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ばけものづくしの原

 十二番丁廃工場の跡地に行くと、神隠しに合う。敷地に入るだけならまだいいが、工場内には踏み込むな。踏み込んだが最後、二度と無事には外に出られない。――ばけものづくしの原に、連れて行かれるのだ。そう言われている。
 私の町には、そんな工場がある。
 ばけものづくしの原は、化け物たちが夜毎集まっては宴を開く、恐ろしい場所なのだそうだ。そこに人間が行ってしまうと、それっきり、生きては帰れないと言う。
 そんな危険な廃工場は、特に厳重に囲われるわけでもなく。海に面した低地にぼんやりと建っており、高台から見下ろすと、その突き出した長靴のような土地の全貌を見渡せた。
 かつては化学工場であったらしい。日夜研究に励んで製品検査をする研究員達や、開発部の社員のブレインに従って売り物を作り出す工場員たちの為に、かつては敷地自体が一つの町に等しかったのだそうだが、今は見る影もない。 
 かつて荷物の上げ下ろしに使ったのだろう鉄組の斜めレール。
 天を貫く勢いで伸びる円筒形の建物。その周りにへばりつく、カクカクとした歪で簡素な階段。
 建築物同士は密集し、互いを支えあうように聳え建っている。
 工場地帯に隙間は少なく、僅かな間にも巨大な生き物に似た極太のポンプが、縦横無尽に体をくねらせていた。
 そして、それらの殆どすべてが潮風のせいか赤銅色の錆に取り憑かれていた。中には、青々とした蔦に絡めとられている建物もある。
 打ち捨てられ、時間の流れから疎外された墓地のようであり、誰もに忘れ去られた楽園、もしくは安住の地のようにも見えた。
 私はそんな廃工場に、今の所、週五くらいの割合で通いつめていた。

 私は、女子高の一年生だ。現在イジメを受けている。そうなったきっかけは、自分でもよく覚えていない。
 大体つまらない事だったはず。英語の発音が、ちょっとばかりみんなよりわざとらしかったとか、その割に目立った成績ではなかったとか、流行に興味がなくてダサかったとか、言う事がいちいちずれていたとか、そんなありふれた理由達の、きっとどれか。
 早い話が、私が彼女達の不快を掻き立てる。
 私も彼女達を不快に思う。その時、強かったのが向こうだったというだけの事。
 たったそれだけで、私はクラスメートの一員としても、人としても、権利を失った。
 彼女達のイジメは、ひどくシンプルだった。
 彼女達は毎日私の財布を空にする。取るべき中身がなくなれば、恐ろしい口調で死ねと繰り返し、教科書やノートを、汚い物でまみれさせる。人気のない所で小突き、殴る、閉じ込める、放置する。指折り数えれば、いくらでも思い出せた。
 客観的に羅列すると、なんと空々しい、使い古された行為だろう。だが、そのどれもが私を「死ぬのって、怖いのかなぁ」という気持ちにさせる。
 私には味方と呼べる存在が、この世に存在しない。
 彼女達のイジメは非常に巧妙だったが、全く気付かれないものかというと、そうではないだろうと思う。
 イジメに加わらないクラスメート達は、いつしか目を合わせようともしなくなった。気の毒そうな、哀れみの目を向けてくれる人もいたが、そんなものは何の慰めにもならない。
 教師達が気付いているのか、いないのか、助けの手が差し伸べられない私には分からない。だが、彼らはきっと私が永遠に口出しできなくなってから、無数のマイクの前で「イジメの事実はありませんでした」と神妙な顔で言うのだろう。
 両親には、それらの一連の事実を、打ち明けなかった。
 三人家族の父は私に全く関心がなく、また母は何よりも外聞を気にする人だった。
 団地で暮らし、主婦として地域の共同体に食い込む彼女にとって、娘の良くない噂は毒に等しいようだった。
 自分の娘がイジメを受けるような存在であることが、彼女のうず高い自尊心をひどく傷つける。
 イジメを受け、またそれを家族に訴えることができない私にとって、家は家の機能を無くしていた。
 誰の目も気にすることなく、深く息をつける場所を、私は探すようになっていた。
 それで、ある日、不登校を始めた。
 朝、学校に出かける振りをして、街をふらつく。初めの頃は、補導されかけたこともある。が、その内、避けるのが上手くなった。
 それさえも億劫で、家に篭った日もあったが、やはり長くは持たなかった。何も言わなくとも、母の非難に満ちた目や、咎めるヒステリックな声は、日に日に私を蝕んだ。イジメの存在を否定する以上、家に居続ける事もできなかった。幸い、学校の教師達は、不登校をはじめても何一つ変わらず、私に無関心だった。
 それで、廃工場へ向かった。
 いっそ、神隠しにあえたらどれ程幸せだろう、とそう思った。
 錆びついた廃工場の端っこで、鞄を投げ出し、膝に顔を埋めて、時間が過ぎるのを待ち続ける。
 不思議と工場に忍び込む集団とも、警備員と思しき人物とも鉢合わせたことはなく、ただ遠く、隔たれた場所で響く街の音が大気に馴染むのを聞いて目を閉じていた。
 そうしている間だけ、生きていられるような気がした。自分がイジメられているのは、遠い国での出来事であるような気がした。
 ここにいる間は、誰も私を傷つけることができないんじゃないか。そんな幻想を抱いて、ただ空が赤くなるまで時間を潰し続けた。
 神隠しにあった事は、残念ながら一度もなかった。
 だが、ある日を境に生活が少しずつ変化を見せ始めた。

