ボカロとネットレーベル
(obscure voices vol.2 収録『ボカロとネットレーベル』より)[一部改訂]
著:sim
2007年の初音ミク発売を皮切りに、ボーカロイド文化は今に至るまでその幅を広げ続け、他の様々なムーブメントと交わってきました。その1つであるネットレーベルとの交わりについて、いくつかの作品やアーティストを取り上げながら見ていきます。できる限り不正確な記述がないように努めましたが、曖昧なところが残っています。この点にはご容赦いただきたく思います。ボーカロイド文化の広大さと、自分が好きな音楽とを、同時代のボカロファンのみなさんに共有することを第一の目的として書きます。
参考文献を[R○]、注釈を[A○]という形でナンバリングしています。
ネットレーベルについて
「ネットレーベル」という言葉に聞き覚えがない方もいるのではないでしょうか。まずはネットレーベルとは何かについて説明します。おそらくネットレーベルという言葉に明確な定義は存在しませんが、メジャーレーベルとは独立に音楽を頒布する組織のうち、インターネット上のホームページや楽曲を公開するサービス等により頒布するものを指す言葉です。
より狭義には、CDなどの商品を制作せずに、無料のデータ配信のみで音楽流通が完結しているレーベルを指すこともあるようです[R1]。SpotifyやApple Music、Bandcamp等のストリーミングサービスが主流になる前の2010年代初頭ごろまでは、アップロードされたMP3ファイル音源をリスナーがダウンロードするという形で頒布する活動形態のネットレーベルが数多くありました。日本で広くネットレーベルと認識されている団体は2010年代前半かそれより前に活発だったものが多く、「ネットレーベル」という言葉のイメージはこの特定の楽曲頒布方法と結びついている側面があります。
今回の記事では、狭義のネットレーベルとして広く認知されているもの、団体そのものあるいは主宰者がネットレーベルと称している団体を取り上げます。今回の記事で紹介するレーベルのうち古くから存在するものは、実際にホームページに音声ファイルを貼ることをメインの頒布形態としていました[A1]。

