切り取って、Stay Blue
近況、ライブアイドルの現場に足を運ぶことが多くなっている。この記事を書いている本日(2025年5月17日)は有楽町へ。
\ 明日から東京2DAYS🗼 /
— タイトル未定 (@MiteiTitle) May 16, 2025
ッスッゴイライブ
▼日程
5月17日(土)
▼会場
有楽町ヒューリックホール
▼時間
OPEN 16:45 / START 17:30
▼料金
前方¥6,000 / 一般¥3,000(1D別)
LIVE:19:15〜19:40
特典会:21:00〜22:15
▼チケットhttps://t.co/rHgGXKUlux
※発売中#タイトル未定 pic.twitter.com/azf6GK40Nl
直近の私の記事を読んでくれている方にはあえて言うまでもないような気もするが、「タイトル未定」が関東圏でライブするならそら行くよ、という。しかもヒューリックホールだし、座れるし。他のグループさんの曲は全く知らないので、知らないからこそ気楽に観れる機会だなと。
この日の午後はもともと別件が入っていたのだが、急遽リスケになってしまい偶然行けることとなった。チケットを取ったのは公演前々日。
そして当日。純然たる怠惰により開演を20分逃し現地へ赴いたが、時点で席は正味半分以下の埋まり(会場キャパ900)だった。知名度の高いグループが登場する終盤では2/3程度に観客が増えてきたけれども、この場が満員になるほど聴かれてほしい曲は確かに未定さんも鳴らしてたんだよなあ。
ありがたいことに、最近何かしらライブ現場に行くと、このnoteや紐づいているXアカウントで関係する諸々を呟いているせいかFFの方から宜しければご挨拶でも、と丁寧なお誘いをいただくことが多い。noteでは比較的抑え(ようとはし)ているが、Xについては感情の壁打ちが主であるため、我ながら見る人を選ぶアカウントだと思っている。DMが私と意見を相反する過激派による「おうちょっとツラ貸せや」の呼び出しで埋まっても不思議ではないと思うので、とてもありがたい。私が過ごした治安の悪い地元ではとても考えられない。
そういえば、中学時代絶対に返すからと放課後ヤンキーのS君に呼び出されFF8を貸したことがあるがまだこちらの手元に返ってきていない。ディスク4枚あってクリアするのに時間がかかるのは分かるが、あれから10年以上経ったことだしそろそろルナサイドベースでリノアを救出するくらいまでは進めていてほしい。
閑話休題。
まぁ人混み嫌いだしこれはこれで、ゆるりとどんな曲やってるのか聴いてみようと現地に着いた私は下手側中段の空いているゾーンへ。完全初見のグループさんを着座で観ながら「あっこの曲のビート感好きかも」「このグループ、イントロでフェードイン多用するな」「鳴ってるドラムがメタルのフレーズじゃん」「限られた数曲披露のなかでオルタナっぽい手札出してくるのおもしろいね~」など諸々に想いを馳せている自身の様相、自認がどうあれ端から見るには"楽曲派オタク"そのものでしかないよなあと複雑な気持ちに。
お目当てのタイトル未定は勿論良かった。山下さん復帰後、5人でのパフォーマンスを観る機会は初めてだったが、とても素晴らしかった。山下さん、怪我があったことすら感じさせない、自然かつ華のあるパフォーマンス。いくら経験者と言えども、このグループに加入してからは間もない立場。復帰に至るまで相当の努力を重ねてきたんだろうなぁ…頭が下がる。
≪唐突に挟まれる今回のおすすめ曲≫
タイトル未定『未完成のパレード』 作詞・作曲:江畑兵衛
(この曲、まだ感想文としては取り上げてないのでいつか記事でやります)
(今回は紹介だけ)
彼女たちの出番が終わり、客層が入れ替わった。タイトル未定パフォーマンス時の自分は「冨樫優花さん(かわいい)をウォッチしなきゃ」と前方寄りの席を一時的に陣取っていたため、後方腕組みオタクに舞い戻る。(シアタータイプの座席会場で柔軟に席移動できるのはありがてえ)
以降、終演まで1時間。せっかくだから発掘の気持ちで曲聴こうと引き続き初見アイドルさんのパフォーマンスを観ていたが、やはり自分の興味関心ポイントを強く引き立たせるのは「楽曲が刺さるか」だった。どうしても、「これは苦手なアプローチかな…」という曲の場では自然と手に持っている小型端末に意識が向いてしまう。一方「イントロの数秒で好き!」という音が鳴ると、もっと情報を得たいと己の五感を研ぎ澄ます心持ちに切り替わる。もうこれは本能的な問題で「自分の消費の仕方はそれなんだな」を自覚した。
また、この順繰りに出番が入れ替わるフェス型ライブ、観ていた席も「屋内シアター型、やや埋まってない会場(ごめんなさい)の後ろ寄り」ということもあり、会場全体の光景が印象にとても残った。そこで流れるのは学校がああだ、恋がどうだと爽やかに歌う青春ソングの大連弾。