 その日は、朝から曇っていた。空の全てを黒い雨雲が覆いつくしている。
 私はいつものように、廃工場へ向かっていた。最寄の駅で途中下車して、パチンコ屋のマーチが煩く鳴り響く駅前を通り過ぎ、市街地を越すと、人の気配は急になくなる。
 そして、住宅の角を曲がった四辻で、死体を見つけた。
 色あせたアスファルトに、擦り付けられるように何度も踏み潰された、鳩の轢死体。
 猫の轢死体はよく見るが、鳥のものは初めてだった。
 その小さな体はひき潰され、はみ出した内臓さえも、それと分からない程に粉微塵にされていた。時折通り過ぎる車の風にあおられて、チラチラと揺れる羽毛だけが、生き物であった気配を残していた。小さな血だまりは既に乾いており、数種類の車のタイヤの痕が、アートのように伸びていた。何故だか、目が離せなかった。
 理不尽で、何の謂れもない暴力に命を奪われた死体。目を留められる事もなく、死んだ後も踏みにじり続けられる存在。
 余程こちらの方が惨くてひどいけれども、何となく、私に似ていると思ったからかもしれない。
 そうしていると、手にガサッとしたものを押し付けられているのに気付いた。
 見ると、腰の曲がった、小さい老婆だった。頭にくたびれたツバの広い帽子を目深に被り、むっつりとへの字に口を閉じている。
 その唇の大きいこと。吸い寄せられるようにそれを凝視すると、唇に乗る頬がまた、奇妙に思えるほどに膨れていくことが分かった。
 これでは、まるで風船お化けだ。
 風船お化けは、だらっとした黄土色のスカートに、季節感のない毛糸のストールを羽織っており、その全てから、何日も洗っていないのだろう、異臭がした。
 彼女が押し付けていたのは、染みだらけの新聞紙だった。
 意思を問うように視線を向けると、「埋めてやりな」と大きな唇を大儀そうに動かして言った。
 なんと、ドスの聞いた声だろう。
 嵐の夜に唸る風を思わせるその声にも驚いたが、私は躊躇った。手で触れるには、死体はあまりに惨たらしい。だが、風船お化けは埋めてやりな、と何度も繰り返して、新聞紙を強く押し付けてきた。その力の強さに慄き、私は結局新聞紙を受け取った。その時、始めて大きな唇が横たわる半月を刻む。笑ったのだ、と理解するまで少しかかった。
 そして、喋った。
「今日もいくのかい」
 え、と聞き返すと、老婆は返事を聞いたわけでもないのに、笑った唇のまま、何度も頷く。そのまま、背を向けた。
 背中を向けた老婆の背で揺れる薄汚れたデイパックからは、まだ数枚の新聞紙が覗いていた。
 私はまた一人、鳩だったものと、手元の染みのついた新聞紙とを見比べた。
 ――今日も、いくのかい。
 思いつくのは、廃工場だけだった。もしかすると、彼女もあの場所の招かれざる住人なのかもしれない。
 だが、別に何も変わらない。
 道路にへばりついている死体を、どのようにできるだけ感触を感じずに引き剥がすか考えながら、私は別のことを思いついた。
 この鳩を、廃工場に埋めてやろう。
 私に似ている死体を、私が救われる場所に葬って、せめて私一人だけでも、悼んでやろうと。

