“健康”に生きるとは
あなたは、健康に生きていますか?
先日放送された、NHK『toi-toi』のテーマになっていたので、私も考えてみました。
“健康”って、そもそもどういうことなのでしょう。
1948年に発効されたWHO憲章では、前文において「健康」を次のように定義しています。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」
世界保健機関憲章
CONSTITUTION OF THE WORLD HEALTH ORGANIZATION
健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、單に疾病又は病弱の存在しないことではない。
HEALTH IS A STATE OF COMPLETE PHYSICAL, MENTAL AND SOCIAL WELL-BEING AND NOT MERELY THE ABSENCE OF DISEASE OR INFIRMITY.
なるほど。体も心も社会的にも満たされた、よい状態(well-being 良く在ること)を、健康と呼ぶようです。
では、well-beingとは何ですか?
ウェルビーイング(Well-being)は、well(よい)とbeing(状態)からなる言葉。世界保健機関(WHO)では、ウェルビーイングのことを「個人や社会のよい状態。健康と同じように日常生活の一要素であり、社会的、経済的、環境的な状況によって決定される(翻訳)」と紹介しています。
Well-being is a positive state experienced by individuals and societies. Similar to health, it is a resource for daily life and is determined by social, economic and environmental conditions.
よい状態は、日々の暮らしの中での個人的、主観的な充実度と、客観的な数値データで測れるものがあると。
オックスフォード英語辞典によると、ウェルビーイングの語源は、イタリア語で幸せや福祉を表す「benessere(ベネッセレ)」で、16世紀ごろから言葉が使い始められたとされています。
つまり、うさこの解釈では、
「ココロもカラダもアタマも、公私ともに幸せで、満ち足りた暮らし」が
健康的と言えるのですね。
(前略)⋯「アミノサイエンス®で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へと志(パーパス)を進化させました。Well-being=「健幸」、すなわち健康で幸せな暮らしのため⋯(後略)
Well-beingを健幸と訳すの、いいかも。
そういえば、この食品会社は、Eat Well, Live Well.をスローガンにしていますが、直訳は「よく食べ、よく生きる」です。この意味合いとしては、「心身ともに健やかに、豊かに生きる」そのために「栄養バランスのとれた、健康的な食事をする」ことだと思います。
例えば、一般的には不健康と捉えられがちなファーストフードでも、ふだん野菜中心、和食派の人が、たまのお休みにご褒美として食べる分には、全く問題ありませんよね。むしろ楽しく美味しく食べてハッピーなら、eat wellと言えるのではないでしょうか。
同じく、それほど経済的に余裕があるわけでなく、病弱で身体は思うように動かないけれど、家族の繋がりを感じ、居心地のいい住まいで、幸せに暮らしているならば、その人は健康だということ。
私は、世間的にも自覚的にも恵まれた生活をしています。身体も丈夫なほうだと思います。
だから、幸せ⋯かな?
でも、今は、心配事が次々と浮かんできて、はっきりした理由もなく、不安になったり、悲しくなったり。相手の言動を、必要以上に羨んだり、その裏側を邪推したりしてしまう。これは全くpositive stateではありません。
早くネガティブモードから脱したいです。ココロとアタマも、穏やかで幸せになりたいです。
健康とは、ハッピーを欲望すること
本当に。(今たとえ満ち足りていないとしても)良く在りたい、と欲することも健康なのですよね。
それにしても、国内外のさまざまなニュース、悲しく不条理な事件を見聞きするたびに、私の悩みは贅沢病だな、と感じます。平和ぼけしているのかもしれません。
どうか世界中の人々が、ココロもカラダもアタマも健やかに過ごせますように。
あなたも私も。
あしたもお元気で。