「アイドルって青春についてよく歌うよなあ」と誰もが思っていることをたったいま閃いたかのように思いを馳せ、直後、私の脳裏によぎったのがこの記事だった。
「ポエトリープ」として活動していた出窓なもさん。特典会について綴ったnoteがバズったことを受け、その詳細に迫ったインタビュー内容の一節より。
出窓 刹那的でもあり、モラトリアムのやり直しみたいな雰囲気はずっとありました。アイドルも運営もお客さんも、青春時代にやり残したこと、モラトリアムに忘れ物がある人たちが多いのかもしれません。
出窓なもさんインタビュー#2 より
このインタビューを読んだ直後は、ルサンチマンを抱えたオタクにそんなちくちく言葉投げないで!とちょっと胸が痛くなったのだが。ただ、同時に「これって真理かもなぁ」と。
会場を満員御礼まではできずとも、確かに彼女たちを愛している一定数の固定客がいる。そんなグループが数多く一同に会したこの場、後方俯瞰からの景色に映る人々はそれぞれで。
フリフリの可愛い衣装を纏い笑顔でパフォーマンスするアイドルさん達。
アニメの世界から出てきたような子もいれば、「そのディーヴァ系の歌唱でこのコンセプトの楽曲歌うんだ」な子だったり、彼女たちの表現方法は様々で。
壇上から一段下がると、
プレミア価格の席を確保し、推しへの愛を向けるオタク。
彼女たちがステージで煌めく姿をカタチに残そうと、機材と格闘しシャッターを切るオタク。
曲に合わせて彼女たちの名前を呼んだり、サイリウムを振りながらコールをするオタク。
自分のような、一人で座りつつ余計な事を考えているオタク。
ここにはそれぞれの「好き」の表現が確かにあるんだろうな、と。
世は大SNS時代、幣noteのようなアマチュアブログがまさにそうだが、ワンタッチワンスワイプにて誰でも発信者になれる現代。
もちろん、発信には重きをおかずオールドスタイルに楽曲を聴く、パフォーマンスを観る。それに癒されたり感動したりするというサイクルで回るファン層の方が一般的であるのは承知している(むしろそっちのほうが健康的だとすら思う)。
ただ、私も含め「アイドルを媒介に自己表現をする人びと」はインターネットの普及により間違いなく増えているであろう。もしくは、今まであったそれが可視化されたというべきか。
そして、上記インタビューで出窓さんが触れたとおり、「アイドルオタクは、アイドルコンテンツを消費し、"青春のやり直し"をすることでそれぞれのモラトリアムを充足させているのではないか」がこのライブにおける景色を観て私のなかでも仮説が立った。
帰納的に考えると、消費者であるオタクが「モラトリアムを向ける対象」として"アイドル"はたいへん都合のいい存在であるように感じる。「推し活」という言葉も流行しているが、ある種ワナビー的な趣味であったり、「あの時にやれなかった(もしくはもう一度やりたい)ことを推しにやってみたい」がアイドルというシステムの性質上、ライトに向けられる土壌ができる(できてしまっている)。
演者・受け手であるアイドルはそれに公序良俗(じゃないケースもあるけど)の範囲で応える。これはある種共犯的な構造でもあり、そこにBGMとして差し込まれる確率が高いのが上で述べた青春ソングと考えると、見ようによっては多少の残酷性もあるが。
そして、アイドル現場は消費者側の多様なニーズを叶えられる場でもある。人によってそれは様々で、音楽・ダンス・写真・ファッション・文学などのジャンル・クリエイティヴ表現の場合もあれば、仲間内での集団帰属だったり、演者を媒介した異性(同性ももちろん)からの承認のような欲求充足かもしれない。もしくは、演者に自己を投影し"推し"が成り上がることで自身の夢を重ねるケースもあるだろう。
また、そんなアイドルさん達を束ね動かしている運営側もまた、ビジネスではありつつ自己実現としての夢を追いかけている存在なのかもしれない。
まるで、青春の群像劇みたいに。
冷笑的に捉えてしまうなら、滑稽な様相でもあるだろう。ただ、自分はこの日、多数のアイドルが入れ替わり立ち替わりで披露するライブ、それに呼応する人びとを観測し、それぞれの立場での理想を作り出していたある種の共同幻想ともいえるこの場を尊いものと信じた。そのうえで一縷の希望を言葉にするのなら、この幻想はアイドルという偶像をフィルターに、刹那の瞬間だとしても"ホンモノ"になっているのかもしれないと。
だからこそ、せめて会場に音楽が鳴っている間は、ここにいる全ての人が平等に、公平に、それぞれのカタチでいっしょに夢を叶えられたらいいねと。
私も含めて、アイドルコンテンツと人生が交差してしまった人びとが一同に集まるこのライブ空間でそんなことを考えていた。