コミュニティとしてのネットレーベル
ネットレーベルの規模はまちまちですが多くは小規模なもので、ネットレーベルごとにゆるやかなアーティスト・ファンコミュニティを形成しています。例えば、かつてMaltine Recordsはレーベルに作品を投稿したアーティストを中心とするパーティを度々開催しており、ほぼ毎回満員で出演DJ/ミュージシャンが手売りするCD-Rやグッズもよく売れていた[R1]とのことです。現在でも駒澤零が主催するレーベル・KAOMOZIは月に1回程度のペースでイベントを開催しています。
同じレーベルから作品を出すアーティスト同士の緩やかなつながりについては、京都精華大学の学生が授業の一環で行ったインタビュー の中で、tofubeatsが以下のように語っています。
Maltine Recordsというものに対して帰属意識みたいなものがみんなありますね。所属というのは実はなくてMaltine Recordsはリリース経験があって自分が所属していると言えば所属なんですよ。だから一回リリースした限りでもう関わりのない人もいるし、逆に帰属意識のある人は集まっていって互いに影響を与え合っていく。そして、ますます関係を深めていっているって感じですかね。まだ初音ミクが出ていなくて前のカイトとかがで出ていた(原文ママ)時は、今よりも打ち込みで音楽をやっている若者が本当に少なかったですね。そういうクラブミュージックをやっている同世代と連絡が取れるっていう貴重さは何にも代え難い喜びがありましたね。
https://pc.kyoto-seika.ac.jp/blog/info/2015/02/07/675/
また、様々なコミュニティの人が交わる場所になるよう活動しているネットレーベルもあります。以下は分解系レコーズを主宰するYakoの京都精華大学における講義の引用です。
今は音楽を発表する場所によって、いろいろなコミュニティがあります。「ネット」と一言でくくっても、SoundCloud とニコニコ動画ではコミュニティは全然違うしユーザーも違っていて、ネットの中でも離れているんですよね。[……]そういういろんな人をハブの中にどんどん流入させて、さらにインディーやメジャーのレーベルも加えてぐちゃぐちゃにしたい。例えば SoundCloud で活動してる人たちがコミケにいったり、コミケで同人でやっている人たちがインディーレーベルに所属するようになったりするための経由地点になればいいなと。
このようなネットレーベルのアーティスト・ファンコミュニティで活躍していたアーティストの中には、後に有名になる人も多くいました。先に述べたtofubeatsのほかにも、長谷川白紙、パソコン音楽クラブ、Avec Avecなどがその例となります。ネットレーベルの裾野の広さが伺えます。
ひとくちにネットレーベルといっても千差万別です。先鋭的なエレクトロニカを中心にリリースするものもあれば、宅録の音源をリリースするもの、音楽制作を始めたばかりの人たちが作品を発表する場として開いたものまであります。ボカロ曲も、一部の限られたレーベルからではなく数多くのレーベルからリリースされています。
その様子は、ボーカロイド文化が周辺の音楽コミュニティの数々とどのように接点を持ってきたのかを示しているように思います。これは、ニコニコ動画だけを見ていてはなかなか体感しづらいことでしょう。
分解系レコーズ
Bunkai-Kei recordsはGo-qualia、Yako主宰によるエレクトロニカ / IDM / アンビエント等の楽曲を中心とした日本のオンライン・レーベルです。
http://bunkai-kei.com
公式の紹介文にある通り、エレクトロニカやアンビエント・ミュージックを中心としたネットレーベルで、主催のGo-qualiaの他に、effe、Phasma、y0cle、Smany、Calla Soiledなどが楽曲をリリースしています。
effeやPhasmaは2010年前後にニコニコ動画においてミクトロニカを投稿していたことで有名なアーティストですし、当時のエレクトロニカのコミュニティの一端とボーカロイド文化が交叉していたことが伺えます。
古川本舗 × Go-qualia 『Through the Looking-Glass, and What Alice Lost There』
このアルバムの話をしたくて、この記事を書き始めました。レーベル主宰のGo-qualiaによる『Through the Looking-Glass, and What Alice Lost There』です。
ボカロPとしても知られる古川本舗の楽曲『Alice』と『envy.』のリミックスを収録したアルバムです。カバーやアレンジの範疇に収まるリミックスではなく、原曲に大幅な[1] 再編を加えたリミックスとなっています。
Go-qualiaは楽曲の一部をサンプリングして細かく切り分け、素材の反復・カットアップを軸に楽曲を構成する作風のアーティストとして知られています。「分解系」というレーベル名がつけられた経緯にも、Go-qualia自身の作風が関係しているようです[R2]。
特に聞いてほしいトラックは、『She is Falling Down And I Am All Alone 』です。古川本舗の『Alice』からほんのいくつかの歌詞をサンプリングし、それを反復させることのみによって曲を構成しています。そのごくシンプルな構成から広い空間を作り出しています。
このアルバムの公開のために特別なページが用意されています。空間中に点描された初音ミクの3Dモデルを背景にアルバムを聞くことができるサイトです。息を呑むような体験です。
http://bunkai-kei.com/special/AliceRemix/

Maltine Records
MALTINE RECORDS IS A NET LABEL. ESTABLISHED IN 2005. "POP" AND "DANCE"
より多くの混乱と快楽を!!!
Maltine Recordsは、日本のネットレーベルのうち最も有名なものの一つです。先述した、ネットレーベルとゆかりある著名なアーティストは全てMaltine Recordsと関わりがあります。
扱う音楽はhip-hop、テクノ、エレクトロニカ、シティー・ポップなど幅広く、200件近くにのぼる作品をリリースしてきました。その中にはVOCALOIDを起用した作品もいくつかあります。
coa white 『momoko』
coa whiteは韓国のアーティストで、ボーカロイドを使ったラップミュージックや、アニメやVTuberの配信などのサンプリングしたラップミュージックで知られています。今回紹介するアルバムの2曲目は、『HATSUNE MIKU Digital Stars 2021 Compilation』にも収録されています。
今回紹介するアルバムは、初音ミクとcoa white本人の歌唱によるものです。トラックタイトルを見てみましょう。
momoko (feat. kosame, monyamonya)
ichinisan dropout (feat. kosame, monyamonya, rinrin33)
2029 (feat. kosame)
フィーチャリングしているアーティストとして、初音ミクの名前は記載されていませんね。Soundcloudに投稿されているこれらの曲のリリックを見ると、パートごとのボーカルが記載されています。これを見ると、初音ミクがボーカルとして使われていると思われる箇所に[kosame][monyamonya]などと書かれています。これを踏まえて曲を聞くと、kosameと書かれているパートとmonyamonyaと書かれているパートでは調声が異なることが分かります。つまり、別々の調声の初音ミクを別々のキャラクターとして扱って、複数ボーカルのユニットとしての作品を作っているわけです。これはあまり類を見ない試みでしょう。

