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気がつけば、私を「こうありたい」に導いてくれた3冊の本たち

この記事は、所属するオンラインサロン『京都くらしの編集室』の、noteチャレンジ企画に参加して書きました。毎月1つのお題をもとにnoteを書き、1年間分書き溜めたものをZINEにする予定です。

4月のお題は…【本】私という人間を定義した3冊。今の自分の価値観の土台になっている本。2026年度のはじまりに、自分の現在地を確認する。

「これ好きやねん」と誰かに開示することは、あまり得意ではない。

多分、大真面目に言ったことを「変わってるよね」と引かれたり、「ウケる(笑)」と爆笑されたりしたこれまでのいくつかの記憶を、それぞれ丁寧に別名で保存し過ぎたのだと思う。
自分の『好き』を人に話したら、引かれたり小馬鹿にされたりするんじゃないかと、根拠のない不安をずっと抱いていた。

けれど、ここ2年ほどnoteにエッセイを書いてきて、ようやく腹落ちしてきたことがある。
「興味のない人は読まない(というか基本的に誰も読まない)」のである。
だから、こういう場に書くことに関しては、怖がらなくていいのかなと思えてきた。

そこで今回、所属するオンラインサロン「京都くらしの編集室」の新企画『2026年、私の偏愛目録(カタログ)』に参加してみることにした。毎月様々なテーマで、「私これ好きやねん」を語る企画である。

初回のテーマは、「私という人間を定義した3冊」。
悩みに悩んだけれど、今の私に何らかの「きっかけ」をくれた本を選んだ。



その1:ひすいこたろうさん著「明日死ぬかもよ?」

とあるオンラインサロンで、メンバーと読み合いをしたときに出会ったこの本。
今日が人生最後の1日だと仮定し、自分の理想の人生を考えさせてくれる一冊だ。

実はこの本は、1年少々前から細々と行っている自主企画、「夢がかなっている妄想記事」を書き始めるきっかけになった。

本の中で、「あなたの死亡記事が出るとしたら、何を書かれたい?」という問いがある。
読み合いのとき、メンバーそれぞれの書かれたいことを聞き、そうなっている彼女たちを勝手に想像していた。

その後、ふと思った。

「生きている間にこれが叶った記事が書かれたら、もっと最高なんちゃう?」と。

それが、妄想記事の原点である。

私は、とあるメンバーの夢が叶った姿を好きに妄想し、気の赴くがままに簡単な記事を書いた。
話のつながりも悪いし、あり得ない設定もあったと思うけれど、とりあえず紙の上で叶えてみたのだ。

それをメンバーのチャット上で公開したら、「本当に叶ってる!!」と思いの外ウケた。
それに気をよくして始めたことが、今も続いている。
夢を話している人が、それを叶えてくれたら最高だな。その姿、私も見てわくわくしたいぜ。と、そんな思いだ。

誰かの人生のモチベーションを上げてもらうこと。
「叶う気がする!」「そういえばこんな夢が叶った!!」などの言葉をもらって、「ああ、少し役に立てたのかな」と嬉しく思うこと。
それが、私が人生で叶えたいことのひとつなのかもしれない。

この本は、私の書きたいこと、一生かけてやりたいことを見つけるきっかけになってくれた一冊である。

その2:料理研究家 田島恵さん著「はじめてママとパパでもかんたん 〈0~5歳〉子どもと食べたい強いからだを作る! 重ねて煮るだけおいしいおかず」


切って、重ねて、煮るだけの調理法「重ね煮」のレシピが書かれた料理本だ。

重ね煮とは、陰陽の順番にしたがって、野菜を重ねて加熱する調理法である。

重ね煮アカデミーHPより

今4歳の息子が1歳になったくらいの時、SNSで重ね煮と出会った。
調理が手軽で、特別な調味料もいらない。
子どもに食べさせやすく、野菜をたくさん取れる。そして油と砂糖をほぼ使わないので、身体に優しい。
そんなところに惹かれて、試しに我が家のごはん作りにも取り入れてみた。

結果、私が今自宅で作るご飯は、ほとんどがこの重ね煮である。

私が重ね煮を気に入った直接的な理由は、下拵えが楽なこと、決まった順番に具材を重ねて水を入れ、火をつけたらしばらくは放っておけること、油を使わないから洗い物が楽なこと、の3つだ。
料理は好きだけれど、何かと要領が悪い自分にとって、大体の作業がシンプルな重ね煮は本当にありがたい存在。
それでいて、滋味溢れる味を楽しめる。

しかし、それ以上に私が重ね煮を愛する理由がある。

それは、重ね煮によって、小さい頃からずっと悩まされていた、アトピー始め肌荒れの症状がかなり改善されたからだ。

私は基本的にどんな季節でも、「かゆい」が脳内のどこかを占拠している人間だった。

汗をかく夏場や乾燥する冬場、あるいはメンタルが落ちた時、特に関節や首、背中などがめちゃくちゃかゆくなる。(ちなみに、メンタルとかゆみの関係に気づいたのは子どもが生まれてからである)

月に1〜2度の皮膚科通いが欠かせず、病院から処方されるハンドクリームや軟膏が手放せない。(市販のハンドクリームは効かないのだ)

