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黒い ドーナツ盤


#創作大賞2024 #お仕事小説部門


 ビルの外をでると、華やかな女性たちがけたたましい笑い声をあげながら、舗道を歩いていた。六本木ヒルズに会社が移動してから、余計に僕は、はもう、端っこの存在のような気持ちがした。もうラジオ自体は時代遅れのものでもあるし、若い世代のものであって、彼のことを軽んじる、若い、アイドルで、あふれていた。それでも、彼は愛想笑いを浮かべ、おじさん、こんな動物ケーキ、わたしたち、もう、子どもじゃないんですよ、と皮肉と嫌味、まるで、妻からのおつかいかと想うような勢いのひとたちに取り囲まれていて、寂しく想った。家にまっすぐ帰る気にもならず、ギターのネオンに誘い込まれるようにハードロックカフェの入り口をくぐった。店内はさほど混んでいなかった。入り口近くの席に座り、バーベキューベーコンチーズバーガーを注文した。
 俺らの頃は、ラジオから、いけた男が、アメリカの音楽をラジオを通じて紹介してくれて、その音楽を聴きながら受験勉強したものだった。しかし、もう、彼の人生そのものが、子どもの頃の祖父の毎日に感じていたものであって、おじさん、デブ、といわれたりして、また妻からの嫌がらせかしら、と感じてしまった。もう若くはない、ということはわかっている気持ちもしたが、むかしは、もっと、年配者に敬意をしめしていたものだぜ、と不二家ベストテン、のロイジェームスの渋い声と、この収録が終わったら、いけているところで、グラスをまわしながら、東京の夜景を楽しんでいるような雰囲気であったFERNANDES。エレキギターの倒産は、もうすべてはかわってしまったことを意味していた。
 俺らの頃は、もっと、アメリカンドリームに夢をみたものだぜ。そう想いながら、店員が運んできたバドワイザーにちょっと口をつけ、鼻の下に泡をつけてみた。はじめて食べたピザとチョコレートパフェの店で、バドワイザーという蛍光文字がきらきら光っていた。もっとみんなまじめにアメリカに憧れたものだった。そう想うと、俺も、バカ騒ぎをしすぎたな、と過去を想った。それでも長年の腐れ縁の愛人の家にいこうかなあ、って考えた。出会ったときは、彼女は、18歳と七か月で、娘、と同い年だった。しろくまみたい。白いトレーナーばっかり着ていた俺に、しろくまたん、といって甘えてきた。娘は、眼鏡をかけて浪人中で、部屋に閉じこもって、ろくすっぽ口を聴かないのに比べて、彼女は、やわらかくて、かわいかった。彼女のはるを俺は奪ってしまった。彼女は今は芸能プロダクションの裏方に回っている。そっちの方が性に合う。あなた、みたいな、チャンスのかみさま、に、なりたいの、といっている。あれからもう、8年。彼女は、綺麗になって、大人っぽくなって、突然いくと、男前の彼氏が、座っているのがドアをあけてすぐみえて、不愛想に、こっちがふるまって、ドアをしめた。
「いきってるんじゃねえぞ、じじい」
 という声が聴こえたのは、三週間前だ。居場所がない。僕の居場所だった場所が、どんどんほかのものに侵略されて居場所がないのだ。妻は医学書の編集者をやっており、東大の医者たちに森川女史と呼ばれていて、けっきょく、そういう、エリート男性、むかしでいうと銀縁めがねをかけて一心に勉強してきた男子と妻も、赤い眼鏡をかけて、一心に勉強していた過去が響きあうようであって、僕にたいしては、冷たい。あれは、7年前。妻が包丁を手にもって愛人宅に尋ねてきたのは。もうそんなになるのか。僕は、かのじょをかばうためにかのじょの前にたちはだかり、妻は、妻で、低く暗い声で、おまえ、死ねよ、死ね、死ね、といって包丁をむけてきた。僕は両手をひろげて、彼女の前にたち、これが、優子と同い年の彼女ね、といった。あのときは、璃子は、悲しそうな捨て猫みたいな目で妻をみあげていた。こんな年かさもいかない娘にあんたいれあげて、何がしたいの、といった。僕は、僕は、出会ったころのおまえのひかりを彼女に感じてるのかもしれない。ふん、と妻は鼻に皺をよせて、こんなぺらぺらの薄っぺらいおんなと、わたしと一緒にしないで、というと、落ちつた感じで包丁を鞄にいれて、そうして、僕の外股に開きすぎた靴を、しゃがみこんで帰宅方向に向けて、ちょっとだけ寂しそうな顔をして璃子をみてぱたんと扉をしめた。璃子は、呆然としていて、もうこないで、二度とこないで。しろくまさんのじんせいと、わたしのじんせいをシンクロさせたのは、横断歩道が、交わるようなもので、もう、べつべつのじんせいを歩きたいの、といった。僕も、女は21が盛りだから、手をひくよ、といって、扉をしめた。そんなことを、壁にかけられた写真をみながら、ハリウッドでも、そのようなことは日常茶飯事なんだろうけれども、もっと、輝いて、のびのびして、ほんとうに一瞬のひかりにみんな酔っていると考えた。璃子と、妻が望む通り逢わなくなって、璃子は璃子でアイドルグループのセンターとつきあっていたりして、僕は僕で、もっと、ラジオ、の将来性について考えたりしてそれなりに充実した時間を過ごした時期もあった。