セラミックレコーズ
白いネットレーベルです。
2010年に設立された日本のネットレーベルで、エレクトロニカ、アンビエント・ミュージックを中心にリリースしています。今回は紹介しませんが、ボーカロイドを使用したコンピレーションアルバムも出しています。
eknoh 『Moi! Kuukauden valaat』
eknohはアニメソングのリミックスを主な活動としている一方で、活動初期には自然の情景を感じさせる曲もいくつか手掛けていました。このアルバムには、その初期の作品のいくつかが集められています。
軽やかな電子音は、まるで森の中にいるようなイメージを喚起し、人の声やUTAUの歌声がその空間に柔らかく響き渡ります。ボカロPではないものの、Serphさんの作品が好きな方にはきっと楽しんでいただける内容です。
中でも特におすすめしたいトラックが『pilgrim』です。この曲は東欧の民族音楽を思わせる無邪気な声が特徴的で、どこか懐かしい雰囲気を醸し出しています。

PURE AESTHETE
アメリカに本拠地を置くネットレーベルであるとDiscogsのページ[R3]には記載がありますが、各種SNSやホームページを削除してしまったようで確かな情報は分かりません。現在はBandcampページのみが残っているようです[A2]。
世界各地のアーティストの音楽をリリースしており、そのうちのいくつかはボカロ曲からなるアルバムです。
Strawberry Hospital 『Halfawake』
Strawberry Hospitalはアメリカのテキサスで活動するアーティストで、重いバンドサウンドに浮遊感のあるシンセサイザーを乗せ、鬱屈としたテーマをシャウトや加工を重ねた声で歌い上げる曲を多く発表しています。今年発表されたボカロ曲のアルバムもぜひ聴いてほしいです。
活動初期の作品であるこの作品は、かわいらしく同時にどこかものがなしい初音ミクの調声と、幻想的な音作りが特徴的な電子音楽です。kz(livetune)やRoboの曲が好きな人ならば、気に入っていただけるでしょう。
特に聞いてほしいトラックは、『Mountain』です。同じメロディー、同じ問いを繰り返す中で、多層的な心境を訴えるように変化していくきれいな曲です。

宵闇レコーズ
2015年5月に設立された日本のインターネットレーベルであり、配信されている楽曲の多くがボカロ曲となっています。
わたしはミーム feat.雪歌ユフ (G.N White breath Remix) [2016 edit]
初期のボカロ曲を好んで聴く人ならば『わたしはミーム』のことは知っているかもしれません。かすれてよれた音、曲を通して鳴り続ける独特なアルペジオ、古いアニメのような世界観が特徴的なnak-amiPの名曲であり、その人気は2012年と2015年に集中的にリミックスが投稿された「ミームちゃん祭り」が裏付けています。
この曲は後藤尚によるハイテンポなドラムンベースリミックスです。ドラムンベースのビートに乗った中盤以降の盛り上がりと、最後の初音ミクのセリフシーンへ向けて原曲の雰囲気に回帰していく様が聴いていて心地よいです。

