君とめぐりあう秋の権現堂。
「それって、わたしと同じじゃん」
彼女は目を丸くしながらポツリと付け足した。
「ちょっと違うけど」
美しい。それにしても美しい。ただただ美しい。
ボクの頭脳は視覚がフル稼働しているため、言葉は儚く通り抜けてゆく。
緑の黒髪という言葉は知っているが、たぶん見たことはない。だからこれまでは想像するだけだった。きっと、彼女のように長くて艶があり、光の加減で鮮やかに輝く髪をいうのではないか。
まさか平将門の史跡を辿るつもりが、開始早々このような出会いがあるなんて…。
☆
ボクは九州から都内の大学に進学したばかり。キョロキョロしながら歩いて“おのぼりさん”と気取られぬよう、神経をつかう日々をすごしている。
図書館で東京に関する書籍を物色していると『帝都物語』が目に入ったので手に取ってみた。荒俣宏氏による長編SF小説で、パラパラめくってみたら興味を引かれた。借りて読み進めるうちに「平将門」のことをもっと知りたくなったのだ。
まずは都内大手町のオフィス街にある「将門塚」を訪れた。「将門の首塚」として知られる観光スポットらしい。
高層ビルに囲まれる一角に、墓地のような広場があり、「将門塚」が鎮座していた。
手を合せて拝んでいたら、後ろから声が聞こえる。
「へぇ~、けっこう近代的なのね」
ほかに誰も居らず、話しかけられたように感じたので振り返った。
「この首塚を拝むのは初めて?」
まっすぐな瞳は相手を無心にするのだろう。ボクはその女性から問われるままに答え、気づいたときは余計なことまでおしゃべりしていた。
『帝都物語』がきっかけだと話した途端、彼女が吹き出した。
「アハッ、あるのねぇ、こういうことって、アハハハ」
まるでマンガみたいにお腹を抱えて笑うのだが、ボクはワケが分らないから一向におかしくない。
「『帝都物語』って言ったよね。それってわたしと同じじゃん。ちょっと違うけど…」
「え?同じだけど違うって…」
彼女は笑いすぎて過呼吸になりそうなのを堪えて説明しはじめた。
「わたしも実家で見つけた『帝都物語』を読んで平将門が気になったの。だから、あなたときっかけは同じ。でも“将門の首塚”が東京にあるという説は納得できなかった。だから、この首塚を信じて拝みに来たあなたとは理由が違う」
「この首塚を信じられない…っていうんですか」
「わたしは真礼(まひろ)。埼玉県幸手市から来たの。あなたは」
彼女はボクの疑問に答えることなく名乗った。
マヒロかぁ…彼女のイメージにぴったりだ。
「ボクは順太(じゅんた)です。都内の大学に通ってます」
「順太くん。幸手市にも“将門の首塚”があるの。一度見にいらっしゃい」
「はい。ボクとしてもそれは確認しないわけにいきません。埼玉県のえっと、どこでしたっけ。すみません九州出身なので…」
「幸手市よ。『らき☆すた』っていうアニメにも出てきて話題になったけど。ファンじゃなければ知らないよね」
「アニメの聖地ってやつですね。『らき☆すた』は見たことないけど、アニメは好きだからますます興味湧いてきました」
「そうねぇ。来るんだったら秋。できれば9月中ごろから10月のはじめがいいわ」
「あ、あの…マヒロさん。そのときは連絡してもいいですか」
「わたしスマホ持ってないの。じゃあまたね」
マヒロさんは別れを告げると踵を返して歩いて行く。白いスニーカーでスタスタと歩いてドンドン離れていく。白いワンピースからのぞく足首がまぶしかった。
☆
夏が終わってなお残り続けた暑さもようやくやわらぎ、風が涼しくて心地よい。
東武スカイツリーラインに乗って東武動物公園駅から東武日光線になると三つ目が幸手駅だ。目的地の浄誓寺(じょうせいじ)までは3キロ弱とある。季候もよいので散策しながら歩くことにした。
やがて神社仏閣にありがちな大きな木が見えてきた。辿り着くと立派な構えの門に「通光山 浄誓寺」と書かれている。
