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整体師とお坊さんとカカシ 第7話

「もう11時過ぎてるのにぃ、誰しも大変なんですねぇ」

 夜勤の相方がパソコンのカルテに目を通しながらつぶやく。
 新人だからまだ初々しく、小柄でアイドルみたいなしゃべり方をする。
 私は妹みたいに可愛くて自然とちゃん付けで呼ぶようになった。

「最所ちゃん聞いてなかったっけ。エレベーターが故障して業者に依頼したら駆けつけてくれたらしいよ。消灯前に作業を始めたからもう1時間以上ガチャガチャやってるね。たぶん一人みたいだから大変そう」
 同じく自分用のパソコンに集中しながら私が知る限りの情報を話すと、最所ちゃんがモニターを見つめたまま聞いてきた。
「この病院って7階建てだからエレベーターが動かないと地獄ですよね。こんなことってよくあるんですか?」
「うーん、私は5年目だけど、急に故障して修理なんてはじめてかも。でも家電だって10年ぐらいで故障するっていうじゃない。そんなものじゃないの」

♪チャララララララララー チャララランラララランー チャララララ

「はい、どうされましたか?今行きますね-」
 ナースコールが鳴ると最所ちゃんが素早く受話器を取って飛び出してゆく。
 私も新人時代は先輩より早く出るように言われて鍛えられたものだ。
はじめこそドキドキしていたけれど、数週間すれば慣れてきて条件反射で手が伸びるようになった。その頃を思い出して彼女の成長を微笑ましく感じていたら……。

♪チャララララララララー チャララランラララランー チャラ

 私の心を見透かしたかのようにナースコールが響く。
「来た、エリーゼの連鎖!」
「ESさんどうしましたぁ?じゃあうかがいますね」
 505のESさんをトイレに連れていくため忍者走りのように足音をさせずに向かう。
 70代の女性で抗がん剤の副作用により脚がむくんで歩行困難なため、車イスでの移動になる。バリアフリートイレに入り、便座に移乗すればあとはご自分で出来る。
「脚が痛くてねぇ、ご面倒おかけします」
「いいえ、排泄は体のためにとても大切ですから、どんどん出してくださいね」
 私はそう告げてトイレの外でしばし待機した。

 20分ほどかかっただろうか、ESさんを病室のベッドに寝かせてスタッフステーションに戻ると様子がおかしい。

 洗いざらした紺色の作業着が目に入る。背格好からして男だろう。後ろ姿しか見えないが髪をピンクに染めている感じからして私のカテゴリーで「要注意」に分類された。

 まさにその男と対峙しているのは最所ちゃんだ。彼女からすると見上げる形になるが、男から睨まれていると言ったほうが近い。今にもひびが入る音がしそうに固まった表情とそこだけ時の流れが止まったような気配がびんびん伝わってくる。

「どした?」
「あ、真山さん」
 私が声を掛けたらまるで金縛りが解けたようにホッとしてこちらに歩み寄ってきた。
「なんだあんた?」
 男は最所ちゃんの動きを追って無愛想に視線を向けてくる。リアルなヤンキーを知らないけれど、漫画で見た突っ張りが飛び出してきたみたいだ。

「ここは部外者立ち入り禁止ですが、どういうご用件ですか」
「だからぁ、今この子に話してたところだろ」
「なんか、追加料金がいるって……」
 最所ちゃんはビクビクしてそう答えるのがやっとだった。
 夜中のスタッフルームに一人きりでいるとヤンキー風な作業員が突然やって来たのだから無理もない。

 男はさっきまで作業していたらしく、ホコリと油の臭いを漂わせている。  
 私は病院であまり嗅がない臭いに反応したのか鼻がムズムズしてくしゃみが出そうなのを我慢した。

「会社からメールがあって、とにかく早く動くようにしろっていうからダッシュで来たのよ。そしたらけっこう酷くてさ、終わったら日付変わってるじゃん。あんたらも夜勤してんだから、わかるっしょこの気持ち」
「でも修理代は総務からお支払いすると思うので、それまでお待ちください」
 私は男に同情しないでもなかったが、権限などないから受け容れるわけにもいかない。対応していると、最所ちゃんの声が耳に入った。
「もしもし……」
 どうやら警備員に連絡しているようだ。
「あの、詳しい人を呼びましたから少し待ってください」
 最所ちゃんは言うけれど、警備員が事務的なことに詳しいとは思えない。
念のため聞いてみた。
「誰に電話したの?」
「宿直の横田先生です」
 かつては皆のアイドルだった横田先生も担当医となってから貫禄が出てきた。そっか、今日は宿直なんだ。なんて考えていたら意外なことに男が声を弾ませた。

