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18.ローマ市民VSローマ軍人皇帝 アクイレイア攻城戦!【歴史勉強ログ】

導入:変わりゆくローマ帝国

ゲームクリエイターの祐介です。今回はローマ帝国で起こった内戦・アクイレイア攻城戦についての勉強ログを話します。

カエサルの後継者アウグストゥスが打ち立てた栄光あるローマ帝国も、3世紀に入ると大分衰退が始まり、かつてのような安定した政治体制ではなく、軍隊が強い力を持つ歪な構造に変貌していきました。

具体的にはセウェルスという人物が立てた王朝「セウェルス朝」あたりからその傾向が顕著になっていったのですが、セウェルス朝最後の皇帝であるアレクサンドルは流れに逆行するように、本来のローマ的な元老院重視の政治を行いました。

しかし彼は遠征先で兵士たちの怒りを買って殺されてしまい、兵士たちは「マクシミヌス・トラクス」という叩き上げの軍人を皇帝にまつりあげました。

マクシミヌス・トラクスは3年間の在位の中、ローマ帝国の脅威であるゲルマン人などの周辺民族に勝利を重ね多大な功績を上げましたが、一方で彼が皇帝となってから兵士の給料は二倍となり、政治的に無能な皇帝の影響でローマの政情はどんどん不安定になっていき、ついにマクシミヌスはローマ市民たちによって別の皇帝をたてられ、皇帝なのにローマの反逆者となりました。

怒り狂ったローマ皇帝マクシミヌスは大軍を率いてローマに向かって進軍しましたが、ローマ北東部に位置する国境最前線の都市・アクイレイアはマクシミヌスに敢然と立ち向かったのです。


事実:アクイレイア、皇帝を拒絶

アクイレイア市民はローマの平和の中で、長らく戦争に巻き込まれることのない都市生活を営んできましたが、この時代のローマ軍はかつての規律正しい姿はなりを潜めていて、ローマ市民というよりかつての属州民中心の粗野な兵士たちの集まりで、アクイレイアがマクシミヌスの軍を迎え入れた場合、容赦のない暴行略奪に晒されるのは目に見えていました。

それでもローマ皇帝権威を前に市民たちが立ち向かうのは簡単なことではありませんでしたが、かつてローマの執政官を務めたクリスピヌスという元老院議員がアクイレイア市民たちに、自分たちの生活を守るため、決して悪しき暴君マクシミヌスに門を開いてはならないと演説することで、アクイレイアの市民たちは心を一つにして、ボロボロになっていた城壁を急ピッチで再建して守りを固め、途中の橋を壊し進路を断つなどして、不退転の決意でローマ皇帝の襲来に備えました。

一方で皇帝マクシミヌスの軍はそもそもローマの敵と見做されて、敵地であるゲルマニアから急いでローマに戻ってきたわけで、どこかしらに拠点を作る必要がありました。補給を始め諸々の理由からアクイレイアをなんとしてでも攻め落とす必要があったわけです。

ローマ皇帝マクシミヌスの軍の編成はバルカン半島周辺に位置するパンノニアの兵を始め、モロッコやメソポタミア、ゲルマン人など複数地域からの混成軍となっており、兵士たちの事情に大分ばらつきがありました。

マクシミヌスの大軍は無人の都市を破壊し、葡萄畑を焼き払いながらアクイレイアへ進軍します。


展開:決戦!アクイレイア攻城戦

アクイレイア近くには川幅の広い大河が流れていて、マクシミヌスの軍は橋が壊されていることに愕然とします。事情を知らないゲルマン人の兵が渡ろうとして溺死する事件も起きました。

アクイレイア側としてはこれで大分時間が稼げる期待がありましたが、優れた工兵を擁するマクシミヌスは放置されていた葡萄樽を繋げて浮き橋にすることで、わずか数日で河を突破し、アクイレイアに迫ります。これでアクイレイア市民たちは早くも実戦を覚悟せねばならなくなりました。

史書によると「マクシミヌスの軍は城壁の周囲全体にコホルスとレギオンごとに配置についた」とあるので、レギオンが大体5000〜6000人の兵とすると数万は下らない大軍にアクイレイアは包囲されたことになります。

マクシミヌスの軍はあらゆる攻城兵器を使って城壁を毎日絶え間なく攻撃し、一方でアクイレイアの人々も老いも若きも、女性や子供までが投石などで応戦し、力を合わせてローマ皇帝との死闘を繰り広げました。

アクイレイア市民はピッチという松脂やオリーブ油などの混合物に火をつけてマクシミヌスの軍に浴びせかけ、兵士たちは火に包まれました。

長期にわたる消耗戦の中、マクシミヌスの軍の士気はダダ下がりし、補給は途絶え、飲み水である川の水も人の死体で血に染まっていました。絶望した兵士たちはついに皇帝マクシミヌスを殺害し、戦いは終結を迎えました。

アクイレイア市民たちはローマ皇帝の魔の手から、自分たちを守り抜いたのです。


感想

歴史的にはマクシミヌスの前の皇帝であるアレクサンドルが殺された時点で、セウェルス朝は終わり軍人皇帝時代がはじまったとされることが多いですが、そもそもセウェルス朝初期に優遇されていたパンノニア兵がマクシミヌスを擁立したことを考えると、むしろマクシミヌスによってセウェルス朝の流れが強化されたと見ることもできます。

ローマは皇帝マクシミヌスを排除することに成功しましたが、次の皇帝であるバルビヌスとマクシムスも間も無く近衛兵たちに殺害され、ローマは再び戦乱に巻き込まれます。そしてそれ以降、パンノニアからはローマ皇帝が多数輩出されることになります。

ローマ人はアクイレイアでマクシミヌスを撃退するのに成功しましたが、時代の変化を食い止めることはできなかったのかもしれません。

今回の勉強ログは以上になります。ありがとうございました。

【主要参考元】
マルクス帝没後のローマ史・ヘロディアヌス著
最新基本地図2026

サムネイル画像出典: Wikimedia Commons "Udine aquileia2.jpg" 作者:Welleschik Public Domain

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