ところが、ある日、奥さんは、わたしの主人と恋仲にあります、という、電話を受けた。その日は雨が降っていた。僕は夜更けのラジオを終えて、始発で六本木から帰って、寝ていて、電話のベルが鳴るから、とったら、低いおんなの声でそうつげた。相手は東大の医者の妻であった。今日の午後8時になったらかならずふたり肩をそろえて、本郷三丁目の麦から、でてきますよ、といった。なんか証拠あるんですか、というと、証拠は、ありません、と蚊の泣くような声でいった。だとしたら、編集者と、執筆者の関係だけじゃないんですか、妻はクールだから、それにむすめもいますしね。貞操観念はそうとうしっかりしていますよ、というと、こころが、夫のこころが、あなたのおくさんのことを、ひつようとしていて、それで、もう、その麦ではなしているふたりはまるで大学生にお互いもどったかのように無邪気で、わたしジェラシーを抱きましたわ、とつげた。僕は、じつは、それを聴いてほっとしたのだ。僕みたいに、東大をねらって二浪をして駄目で、お茶の水の妻にとって、東大とお茶の水は、よくあるかっぷるだし、僕みたいな、落ちこぼれ男に、妻が、執着する理由も、娘のぱぱだから、以外さほどみあたらなくて、妻は、家庭という箱を維持しながら、女編集者という立場を利用して、大学生気分をあじわいたいのなら、たぶん、おたくの御主人も、青春の向こう側をみながら虚偽的空想的恋愛技法を楽しんでいるのではないですかね、というと、そうでしょうね、と、納得してくれた。ひとは、人生を、ひとつしか選べないもんな、と僕も、想って、突然一向に受験勉強に身がはいらなくなった秋口のことをおもいかえし、10月13日の模試では、東大工学部合格圏内だったのになあ、って想った。僕は滑り止めの大学に進学し、東大閥ばかりでなりたっている日本の理系企業に就職することを、あえて、しなかったのは、たぶん、僕のジェラシーかもしれないし、そうではいかもしれない。僕は、ラジオから流れてくる音楽をハミングしながら、英語の勉強をするのがすきだったし、すきほどものの上手なれ、と思って、ラジオ局にアルバイトで入局した。365日ジーンズを履き、正月に、妻の実家に遅れてジーンズを履いて行ったら、だから神戸人は嫌いだ、妻の父にいわれた。正月ぐらいスーツでくるのが礼儀だろう、ということであって、そんな妻の父は、クラシックしか聴かないひとで、ぼくの父と似ていた。時代は移ろい、こんどは、僕みたいに、ラジオからながっれてくるアメリカ音楽に憧れ、ジーンズさえはいていれば、貧乏学生時代もなんとなかった魔法のズボンもいまや、ジーンズ、デニム、おじさん、といわれ、もう僕みたいにがにまたでジーンズを履いているおじさんは、業界人からところてんのように過去の遺物として追い出されようし、そのときにいつも頭の中に流れるのは、浪人時代に聴いたイーグルスのホテルカリフォルニアだ。あのせつないメロディーはすごく心にフィットした。あの音楽を流した人は僕よりもずいぶん年上のやっぱり声がロイジェームスみたいに渋くて深く男としての円熟を味わっているようなひとであったな。僕は煮詰まったら1998年のイーグルスのホテルカリフォルニアをYOU TUBEでみる。真面目にめがねをかけて白いシャツでサラリーマンになった雰囲気でいちおん、いちおん、丁寧に奏でているイーグルス。そうして、この歌詞にあるように、僕も袋小路の男になっちまったな、って苦笑する。妻はこういうだろう。身から出た錆。自業自得って。そうして僕は苦笑いをしながら腐敗堕落孤城落日。送電。青山橫北郭。白水遶東城。此地一為別。孤蓬万里征。浮雲遊子意。落日故人情。揮手自茲去。蕭蕭班馬鳴。ラジオはぽっちのときも、いつも傍らにいてくれたよい友だったよ。もう誰も、レコード屋にいって、流行のレコードを手に入れ、レコードジャケットをみて、ようやく手にいれた喜びをかかえて、家にもどり、息を凝らしながら、針を慎重に落とすくうかんのようなじかんのことを、知らなくなるんだなあ、と、想った。
 もうすっかり老人扱いだな。Out of Date.

それでも、僕は、僕で、ありつづけたい。ドーナツ盤を手にいれて家にかえっていたあの頃の僕でありつづけたい。

ドーナツ‐ばん【ドーナツ盤】
〘 名詞 〙 レコードのうち、一分間四五回転で、中央の円孔が大きいものの俗称。通常、直径一七センチメートル。イー‐ピー(EP)。

EP。
エピソードトーク。
エピソードトークとともに流れる曲が僕は好きだった。
もっといまより重厚で、大人のかおりをラジオから運んでくださった先駆者に、僕は、想いを馳せ、もう、みんなゴーストになっちまった、と、煙草のマルボロライトの煙とともに、宙をみる。

そうしてYesterdayを口ずさむ。

Yesterday

all my troubles seemed so far away.
Now it looks as though they're here to stay.

Oh I believe in yesterday.

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