『Talk about some things.』 #掌編小説
2025字
呼び鈴が押されて母親はドアを開け、訪れたワンピース姿の小鞠をそのまま、訝しげな視線を隠しもせず投げつける父親の前を歩かせてリビングに通した。小鞠は会釈をする。
「かあさん、オレンジジュースあったかな、お出ししないとな」と父親は母親と話した。お父さんそんなのわたしがやるわよ。母親の返事だった。
「あ、どうぞどうぞ、小鞠ちゃん、椅子、座っててくださいね。いま息子呼んでくるから」
リビングのカーテンは引き裂かれたままで吊るされている。割れた皿や砕かれたマグカップなどがおおきなダンボールに詰められている。
父親は破れてワタの出たソファに座った。スラックスのポケットから「失礼」といいながらタバコを出し、喫うと、灰はエナジードリンクの空き缶に落とした。
母親が階段を降りてくる。曖昧な笑顔で「ノックして伝えたので、来ていることはわかっているっておもうんですけれどね」と換気扇をつけながら小鞠に言った。
「そうですね」と小鞠は答えた。
母親が小鞠の正面の椅子に座る。
「もういちど呼んできましょうか」
「いえ、待ちます」
小鞠は答えた。
二階のドアが開き、ひとが降りてくる。母親はすばやく立ちあがって父親の傍に寄った。
10代前半くらいの男の子が、階段の途中で小鞠を見た。濃いグレーのトレーナーの上下、髪は散髪に何年も行っていないように伸び放題で、無精髭もまばらに生えている。
小鞠は立ちあがり、彼に向かって会釈をした。彼は小鞠の正面の椅子に座った。
小鞠も座った。その瞬間に小鞠と彼をはさむテーブルの小鞠側の脚が一本、大きな音とともに亀裂が入ったと同時に弾け、テーブルが傾いだ。母親が叫び父親の顔が引きつった。
彼は折れたテーブルの脚をしげしげと眺める小鞠にダルそうに言う。
「まだやる?」
小鞠は首を振った。
「ねえ、生き物にそのちからを使ったことはある? 無いのね」
彼は返事をしていない。
「やさしいんだね。あなたの名前、教えてもらえないかな」
「読めるんだろ。親から聞いたよ。なら答える必要ないじゃん」
「あなたから教えてほしい。教えてもらえませんか」
「勝手に読めよ」
「あの、思ったことを盗み読みしたのは悪かったわ。私をわかってもらえる最短の方法だと思ったから。でも不躾だった。謝ります。ごめんなさい。話をさせて。あなたに教えてほしいの」
彼は席を立った。震える母親の脇をとおって、冷蔵庫からエナジードリンクを取り出しふたたび椅子に座った。プルタブを開けて、彼はひとくち飲む。
「おねえさんのことを教えてよ」
小鞠は頷いた。
「鈴木小鞠といいます。自宅でテレワークでデザインの仕事をしてて、あとは主婦をしています。他人のこころがわかることに気付いたのは小学校にあがる前で、それから『探しものが得意なひと』に見つけてもらって、自助グループに入って学んで、なんとかいままで生きてきました」
彼は笑った。
「なんとか生きてって、あんた人生楽勝じゃん、なんでも読めるんだろ」
小鞠は首を傾げる。
「勝手に流れこんで来るの。私の意思は関係無しに、目の前に人間の考えが私の頭のなかに。だから最初はひとに会うのが嫌だった」
もう一口飲んだ。
「会ってんね」
小鞠は膝の上の手を握った。
「私は強くなったから。みんなのおかげで。そしてあなたを誘いにきたの。こんど、私たちと話しに来ない?」
彼は首をかしげた。
「なんなの? それ」
「え、あ、うーん……変わった能力を持つひと同士で悩みとか、うれしかったこととか、いろいろ話す会、かな。お菓子とかみんな持ってくるのよ」
彼は苦笑した。
「あのさ、ほんとそれ、なんの集まり?」
「変わっているってことは悪いことじゃない。でも悪用したら暴力になる。この集まりはそうならないように、お互いを留め置くための繋り。警察や研究機関は関係していないわ」
小鞠はそのままで彼に話しかけつづける。
「たとえば、あなたはそのうちサラダチキンを裂くより簡単に私の身体をバラバラにできるようになれる。集まりにかつて居たひとで、そんなことをした人を私も知ってる。でも私たちは探さないし話すことも無い。そのひとがどうなったかを。それが私たちの『線引き』。私はあなたにそうなってほしくない。だから、まず私たちと話すことを選んでほしい。ところで、」
「え」
小鞠は指をさした。
「そのジュース……おいしいの? 私も飲みたい、そういうの飲んだことなくて」
彼はもう一本取り出して、小鞠に渡した。プルタブを開ける。
小鞠は眉をヘの字にして言う。
「えぇ……ぅ、うーん、どう表現したら……お菓子もジュースも大好きなんだけど、ごめんね」
それで
「へ?」彼は気の抜けた声をあげた。
「選んでほしい。いま」
彼はうつむき、両手で顔を覆った。呟く。
「俺の名前、池田謙互」
「よろしくね。でも私、結婚してて。あ……っ!」
小鞠は頭を抱え、言った。
「うっかり、ごめんなさい」
彼も、しばらくうつむいたままだった。
(了)
お読みいただき
ありがとうございました
この作品は下記の企画に
参加させていただいたものです
すこしオーバーしてましたごめんなさい
初稿掲出日 令和7年8月6日
付記:この作者は2000字で書けというお題でどこから書きはじめたのか。
一年ぶりに書きはじめたばかりなので、2000字で、といわれて、とりあえず設定出しのメモをA4方眼紙で四枚くらい喫茶店で書いてました。四時間くらい。で、『古見さんはコミュ症です』と『その着せ替え人形は恋をする』にどハマりしている昨今、ラブコメ書きたいよーラブコメ書きたいよーとブツブツ言いながらどんどんラブコメから乖離していくプロット案を眺めながら、あゝ、ブラッドハーレーの馬車を描いちゃった先生をあんまりどーこー言えないなあと(単行本持ってます)。
それで本日仕事終えて帰宅したら〆切告知がされていたので大急ぎで書いたらなんかあっけなく2時間で書けました。いつも4000〜6000字を設定出しとかそういうメモ無しで頭のなかの空想と感覚だけでウンウン唸って8時間とかかけてたので、今回すごいラクだった……。事前準備って大事なんだなあ。
いままでほとんどシロクマ文芸部さんに参加させてもらっていて、お題はあらかじめ決め打ちされているものだったので、今回はそこから離れて本当にひさしぶりに自由に書かせていただくことができました。なんか不思議な気分です。
しょうじき、やっぱり今回も変な位置にすわっちゃったような作品になってしまいましたが、次こそは本格胸キュンラブコメを書きたいです。
このたびはこのような機会に巡りあえてありがたかったです。ヱリさんに呼びこんでいただけたのでラッキーでした。豆島さま、とつぜんの参加をお赦しいただけていたら幸いです。
ありがとうございました。
