整体師とお坊さんとカカシ 第25話
地下室に降りると底はトンネルだった
階段までは屋敷と同じような年季の入った色の濃い木材でこしらえてある。
「きっと芸術品やお宝の部類が眠る秘密の展示室に違いない」
僕はオミナエシの後ろをついて行きながら妄想を膨らませる。
ところが重厚な金属製の扉をギイイッと開いた途端に夢は破れた。
「ここからが地下室になるの。ていうか鍾乳洞みたいなものだけど」
彼女はいつも来ているのか平然と足を踏み出した。危険なところではないらしい。
自然の力によってできたトンネルは彼女がいうように鍾乳洞を思わせる。
人の手は入っていないようで照明設備さえ見当たらない。なのに真っ暗ではない。
なぜか奥の方から明りがさしている。
「ここからはゆっくり歩いてちょうだい。そこのカーブしているところを過ぎると光が強くなるの。少しずつ慣れないと眩しくて目に良くないわ」
「うん、わかった」
僕は思わぬ展開についていけず、そう返すしかない。
一歩、二歩、三歩と緩やかにカーブしている壁を先に進むほど明るくなってゆく。
太陽を見上げるときに眩しさを堪えようと目を細める。そんな感じだ。
もちろんホンモノの太陽ほど強くはないが、なるほど眩しくていきなり直視するのは難しい。
「そろそろ少しずつ目を開けてもいいわよ」
彼女は僕の方を振り向きながらゴーサインを出すので言うとおりにした。
「すげえ、これって隕石かな」
「さあ、わたしにはわからないわ」
「そっか、そうだよね・・・・・・」
きっとオミナエシも先生から怒鳴られたことがあるのだろう。僕は彼女を困らせないようにそれ以上答えを求めなかった。
青い光はまるで朝日のように辺りを輝かせるが、よく見ると中心部はサッカーボールほどの大きさだ。隕石なのか鍾乳石なのかその正体を知る由もないがボウッ、ボウッ、ボウッと強弱をつけて点滅している。
「ああっ!あのときと似ている!」
「どうしたの突然、大丈夫?」
僕が大声を出したので、心配した彼女が眩しくないように自分の手を僕の目に当ててくれた。背丈が低いからつま先立ちで後ろから目隠しするような格好になっている。
「私は目が奥の方にあるからあまり眩しくないの。コレミツさんには光が強すぎたのね。ごめんなさい」
背伸びしながら詫びるからビブラートがかかったように声が震えていた。
「もう目隠ししなくて大丈夫だから。眩しくて叫んだわけじゃないよ」
「え、そうなの?だったらよかったわ。てっきり失明しちゃうんじゃないかって、心配したんだから」
「ごめんごめん。実は昔、似たような光を見たんだ。それを思い出してつい声を上げちゃった」
僕は子どもの頃、お盆に夜空を見ていたら青く光る流れ星が眩しくてしばらく目が見えなくなった。そのときの感覚が蘇ってきたのだ。
「そうよ、きっとそうだわ」
彼女は僕の話を聞いて何か閃いたらしい。ワンピースのポケットに手を突っ込んでメモ帳を取り出した。
「あなたになら教えてあげる。おまじないの言葉」
「え、まさかエロイムエッサイムみたいなやつ?できればテクマクマヤコンがいいかな」
「なにそれ。クロモジ先生が唱えているのを聞いて忘れないように書いといたんだから。門外不出の貴重なおまじないなのよ」
当然ながら彼女に冗談は通用しなかったらしい。にしても、そんな大事な秘密を明かして大丈夫なのか。
「ちょっと待って。だったら先生にお許しをもらった方がいいんじゃないの。君が怒られるだろうし、僕だって責任感じちゃうなぁ」
「先生は知ってるから心配いらないわ。わたしがメモ帳に書いているのを見つけて『この青い光を見て心を乱さぬ者にだけ教えるがよい』と頭を撫でてくれたんだから」
「そうなんだ。え、じゃあ僕がその『心を乱さぬ者』ってこと?ちょっと自信ないなぁ」
「いいの!わたしが決めたんだから。はいこれ、唱えてみて」
彼女は僕の心配をものともせずメモ帳を押しつけてきた。
仕方なく目を落とすと、カタカナによる文字列が並んでいる。
その一つ目を唱えてみた。
ナンタイサンカツサレ
すると青い光がさっきまでより強くなり、点滅の間隔が短くなった。
まるで僕の唱えたおまじないが届いたかのように。
「すごい!すごいわ!もっと続けてみて」
オミナエシが声を弾ませるのでよい兆候なのだろう。
ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ
唱え続けていると僕の頭の中が青く光はじめた。
「あのときと同じだ。流星群を見ていたら青い光が落ちてきて頭の中まで青くなった・・・・・・あの光とよく似ている」
