#落語 #婚活漫画家 #田代まさし#ヒロポン「年収二百萬の花婿志願」「ヒロポンちょいと効きすぎる」
@落語 #婚活漫画家 #田代まさし#ヒロポン「年収二百萬の花婿志願」「ヒロポンちょいと効きすぎる」 「年収二百萬の花婿志願」 えー…どうもどうも。 婚活、なんて言葉がね、すっかり板についちゃって。昔はそんなもん無かった。 「縁があるかないか」それだけ。 今は何だ、「条件が合うかどうか」。恋愛を棚卸しするなってんだよ。 いいですか、結婚ってのは本来ね、「この人と一緒にいたい」っていう衝動だ。 それがいつの間にか「年収」「安定」「将来性」。 ロマンがどこ行ったかっていうとね、だいたい審査で落ちてる。 で、そういう時代にね、逆らう男がいる。 四十八歳、年収二百万円。漫画家。中川学。 名前は立派だ。「学」。人生を学んでりゃこうはならない。 この男ね、四十四まで結婚なんて真剣に考えたことがない。 「楽しかったんですよ、漫画家仲間と」なんて言ってる。 楽しいのはいいがね、楽しいってのは責任を伴わない状態のことだ。 子どもが公園で遊んでるのと同じだ。 ところが、転機が来る。コロナだ。 高熱が十日続く。誰も来ない。水も自分で飲む。 で、思う。「このまま死ぬのか」と。 いいかい? 人間ね、死を意識したときに初めて「誰か」を欲しがる。 普段は一人でいいって顔してるくせに、いざとなると寂しい。 勝手なもんだ。 で、この人、さらに思う。「子どもが欲しい」「家庭が欲しい」。 遅い。 気づくのが二十年遅い。 それでもね、やらないよりはやった方がいい。 婚活を始める。マッチングアプリだ。 プロフィールに全部書く。「年収二百万円」「漫画家」。 正直だ。正直だがね、正直と有利は別問題だ。 世の中ってのはね、残酷にできてる。 「いい人」ってのは褒め言葉じゃない。 「選ばれない理由がはっきりしない人」って意味だ。 この男、「ありのままの自分を好きになってほしい」と言う。 出た。ありのまま。便利な言葉だ。 努力しない言い訳としては満点だ。 だが現実は違う。 ありのままの自分が評価されないから、今この状況なんだ。 そこに気づく。やっとだ。四十六で。 「変わらないとダメだ」 遅いが、気づいただけマシだ。 しかしね、人間そう簡単には変われない。 会ってみる。女性と。 一回目はいい。緊張もある、話も弾む。 二回目。これが地獄だ。 話すことがない。 漫画家なのにネタがない。 人生を描いてるはずなのに、自分の人生が薄い。 で、たまにうまくいきかける。 いい感じになる。 ここで普通はね、大事にする。関係を育てる。 ところがこの男、仕事に逃げる。 婚活をネタに漫画を描く。 その漫画を描くために、連絡が減る。 結果、関係が消える。 いいかい? 手段と目的が入れ替わる。 これを人は「器用な不器用」と言う。 さらに行く。結婚相談所。 ここはシビアだ。夢は通用しない。 年収五百万円が条件。 門前払い。 そりゃそうだ。 市場ってのはね、冷たい。だが正確だ。 で、この話を読んだ世間が言う。 「相手が可哀想」「無理だろ」「一人で死ね」 ひどいねえ。 だがね、全部ウソじゃない。 世間の声ってのは、優しさを削ぎ落とした現実だ。 ところがこの男、折れない。 「仕事を頑張ろうと思いました」 いいねえ。図太い。 いや、図太いんじゃない。 追い詰められて選択肢がないだけだ。 で、目標を立てる。「年収五百万円」。 結婚のための条件を満たすために、人生を変える。 ここがね、面白いところだ。 本来、結婚ってのは「一緒に生きる覚悟」だ。 ところが今は「条件を満たすゲーム」になってる。 この男も気づきかける。 「結婚って覚悟なんじゃないか」と。 そうなんだよ。 年収じゃない。職業じゃない。 「この人とやっていく」という決意だ。 だがね、現実は優しくない。 覚悟があっても、通らない門がある。 数字が足りないからだ。 ここでどうするか。 諦めるか、変わるか。 この男は変わろうとする。 それ自体は立派だ。 だがね、問題はそこじゃない。 いいかい? 変わるってのは、「条件を満たす」ことじゃない。 「自分の価値を知る」ことだ。 この男の価値は何か。 年収じゃない。安定でもない。 「それでも生きてる」という、その滑稽さだ。 人間ってのはね、立派だから面白いんじゃない。 みっともないから面白いんだ。 だから本当は、この人がやるべきことは一つ。 そのみっともなさを、逃げずに描くことだ。 結局ね、この男、こう言うんだ。 「まずは年収五百万円を目指します」 いいねえ。真面目だ。 真面目だが、ズレてる。 結婚ってのはね、ゴールじゃない。 スタートでもない。 ただの―― 「覚悟の続き」だ。 