、自雪さんが、好きだから」
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