 死体を埋めるなら、深く穴を掘らないといけない。ひしゃげた体でも、これ以上形を変えてしまうのはあまりに忍びないから。
 時間はたっぷりあるのだし、せめて労力を惜しまず、葬ってやろうと、私は日頃は越えない金網の破れを探し、廃工場の奥深くまで至っていた。
 きっと、ここは居住区だったのだろう。
 小さな公園にも似た、レンガ色のタイルが敷き詰められた空間。その中央に何を模しているのか理解できない、錆びたモニュメントが据えられ、風雨に疲れ果てたベンチが三つだけ、奇妙な感覚で並んでいた。一つは、壊れてしまったのかもしれない。
 その脇に、雑草だらけの花壇があった。群を成して天を向く、細かくて黄色い、背の高い花。確か、「せいたかあわだち草」と地元では呼ばれている。多くの人にアレルギーなどの有難くない恩恵を及ぼす花だが、非常に生命力が強い。少し、羨ましい程に。
 かつての憩いの場、といった印象だった。工場にも、こんな場所は必要なのだ。
 潮の匂いが、風に乗って流れてくる。海が、より近いのだろう。
 新聞紙には私の体温が移り、鳩の死体も温まっている。できる限り、その感触を意識しないように、そしてその姿がもう見えないように、新聞を注意深く閉じて、花壇に近寄った。
 無数に咲き誇る「せいたかあわだち草」の隙間から土肌の見える場所を見つけ、鳩の遺体をレンガのタイルの上に置く。
 ここに埋葬することは、ほんの思い付きだったが、こんなにふさわしい場所は他にない。鳩にも、そして私にも。
 土を掘りやすそうな石を、手近で探す。手にとって何度か掘って具合を確かめて、一番いい物を選んだ。
 後は力を込めて、丁寧に墓穴を掘る。土は、意外と柔らかかった。
 鳩を包んだ新聞紙の幅、高さ、厚み。その全てを飲み込める穴を構築する。それは、随分久しい感触だった。
 昔はよく家には何かしらの生き物がおり、死ぬ度に大泣きをしては母や父に嫌がられ、一人で近くの川原まで埋めにいったものだ。
 最近は、そんな生き物でさえ、飼うことはなくなった。自分さえ持て余している私が、他の命を世話しようなど、おこがましい。
 墓穴が大きくなるたびに、爪の先に土が入り込み、指の薄い皮は剥け、血が滲んだ。やがてそれさえ、黒く塗りつぶされる。
 どうしてか、涙が滲んだ。
 鳩を染みだらけの新聞ごと地中深くに沈め、上から土をかけ、丁寧に表面を叩いてならした。
 その内に、鳩はこの黄色く、強い花々の肥料になるだろう。
 でも、安心して。これでもう、お前は何者にも、不当に踏みにじられる事はない。

 その日から、私にはちょっとした日課が増えた。
 廃工場に行く。そのついでに、鳩を埋めた、墓というにはささやかすぎる土のふくらみに花を手向ける。
 大抵は野に咲く花だったが、ある日、花屋の店先で、とても美しい、白い花を見つけた。
 名前も知らないその花を見た私は、あの鳩の羽毛を思い出した。血に濡れた白。もとは、きっと美しかったのだろうに。
 そう思うと、気づいた時にはその花を一輪買っていた。
 セロハンで簡易に包まれた可憐な花。
 これを手向けることを思うと、ちょっと気持ちが晴れやかになった。

「あれぇー? くさ虫じゃね」
 だが、その晴れやかな気持ちさえ、一瞬と持たない。
 どうして、ここに。声が、背中に張り付いた。
 逃げるより先に、腕を掴まれる。
 あっという間に、手の中の花が、奪われた。
「なにそれ。キモ」
 どんっと胸を押され、数歩よろけて後ずさった。
「イッピキのくせに、花とか買ってんの?」

 ――イッピキ。

 その言葉だけが、頭の奥で跳ねた。
 何度も、何度も、同じ場所が叩かれ、私は息が詰まって咳きこんだ。
「誰にあげんの? あ、同類?」
「きもちわりー」
 甲高い笑い声が、重なる。
 花が、落とされる。
 白が、地面にぶつかる。
 次の瞬間、容赦なく踏まれた。

 ぐしゃ。

 音が、やけに大きく聞こえた。
 もう一度、踏まれる。

 ぐしゃ。

 ぐしゃ。

 花弁が裂けて、白が黒に変わっていく。
「ほら、拾えよ。イッピキ」
 手で地面に向けて引っ張られ、転んだところを、靴先で押し付けられる。

 花が、伸びる。

 形が、崩れる。

 ――ああ。

 視界の奥で、別の光景が重なった。

 道路に擦り付けられていた、あの鳩。

 何度も、何度も、踏まれて。

 もう何か分からなくなっていた、あれ。
 同じだ。
 まったく同じだ。
 私は、動かなかった。動けなかった。
 体が、もう自分のものじゃないみたいだった。
「つまんな。反応しろよ」
 小さく舌打ちの音がして、腕を離される。
 あー、汚れたわー、という笑い声が、遠ざかる。足音が消える。
 静かになる。
 でも、耳の奥ではまだ鳴っている。

 イッピキ。

 イッピキ。

 イッピキ。

 私は、ゆっくりと、踏み潰された花を、指で拾う。
 潰れて、湿って、もう原型もない。
 指に、じわりと冷たい感触が広がる。

 ――これでもう、お前は踏みにじられない。

 数日前の言葉が浮かぶ。

 違う。

 違う。

 踏みにじられてる。

 ずっと。

 ずっと、踏みにじられてる。

 鳩も。

 花も。

 私も。

 喉の奥が、熱くなった。

 でも、声は出なかった。出す場所が、なかった。
 私は、立ち上がった。花を握ったまま。
 潰れたそれが、指の中でさらに形を変える。
 向かう場所は、決まっている。
 考える必要もなかった。ただ足が、勝手に動いた。