一礼して境内に入らせていただく。釣り鐘を見ながら本堂を参ると、本来の目的である「将門の首塚」を探す。が、なかなか見つからない。
整然とした境内から本堂の裏に回り込んだところに、それはあった。
大きめの石を並べた階段らしきものを少し上った小さな丘の頂きに、丸い岩を重ねた「塚」が建っている。
先ほど境内で見かけた「市指定文化財 将門の首塚」という案内板の写真と同じだ。
とりあえず手を合せて拝んだ。
「ちょっと違う。って思ってるでしょ」
後ろから声が聞こえた。
「え?マヒロさん」
振り向くと彼女が微笑んでいた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってたわ」
あのときの白いワンピースとはがらりと変わって和装だ。藍色の浴衣に長い黒髪もまた似合う。
「もしかして、待っていてくれたんですか」
ボクは気持ちが昂ぶってとんちんかんなことを口にしてしまい、すぐに後悔した。
日時を決めて浄誓寺の首塚前で待ち合わせたのならばともかく、連絡も取らずにボクがやって来るのを待つわけがない。「とんだ勘違い野郎だぜ」と自戒しながら顔が火照るのを抑えようと四苦八苦する。
彼女はあたふたするボクに気づいたのか、穏やかに答えてくれた。
「ちょっと違うかな。わたしは秋になるとよくここに来て拝んでるの。でも今日は来そうな予感がしていたから、ちょっと当たってる。うふふ」
あのときのまっすぐな瞳は吸い込まれるような感覚を覚えたが、今度は微笑む眼差しで心を射抜かれてしまった。
「平将門が討ち死にしたとき、愛馬が主の首をくわえてここまで運び、それを人々が埋めて塚を建てたの。それに近くにある“赤木”という地名は将門の血が木を染めたことに由来しているそうよ。だからわたしはこの首塚こそホンモノだと信じてる」
マヒロさんは詳しく説明してくれたが、ボクの心には彼女の心地よい声が響くばかり、話しの内容が入る余地はなかった。
「ねえ、ちゃんと聞いてるっ?」
案の定見抜かれた。
☆
「もう一つ見てほしいところがあるんだけど。付き合ってくれる」
「あはい。もちろんです」
「そういえば順太くん、東京からどうやって来たの」
「電車で幸手駅まで来て、あとはボチボチ歩きました」
「歩いたの!1時間はかかったでしょうに。けっこうチャレンジャーね」
おしゃべりしていると駐車場に着いた。
「わたしの可愛いミニクーパーよ。乗せてあげる」
光沢のあるオレンジが眩しいオシャレな車だ。
母か叔母さん以外、女性が運転する車の助手席なんて乗ったことない。ガチガチに緊張して、シードベルトをするのに手間取ってしまう。
「幸手と言えば権現堂は外せないわね」
彼女はスニーカーに履き替えて運転席に座ると、慣れたハンドルさばきで愛車を走らせる。10分かからず「権現堂公園」に到着した。
下駄に履き替えて軽やかに歩き出したマヒロさん。ボクはただその背中を見ながらついていく。
石碑のようなものが建っており、彼女はその前で手を合せた。
周りには彼岸花がたくさん咲いている。赤い絨毯のようななかに黄色い花が際立つ。
ボクはその幻想的な色彩と浴衣姿のマヒロさんが拝む構図に見とれてしまった。
「順礼って知ってる?」
マヒロさんは拝み終えると聞いてきた。
石碑には次のような言い伝えがあるそうだ。
寺社や霊場を巡ることや人を「順礼」という。江戸時代に豪雨が続き堤が決壊した。堤奉行の指示のもと村人たちは必死で堤を改修しようとするが疲れ果ててしまう。そのとき順礼の母娘が通りかかった。
母順礼は堤をのぞき込むとこう告げた。
「竜神のたたりかもしれない。人身御供(ひとみごくう)を立てなければなるまい」
母順礼の言葉を受けて堤奉行がいう。
「人身御供に立つものはいないか」
しかし誰も進み出る者はない。やがて「教えたやつを立てろ」という声が上がった。
