「WHERE」からはじまる 僕の問いの姿勢
対話における問いの姿勢について、考えている。
ひとつは、WHY。
これは「対話を深める」問いの姿勢だろう。
WHY(なぜ)は、
• 価値観や前提をあぶり出す
• 考えの背景や理由に触れる
• 意見の違いを浮かび上がらせる
という点で、とても強い力を持っている。
対話を、一気に深いところへ連れていく。
ただし、WHYだけでは苦しくなることもある。
詰められているように感じることもある。
自己分析でも、「なぜ? なぜ?」と掘り進めた結果、よく分からなくなってしまうこともある。
そこで必要になるのが、WHYより手前にある問いの姿勢。
それは、WHAT と HOW だろう。
WHAT/HOWは、
答えを求めない。
正解を前提としない。
いわゆる「開かれた問い」で、
人が安心して話し始められる力を持っている。
• 何が気になる?
• どう感じた?
こうした問いから対話を始め、
深める段階でWHYを使う。
WHAT/HOW → WHY
とてもスタンダードで、
多くの場で自然と行われている流れだと思う。
けれど、僕には少し違和感がある。
僕自身の実践を振り返ると、
どうもこの流れに、ぴったりはまらない。
その違和感の正体を、掴みたいと思っている。
僕は、「際(きわ)」に行きたい。
あなたの核心ではなく、
あなたと僕の接点を見つけたい。
それはWHYで深掘りした先ではなく、あなたと僕が僅かでも触れることのできる接点。それはきっとあなたの中心じゃなくて、際(きわ)にある。
あなたの核心を突いて、
「ほら、見つかったね。さあ、行きなさい」
と送り出すのではなく、
接点を見つけて、
「そこなら、僕も一緒にいられる」
「一緒に行こうよ」
と言える場所。
相手の核に触れる接点であれば、僕は「一緒に行こう」ではなく「教えて!」の姿勢になる。お互いに際(きわ)だから、お互いまだよく分かっていないけど、なんか気になるから「一緒に行こうよ」と言える。そんな接点。
その接点は、どこにあるのだろう。
だから僕の問いの姿勢は、WHEREなのだと思う。
WHERE(どこで/どこに/どの地点に)は、
• 立場・位置・距離感を確かめる問い
• 「今、あなたはどこにいる?」と問うこと
• 正しさではなく、現在地を扱う問い
「なぜ気になる? 何が気になる?どう感じた?」
よりも、
• 気になるのは、どのへん?
• その感覚は、どこから?
と問う。
WHY(理由)も、HOW(方法)も要求しない。
まず、「存在」や「状態」を、そのまま置くための問い。
問いの性質を並べてみると、違いが見えてくる。
WHYは、深いけれど鋭い。
WHAT/HOWは、観察を促す。
WHEREは、相手を評価せずに迎え入れる。
だから、
• 防御が起きにくい
• 言葉にならない感覚も扱える
• まだ問いになっていないものを、そのまま置ける
特に、
つくりながら考えている最中の人、
子どもや、迷っている状態の人にとって、
WHEREは、とても優しい問いだと思う。
ここはどこなんだろうね。
どこに行くんだろうね。
誰一人わかっていないけど
側にいることを選んで
今側にいるから 迷子じゃないんだ。
書きながら、ふとBUMP OF CHICKENの「リボン」の歌詞を思い出した。
たぶん僕は、
答えを示す問いよりも、
「迷っていても一緒にいられる問い」を
大事にしているのだと思う。
人と対話してて、嬉しいのは一緒にいられる接点をみつけたとき。
「みつけたっ!」と思うのは、
一緒に歩める場所が見えたときだ。
一緒に歩めたら、時には僕が連れて行くし、
時には僕を連れて行ってほしい。
二人三脚で歩むこともあっていい。
「次、どこにいく?」
そうして歩んで、行き先を見失ったら、また「どいこう?」って探せばいい。一緒に居ることができたなら、迷子じゃないのだから。
でも安心してほしい。「ずっと一緒!」みたいな感覚ではないです。タイミングで、じゃあまたね。ってお別れする。でも今生の別れではなくて、「またね。」が大切。
We are lonely, but not alone.
(我々は孤独だが、一人ではない)
佐渡島庸平さんから教えてもらった素敵な言葉。
一人ではないよ、そういう「問いの姿勢」「他者と向き合う姿勢」なのだ、Whereは、きっと。