 

 いつの間にか、鳩を埋めた場所からもっと奥深く、日頃は入り込まないような場所まで足を運んでいた。
 ところどころ崩れ落ちた建物は、幼い頃近くにあった神社の防空壕跡に似た空気を持っている。
 子供達が入り込まないよう、注連縄が張られた人一人がようやく入り込める程度のその穴は、「入るとトラがいて、入ってきた子供を食う」とか、「お化けの国に繋がっている」とかいう噂が流れて、誰も近寄らなかった。だが、私は入ってみたいと思っていた。ずっと。
 入ったら、もしかしたら、今とは全く違う世界が広がっているかもしれない。そんな夢想をしていたからだ。
 立ち尽くしていると、ポツン、と頬の端に小さく濡れた感触を感じた。
 雨だ。雨が降ってきた。濡れてしまうな、とぼんやり思った。 
 一度落ちてしまうと、雨足は速く、すぐさま無数の雨粒が地面を濡らし始めた。
 どこか雨を凌げる場所。
 宙に彷徨わせた視界に、建物に沿う非常階段が映る。いくらか進むと折れ曲がって更に上に向かう階段は、三階まで続いていた。
 それぞれの階ごとに一つ、簡素な明り窓がついた扉が閉まっている。
 しばらく逡巡してから、制服のブレザーを頭に被って扉へ向かった。
 しかし、一帯の建物の扉はどれもきっちりと鍵が閉まっており、私は落胆しながら、廃工場の更に奥まで入り込む事になった。
 生臭い、潮の匂いが時折鼻をつく。海に近い区域に行き着いたのだろう。
 そこは丸い円筒形の建造物が木々のように乱立する地帯だった。最奥だ。
 高台の上から工場を見下ろした記憶では、確かこの円筒形の建造物が守る先に、巨大な鉄骨の骨組を晒した建物があったように思う。
 記憶に、違いはなかった。
 建物は無機質な作りかけの模型要塞のような概観で、私はそれを見上げる小さなプラスチック製の人形だった。
 雨に濡れそぼる要塞は、既に錆びてザラザラになった皮膚をさらに侵食されていく。それを横目に、非常階段を上る。
 ボロボロと手に張り付く錆を水滴と一緒に落としながら、開いている扉を探す。たった一つ、私を受け入れてくれる隙間を。
 やがて、最上階まで上った所で、ひび割れた明り窓のついた扉を見出した。軽く表面を叩くと、破片が一部、工場側に落ちる。胸が躍った。
 手が傷つかないように慎重に破片を取り除き、中に手を差し入れて鍵を開けた。
 侵入を果たした時、時計は既に昼を越していた。扉を開け放つ。破片をよけて数歩足を進めて、ようやく座り込んだ。
 ここは、連絡通路だろうか。
 両側に申し訳程度の手すりがつき、鉄板を張っただけの赤い通路が伸びている。座り込んだ場所は踊り場の脇で、前後に上りと下りの階段があった。
 通路側面は、細いパイプが迷路のように組み合わさり、一種の壁を形作っていた。
 いつもの芋虫パイプとは違って、背を預けるには少々頼りない手すりだったが、構わなかった。
 少し、休もう。
 しっとりと濡れたブレザーを軽く払って膝に抱え、目を閉じた。
 静けさが満たす工場内の大気は、容易く私を現実の頚木から解放した。小さな雨音が、心地よくじんわりと響いている。
 今日は、疲れた。水面下の悪意に気付いた日からずっと、私は疲れている。きっと明日も、明後日も、その次の日も、ずっとずっと、私は疲れているだろう。
 だから、動きたくないのだ。何も思い出したくないし、何も考えたくない。それが許される間は。
 目が覚めたら、また工場の探索を始めよう……。
 私の意識は闇に落ちた。

