「役に立たないといけない」と思い込んで、自分を削ってきた人へ
「傷ついた事実は消えない」
これは綺麗事じゃなく、本当にそう思う。
でも最近、もうひとつだけ思うようになった。
そこで終わらずに今日まで来た。――それがもう、私の強さだった。
※これは「前向きになろう」という話じゃありません。
一般論の正しさを語る話ではなく、私の内側で起きていた“解釈”の話です。
もし今は受け容れられないなら、そのままで大丈夫。
今日は“そんな見方もある”くらいで置いてください。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。…今日もここに置いていきます。
役に立たないといけない、が発動する
役に立ちたい、じゃなくて、役に立たないといけない。
この“義務”の形になると、日常が少しずつ苦しくなる。
「何もしてないのに、休んでいいのかな」
「私が動けば早いし…」
頼まれてもいないのに先回りしてしまったり、
休むことに罪悪感が出たり、
誰かの困りごとを見ると自分の仕事みたいに感じたり。
そして何より、役に立てた日は自分にOKが出るのに、役に立てなかった日は理由もなく焦る。
たぶん私は、価値を「結果」で測って安心したかった。
でもその測り方は、気づかないうちに自分の体力も気持ちも削っていく。
私は「無価値」って言葉には、正直そこまでピンと来ていない。
でも「役に立たないといけない」という思いは、たしかに持っている。
役に立てた日は安心する。
役に立てなかった日は、気持ちが落ち着かない。
ここで気づいたのは、私の中の価値が、いつの間にか“条件つき”になっていたこと。
役に立てたらOK
役に立てなかったらダメ
この条件がある限り、出来事が何であれ、私は自分を採点し続ける。
傷ついた出来事は、条件を壊してくる
問題は、人生って「役に立った・立たなかった」だけで測れないこと。
むしろ、測れない出来事のほうが、強く心に残る。
そのとき、条件つきの価値観は、簡単に崩れる。
「こんな状態の私は、役に立てない」
「役に立てない私は、ここにいていいのか」
なんとも言えない、いたたまれない気持ち。
この流れは、すごく自然だと思う。
だって、条件が唯一の支えになっていたから。
回収する言葉は、評価じゃなく“事実”
だから私は、別の回収の仕方が必要だった。
褒め言葉で上書きするとか、
ポジティブで押し切るとか、
解釈を変える、
とかじゃなくて。
ただ、事実を拾う。
傷ついた事実は消えない。
でも、そこで終わらずに今日まで来た。――それがもう、私の強さだった。
役に立てたかどうかより先に、
“ここまで来た”という事実のほうが、ずっと太い。
そう思う。
「事実を拾う」と言うと、すぐに気持ちが切り替わるみたいに聞こえるけれど、そんなに簡単じゃない。
受け容れられない日があるのも自然だと思う。
事実を拾うのが痛い日もあるし、拾った瞬間に崩れそうになる日もある。
だから今日は、受け容れる練習というより、「いま自分を採点して削ってるな」と気づくための話にします。
条件つきの採点に気づく「3行」
もしあなたにも「役に立たないといけない」が出る日があるなら、これだけ。
①事実(起きたこと)
②解釈(自分の中の採点)
③回収(今日まで来た)
例:
①今日はうまく動けなかった
②役に立てない私はダメだと思った
③でも、ここで止まらず今日まで来た
これ、正解探しじゃなくて、自分を条件つきで扱う癖に気づくための3行。
役に立てない日があっても、私は消えない。
傷ついた事実があっても、私は終わっていない。
今日まで来た。
その事実が、私を支えてくれる。
もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。/また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。
よかったら、地続きの2本も置いておきます。
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