わたしのロツレチハヒ【第5話「お銀さん」】
お好み焼き屋「ダモン」は国道から少し入った通学路沿いにある。
ランチ時は近所の会社や工場から食べに来る大人たちで賑わうらしい。わたしら高校生は下校時に寄り道することが多く、働くおじさんたちと顔を合せることはあまりない。夕刻は晩ご飯を待てない十代たちが空腹を満たし、なおかつおしゃべりするのにもってこいだ。
「今日はありがとうな。土曜日のこんな時間に集まってもらって」
じんさんが立ち上がって挨拶した。
ダモンの調理場には大きな鉄板がある。客席側は鉄板を包む形でL字型のカウンターが広がり丸椅子に9人座れる。
店の入り口からカウンターを左手に眺めるように通路がある。通路を挟んで4人掛けのテーブルが4つ等間隔で置かれている。
この日はテーブルを2つくっつけた。慣れたもので、おばさんに「並べるね」とひと言告げて自分たちで移動させるから手が掛からない。
入り口に近いテーブルには部長の桜井仁(尺八パートリーダー)、副部長の嵐山美雪(琴パートリーダー)、一年生の倉田唯(三弦パート)が座った。
対面する形で一年生の尺八パートから田中浩二、日色かなえ、小山内まりなが座った。
先日、音楽室で部長のじんさんから全国大会に向けた計画が発表された。合奏曲の『湖北物語』を「座奏」つまり正座して演奏するというものだ。
尺八パートのわたしが「正座で演奏するのは反対です」と意見して首を縦に振らなかった。その余波でこのメンツにお呼びがかかったのだろう。そうとしか考えられない。
琴の嵐山さんは副部長なのでわかるが、三弦パートからは二年生のリーダーでなく、なぜ一年生の倉田唯がいるのか。彼女の父親は長唄三味線の師範だと聞いたことがある。その影響もあって三味線の腕前は上級生を凌ぐらしい。
「邦楽部全体にも関係するから副部長の嵐山さんにも同席してもらった」
「よろしくね」
じんさんに紹介されてにこりと微笑む仕草からして眩しい。嵐山美雪の存在はなにかにつけて気をつけねばなるまい。そう直感した。
「倉田さんはダモンのおばさんと懇意ということだから段取りを頼んだんだ。三弦パートの声も聞きたいし、参加してもらった」
「尺八の人たちとはあまり話さないから楽しみです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
柄にもなく田中浩二が挨拶を返した。
「なに緊張してんのよっ」
まりながすかさずいじったので少し場が和む。
「唯ちゃん。モダン焼きと唐揚げとポテトサラダのパーティー盛りにしたけど」
おばさんが顔を出して確認すると、倉田唯が笑顔で応じた。
「うん。あそれとコーラとウーロン茶をボトルでお願いね」
「あいよ。みんな楽しんでってちょうだいね」
わたしたちも常連のつもりだが、倉田唯とおばさんはそれ以上の関係らしい。
「1人ずつ注文すると時間がかかっちゃうから、勝手にパーティー盛りを頼んじゃった。よかったかなぁ」
「わたしはよくてよ。その方が交流に時間を使えるし。いい判断だと思うわ」
気にする倉田唯を嵐山美雪が気遣った。お嬢様オーラを放たれて我々に異論を唱える余地はない。
「ねえねえ、倉田さんってコハルおばさんとどういう関係なの」
まりなが無邪気に話しかけた。わたしだけでなく誰しも知りたかったはずだ。「グッジョブ!まりな!」と心の中でガッツポーズしてあげた。
「お父さんが津軽三味線を教わっている教室にコハルおばさんも通ってるの。だから家にもときどき練習に来るんだよね」
わたしは彼女の話しを聞いて少し混乱した。そして謎を解きたくなる欲求にかられたらしい。俄然興味を持った。
「倉田さんのお父さんって長唄三味線の師範じゃないの?」
「そうだけど、10年くらい前から津軽三味線を極めたいって言い出したのよ。わたしも長唄三味線は小さい頃からやってたけど、中学生の時から津軽三味線の教室に着いて行ってるんだ。そこでおばさんと知り合ったの」