 いつの間にか、辺りが暗くなっていた。
 まどろみに浮かんでいた私は、聞き覚えのある音に覚醒した。
 何か聞こえる。記憶の沼を刺激する、漣のような小さな音の集合体。
 昨日の昼間、私を取り囲んでいたものと同じような空気を含んでいる。悪意。
 少し前聞いた気がしたあの声達。幻聴だと思った、たくさんの人が集っているような声の重なりが、下のほうから上ってくる。今度こそ聞き間違いなんかじゃない。
 囁き声、笑い声。確かに、誰かがいる。いや、誰か達がいる。
 その声の主達を探して、辺りに目を這わせた私は更に信じ難いものを見つけた。
 それは、巨大な蜘蛛だった。
 生きてきた人生で、これほどに驚愕したことは他にない。絶対にない。
 蜘蛛は、どこにいるのか知れない群集達などより、よほど近い距離に存在した。
 色鮮やかなタイプではなく、薄茶と灰に近い茶色で構成された、等高線のような模様の入った毛の多い大蜘蛛。足も非常に太い。
 そいつが、パイプ迷路の向こう、同系統の赤錆びた鉄骨に取り付き、スルスルと上下に動いていた。時折止まっては、呼吸に合わせて尻を上げ下げする。
 この時点で、私の脳はほとんど使い物になっていなかった。だから、初めの衝撃から我に返ると、動いてはいけない、とまず思った。
 垣間見る口と体、伸びた足の大きさからみて、人間を捕食してもおかしくない。出来る限り静かに呼吸を繰り返して、私はまた思った。
 でも、動かなければここから出ることができない。では、どうすればいい?
 進むことも、退がることもできない。ざわめき合う声は続いている。
 その時、出し抜けに雷鳴のように切り込む遠慮のない機械音があたりに反響して、私は度を失って、硬直した。
 音と同時に、天井からたった一つ、闇を切り抜く一筋のライトが下に向かって照らされる。何が起こったのか分からなかった。
 どうやら私は、恐怖が瞬発力に結び付かない性質らしい。それが何度も私の命を救ったと思う。
 腰が砕け座り込んだままの私に、粗雑な造りの階段の向こう側は透けて見え、光の中、音をたてて降りていく資材を載せた鉄の板を捉えた。
 あの骨組みはエレベーターか。
 大蜘蛛は、迷うことなくそれを追った。私には気付かなかったようだ。歓声はいよいよ熱気を帯びて、広がる。
 知らぬ間に、もう一度背中をあってないような手すりに預ける。ボロボロと鉄錆が落ちて髪に絡んだが、それ所ではなかった。
 心臓のあるであろう場所を押さえて、動悸を抑えようと努力する。あまり長い間、ここにはいられない。大蜘蛛が戻ってきたら、今度こそどうなるかわからない。
 ……戻ってきたら?
 自分で考えた内容に、私は眉を顰めた。考えを組み立てる。
 さっきの無遠慮な音は、エレベーターの起動音。そして、明々と闇を照らすライト。電気系統は生きていたのだ。
 それで、どういうことだ。エレベーターが動いた。
 だったら、どうだ。このざわめき、この熱気。
 脳の回転はひどく緩慢だった。じっとりと濡れた制服の下で、冷たい汗が滑って行く。
 ――――呼んだ誰かがいる。下にだ。
 つまりなんだ。
 大蜘蛛が向かった先に、人がいるんだ!
 今度こそ、瞬発力が勝った。考えるよりも先に、ただ階段を走り下りる。
 階数にして二階分を降りた踊り場で、激しい悲鳴を聞いた。
 同時に上がる歓声、いや――――咆哮と呼ぶに相応しい声の重なり。
 幾段かを滑り落ちそうになりながら、かろうじて手すりを捕まえて勢いを殺し、鉄の骨の間から目を眇めて下を覗き見る。
 暗がりの中、スポットライトのような眩い光を浴びて浮き出しにされた一点。
 それは、捕食の瞬間だった。
 間に合わなかった、と思った。間に合った処で、餌の先着順が変わるだけのことだったのかもしれないが、とにかくそう思った。
 癖のある、茶色く、長い髪が扇のように蜘蛛の下に広がっていた。獲物は女性のようだ。一人だった。
 大蜘蛛は、もはや逃げることもかなわない様子のその体に八本の足を貪欲に絡み付け、牛の角ほどある牙を突き立てているようだった。
 捕食に興奮してか、尻が急がしく上がり下がりする。僅か、血飛沫があがったのが見えた。
 悲鳴はもうない。絶命したのだろうか。もう見ている意味はないというのに、動くことができなかった。
 大蜘蛛は、一しきり獲物の血を吸い上げた後、やがて興味を失ったように女性の上からどいた。女性はピクリともせず、控えめな大の字を地面に描いていた。
 視界から大蜘蛛が消える。途端、まずいと思った。
 今度は私の番かもしれない。笑う足を何とか動かした。ザリザリと鉄板を擦って靴底を減らしながら、片足を体の近くまで引き寄せる。そして女性のピクリとも動かない体から目を離そうとした。瞬間、視界の片隅で何かが動いた。
 向き直る。もう一度、下を見た。目を凝らす。見えた。
 女性の背から、何かが抜け出ようとしている。
 何度か目を瞬いて、見直す。やはり、動いている。白く、細いものが、少しずつ。ちょうど、彼女の首の後ろあたりからズルズルと、這い出てきている所だった。
 その白く、細長いものは、辺りを探る蛇のように少しずつ、少しずつ体を、女性の体の外に出して、身をくねらせる。思い出したように、血が辺りにパッと散った。
 生まれた。そんな表現がぴったりだった。
 一通り体をすべて抜き終わると、それは一度身震いをして、勢いよく羽根のような細い骨をいくつも横に広げた。全体が外気に晒されて初めて、その正体がアバラ骨だと知った
 それは、人のアバラ骨が命をもった瞬間だった。さながら、古代を飛んだ始祖鳥のような優雅さで。
 あばら骨は広げた横骨でグネグネと羽ばたき、上へと向かおうとする。
 あ。どこかへ飛んでいく。
 それは屍を離れて、しばらく宙を漂った後、くねりながら飛び去っていった。それと共に、ライトも落ち、辺りにまた暗闇が戻ってきた。
 心臓は、まだ激しく鼓動を刻んでいる。なのに、どうしてだろう。
 立ち上がって、ザラザラとした鉄の手すりに手をついて、アバラ骨の鳥が飛び去った先を見る。
 私は、あの異形を綺麗だと思った。
 人間という、狭い入れ物から解放され、自由を手に入れた骨の鳥。
 逃げなければ、と頭の隅で思っていながら、魅入られたように動けない。
 しばらくそうして佇んでいると、鋭い声が私を射抜いた。
 振り向く。ああ、今日は本当にどうかしている。やはりここは、入り込んではならない場所だったんだ。