「じゃあ、待ってる間、楽しもうぜぇ」
 彼は持っていた白いヘルメットと赤い工具箱を床に置くと、ポケットからスマホを取り出し音楽を鳴らす。
 テクノポップのようでビートのきいたダンスミュージックのようでもあるノリノリなサウンドが流れる。音量は辛うじて迷惑にならない程度に抑えているあたり、彼なりの「常識」を持ち合わせているらしい。

♪ハーネタハネタ ハネタハネタ

「あ、夜の踊り子だぁ、わたし大好きなんです~」
 さっきまで能面みたいに白い顔をしていた最所ちゃんが、ニコニコしてリズムをとっているではないか。
「これ最高だよね!いいぞいいぞ、踊れ踊れ!」

♪ハーネタハネタ ヨルニハネタ

「それポンポンポン!踊れ踊れ!」

 いやいくらなんでも騒ぎすぎだろう。
「ちょっとすみません。もう少し静かにお願いできますか」
「またぁ、お姉さんも一緒に乗っちゃってぇ、踊れ踊れ!」

「あ、横田先生!よかったぁ、待ってたんですよ」
 最所ちゃんが踊りを止めて声を上げた。やっぱり今は踊ることより先生の助けが必要だと気づいたらしい。

 横田先生は躊躇せずに声を掛けた。
「えっと、あなたですか?エレベーター修理の業者さんは」
 男はスマホに手を伸ばして音楽を止めると、またあのヤンキー風な空気を醸し出して答える。
「見りゃわかるっしょ。で、あんた誰?」
「僕はこの病院の医師だけど。宿直室にいたら呼ばれたから来たんですけど」
「そんなの関係ねえ。どうでもいいから、さっさと追加料金を払ってくれ」
「夜中だから総務もいないし。夜が明けてから連絡するということで」
「わかんねえかな。それじゃダメなんだよ。契約どおりだったら追加料金なんてもらえねえの。だからこうして直談判してるわけ」
「じゃあ、なおのこと僕では手に負えない。単なる当直医にそんな権限はないんだから」

 私は二人のやりとりを見ながら嫌な予感がした。横田先生は決して高飛車な態度ではないし言葉も選んでいるように思う。一方で作業員の男は本来の契約とは別に自分に対して特別料金を支払えと、イレギュラーな対応を訴えている引け目がある。
 一般常識で考えると男の方が不利だろう。しかし個々の常識は必ずしも同じではない。

「お前わぁ、バカにしてるのか。俺が汗水流してる間、仮眠室で寝ててもいっぱい給料もらえるんだろう。貧乏人がはした金ほしさにみっともないって思ってんだろうがよ」
「そんなこと……うぐ、うぐぐぐ」
 男が両手で先生の襟首を掴んで締め上げる。先生は男の手首を掴んでなんとか持ちこたえていた。
「キャア」
 最所ちゃんは修羅場にショックを受けたらしく、悲鳴を上げたまま動けない。

「見下してるんだろう。おい、何とか言ってみろよ!おらあ!」
 男が思いきり突き飛ばすと先生はデスクの上にある資料をぶちまけながら滑って床に転がった。

 なぜだろう。私の頭の中に青い光りが灯った。
 久しぶりに感じる青い空豆。
 なぜだろう。私はいったい何に怒っているのか。
 今までとは違う感情だ。
 それでも怒りとともに少しずつ意識がうすれてゆく。

 ナンタイサンカツサレ!

 もうよかろうもん。
 あんたにだってそのうちよかこともあるくさ。
 こればやるけん、機嫌直してもう帰り。
 
 千円札を差し出された男は、私を見ながら信じられないと言わんばかりに目を見開いている。
「ヒイッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーーっ」
 何度も謝りながら工具箱とヘルメットを掴みステーションを飛び出すと修理が済んだエレベターで降りて行った。

 ナンタイサンカツサレ!