当時の記憶がより鮮やかに蘇る。
するとサッカーボール大の中心部がピカッと輝き、青い光に包まれた何かが飛び出した。
編み笠を被った僧侶の格好をしている。まさにクロモジ先生が話してくれた風貌と一致する。
「あなたは百年前にヒナタブ村へやって来た空岳、いや海円さんではありませんか?」
僕は先生に聞いた情報を頼りに話しかけてみた。
「私は海円だ。空岳などと間違うでない」
青い光がこちらにスーッと移動しながらそう答える。どうやら会話が成立するらしい。
「あの、失礼ながら以前は空岳さんと二人で来られたと聞いていたものですから。空岳さんはどうされたのですか」
「あれは、空岳と偶然に出会ったから二人だっただけのこと。あやつの行方など知るものか」
「じゃあ、このおなじないを唱えると海円さんが現われるんですか」
「まだわからんのか、情けないヤツじゃ」
「あ!もしかしてご先祖様」
「そうじゃ。お前の父親が海山、祖父が海門、そして曾祖父が海円よ。可愛い子孫が呼ぶからわざわざ出てきてやったのになんと情けない。天罰の一つも落としてやりたいわ」
「すみません。いろいろなことが一度に起きたので思考が追いつきませんでした」
僕が焦っていたら、オミナエシが無言でメモを指さしてた。二つ目のおまじないを唱えろというのか。
パーマーインジャッジヨ パーマーインジャッジヨ パーマーインジャッジヨ
「ほう、そうきたか。まあよい。是光よ、せっかく会えたのだから先祖の言うことも聞いておけ。お前の法名は是風がよかろう。海にこだわることはない、風のように自由であれ」
海円はそう告げながら微笑んだ。
やがて彼を包む青い光が小さくなりサッカーボール大の中心部に吸い込まれるように消えてしまった。
「やっぱりそうだわ。このおまじないは誰が唱えても利くわけではないの。わたしが唱えても何も起きないんだから。あなたは選ばれし者なのよ」
オミナエシは興奮気味に説明しながら僕の腕をひっぱるようにして地下室から連れ出した。少しでも早くクロモジ先生に報告したいのだろう。
アンティークな部屋に戻ると、意外なことにクマヤナギくんがいた。何だかばつが悪そうに俯いてモジモジしている。
「あれから家に帰ったら、父さんに怒られたんだ。ちゃんとクロモジ先生にご挨拶して、ななしにもコレミツさんを紹介しなければだめじゃないかって。そんな無責任なことでどうするって」
彼がボソボソ事情を明かすと先生が肩を叩いて励ました。
「オウレンらしいわい。まあせっかく来たのだからゆっくりしていきなさい」
先生にうながされてそれぞれアンティークなイスに腰掛けた。
僕はちょうどよいタイミングだと思い先生とクマヤナギくんに話すことにした。
「あの、クロモジ先生。ななしさんのことなのですが、先ほどオミナエシという名前をつけさせてもらいました。僕ごときが余計なことをしてしまい申し訳ありません」
先生もクマヤナギくんも意外そうな顔をしたが、不服そうではなかった。
「ほう、オミナエシか。ずっとななしと呼んできたからな。それで、君はどうなんだ。新しい名前をどう思う」
彼女は先生を見てハッキリ答えた。
「わたし、きちんとした名前をもらえて嬉しかったです。これからオミナエシと呼んでください」
「いい名前だよね。オミナエシ。オレもその方が呼びやすいよ」
クマヤナギくんの言葉を聞いて彼女も嬉しそうだ。クロモジ先生も笑顔でうなずいている。
オミナエシはクマヤナギくんが帰ってから、地下室での出来事を報告した。
「そうか、やはり私の目に狂いはなかった。あのおまじないの可能性は未知数じゃ、使いこなすには修行して探るしかない。お前さんがあの僧侶の子孫というのも不思議な繋がりを感じる」
クロモジ先生は「特別サービスだぞ」とコツを明かしてくれた。
念じることで頭の中に青い光を出せるようになれば、必ずしも地下室に降りて唱えずとも同じ効果があるという。
僕は早速、お盆の夜に見た流星群を思い浮かべながら、おなじないを唱えて練習してみ。みた。やがて頭の中に青い光が灯り始める。
パーマーインジャッジヨ パーマーインジャッジヨ パーマーインジャッジヨ
自分で唱えながら手応えを感じ始めたら、目の前の景色が少しずつ薄くなり始めた。これで人間の世界に戻れるらしい。
「さようなら!あなたがくれた名前、大事にするわ」
「さようなら!元気でね、オミナエシ」
薄れゆくなかで別れの挨拶を交わせば、横でクロモジ先生も手を振っていた。
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