「人影があると思ったら困った人だ。隠れて。しゃがみなさい。まだ生きていたいのなら」
 足早に近づきながら、鳩の紳士が、言った。慌ててしゃがみこんだ私を見ている。私も彼を見返した。
 頭部は、隙間なく灰の羽毛に包まれている。作り物だとは思わなかった。そんな眼ではない。確かに意思を持って動く、これが作り物であるものか。
 それが歩いてくる。目の前で止まった。着崩した趣味のいい背広を着ているのが、いっそちぐはぐで、おかしかった。
 この、背広。私は、首を傾げた。
「なぜこんな所に貴方がいるんです。まさか、同胞が入っているわけでもないのでしょう」
 鳩紳士の言っていることはよくわからなかった。だが、言葉の通じる相手に弁解しなければ、とも思った。
「あの、廃工場だと思っていて。よく、この外に来ていたから」
「外は構わない。あそこはまだ、かろうじて貴方方の世界だから」
 鳩は右の羽を振り、思案するように左の手で顎にあたるだろう部分を撫でた。
 露出した左手は、完全に人間の手だった。
 その手を注視する私に気づき、鳩は低く喉を鳴らす。
「どうです。こちらの手はもう、人間に限りなく近いんですよ。もうまもなく、こちらの手も馴染むでしょうが。やはり人化には時間がかかります」
 そう言いながら、羽を軽く羽ばたかせて見せた。さらに不可解な顔をした私に、鳩は同情したような深い息を漏らす。
「どうやら、迷い込んだだけのようだ。まぁ、良かった。貴方が次のショーに出るのだとしたら、ほんの少し残念なことだったから」
 ブツブツと自分だけで納得したように呟き、鳩はゆっくりとした口調で言った。
「その節は、僕を土に還してくださってありがとう。車に轢かれて、潰れていた鳩を葬ったことを、覚えていらっしゃいますか?」
 僕はあの時の鳩です、と鳩紳士は言った。
 私は頷いた。
「あまり時間をかけていられないんですよ。見たでしょう、貴方も。先ほどのショーを」
「ショー、って」
「人間の処刑ショー。見世物、ですよ。娯楽と呼んでも構いませんが。人間たちが行うただの殺しよりは意味のあるショーです」
 私の脳裏に、先ほどの形容しがたい映像が鮮烈に再現された。
 舞い散る長い髪。覆いかぶさる茶褐色の塊。大気を震わせて産声を上げた、白いアバラ骨の鳥。
 そして、悲鳴が上がった直後に立ち上った、歓声のような音を。
 誰か達が、どこかで、あの光景を共有していたのだ。あの、美しくも恐ろしい狂気の誕生を。
「あの……蜘蛛……」
「そう、あいつはなかなか便利な奴なんですよ。貴方方人間には天敵と言えるでしょうが」
 天敵、という言葉を鳩はひどく嬉しそうに語った。その口調に、背筋が冷える。
 車に轢かれた死体を見る度、感じていた。誰にも説明できない、水滴のような不安。それは、やがて波紋となって広がっていく。
 報復はないのか?
 知恵を持っているというだけで認められるのか、という生殺与奪の暴虐。
 滴り落ちては、崩れて心の奥底に潜む。
 虚像であった不安はいま、実像を結んでその黒く重たい腕を広げて私を抱きとめる。
 小刻みに震える私を、哀れむように見て、鳩はいいですか、落ち着いてと言った。
「ここは、貴方方の世界とは勝手が違う。人間が握ることができる主導権など、今のところ存在しません。ああいった天敵が存在する上、ここには人間を心底憎む同志たちがひしめいている。会合が開かれているんですよ」
「会合?」
「ええ。僕のように理由なく殺されたものや、酷い目に合わされたもの、遊び半分に体の一部を奪われたもの、今なお虐げられ続けるもの。さまざまなものが集まって話し合いをしています。ショーはそれら全員を慰撫する余興といえるでしょう」
 鳩は、はっきりと余興だといった。
 では。
「あなた達は……、あれが、楽しい?」
「間違いではありませんね」
 詰まった問いを押し流すような明快な答え。言葉を小さく区切って、小さい子供に言い聞かせるように鳩は話す。
「ここに集まり、あれを楽しむものたちは、貴方方の世界での、弱者です。お分かりですか?」
 私は黙ったまま、ただ頷いた。
「僕達は、弱者です。だから、貪られ、追われ、虐げられても仕方のない存在です。人間という天敵に対して、それを防ぐ術を持たない。だから人間は、僕達を食べてもよい」
