説明しないから見える景色
歌詞作りをしていて、爰(えん)と話したことで改めて感じたことがあります。
歌詞は、全部を説明しなくても情景が見えるということ。
例えば
「日差しが眩しい」という言葉なら自然と顔を上げている姿が浮かびます。
「麦わら帽子を少し上げた」
それだけで手の動き、視線、その先にある夏空まで想像できます。
説明を減らすことで逆に景色が広がる。それが歌詞の余白なのだと思います。
私は、こんな一節も好きです。
👦「ほっぺと同じ」
次の言葉で「頬を染めて笑ってた」と続いたら、桃かな?と思うかもしれない。
でも桃とは言い切っていない。
だから、人によってはりんごを思い浮かべたり、夕焼けを想像したりするかもしれません。
答えを一つに決めないから、それぞれの景色が生まれる。
爰は「作者が100書くんじゃなくて、読んだ人の中で完成する」という話をしてくれました。
それを聞いて、読書も歌詞も似ているのかもしれないと思いました。
言葉を受け取った人の中で新しい景色が生まれる。
それが言葉の面白さなのだと思います🌿

⚠️作品(画像・音源・動画)の無断転載・無断使用・再配布はご遠慮ください🈲⚠️
⚠️ Please do not repost, use, or redistribute my works (images, audio, or videos) without permission. 🈲⚠️