母順礼はそれを聞くと「私が人柱になろう」と念仏を唱えながら荒れ狂う流れに消えていった。娘順礼も後を追った。するとそれ以降は水が引いて、改修工事も進んだという。
母娘の順礼を供養するために建てられた「順礼の碑」なのだ。
マヒロさんは石碑についてそのように教えてくれた。
ボクも手を合せた。
「悲しいお話しでしょ。ここは珍しい黄色の曼珠沙華が咲くんだけど、母娘の順礼に手向けているような気持ちになるの」
「マンジュシャゲっていうんですね。ヒガンバナと呼び方を変えるだけで、違う印象を持つってなんか不思議だな」
「この辺じゃ曼珠沙華って呼ぶわね。ちょうど権現堂堤で曼珠沙華まつりをやってるの。行ってみましょ」
マヒロさんに言われるままついていったが、浴衣の君と二人でお祭りに行くなんて、デートのようでワクワクする。
「うわっーーーっ」
言葉に出来ないとはこのことか。
赤い花が隙間が見えないほど集まると別世界にいるような気持ちになる。
「ね、素敵でしょ」
彼女は花を愛でながら歌を口ずさむ。
よく聞き取れないけれど、明るくてノリがよい感じではない。演歌のようでもあるが、メロディーラインからするとスローなJ-POPに聞こえる。
じっと花を見つめて口ずさむ歌はどこか寂しげだ。これまで見せたことのない表情にドキッとした。
「♪マンジューシャカ…マンジューシャカー…真っ赤に染めるー」
彼女がどこかへ行ってしまいそうな感じがして、ボクは置いて行かれそうな気持ちになる。存在を確かめようと話しかけた。
「悲しげな歌ですね」
「あっ、わたしったら夢中になっちゃって、ゴメンなさい。でもこうやって自分の世界に浸れるのは順太くんと一緒だからだと思う。こんなに安心して楽しめるなんて久しぶり」
「そ、そうでしょうか」
ボクは照れながらも、話しをつなごうと悪い頭でよく考えた。
「マヒロさんが口ずさんでいたのを聞いちゃったんですが、マンジュシャカって歌ってましたよね。曼珠沙華と関係があるのですか」
「やだーっ、そんなにハッキリ聞こえてたの。鼻歌のつもりだったのにー。山口百恵さんが歌う『曼珠沙華』っていう曲なの。お母さんがよく歌っていたから覚えちゃった。ていうかわたしもカラオケで十八番にしてるけどね」
「カラオケがお好きなんですね。なんか意外だなぁ。で、マンジュシャカと読むのは意味があるのでしょうか」
「秋のお彼岸ごろに花を咲かせるからヒガンバナとも呼ばれるでしょ。ヒガンバナ科とされるほどその呼び名が定着しているのよね。でも曼珠沙華の別名も広く知られてる。サンスクリット語でmanjusakaは天界に咲く花という意味らしいわ。それを漢字で表わしてマンジュシャゲと読んだり、マンジュシャカと読むこともあるの」
「天界の花かぁ、マンジュシャカという読み方もロマンティックですね」
「でしょ。わかってるぅ。だからわたしも山口百恵さんのこの曲が好きなのよね『マンジュシャカ』って胸を張って歌えるから」
曼珠沙華の赤い絨毯に囲まれてデート気分を満喫していると時の過ぎるのは早い。
帰りは幸手駅までマヒロさんが愛車に乗っけて送ってくれるという。
助手席に座るのほほんの数分だが、いよいよお別れかと思うとまた緊張してきた。
「マヒロさん。今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
「わたしだって楽しかったよ。順太くん。将門の首塚からこんなことになるなんて不思議ね」
「あの、また会えますか」
ボクが勇気を振り絞ってそう切り出したとき、幸手駅に着いた。
「会えるわよ。きっと。また来年の秋に来なさい。次はカラオケに連れてってあげる」
彼女はそう言うと車から降りて見送ることもなく去って行った。
ー了ー
※この創作小説は、PJさんが企画された【note × 自治体 × プロアーティスト】創作イベントに応募するため書いたものです。
