ご近所事件簿 第11話
「秋祭り、闇に舞う」
※本作はフィクションであり、登場する人物・団体・名称はすべて架空です。
九月の終わり、町内広場は金木犀の甘い香りに包まれていた。
提灯が連なる櫓の上では太鼓が鳴り、屋台からは焼きイカや甘酒の匂いが漂う。
秋祭りの夜は、夏とは違う落ち着いた熱気があった。
まんぷく亭の面々も勢揃いだ。
おきよは焼きそばの手伝い、美咲と文人は射的の屋台で子どもたちに囲まれ、芹沢俊平は広場を取材と称してカメラを構えている。
勝じいは櫓の下の長椅子でタマを膝に乗せ、ニコニコと人の波を見守っていた。
暗闇のどよめき
午後七時半、祭りも盛り上がってきたころ。
突然、広場全体が暗くなった。
提灯の灯りが一斉に消え、太鼓の音もピタリと止む。
歓声がざわめきに変わり、子どもの泣き声が広がった。
「停電……?」
美咲が小さくつぶやいた。
スマホのライトを点ける人々の顔が、浮かんでは消える。
屋台の冷蔵庫が止まり、氷が汗のように溶けていく。
「非常用発電機があるはずだ」文人が言う。
「町内会に連絡したけど、起動しないって」おきよが眉を寄せた。
「ブレーカーか? いやケーブルか……」芹沢はカメラをしまい、冷静に配電盤へ走った。
タマ、舞台裏へ
そのとき、タマが勝じいの膝から飛び降りた。
小柄な体で人混みをすり抜け、櫓の裏手へまっすぐ進む。
「タマ!」美咲が追おうとするが、文人が制した。
「行かせて。何か気づいたのかも」
タマは闇の中を鼻を利かせて歩き、舞台裏の電源ボックス前で立ち止まった。
そこには落ち葉と一緒に、金属片が突き刺さった電源ケーブル。
微かな火花が散り、焦げた匂いが漂っている。
「これだ!」芹沢が駆け寄り、ライトを照らした。
「金属片がケーブルを踏み抜いてショートしてる。風で飛んできたか、工事現場の落下物かもしれない」
「応急処置なら任せろ」勝じいが工具箱を持って現れた。
経験豊富な手つきで損傷部を切り離し、絶縁テープを巻き直す。
再び光、そして太鼓
十五分後、ブレーカーが再び上がった。
パッと提灯がよみがえり、太鼓がドン・ドドンと鳴り出す。
闇に沈んだ広場は、再び温かな色に包まれた。
「やった!」子どもたちが歓声をあげる。
芹沢は額の汗をぬぐいながら
「原因は工事現場から飛んできた金属片らしい。警察にも報告済み」
と説明した。
太鼓のリズムは、どこか宇宙船の鼓動のように聞こえた。
夜空の彼方、一筋の光が尾を引いて流れていく。
「……流れ星かしら」美咲が見上げる。
「いや、もっと……何かを思い出す光だな」芹沢がつぶやいた。
未来の影
櫓の下では子どもたちが、
星型のシンボルがついた光る未来戦士人形を振りながら踊り出した。
「何あれ?」と美咲が首をかしげる。
「新しいヒーロー番組かな」文人が笑う。
大人たちの間に、わずかな驚きと微笑が走った。
タマは櫓の屋根に飛び乗り、尻尾をゆるやかに揺らす。
その瞳が一瞬、流星の光を映してきらめいた。
夜は続く
祭りは再び賑わいを取り戻し、太鼓が空気を震わせる。
勝じいはタマを抱き上げながら言った。
「二億円より、こっちの灯りのほうが宝だな」
おきよが笑った。
「ほんとにね。騒がしいくらいが、この町の元気の証さ」
芹沢はスマホにメモを残した。
「“闇に舞う秋祭り”、いいタイトルだ。
次は……いや、これ以上は今夜語らなくていいか」
金木犀の香りがいっそう濃くなり、
夜空にはもう一筋、小さな光が流れた。
――おしまい。
©宇都宮幸宏
