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Roddy Ricch —コンプトンの路上から、11週連続全米1位の男になるまで

TikTok を見ていない男の曲が、TikTok で世界を制した話

2020年2月2日、アメリカで最も視聴される番組のひとつ、スーパーボウルのハーフタイムショーが終わった直後。

カンザスシティ・チーフスの選手たちがロッカールームで優勝を祝う動画がSNSに流れました。選手たちは踊り、叫び、ひとつの曲を口ずさんでいました。

「ee-er…、ee-er…」

このイカれてるけど、思わず耳に残ってしまう擬音から始まるフック。
どこかで聞いたことあるのではないでしょうか?
(Youtubeに1時間連続ee-erの動画とかもあります。頭狂います。笑)

この曲の名前は「The Box」。
アーティストは Roddy Ricch(ロディ・リッチ)。当時21歳、コンプトン出身のラッパーでした。

面白いのは、Roddy Ricch 本人がその頃 TikTok をほとんど見ていなかったことです。

「俺はソーシャルメディアをいつも見るタイプじゃない。家族が面白い動画を送ってきて、それで初めて知る感じ」と彼は Time 誌のインタビューで語っています。自分の曲が世界を席巻しているのを、他人から教えてもらっていた。

その「ee-er」が、11週間にわたって全米チャートの頂点に居座り続けることになるとは、誰も想像していませんでした。本人でさえ。


コンプトンという街と、8歳のラッパー

本名 Rodrick Wayne Moore Jr.(ロドリック・ウェイン・ムーア・ジュニア)。1998年10月22日生まれ、カリフォルニア州コンプトン出身。

コンプトンという地名を聞いたことがある人は多いと思います。Kendrick Lamar、Dr. Dre、Snoop Dogg、NWA——ヒップホップ史に名を刻むアーティストたちを輩出し続けてきた街。同時に、ギャング文化と暴力が日常の一部として存在し続けてきた街でもあります。

イメージ図再掲。やっぱこわい。

Roddy はクリスチャンの家庭に育ちました。家族のルーツはルイジアナにあり、幼少期の一部をジョージア州アトランタで過ごしたことが、のちの彼の音楽にウェストコーストとサウスの両方の感覚を注ぎ込むことになります。

8歳のとき、Roddy はラップを始めました。16歳でビートを自作し始め、コンプトン・ハイスクールに通いながら曲を作り続けました。

12歳のある日、教会で偶然 Kendrick Lamar に出会い、その場でフリースタイルを披露したというエピソードが残っています。Kendrick はその才能を認め、励ましの言葉をかけました。

コンプトンが生んだ先輩から、コンプトンが生む次の才能へ。この出会いが Roddy にとってのひとつの転機でした。

「Feed Tha Streets」から始まった、静かな革命

2017年11月、Roddy Ricch は初のミックステープ「Feed Tha Streets」をリリースします。

大きなレーベルも、大きなプロモーションも、大きな話題もありませんでした。
それでも Meek Mill(ミーク・ミル)と Nipsey Hussle(ニップシー・ハッスル)という業界の重要人物が彼の音楽に注目し、動き始めます。

Meek Mill は2018年のコンサートに Roddy を特別ゲストとして招待し、「Dreamchasers」のチェーンをプレゼントしました。Nipsey Hussle は彼をロサンゼルスの Power House コンサートに呼び込みました。

street cosign(ストリートからの推薦)」と呼ばれる、この業界での最も信頼性の高い認証を、Roddy は一歩一歩積み上げていったのです。

2018年7月、「Die Young(ダイ・ヤング)」をリリース。

XXXTentacion(エックスエックスエックステンタシオン)が射殺された夜に書かれた追悼曲で、彼の幼馴染とXXXTentacion、Speaker Knockerz(スピーカー・ノックズ)、Lil Snupe(リル・スニュープ)への祈りが込められています。

これが初めて Billboard Hot 100 にランクインした曲になりました。

しかし、本当の転機はまだ先にありました。

Nipsey Hussle という師——そして突然の別れ

2019年3月31日、Nipsey Hussle が自身のレコードショップの前で射殺されました。享年33歳。

Roddy Ricch にとって、Nipsey は単なる業界の先輩ではありませんでした。

コンプトンを代表するラッパーとして、地域への愛と誇りを音楽に込め続けた Nipsey の生き方は、Roddy が目指すものと深く重なっていました。

Nipsey が自分の音楽を信じ、背中を押し続けてくれたことへの感謝は、今も Roddy の発言の中に何度も登場します。

Nipsey が生前最後にリリースした曲が「Racks in the Middle(ラックス・イン・ザ・ミドル)」feat. Roddy Ricch & Hit-Boy。
Nipsey の死後、この曲はさらに大きな意味を持つようになり、翌2020年のグラミー賞でベストラップパフォーマンス賞を受賞します。

