整体師とお坊さんとカカシ 第11話
FBGはFeel better Groupの頭文字をとった略称だという。
「FBGの講習を受けて認められれば整体師として開業できるの。私が新聞折り込みのチラシを見て行った説明会に居たのが野中さん」
宮田さんが言うには、ツンノーテで行われている勉強会に参加すれば、FBGの講習を受ける資格が得られるらしい。
私の好奇心は行動を起こすレベルまで達していた。次にツンノーテを訪れたら野中さんに直接確認するつもりだ。
「整体師になるための勉強会だから実技とかもあるけど大丈夫?」
夜勤明けの朝に予約を入れていたので、施術を終えてから相談したところ、心配した野中さんに念を押された。
こちとら実技でも何でもやる気はあるから問題ない。それよりも病院を休めるかが気になっていたのだが、毎週日曜日の夕方に行っているというから助かった。早めに申し出ればシフトを考慮してもらえる可能性が高い。
私はその週の日曜日18時30分からツンノーテで開かれる整体勉強会に参加してみた。
施術ベッドを畳んで作ったスペースに参加者たちが輪になって座る。イスはなくあぐらをかくか、体操座りしたりお姉さん座りしたり、自由で堅苦しくない雰囲気だ。
「真山舞です。看護師をしていて整体に興味を持ったので参加させていただきます。よろしくお願いします」
私から簡単に自己紹介すると、まず宮田すずこさんが名乗って他のメンバーが続く。
「岩本やすじです。柔道整復師専門学校に通っていたけど、何かしっくりこないのでこちらに来ました」
岩本さんはたぶん30代前半だろう。髪は薄いが肌に張りがある。ニコっと笑ったときの表情から人がよさそうに感じた。
それにしても、専門学校を中退するなんてもったいない感じがするのだが。何が気に入らなかったのか。
「学費、ン百万も親に出してもらったらしいわよ。なんで辞めちゃったのかしらね?」
宮田さんがおどけてツッコむも、岩本さんは微笑むばかりだった。
「今野ふとしです・・・・・・」
彼は私より若そうだ。たぶん20代前半だろう。
名乗った後は何も話さず、誰もそれ以上のことを聞こうとも補足しようともしない。
参加メンバーは白地にアクセントの青いラインとFBGのロゴが入った整体用白衣を着ているのだが、よく見ると彼のズボンは太ももの部分にカレーをこぼしたような黄色いシミがあった。とっつきにくい空気を醸し出しており、院長でさえ手を焼いているような気がする。
「佐々木礼子です。私も看護師をしてるの。よろしくね」
わかる!たぶん同年代の彼女は、どこか似たような臭いがする。
「同業の先輩がいるなんて心強いです。よろしくお願いします」
私はいろいろ聞きたい気持ちを抑えてあいさつを返した。
佐々木さんはともかくとして、看護師の世界とはずいぶん違う。私はこの数分間で宮田すずこさんが優れた人材に思えてきた。
「じゃあ、そろそろ勉強会を始めようか。今日は真山先生も入られたことだし、FGBについて説明しとこう。そうだな、岩本先生からよろしく」
いきなり「真山先生」と言われてピンとこなかったけれど、勉強会に参加した時点で先生と呼ばれるらしい。モチベーションアップのためだろう。
FGBの役割は人々が快適な生活を送るためのお手伝いをすることです。整体施術や健康器具、サプリメントなどを活用して不調改善や健康維持を目指します。
スタッフは希望すれば講習会を受けて施術テクニックを学ぶことができます。初級、中級、上級とランクがあり、初級で開業、中級で指導が認められ、上級で勉強会を開催することが可能になります。
岩本先生は資料を読みながらざっと説明すると、顔を上げて自分の言葉で補足する。
「FGB本部は東京だけど、上級の先生達が全国各地に施術院を開業して勉強会を行ってる。ツンノーテはその一つだね。僕は中級だから隣町に開業してるけど、まだ勉強会は開けない。そんな感じだね」
「それって、フランチャイズみたいなことですか。コンビニとかファミレスのような」
