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地方政治に対する雑感


 いろいろと政局が騒がしいようですが、今回は予定通り、地方政治においてなぜ、相乗りが起きやすくなるのかについての記事を掲載させていただきます。

与野党相乗りが主流の首長選挙

 1980年代より、都道府県、政令市など主要自治体において、与野党相乗りによる候補者が当選をするケースが相次いでいる。旧社会党、民主党系政党が一定の地盤を持つ北海道、米軍基地をめぐる対立がある沖縄県、地方政党の要素が強い日本維新の会の地盤である大阪府など例外はある。ただ、保守地盤が強い県はもちろん神奈川県、三重県など野党が一定の地盤を持つ県でも与野党相乗りというケースがあり、相乗り傾向が強いことには変わりはない。また、横浜市、山形県など与党系候補を破って当選をしたのちに、与党系候補が候補者を出さないというケースもママ見られる。なぜ、与野党相乗りのケースが相次ぐのだろうか。

与野党相乗り首長選挙の背景

地方自治体のシステムに求める説

 曽我謙悟は、地方政治においてイデオロギー争点があまりないこと、首長という行政を司る独任制の機関と立法、予算の承認を司る議会が別々の機関であるという制度上の理由にあるとして次のように述べる。

 知事・市町村長は、多数派を形成しなければ力を持てない議員と異なり、自分一人で力を持ちうる。このため、政治の世界全体のなかで、知事と市長村長はある種の異分子となる。国会と地方議会双方に政党が存在しているなかで、知事・市町村長と政党の関係は、別の論理を持ち込む。
 逆に、政党の側から見たときには、勝ち馬に乗るインセンティブが強く働きやすい。このため、国政では連立を組まない政党間でも協力関係が成立しやすい。外交や安保といったイデオロギー争点が地方レベルではあまり問題とならないということもある。
 その結果が、地方でよく見られる。相乗りである。

曽我謙悟「日本の地方政府」 P36~P37 中央公論新社

 曽我の以上の見解からは、地方議会の権限が国会と比べて少なく、首長と対立するよりも何らかの妥協をし、自党の利害を反映させようとすることの方がメリットが大きいと判断されることが、相乗りの傾向になることをうかがい知ることができる。ただ、韓国、台湾、アメリカでも、首長と議会が別々に選出されているが、相乗り傾向にはない。にもかかわらず、日本の地方政治においては与野党間の相乗り傾向になる。次に、地方政治における利益政治にその根拠を求める説を紹介したい。

地方政治における利益政治に根拠を求める説

 加茂利男は、政治において、地域開発や補助金、公共事業の配分による「利益政治」と、政治理念、政治体制の選択が争点となる「理念政治」があるとした上で、1950年代後半には既に利益政治と理念政治との分裂、理念政治の空洞化が起きていたとする。(※1)加茂は具体的事例として、堺市において、1950年代に構想された大都市コンビナートの建設の是非が政治上の争点とならなかったことを挙げる。

 コンビナート建設における、堺市民の反応は、コンビナートによる被害、損失における補償を求めたにすぎず、労働組合も堺市職員組合などが反対をしたものの運動化までに至らなかった。むしろ、堺市全体としては企業誘致による地域経済の活性化を期待する傾向があったという。(※2)そのため、大阪府議会におけるコンビナート建設の審議においても、全体の傾向としては事業に賛成であり、堺市選出の農漁業を地盤とした議員、社会党議員が漁業補償、公害、地盤沈下の問題での疑義は示したものの、コンビナート建設そのものには反対をしなかった。(※3)コンビナート建設に反対をしたのは共産党議員だけであった。コンビナート造成計画で議会の議決を経れば、個々の売却、契約で議会の議決を不要とするとしていた条例改正案を問題視し、開発行政によって議会の権能が犯されることや、巨大資本へ社会資本が供与されることを批判した。(※4)

 以上からは、コンビナート建設を巡って社会党を中心とした勢力が、開発行政における暴走の問題点を認識できず、開発行政による利益とは異なる住民本位の利益という、オルタナティブを形成することができなかったことが伺える。加納は、そうした革新勢力側のスタンスが、地方政治における保革対立の後退があったとして次のように指摘する。

 50年代後半~60年代前半期に大規模な地域開発が進められた大阪のような地域で、(略)自治体首長選挙で保革融合・保守強化の傾向があらわれていたという事実を確認しておきたい。つまり、地域を舞台とした成長政治・開発政治の場面では、保革対立は後退に退き、パイの拡大・分配を求める成長同盟が野党をまきこんで形成され、一種の「合意の政治」を現出したということである。(注:数字は原文では漢数字。以下同じ)

加茂利男「日本型政治システム」 P51 有斐閣

その上で、理念政治が現実的利益の基盤を持てなかったことが、地方政治において経済主義の利益政治がすべてとなったとして、地方自治体の首長選挙における相乗りの背景を次のように結論付ける。

 地方にとめどもなく広がる相乗り・無風選挙の風潮の埋めようのない乖離もまた、この昭和30年代の開発政治あたりにその原型を求めることができよう。

加茂利男「日本型政治システム」 P52~P53 有斐閣

 以上からは、開発によって、あるいは土建政治によって利益を誘導することが地域の発展につながるという発想と異なる代案がない限り、与野党相乗りによる地方政治の傾向が継続するだろうことをうかがい知ることができる。地場産業の活性化、観光による活性化といったその地域の独自性をいかに築くか、また地域経済活性化という視点と一線を画して地域住民にとっての福利厚生をどう確立するか、そのことが地方政治には問われているのではないか。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1) 加茂利男「日本型政治システム」 P28~P29 有斐閣

(※2) 加茂「同上」P42~P43

(※3) 加茂「同上」P45~P46

(※4) 加茂「同上」P46~P47

なお、加茂は、共産党は大阪府の提案に対抗できるオルタナティブを形成することまではできなかったとの見解を示している。

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