Roddy にとって初めてのグラミーは、師を失った悲しみの中で生まれた、最もパーソナルな形の勲章でした。

「ee-er」が世界を変えた夜

2019年12月31日、デビューアルバム『Please Excuse Me for Being Antisocial(プリーズ・エクスキューズ・ミー・フォー・ビーイング・アンチソーシャル)』がリリースされます。

タイトルを直訳すると「社交的じゃない俺を許してくれ」。このタイトル自体が Roddy の性格をよく表しています。SNS を頻繁に更新せず、メディアへの露出を最小限にとどめ、音楽だけで勝負するスタイル。

このアルバムに収録された「The Box」は、最初は「リリック動画」としてひっそりと公開されたものでした。明確なリリース日も設けられていなかった。

ところが TikTok上で「ee-er…、ee-er…」という独特のフックに合わせたダンス動画が拡散し始め、再生回数が爆発。そのまま Billboard Hot 100 に飛び込み、たった数週間で1位に到達します。

11週連続1位という記録は、50 Cent の「In Da Club」(2003年)が持っていたデビューラッパーの最長記録を塗り替えるものでした。「The Box」はApple Music の2020年最多再生曲に選ばれ、Spotify のグローバルチャートでも記録的な数字を叩き出しました。

面白いエピソードがあります。

Justin Bieber(ジャスティン・ビーバー)が「Yummy」という曲を引っ提げてチャートでの巻き返しを図り、海外のファンに「VPN を使ってアメリカの位置情報に設定し、寝ながらストリーミングしてほしい」と呼びかけた事件です。

この「眠れる国際支援作戦」に対し、Roddy Ricch はシンプルにツイートしました。

「みんな Bieber の曲も聴いてあげて」

Roddy Ricch

この器の大きさに、むしろ「The Box」がさらに支持され、その後も1位をキープし続けるという逆効果が生まれました。
Roddyかっこいい。


「The Box」って、何の箱なのか

この曲のタイトル「The Box」には複数の意味が込められています。

刑務所(box)を指すという解釈がある一方、銃の収納ケース、あるいは女性器を意味するスラングとしても使われます。Roddy 自身は明確な答えを出していませんが、この多義性こそがこの曲の深さの一部でもあります。

「ee-er」というフックについては、当初「変すぎる」「意味がわからない」という声もありましたが、耳から離れない中毒性が最終的に全員を飲み込みました。

Time 誌は「彼の音楽スタイルはウェストコーストのヒップホップのルーツと、アトランタのトラップ、シカゴのドリルを融合させたもので、路上の現実への考察と無遠慮な自信の間を行き来する歌詞が独自の重みを持つ」と評しています。


音楽性——「声」ひとつで別次元に連れて行く

Roddy Ricch の音楽を他のラッパーと分けるものは、声の質とその使い方です。

しゃがれた、少しかすれた声。そこにオートチューン(音程補正のエフェクト)をかけることで生まれる独自の質感は、ラップしているのか歌っているのかの境界線を溶かします。

Vulture の評論家は「Young Thug と同じ発音とボーカルのイントネーションを頻繁に採用する」と分析しており、「才能あるボーカリストであり、時に compelling(説得力ある)なソングライター」と評しました。

トラップのビートをベースにしながら、メロディアスなフックを重ね、「生きることの重さ」をさりげなく歌詞に忍ばせる。コンプトンのストリートで見てきたもの、失ってきたもの、それでも前に進む理由——それが Roddy の音楽の核心です。

「俺の音楽の土台は全部 Speaker Knockerz からきてる」と彼は語っています。Speaker Knockerz とは2014年に20歳で急死したサウスカロライナのアーティストで、彼の存在なしに現在の Roddy の音楽は語れません。

グラミーが盗難倉庫から発見された日

話は2024年11月に飛びます。

YouTuber の Prieto Hunters が、競売で280ドルで落札した放棄された倉庫ユニットの中身を動画にしていたところ、思わぬものを発見します。デザイナーブランドの衣類と一緒に、光り輝くグラミー賞トロフィーが入っていたのです。

そのグラミーには Roddy Ricch の名前が刻まれていました。

Roddy 側の説明はこうです。「パーソナルアシスタントが交通事故で瀕死の重傷を負い、倉庫の管理が手に負えなくなった」と。

Hunters は動画上で「返したいので連絡ください」と呼びかけましたが、その後の交渉は混乱を極めました。

Roddy 側は「5万ドルと高級腕時計(AP)を要求された」と主張し、Hunters 側は「お礼の動画さえ撮らせてもらえれば十分だった」と否定。

どちらが正しいかは「言った言わない」の水掛け論のまま、グラミーはコスト0で返還されました。

この騒動自体、TikTok で爆発的に拡散し、「Roddy Ricch のグラミーが倉庫で売られていた」というヘッドラインが世界中を駆け回りました。

真相はともかく、グラミーが自分のアシスタントの事故によって放棄された倉庫に眠ることになるという展開は、ヒップホップのニュース史上でも類を見ない珍事として記憶されています。