私はチェーン店とフランチャイズの違いもよくわからないのだが、ハッキリさせておいた方がよさそうなので聞いてみた。
「うーん、似て非なるってとこかな。本部主導で講習会を開いたり、サプリなどの仕入れは管理されるけど、他はそれぞれの裁量に任せられていると思うよ。FGBのロゴだって制服には入ってるけど、施術院の名前に必ず掲げなくてもいいし。まあ、例えるならばFGB本部は『お館様』で、上級の院長は『柱』。呼吸の基本は同じでも、施術のやり方は柱の個性が出せる。その遊びがフランチャイズにはないところかな」
「なるほどですね。ありがとうございます」
私はなんとかそう答えたが、まさかの『鬼滅の刃』に呼吸が乱れてしまった。
にしても他のメンバーは平然と聞いていたけれど、いつもこんな感じなのか。
「真山さん、一度に説明されても覚えきれないだろうから、わからないことがあったらいつでも聞いてください。次は脊髄神経のおさらいをします」
院長の野中さんはスムーズに進行すると人体骨格模型を持ち出してきた。
看護学校や病院で見かけるやつだ。
「背骨を見てください。頸椎が7、胸椎が12、腰椎が5、そして仙骨と尾骨からなっています。脳から繋がる中枢神経はこの背骨の脊椎内を通って、それぞれの脊椎から末梢神経により知覚や運動をコントロールします」
脊柱は細かい椎骨が繋がっているのはわかるけど、神経までは学ばなかったような。
私が興味津々になって集中していると、院長が指名したのはあのズボンに黄色いシミをつけた野郎ではないか。
「今野先生、じゃあ前腕や手の痛みがあるときはどこに注目しますか?」
「第1胸椎から出ている神経が滞ってるのではないかと疑います」
「そうだね、あとぜんそくやせきなど気管系の症状も第1胸椎の歪みが関係している可能性が高い。そしたら、宮田先生、腰痛の場合はどこを疑いますか?」
「はい、まず座骨神経痛につながる第4腰椎と第5腰椎の歪みを疑います。仙骨も含め椎間板ヘルニアの可能性も考えられます」
「その通り。それに第5腰椎は足の痛みやしびれ、冷え性にも関係するからね。重要なポイントです」
待って待って!なんか急に高度な内容になってるんですけど。しかも、問題児かと思われた今野ふとしが立て板に水のごとく答えるし、50代の宮田すずこさんもバッチリ覚えてるじゃん。私はレベルの高さに身が引き締まる思いがした。
さらに勉強会は続く。
「今日は胸椎矯正のデモンストレーションをしよっか。床の上じゃやりにくいから、マット敷こうかな」
院長のひと言で察した佐々木礼子さんが壁際に立てかけられていた施術マットを出そうと動いた。私も遅ればせながら腰を上げて敷くのを手伝う。でないと、どんどん置いていかれる感じがするので、とりあえず動くしかない。
「じゃあ佐々木先生でいいですか」
「はい、よろしくお願いします」
どうやらデモンストレーションの相手に選ばれると実際に体験できるから、率先して手を上げるのがパターンらしい。
佐々木さんがマットの上で両足を伸ばして座り、両腕を抱きかかえるように組む。
野中さんはその後方から彼女の両手を持ってしっかりクロスさせた。
バックハグするときみたいな位置関係だが、もちろんハグはしない。
両膝を彼女の胸椎部分に当てて体勢を整える。
「はい、深呼吸しまーす。息を大きく吸ってー、はい全部吐いてーー」
「ふっ」
ゴキッと音がしたようなしなかったような。傍から見ていてほとんど変化はわからなかった。
「終わりました。おつかれさん」
野中さんが腕をほどきながら声をかけると、佐々木さんだけは変化を感じたようだ。
「うわっ、目がぱっちりして視界がハッキリしてる。なんていうか、こう、神経の通りがよくなったような。世界が変わったみたい」
彼女が見せた輝く笑顔は本物だと思う。
こうして私もFBGと出会い、ツンノーテの勉強会に参加するようになった。
第12話へ続く⇒
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