動きたくても動けなかった私が、腑に落ちた日から変わった話 〜決めたら、行動力はあとから湧いてくる〜
こんにちは。うしみんです。
今日は、私が一歩を踏み出せるようになったきっかけについてお話しします。
参考になるとうれしいな♡
「やりたいのに、なんか動けない」
その感覚にずっと苦しんでた。 やりたいことはある。でも、怖い。恥ずかしい。面倒くさい。自信がない。 そんな言い訳みたいな感情がどんどん積み重なって、長い間ずっと動けなかった。
私は、長い長い“休息期間”に入っていた。 だらだらしてる自分に自己嫌悪して、周りと比べては落ち込んで、 「また投げ出した」「やっぱり私には無理かも」って何度も思った。
でも、心の奥ではずっと──あきらめきれなかった。 「私、ホントはやりたいんだよ」って声が、消えなかった。
そんな私が休息期間に入ってずいぶん経ったころ、とあることをやり始めた。
それが、“今を味わうこと”だった。
感情の蓋をベリベリと剥がし始めたの。
家事も育児も、全力でやるとかじゃなくて、 「いま、私はこれをしてるな、○○って思っているなぁ」ってとにかく感じることに徹してみた。
五感や感情に意識を向けて、 嬉しい、しんどい、めんどくさい、ホッとする、腹が立つ…… いいも悪いも、全部味わってみようって思った。
そして、全力でだらけることもした。 だらけたっていい。自己嫌悪する自分ごと受け入れてみようとした。 できたかって言われたら、正直「うん」とは言えないけど、 「試みた私」にOKを出してあげた。
そしたら、ある日、突然だった。
「ビビビッ」っていう感覚がきた。 今までの点が、線でつながって、全部が“腑に落ちた”感覚。
「ママなんだから…」って自分を縛ってた記憶。 「引き寄せって結局どういうこと?」って頭でしか理解できなかった法則。 それらが、一気に自分事としてハマってきた。
特に思い出したのが、大学院受験のときの私。
当時、私は自分の大学よりレベルが上の大学院を受けようとしていた。 行きたい研究室があって、そこの研究がどうしてもやりたかったから。
でもその研究室は超人気で、外部生は通りにくいって言われていた。 なのに私は、なぜか不思議なくらい、 「私はあの研究室に入って、△△の研究をする」って決めてたの。 もう、疑いようがないくらい当たり前に思ってたの。ホント、ビックリするよね。
もちろん勉強も必死でやったけど、 「決めてた」からこそ、行動も自然に伴ってたんだと思うの。
得意のぼっちでの勉強は、もちろんがっつりしていたんだけど、ビックリするのは、そこじゃない。分からない問題に対する取り組み方だった。
大学の先生や先輩を待ち伏せして、つかまえては、質問しまくっていたの(笑)。しかも自分が納得するまでそりゃもう徹底的に。もうすごい行動力じゃない?!コミュ障の私じゃないみたいな別人レベルの凄まじい行動力だと今でも思うんだ。
あれって、まさに引き寄せの法則だったんだなぁって。
「決めて、信じて、動いたら、叶った」
それを思い出した瞬間、「あ、私、またできる」って感覚が湧いてきた。
そしたら、自然と1歩が出ていたんだよね。
今まで怖かったこと、面倒くさかったことに、 「まあ、やってみるか」って思えた。
最近の私は、怖いより先に「めんどくさい」が勝ってたけど(笑)、 それでも「こうありたい自分」って軸ができたら、 めんどくさいことも“やる”って選べるようになってきた。
一歩踏み出すって、私の場合は、 「勇気」じゃなくて「納得」だった。
私は、ちゃんと“整えてた”んだ。 休息も、内観も、だらけることも、気づきも、全部必要なことだったんだ。
整ったとき、行動は“自然と出る”ものなんだと思った。
そして今も私は、少しずつ、踏み出す毎日を選んでいる。
怖いからやらないんじゃなくて、 怖いからこそ、小さくでも動いていく。
これが私にとっての、“行動する整え”のかたち。
最後まで読んでくれてありがとう♡
あなたにも、きっと“引き寄せてきた過去”があるはず。
今はまだ、それを思い出せなかったり、腑に落ちていなかったりするだけ。
でもね、その引き寄せに気づいたとき、
あなたはきっと、もう一歩を踏み出しているよ。
そして──動けないときは、無理に動かなくても大丈夫。
そのときの感情も、だらける自分も、まるごと味わい尽くしていい。
そこからまた、“整い”が始まるから。