 鳩は微かに笑ったようだった。
「例え食べるのでなくとも、人は僕達を殺してよいはずです。倫理的問題は残るのでしょうが、人を殺した時ほど罰せられない。いたずらで殺そうが、純粋な事故で轢き殺そうが。死んでしまった僕達に、人は詫びなくてもいい。生きる権利も、死に方も、貴方方に預けるしかない存在だから」
 自然の摂理です、まったくもって。そういう世界でした、ずっとずっと、人が生まれてからというもの。弱いから貪られる。追われる。虐げられる。理解できます。人間には知恵がある、感情があるからです。
「でも、だからこそ。僕たちが人間と同じに知恵を持ち、感情を持ち、考えることができるような存在にまで昇華すれば。……僕達も、人間を同じように扱って良い権利がある、と理解していただけますか」
 理解できない訳がない。いつか、そんなことを言い出す何かが出てくるのではないか、とどこかで妄想していた瞬間があった。それが今目の前で喋っただけだ。
 何を言えばいいのかわからず、浮かびあがる疑問をそのまま投げつけた。
「あの女の人、誰なの?」
「知りません。ショーのゲストは会合参加者に関連している人間ということしか。僕が知っているゲストが出る機会があるとすれば、それは僕を轢き殺した人間だけでしょうね」
「恨んで、いる?」
「それなりに。ですが、死んですぐほどではありませんよ。人化が叶いそうですから。僕は運が良かったのでしょう」
「人化って何?」
「先ほど首筋から出てきた始祖を見たでしょう」
「始祖? アバラ骨の鳥みたいな物のこと?」
「そう。あの蜘蛛の牙は、実に面白い作用を人間にもたらすんですよ」
「血を、吸っているように見えた」
「ええ、捕食しています。それと同時に特殊な液体を体内に送り込むのです。その液体が生命を溶かしてしまう。臓物も、体液も、すべてその液体と混ざり合って生命ある水となり、アバラ骨がその水に浸されて始祖となる。残されるのは、皮と僅かな骨だけ。その皮を、僕達がいただくのです」
「皮? 人間の皮っていうこと?」
「ええ。僕達はそれを被れるように加工します。適合すれば、やがて人に似たものになることが叶うのです」
「人に、似たもの……」
 鳩紳士は、左手を示す。似たものというより、そのものだ。人間の手だといわれて、どこもおかしいところはない。
「あなたが、人間になるの?」
「問題が起こらなければ、このまま人化が進むでしょう。現在の加工では、どうも恨みや憎しみの念が強い同胞にはあまり向かないようで、感情の薄い者ほど成功するようです」
「……成功しなければ?」
「皮が剥がれなくなります。同胞であった事を忘れて、人間そのものになってしまうのですよ。だが、知恵がない、記憶がない、感情がない。生ける屍とさして変わらないので、使い物にならない。僕達にとって、一番恐ろしい事です」
「そんな思いをして、どうして人の皮を被るの。人になりたいのではないでしょう」
 鳩紳士が、初めて黙った。鳥の目をキョロリと動かし、私をじっと見つめる。
 やがて、言った。
「うんざりしているから、でしょうね」
「人間に?」
「人間が蔓延る世界に」
 貴方をこうして見逃しているのも、運の問題です、と鳩は言った。
「僕は、偶然にも貴方に恩義がある。ですが、一度のことですから、一度しか見逃す気がありません。貴方は、今すぐ逃げるべきなんですよ。そして、もう二度とここには近づかないことです。何も見なかったと思って」
 貴方がどこから来ているか知っています、と鳩紳士は言った。
「貴方が迷い込んだ道は、訳あって今まで塞がないでいたのですが、やはり塞ぐよう進言しましょう。貴方のような状態で迷い込んでこられても、これからは障りになるでしょうから」
「そんな……やめて!」
 私は目を見開いて、懇願した。反射的に悲鳴のような声になって、自分でも驚いた。
 鳩も驚いたようだった。
「貴方は、先程のようなものを見ていて、それでも続けてここに来たいのですか?」
 そんな訳ではない。あれは、本当に恐ろしい。だけど。
「……前庭だけなら。あそこなら、駄目? 私、どうしても」

