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傷ついたのは本当。でも、あの言葉まで本当とは限らない。

強い言葉を向けられると、その内容より先に、こちらの心が縮こまることがあります。

言われたことを頭の中で反芻して、
「私が悪かったのかな」
「そんなふうに言われるってことは、やっぱり私に問題があるのかな」
と、必要以上に引き受けてしまう。

でも最近、少し違う見方ができるかもしれない、と思うようになりました。

相手が感情的になっているとき、その言葉は“事実”というより、“今この人はかなり荒れている”というサインなのかもしれない。
今日はそんなことを書いてみます。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。今日もここに置いていきます。

強い言葉は、内容より先に「状態」を伝えていることがある

今朝、テレビで昭和の時代の映像を見ていました。

怒鳴る。叱る。感情をそのままぶつける。
今より、そういう場面がずっと普通にあった時代だったなと思いました。

もちろん今も、感情的に強い言葉をぶつける人はいます。
でも昔は、もっとそのままだった気がします。

それを見ながら思ったんです。

強い言葉って、相手について正確に説明しているというより、言っている本人の“激しさ”を表していることがあるよな、と。

本当は、
悔しいのかもしれない。
余裕がないのかもしれない。
思い通りにならなくて腹が立っているのかもしれない。
うまく言葉にできないくらい、感情があふれているのかもしれない。

でも、それを細かく言い表せないとき、人は乱暴な言葉を使ってしまうことがある。

だから、感情的な人の言葉には、
「私は今、かなり荒れています」
「私は今、冷静ではいられません」
という情報が、内容以上に乗っていることがあるのだと思います。

子どもの頃は、その切り分けができなかった

大人になった今なら、
「あ、この人、感情が大きくなってるな」
と少し距離を取って見られることがあります。

でも、子どもの頃は難しい。

大人から強い言葉を向けられたら、それは“本当のこと”のように聞こえてしまう。
相手の感情の激しさと、言葉の内容を分けて受け取るなんて、なかなかできません。

だから私は、昔向けられた強い言葉を、そのまま自分の説明書みたいに受け取っていたところがあったと思います。

自分が悪いんだ。
私には何か足りないんだ。
そういう扱いをされる側なんだ、と。

でも今振り返ると、あれは私の価値を正確に言い当てた言葉ではなくて、ただ相手の感情が爆発していた場面も多かったのかもしれません。

未熟だったのは、私ではなく、その人の感情の扱い方のほうだったのかもしれない。
そう思えるようになると、昔の言葉の重さが少し変わります。

今でもこの見方は使える

そしてこれは、昔のことだけじゃないと思っています。

今でも、感情的になっている人の言葉は、その人の状態を強く映しています。

強い口調で言われると、それだけで“正しい指摘”みたいに聞こえてしまうことがある。
でも実際には、内容そのものより先に、相手の苛立ちや焦りや混乱が前面に出ていることも少なくありません。

つまり、相手が感情的になっていることは、わかる。伝わる。
でも、だからといって、その言葉を全部こちらが採用しなくていい。

相手が荒れていることと、相手の言葉が正しいことは、同じではないからです。

ここを分けて持てるようになると、必要以上に飲み込まなくて済む場面が増えます。

傷ついたのは本当。でも、その言葉まで本当とは限らない

この話を書くとき、混ぜたくないことがあります。

それは、「真に受けなくていい」と「傷つかなかったことにする」は違う、ということです。

強い言葉を向けられて、傷ついた。
怖かった。
体が固まった。
あとから何度も思い出してしまう。

それは、ちゃんと本当です。

でも、その痛みが本当だったからといって、投げつけられた言葉の内容まで本当とは限らない。

ここを分けて考えられるようになると、少し呼吸がしやすくなります。

あれは相手の感情だったのかもしれない。
私は、その熱まで全部引き受けなくてよかったのかもしれない。

そんなふうに思えたとき、昔の言葉も、今ここで向けられた言葉も、少しだけ距離を取り直せる気がします。

言葉の強さに圧倒される日ほど、
「この人はいま感情的なんだな」
と一度見てみる。

それだけでも、心の中に小さな避難場所ができることがあるのだと思います。

よければ一言だけ。いまのあなたにいちばん近かった一文、どれでしたか。(読むだけでももちろん大丈夫です)

▼合わせて読みたい

強い言葉を向けられると、内容そのものより先に「責められた」と受け取ってしまうことがあります。そんな受け取り方の土台にあるものを書いた記事です。
「また私が悪いの?」それ、怒りじゃなくて——

怒りや強い感情を、ただ悪いものとして切り捨てないために。感情の奥にあるものを見る、という意味で今回の記事とつながる1本です。
「怒ってはいけない」がデフォルトの人へ。怒りはサインだった。

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