最後にボーカロイド文化の内部にあるネットレーベルを紹介します。ゆくえレコーズです。[R4]
ゆくえレコーズ
ゆくえレコーズは、ちょっと変わったポップスをリリースするインターネット・レーベルです。
2024年の今、最も紹介するべきボーカロイドのネットレーベルはゆくえレコーズでしょう。2023年のニコニコ超会議で開催されたボーマス[A3]で頒布したアルバム、『合成音声のゆくえ』を前身として誕生したネットレーベルです。その設立時のポストには、以下のような文が載せられていました。
[……]コンピ以外にもイベントなど様々な企画を催して、コミュニティを作る。他の音楽シーンとの接続を図ることで、ボカロの面白さをアピールする。理由はさまざまですが、そのどれもがボカロPやリスナーを取り巻く文化に新しいやり方で還元したい、という想いで活動に至っています。自分たちがいるこのシーンが変化していく「ゆくえ」を観察し続け、時流に沿いながら、そして時を超えて誰かの心に残り続ける作品をこれからも作り続けていきます。
https://x.com/YUKUE_RECORDS/status/1721875295068954981
その言葉通り、レーベル開設以降はボカロP・ボカロDJによるオンサイトのDJイベント「合成音声のうたげ」の開催、レーベル独自の合成音声「凪乃ヒマワリ」の開発、複数のボカロPの個人アルバムのリリースなど、活動の幅を広げています。そしてまさにこの駒場祭期間中の11月23日に開催されるボーマス[A4]にて、『合成音声のゆくえ3』を頒布する予定(執筆時現在)です。一ファンとして、動向とそのゆくえを楽しみにしています。
ちなみに、ゆくえレコーズは過去のネットレーベル文化を参考に立ち上げられたレーベルのようで、レーベル主宰の駱駝法師は、『合成音声のゆくえ』シリーズについて、「いまのボカロカルチャーはドワンゴが大きな影響力を持っているが、それとはインディペンデントな場でシーンを作って盛り上げたい」「ボカロ界のMaltineをやりたい」[R5]と発言していました。
コンピレーション 『合成音声のゆくえAlter』
『合成音声のゆくえAlter』は「合成音声のゆくえ」シリーズの第二弾として『合成音声のゆくえ2』と同時に発売されました。「合成音声を用いて先鋭的でキャッチーな音楽を表現するボカロPたちを集め、各々の感性で創作された珠玉のボーカロイド・ポップスを寄せ合い歴史に残る名盤を作る」コンセプトのもと、今をときめくボカロPの数々が集められたコンピレーションアルバムです。ボカコレで人気を博した、はこ『百葉箱』や、schoolmizzy『candy』なども収録されています。
このアルバムの中で特に聴いてほしいトラックは、inuha『ひだまりチャット』です。包みこまれるような3拍子のスローなロックです。inuhaさんの歌詞はどこか少年性を帯びていて、生活の中で自分と「君」がそれぞれ抱える感情の機微を描出しているところが綺麗だと思います。この曲では、「君」のそばにいること、それがひだまりの中にいるように心地良いことを歌っています。暖かいホーンの音色に包まれる間奏を終えて、これからの毎日への希望を歌って、曲は終わります。

おわりに
この記事で気になったアルバムや曲があれば、ぜひ頒布ページに足を運んでMP3ファイルをダウンロードし、聴いてみてください。そうしてくれたならば、この記事を書いた意味があります。
自分と同年代のボカロファンで、ネットレーベルの存在を意識してボカロを聞いている人はそう多くないように思います。ニコニコ動画やYouTubeの外側に存在するボーカロイド文化は計り知れないほど多くあります。この記事の中で紹介したものは、ネットレーベルからリリースされたボカロ曲のごく一部に過ぎません。みなさんがニコニコ動画やYouTube以外に投稿されたボカロ曲を探し、これらの楽曲がより多く話題にあがるようになることを願い筆を置きます。
参考文献等
[R1] 日本のネットレーベルをまだ知らないアナタのために(2011年8月) https://note.com/bxjp/n/n0560e9398085
[R2] ネットレーベル<分解系>を知りたい! 主宰の二人にインタビュー、ネットで活動するその<分解系>である意味。
https://qetic.jp/interview/bunkaikei/71419/?utm_campaign=PostShareBtn
[R3] Pure Aesthete | Discogs
https://www.discogs.com/label/1288039-Pure-Aesthete
[R4] ゆくえレコーズ
https://yukuerecords.studio.site
[R5] 駱駝法師のポストhttps://x.com/MonkOnTheCamel/status/1678357020993548300
注釈
[A1] Soundcloudやストリーミングサービスが広まった後に、これらのサービス上での配信を開始した団体もあります。また、一部の楽曲制作者が曲をYouTubeやニコニコ動画等に投稿する、ということもあったようです。MySpaceとよばれるSNSサービスに音源を投稿していたレーベルもあったようですが、MySpaceは2019年にそのデータの多くを消去してしまったため、現在はアクセスできません。
[A2] Soundcloudページも削除はされていないようですが、作品はすべて削除されています。
[A3] THE VOCALOID 超 M@STER 51 in ニコニコ超会議2023。
[A4] THE VOC@LOiD M@STER57。駒場祭期間中につきボーマスに行けないのが悔しいですね。