『あんた一匹の為に、どんだけ盛り下がったと思ってんの』
『イッピキが花とか買ってんの?』
『あんたイッピキ』
『いっぴき』

 ――シンダライイノニ。
 一匹、いっぴき、イッピキ。死んだらいいのに。どうしても忘れられない。どうしても繰り返される。
 私の中で喚く、あんたは誰。あんたは何様。何の権利があって。
 なんで、私が。
 勝手に涙が溢れて、また私は悔しさに歯をかみ合わせた。痛い程に。
「……死んだらいいのに、って言われた。まるで人間じゃないみたいに。あの人たちと違う、同じじゃないみたいに。そりゃあ、同じようにできないけど。私は変わり者で、それは構わないけど。それがどうして、ああなるの」
 対等さなどどこにもない。
 私があの人達にとって目障りなのは変わらない。
 私が違う人間にならない限り。あの人達がクラスにいる限り。
 鳩は、嗚咽を漏らす私を興味深そうに眺めていた。そして、泣き声が小さくなった頃、ポツリと言う。
「お役に、立てるかもしれません」
 私は鼻を啜った。
「どういうこと」
「僕達は、その人達をゲストに選んでもいい、ということです。僕達が排除しようとしている人間と同じ性質を持っていれば、貴方とは利害が一致することになる」
 この鳩は、何を言っているのだ?
 私はよく考えた。彼の言う意味を。言葉にしようとすると、震えた。
「……さっきのように、処刑するということ」
「そうです。皮は我々の誰かが頂くので、うまくいけば貴方の周りにいる貴方を害するもの達は、すべて我々の同志に成り代わるでしょう。うまくいかなかったとしても、その人間自体が消えるわけではありません」
 喋らない私。鳩は続けた。
「僕達の意志を理解した上で、従ってくださるのなら、貴方は僕達の同志として認められるでしょう。虐げられる苦しみを知っている貴方ならば」
 貴方は、あれを見てもここに来たい、と言ったのだから。
「さぁ、皆に紹介しましょう」
 鳩の左手に促され、私は手すりに手を付く。
 ああ、どうして気付かなかったのだろう。
 暗闇などではなかった。
 階下いっぱいに埋め尽くされている無数の青白い、或いは黄色い、丸い光。
 あれは眼だ。残虐なショーを心から楽しんでいた、多くの動物達の。その美しい眼球の群れが今、私を見ていた。
 鳩が笑う。はっきりと笑顔だとわかった。彼の人化は、ほどなく完成するのかもしれない。
 きっと彼は理解したのだ。私が、あれを見て本当はどう感じたか。
 私は、笑わなかった。ただ、頷いた。
 程なく、二度目の咆哮が上がった。

 秋の空は、とても高く見える。私は学校に向かっていた。
 この頃、私の机にゴミを詰め込む人が増えてきた。鞄をかけっ放しで席を空けると、鞄に入っていることも多い。よく教科書がグシャグシャにされているし、物がなくなっている事もある。
 だけど、もう何も憂うことはない気がしていた。私の未来は明るい。私のこの苦痛は、ないものと同じ。選択権があるのは、私。
 決断を急ぐ必要はない。時間はたっぷりと用意されているのだから。
 まるで堪えた様子もなく教室に入ってきた私を、何人かがうっとおしそうに見た。
 殆どのクラスメートは無関係な距離を保っている。
 そして、東が私を見る。彼女だけは、目が合った途端、瞳にどこか怯えたような色を宿し、顔を背けた。
 程なく教室にチャイムが鳴り響き、教師がやってきて朝礼が始まる。私は何食わぬ顔で席に着く。
 入ってきたのは、担任ではなく、副担任だった。
 彼はまだ若く、この女子高ではちょっとした注目の的となっている。着崩した背広も、趣味がいいと。
 副担任は、担任が体調不良で遅れることを告げると、出席簿を開いた。
「席について。出席を取ります」
 楽しい気分になって、私は笑った。
 アバラの始祖鳥がどこへ飛んでいくのか、知らない。だが、その飛び去る先にはきっといまとは違う、新しい世界が構築され始めている。だから今日も、人の皮を被った復讐者で埋め尽くされた王国で、弱者を貪り続けた人間が新たな命を受ける様を見よう。
 今は、それが心地よいのだ。

一瞬の終わりなどに意味はない。
 苦しみを知ってもらわなければ。
 いつ終わるとも知れない、いっそ死にたい。
 そんな風に悲しんでもらわなければ。
 
 死ぬのはそれからでも遅くない。

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