寝ている間に掻きむしってかさぶたが剥がれたことによる出血のシミが、シーツにインクのようについているのが日常だった。

そんな私が重ね煮と出会って、3年少々。
気がついたら、物心ついたときからの厄介な隣人「痒み」との距離が、随分と遠ざかっていた。(ちなみに、そのことに気付いたのも重ね煮を取り入れて1年くらい経った後である。)
今や全く皮膚科に通わずに済んでいる。

どうやら、食事を重ね煮に切り替えて、油分と砂糖の摂取量が減ったことが大きかったようだ。

離乳食にもぴったりなので、今私は1歳になった娘に、毎日重ね煮で作った味噌汁や野菜スープを出している。
具沢山だから、他のおかずをせっせとたくさん作る必要もないし、何より身体に優しい。

娘は重ね煮で作った汁物によく手を伸ばしてくれる。
このまますくすくと育ってほしいなと思う。

自分の身体の声を聞くのが苦手な私の、健やかな心と身体をつくるきっかけになってくれたもの。それが重ね煮であり、このレシピ本である。

今日の野菜スープ(娘版)

その3:萩原 義弘さん著「にっぽん木造駅舎の旅100選」



NHK BS1でかつて放送されていた紀行番組「にっぽん木造駅舎の旅」で、紹介された駅舎をまとめた1冊。
全国各地の風情ある木造駅舎たちが、カラー写真と共に紹介されている。
読んでいると自分も旅をしているような気分になれる。

私は大学生の頃からローカル線一人旅が大好きだ。
これまで幾度も、鈍行列車に揺られてふらりと地方の町を訪れるような旅をしてきた。
どこか懐かしいような田舎の風景や、小さなディーゼル気動車のゴトゴトとした揺れ、しんと静まりかえった駅舎。
自分が知らない、けれどどこか懐かしいような世界に身を置き、そこで生きる人々の生活を想像する。
その時間は私にとって至福で、すごくほっとするのだ。

この本は、そんな私が間違いなく好みそうなテイストの一冊だ。
確か、昨年亡くなった私の父が図書館でこの本を借りて、「こんな本、好きかと思って」と私に見せてくれたのだと記憶している。

父は、生粋の「THE 鉄道オタク」だった。
父の部屋の本棚には、小難しい鉄道雑誌や、鉄道に関する新聞記事のスクラップがずらり。
幼い頃に乗った鉄道の記憶を昨日のことのように話す父は、覇気のない普段の姿と違い、とても楽しそうだった。

父の趣向に影響されて、私もローカル線を好きになったのだと思う。
父がこの本を見せてくれたのも、私への布教活動のひとつだったのだろう。私はそれにまんまとハマり、ノスタルジックな写真の数々に目を奪われた。

とはいえ、実は本のタイトルも作者も覚えていなかった。
今回十数年ぶりにこの本の存在を思い出し、web検索したり、chat GPTに聞いたりして、ようやく再会を果たした。

本の詳細は記憶になかったけれど、とにかくこの本に載っていた1枚の写真に釘付けになったことだけは、ずっと覚えていた。
それが、2年前に廃駅になった。北海道 宗谷本線の抜海(ばっかい)駅だった。

降りしきる雪の中、時代から取り残されたようにぽつんと佇む駅舎の写真。
私の心は一瞬で鷲づかみにされた。

ここに行きたい。

あまりにも遠く、簡単には行けないからこそ、余計に焦がれたのかもしれない。
そして、この本と出会っていくらか年月が経った後、私は本当に抜海駅に降り立った。

抜海駅のホームにて


「これがあの本で出会った景色なのか」

感動すると同時に、あまりにも人気がなくて、周囲に荒涼とした大地が広がるだけの抜海駅に、切なさも感じた。
でも、写真で心奪われた景色を実際に目で見ることができたのが、本当に嬉しかった。
自分が身にまとっている空気を目一杯吸い込んで、この駅に降り立ったことを味わう。
写真で見る何倍も、心が震える経験だった。

そんな体験をもっと味わいたくて、私は鉄道旅を続けた。
今改めてこの本を読み返すと、紹介されている100駅のうち、私は19駅に降り立っていた。
久々に本を開き写真を見ると、「この本で見たから」と駅を訪れ、降り立った日の数々の記憶がよみがえった。

岡山県因美線 美作滝尾駅


幾多もの木造駅舎と出会わせてくれたこの本。
そして、鉄道が大好きだった父のことを思い出させてくれた一冊でもある。
そういえば、父は書くことも好きだった。
私が今こんな風に書いているのも、間違いなく父の影響だ。
父は、今の私の姿を見て、何と言っているだろうか。

この本は、自分の「大好き」を見つけるきっかけになってくれたもの。
そして、亡き父の心を感じられるもの。
今の自分をそっと包み込んでくれるような一冊である。

まとめ


かなりジャンルがバラバラな3冊だが、どの本も今の自分自身が心地よくわくわくと生きるために、すごく大きな役割を果たしていると感じた。
書くことも、健やかに過ごすことも、ノスタルジックな世界に浸ることも、すべて自分の「こうありたい姿」につながっている。

この本たちとの出会いが、自分の人生を間違いなく動かしてくれた。
今回それを言葉にできたことが、何よりも嬉しい。

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