 私は呪文を唱えると別人格から解放されたが、以前よりも俯瞰できるようになり何が起きたか把握している。
 頭の中の青い光りはそのまま目から放たれて相手を包み込むように照らしていた。しかも相手の心に話しかけることができ、僅かながら体を操ることもできるらしい。

 数日後、副主任の坂本真理さんがスタッフステーションで私の白衣を引っ張るようにして耳打ちしてきた。
「真山さん、院長先生がお呼びよ。きっとあの件じゃないかしら。余計な口答えはしないこと。その方が身のためだからね」
 ヤンキー風男とのトラブルは一応報告した。私は青い光りのことがバレないようにできるだけ触れないでいたが、その分、最所ちゃんは皆に根掘り葉掘り聞かれたようだ。あっという間に他の病棟まで知るところとなった。

 院長の風見虎夫氏は医大の教授でもある。回診のときは若い医師や医者の卵である学生たちを数人連れて患者さんたちに声を掛けて回るから、私などがお見かけするのはそのときぐらいだ。

 エレベーターに乗り総務など事務部門が入っている三階で降りた。奥の方にある院長室に行くのは初日に見学して以来。今回は一人なのでなおさら緊張する。
 ドアが重厚すぎてノックしても返事が聞こえる気がしない。そうっと開けて覗いてみると院長と目が合った。
 たぶん70歳ぐらいになるはずだが、まだ60代前半に見えるほどお元気だ。白髪混じりのオールバックがよく似合う。いつも白衣を羽織り、その下はワイシャツにヒョウ柄のネクタイを締めている。回診のときはいつもそうだから、お決まりのスタイルなのだろう。

「よお、待ってたよ。入りなさい」
「真山舞です。失礼します」
 私が挨拶して入ると先客がいた。
「ども」
 ソファーから会釈してきたのは横田先生だ。
 私が間隔を開けて横に座ると、院長はデスクから立ち上がりソファーまで歩き二人と対面するように腰を下ろした。
 緊張感が手伝ってのことかもしれないが、とにかく静かなことに気づいて驚いた。いつも慌ただしい病棟と同じ建物とは思えない。

「君たち二人を呼んだのだから、何の話しかだいたい分かるよね」
 院長はソファーに浅く腰掛けて膝に手をつくほど前のめりになって切り出した。

「エレベーター修理の業者の件でしょうか。お騒がせして申し訳ありません」
 横田先生が頭を下げながら答えた。
 ちょっと待って、先生は幸いにしてケガこそしなかったが、突き飛ばされた被害者ではないか。なぜ詫びなければならないの。私は戸惑った。
「あのときは、私が対応しきれずに、宿直だった横田先生がフォローしてくれたんです。横田先生のせいで起きたインシデントではありませんから」
 ついインシデントと表現しちゃったけど、まあ気持ちとしてはそんなところだ。

「いいんだ。君たちの過失だなんて思っちゃいないから安心してくれ。とにかく穏便に済ませたいんだよ。相手の整備士には総務からコンタクトして話しをつけている。だから、君たちにもこの件は忘れてもらいたい。後になって騒ぐようなことがあっては困る。いいかな」

 私は釈然としないものを感じたが、坂本さんに「余計な口答えをするな」と釘を刺されたことを思い出してグッと堪えた。

「わかりました。総務で解決してくれたのでしたら、何も言うことはありません」
 当の横田先生がそう答えたのだから、私としても混ぜ返すつもりはない。

「じゃあ、これからもよろしくな。頼んだよ」
 院長が微笑んで締めたから、我々は退席した。

 病棟に戻るエレベーターでは二人きりだったから、思いきって聞いてみた。
「横田先生はホントにあれでよかったんですか?私はなんかスッキリしないっていうか」
「僕だって完全に納得はしてないさ。でもな、穏便に済ませることがベターなときだってある。そう割り切ることにしてるよ」
「看護学校の実習でも穏便にって言われたのを思い出します。どこの病院でもそうなのかもしれないですね」
「まあね。僕なんか他の仕事を知らないけど、けっこうどの世界もそんなもんじゃないの」
「そっかぁ、穏便に穏便に、ですよねぇ。あ、着いた、お先にどうぞ」
 病棟でいつものルーティンを行ううちに私のわだかまりは消えていった。

 何年経験しても夜勤明けは辛い。日勤の看護師に申し送りをしてようやく終わると朝9時だ。朝ご飯のことを考えながらふらふらとコンビニを目指していると、ふと目にした看板が気になった。

「整体サロン・ツンノーテ? こんな早くからやってるんだ。ちょっと試してみよっかな」



第8話へ続く⇒


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