今どこにいるか—2024年のアルバムと次のステップ

2024年12月6日、Roddy Ricch は3枚目のアルバム『THE NAVY ALBUM』をリリースしました。先行シングル「911」と「Survivor's Remorse(サバイバーズ・リモース)」でその世界観を提示し、メロディと内省の深さが際立つ作品として評価されています。

Kendrick Lamar の2024年アルバム『GNX』にも参加しており、コンプトンという共通の出身地が結ぶ絆は今も深い。商業的不動産への投資、コンプトンのコミュニティへの金融リテラシー教育の財団設立など、音楽の外側でも地元への貢献を続けています。

「成功してもどこかで快適になりすぎてはいけない。俺はこれまでの人生で今年が最も稼いでいる。でも決して安心してはいけない」と、Forbes のインタビューで語っていました。

Roddy初心者におすすめの3曲

「The Box」(2019年)
まずここから入るしかありません。あの「ee-er」が耳から離れなくなる体験をしてください。11週全米1位、TikTok での爆発的バイラル、NFL選手たちのダンス——すべての文脈を知った上で聴くと、なぜこの曲が世界を動かしたかが体感できます。


「Die Young」(2018年)

Roddy の「人間としての深さ」が最もよく出ている曲です。XXXTentacion が亡くなった夜に書かれたという事実を知ってから聴くと、リリックの重さが変わります。「The Box」のポップさとは別の、彼の核心が見える一曲。


「Racks in the Middle」feat. Roddy Ricch & Hit-Boy(2019年)
こちらNipsey Hussleの曲ですが、Roddyの記事で紹介させてもらいます。 Nipsey Hussleの最後の曲、そして Roddy の初グラミー受賞曲。

この曲を聴くと、Nipsey が Roddy に何を見ていたかが伝わってきます。2人の間にあった信頼関係が音楽として結晶化した、歴史的な一曲です。

この記事を読みNipseyとの経緯を知ったうえで、じっくり聞いてみてほしいです。


関係が深いアーティストたち

Nipsey Hussle(ニップシー・ハッスル)
言わずもがなですね。
師であり、最大の恩人。コンプトン出身の先輩として Roddy の才能を早くから信じ、業界への扉を開いてくれた存在です。

「Racks in the Middle」で結ばれた縁は、Nipsey の死後もグラミー受賞という形で永遠に刻まれました。Roddy が今もコンプトンへの愛と誇りを音楽の核心に置き続けているのは、Nipsey の生き様が原点にあるからです。

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)
12歳の教会での偶然の出会いから始まる、コンプトン先輩後輩の関係。Roddy は Kendrick を「最大の音楽的影響のひとり」と公言し、2024年の Kendrick のアルバム『GNX』にも参加しています。

同じ街を愛し、同じ現実を見てきた2人が、それぞれの方法で音楽の頂点を目指し続けています。

Meek Mill(ミーク・ミル)
Roddy の音楽を初期から信じ、フィラデルフィアのコンサートに招待し、Dreamchasers のチェーンまで贈った先輩ラッパー。Roddy が全米1位になった後も、SNS での応援を惜しまない。「Meek は俺に本物のロイヤルティを見せてくれた」と Roddy は語っています。

Young Thug(ヤング・サグ)、Future(フューチャー)
Roddy のスタイルに最も大きな影響を与えた、アトランタのレジェンドたち。ラップと歌の境界線を溶かしたメロディアスなスタイル、オートチューンの使い方——Roddy が今持っている武器の多くは、この2人のDNAを受け継いでいます。

コンプトンの次の継承者として

「The Box」から6年が経ちました。

あの「ee-er…、ee-er…」は今も世界のどこかで再生され続けています。Roddy Ricch はその後も着実に作品を重ね、コンプトンへの愛と、生き残ることへの複雑な感情を音楽に刻み続けています。

8歳でラップを始め、12歳で Kendrick Lamar の前でフリースタイルを披露し、師 Nipsey Hussle を失いながらもグラミーを獲得し、自分の曲が世界を席巻しているのを家族から教えてもらっていた。

ソーシャルメディアを全く見ない男の音楽が、ソーシャルメディアで世界を制した。

これが Roddy Ricch という存在の、最もリアルな説明です。

個人的にRoddy Ricch大好きなので書きすぎてしまいました。笑
おまけにもう一曲好きなやつ貼っていいですか?
また次の記事もお楽しみに~!


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