おあとがよろしいようで 2幕目 「ヒロポンちょいと効きすぎる」 ――えー、世の中ってのはね、だいたい“ちょうどいい”ってのがない。 甘すぎるか、しょっぱすぎるか、あるいは…効きすぎるか、だ。 最近はね、健康志向だなんて言って、減塩だの無添加だの、やたら身体に優しいものが流行ってる。 ところが人間ってやつは不思議なもんで、身体に優しいものばっかり食ってると、今度は心が荒れてくる。 刺激が足りないんだな。 で、刺激を求めて何をするかってぇと、SNSでケンカしたり、ワイドショー見て怒ったり… まあ要するに、ポン酢じゃ物足りなくなって、人生に“ヒロポン酢”を求めるようになる。 ……バカだねぇ。 ――さて、本題。 元シブがき隊の布川敏和、これが六十。 昔は「フックン」なんて言われて、キャーキャー言われてた男が、今や“健康診断の数値で一喜一憂する年齢”だ。 これがまた、ブログなんてものをやってる。芸能人はだいたいブログを書くと、少しずつ哲学者になるんだな。 で、その布川のところに、ある日荷物が届く。 送り主を見たら――田代まさし。 おお、出た。 この名前だけで、世間の空気が一瞬ピリッとする。 まるで鍋にポン酢入れすぎたときみたいな、あの感じだ。 布川は言うわけだ。 「15歳の時からお世話になっている兄貴です!」 ……いやいやいや。 その“お世話”の中身、ちょっと詳しく聞かせてもらおうじゃないか。 世間はそこが一番気になってるんだよ。 田代まさし。 この人はね、人生そのものが“効きすぎた調味料”みたいなもんで。 普通の人間は、ちょっと味が濃いと水で薄めるんだけど、この人は違う。 濃いならさらに足す。辛いならさらに辛くする。 で、最後に「うわぁ、やりすぎた」って言う。 子供か。 ――で、その田代が、今年七十。古希。 古希ってのはね、「古来まれなり」なんて言うけど、最近は全然まれじゃない。 そこらじゅうにいる。スーパー行けば三人に一人くらい古希だ。 ただね、“内容”がまれなんだよ。 普通の七十じゃない。 この人の七十は、“濃縮還元・人生エキス100%”だ。 その田代が、祝いの品を送ってきた。 何かと思ったら――ヒロポン酢。 ……出たよ。 これがね、ただのポン酢じゃない。 名前がすでに危ない。 スーパーで見かけたら、一瞬手を引っ込めるタイプのネーミングだ。 「ヒロポン酢ください」ってレジで言う勇気、あるか? 店員も困るよ。「袋、分けますか?」って聞けないからね。 ――で、これを送ってくるってのが、またいい。 いや、いいって言っちゃいけないんだけど、芸としては満点だ。 普通ね、古希祝いってのは、もっとこう、無難なもんだ。 扇子とか、酒とか、ちょっといいタオルとか。 ところが田代は違う。 「俺を象徴するものを送る」 ……やめなさい。 象徴が強すぎるんだよ。 でもね、ここが面白いところで。 人間ってのは、過去を隠そうとするとダメになる。 むしろ、こうやって“ネタにしてしまう”と、ちょっとだけ救われる。 落語もそうだ。 人の業とか、失敗とか、どうしようもない性を、笑いに変える。 「しょうがねぇなぁ」って笑ってやることで、ほんの少しだけ、世の中が柔らかくなる。 ――布川は言う。 「最近はさらに元気にパワーアップしておられます」 ……そりゃ怖い。 パワーアップってのはね、方向が大事なんだ。 ゲームでもそうだろ? 攻撃力ばっかり上げて、防御ゼロだと、すぐ死ぬ。 人生も同じ。 パワーアップするなら、少しは“加減”を覚えなきゃいけない。 ――で、このヒロポン酢。 写真を見るとね、実にうまそうなんだ。 色つやがいい。ラベルも立派。 だから困る。 うまそうだからこそ、余計に笑えない。 人間も同じでね、見た目が立派だと、中身の問題がより際立つ。 逆に、最初からボロボロだと、「まあしょうがねぇか」で済む。 ――結局ね、何が言いたいかっていうと。 人生ってのは、“味付け”なんだ。 薄すぎてもつまらない。濃すぎると壊れる。 ちょうどいいところで止めるのが、一番難しい。 でもね、止められない人間がいるから、噺になる。 止められないから、笑いになる。 止められないから――こうやって、ヒロポン酢が届く。 ……いいじゃないか。 完璧な人間なんて、落語にならない。 少しズレてるくらいが、ちょうどいい。 ――だからまあ、最後はこう言ってやろう。 布川敏和、六十。 田代まさし、七十。 歳は違えど、どっちも“いい味”になってきた。 ただし―― 効かせすぎには、ご用心。 ポン酢はね、かけすぎると、全部同じ味になるんだよ。 ……そこが人生との違いで、そこがまた、面白いんだけどね。
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