「人のことは気づけるのに、自分のことは後回しだった。」
「人のことは気づけるのに、自分のことは後回しだった。」
そんなことに、ふと気づく瞬間があります。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。今日もここに置いていきます。
外には敏感なのに、自分には鈍くなる
私は、人の空気に気づくほうです。
返事がいつもより短い。
少し疲れていそう。
言葉は普通なのに、どこか引っかかる。
そういう小さな違いを、つい拾ってしまう。
ここを読んでくださっている方の中にも、似たタイプの人がいる気がします。
場の温度に気づく。
相手の変化を拾う。
「今はこれを言わない方がよさそう」と察する。
そのセンサー自体は、悪いものじゃないと思うんです。
むしろ丁寧さだし、優しさでもある。
でも最近、ひとつ思いました。
そのセンサー、外にばかり向いていないだろうか、と。
自分のサインは、なぜか後回しになる
人の違和感にはすぐ気づくのに、
自分の違和感は後回しにしやすい。
ちょっと無理してる。
本当は気が進んでいない。
今の言い方、少し嫌だった。
もう、けっこう疲れてる。
そういうサインを拾わないまま、
先に相手の都合や空気に合わせてしまうことがある。
会議の空気や、チャットの文面の温度には気づけるのに、
自分がそのやりとりで削れていることには気づかない。
これ、私にはあります。
外には高性能なのに、
自分にはその性能を使っていない感じ。
でもそれって、
自分を大事にしたくないわけじゃなくて。
たぶん、
自分に向けてセンサーを使う習慣がなかっただけなんだと思います。
その観察力、自分にも使っていい
誰かの表情が曇ったときに気づけるなら、
自分の呼吸が浅いことにも気づいていい。
返事のトーンの違和感を拾えるなら、
「今の頼まれ方、ちょっと嫌だったな」にも気づいていい。
相手の熱量差に敏感なら、
自分の「今日は無理かもしれない」にも、ちゃんと気づいていい。
外に向けていた観察力を、
少しだけ自分にも向ける。
それだけで、しんどさが大きくなる前に止まりやすくなる気がします。
ここで大事なのは、
立派に分析することじゃないんです。
疲れてるな。
今ちょっと引っかかったな。
本当は気が進んでないな。
その程度でいい。
すぐに答えを出さなくていいし、
きれいに説明できなくてもいい。
まずは、
「私は今どうなんだろう」
を見てあげる。
人に向けていた丁寧さを、
自分にも返していく感じです。
自分の反応を、雑に扱わない
敏感な人ほど、
外を見る力はもう十分あるんだと思います。
だからこそ、意識していないと、
自分のことがあと回しになる。
人に合わせる。
場を乱さないようにする。
先回りして整える。
それが自然にできる人ほど、
自分の違和感を「あとでいいこと」にしやすい。
でも本当は、
外に気づける人だからこそ、
自分のサインにも気づいていいはずです。
「気にしすぎかな」じゃなくて、
「私はここに引っかかったんだな」。
「こんなことで疲れるなんて」じゃなくて、
「私はここで疲れるんだな」。
そうやって、
自分の反応を自分で雑に扱わないこと。
それが、自分を大事にするってことの、
かなり実用的な形なのかもしれません。
人のことは気づけるのに、
自分のことは後回し。
もしそんなところがあるなら、
今日からは、自分のサインも見落とさない人でいたい。
私は、そう思っています。
よければ一言だけ。いまのあなたにいちばん近かった一文、どれでしたか。(読むだけでももちろん大丈夫です)
*
違和感の正体をもう少し言葉にしたくなったら、こちらもどうぞ。
「この違和感、どこから?」前提が見えると、俯瞰できる話
“気づいたあと、どう戻るか”を実用に寄せて読みたくなったら、こちらも。
「反応が同じなら、人生は同じ場所に戻る。」——俯瞰を1秒入れる話
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