わたしは同じ邦楽部でも尺八しか練習しないので、三味線のことはよくわからない。そもそも「三弦パート」というが「三味線」と何が違うのだろう。
「く、倉田さんは、長唄三味線も津軽三味線も練習してるのですか」
緊張しながらも田中浩二がいい質問をした。「やるじゃないか田中。お前にしては上出来だ」と心の中で褒めといた。
「そうねぇ、長くなっちゃうけど、いいですか。部長」
「ああ、ボクも興味があるな。ぜひ聞かせてよ」
成り行きから倉田唯による三味線講座がはじまった。
「ジャンルというよりは、三味線そのものが違うのよ。長唄三味線は細棹(ほそざお)という棹の太さが細い三味線。津軽三味線は棹が太い太棹(ふとざお)を使うのが大きな特徴ね。それに胴に猫の皮をつかうか犬の皮を使うか。バチのサイズや材質なんかも違ってくるわ。バチの当て方や左指でのはじきかたなど演奏方法もそれぞれの特徴があるの」
「邦楽部では津軽三味線みたいな弾き方をしないわよね」
彼女の講義に引き込まれてわたしもますます深掘りしたくなった。
「そう。邦楽部は細棹か中棹を使っているからね。歴代の先輩達が純邦楽の古典や現代曲をやってきた伝統もあるんじゃないかな」
「なんで、三弦パートって呼ぶの。なんか気になってたんだよね」
わたしの中に引っ掛かっていた“謎”がこれで解ける。そう期待した。
「それはわからないのよ。うちのお父さんも三弦って呼ばないし、津軽三味線の教室でも聞いたことがないし。ごめんね」
わたしが彼女の返した答えによほどがっかりした表情をしていたのだろう。お詫びの言葉にこちらの方が恐縮してしまった。
「琴の経験上だけど、三味線と尺八などによる三曲合奏のときは三弦と呼ぶわね。邦楽部は三曲や現代曲など合奏が主になるから三弦パートとしたのじゃないかしら」
嵐山美雪がフォローしたので倉田唯もほっとしたように見えた。
「さすがお母上が琴の師範をされているだけあるな。ボクもその説は知らなかったよ」
「でも、あくまで琴の知識をもとにした持論だから。鵜呑みにしないでちょうだい。ホホホ」
なんという流ちょうな会話だろう。その辺りだけ貴族のような空気が漂っていた。子どもの頃にDVDで見たお蝶夫人ってこんな感じなのかもしれない。
「それで三弦って呼ぶのかい。あたしも知らなかったよ。長生きしてみるもんだね」
突然コハルおばさんが話しに入ってきたのでびっくりした。
「コハルおばさんこそ津軽三味線を習っているなんて。全然知らなかった」
咄嗟にわたしがツッコんだら笑っていた。
「あたしだってね。若い頃は長唄三味線をかじって艶っぽく弾いたものさ。昔を思い出してまた三味線を弾きたくなったんだよ」
「なんで津軽三味線にしたの」
「だってさ。演歌歌手の長山洋子みたいに弾けたらかっこいいじゃないか」
「そうなんだ。でも長唄三味線も似合いそうだけど。なんでやめちゃったの」
「あの頃は、お師匠さんについて教わってたんだ。長唄のお銀さんって言えば知らない者はいないほどだった。でも急に引退しちゃったんだよね。長唄三味線はあの方以外から習おうって思えないんだよねぇ」
懐かしそうに語るコハルおばさんは何だか少し若返って見えた。
「素敵なお師匠さんだったんだね」
「ああ、忘れられないね。『ひいろのお銀』と呼ばれたあの艶姿・・・」
「ひいろのお銀かぁ~ってちょっと待って!うちのお婆ちゃんは日色銀子っていうんだけど!」
「えっ、あんた日色さんっていうの。そうだよお銀さんの本名は日色銀子だよ。あるんだねぇ、こんな奇遇が」
皆の顔を見たら目を丸くした猫のようにじっとやりとりを聞いていた。
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