宣誓書の文例に地域差があるのはなぜか
訴訟における宣誓にあたっては,各裁判所に備え付けてある宣誓書の書式が利用されています。面白いことに,文例に若干の地域差があることが知られています。
しかし。文例が違うことは知られてはいるのですが,なぜそのようなことになっているのかまではほとんど言及されてこなかったように思います。
そこで,例によって仕事を放り出して調べてみました。
宣誓書の歴史の振り返り
宣誓書の歴史は別稿でもやっていますが,ここでも簡単に振り返ります。
我が国の裁判所が,証人尋問に際して宣誓するという制度を採用したのは,「治罪法(明治13年太政官布告第37号)」によってです。この治罪法が施行された明治15(1880)年から宣誓書の歴史も始まったわけです。
条文は以下のとおりでした。
治罪法180条前段
予審判事は証人をして愛憎畏懼の心なく正実に陳述を為す可きことを宣誓せしむ可し
註:主体が予審判事となっているが,同287条で通常の公判における証人尋問の場合にも準用されている。
この頃に用いられていた宣誓書は,書式が司法省の通達で定められていました。

よく見ると,法文にない「総テ」(すべて)という文言が付け加えられています。これは,治罪法の元ネタになった「フランス治罪法」に由来するものであることは別稿で述べたとおりです。宣誓制度が導入された当初から法文に必ずしも忠実でない宣誓書が用いられていたのは,現在の状況を鑑みると皮肉なものです。
次いで,1890年に制定された,旧々民事訴訟法(明治23年法律第29号)及び刑事訴訟法(明治23年法律第96号)で,宣誓の内容が現在の法文と同趣旨となりました。
民事訴訟法(明治23年法律第29号)
第三百七條 證人ハ訊問前ニ宣誓ヲ爲ス可キ場合ニ於テハ良心ニ從ヒ眞實ヲ述ヘ何事ヲモ默祕セス又何事ヲモ附加セサル旨ノ誓ヲ宣フ可シ
(以下略)
https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/123a0029
刑事訴訟法(明治23年法律第96号)
第百二十二條 豫審判事ハ證人ヲシテ良心ニ從ヒ眞實ヲ述ヘ何事ヲモ默祕セス又何事ヲモ附加セサル旨ヲ宣誓セシム可シ
(以下略。なお,現在には残っていない「予審」の規定であるが,190条で通常の公判の場合にも準用されている。)
https://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/lawdb/l/123a0096
この頃に刊行されていた訴訟記録集を見る限り,この時代の宣誓書は法文に忠実な書式が用いられていたようです。


https://dl.ndl.go.jp/pid/1175292/1/50
ですが,地味に,やや時代が下った後者の書式では濁点が付されています。なぜでしょうか。
文語体と口語体
先ほど引用した文献の別ページを見るとお分かりいただけるのですが,裁判所では,判決文はおろか,訴状や答弁書,その他の書面に至るまで,基本的には文語体が用いられていました。

https://dl.ndl.go.jp/pid/952576/1/7
当時の書生のものと思われる線の書き込みに風流を感じる

https://dl.ndl.go.jp/pid/952576/1/21
しかし,証人尋問の口頭のやりとりまで全て文語体で行われていたとは考ヘガタキモノナリ。実際,もう一つの事件記録の証人尋問調書の証言部分は口語体で記述されています。

https://dl.ndl.go.jp/pid/1175292/1/49
先ほどの濁点を付するようになったのも口語化の流れによるもので,ちょうどこれらの史料が編集された大正~昭和初期頃に普及していったようです。
この一連の動きは言文一致運動と大きく関係しています。
法曹界と「言文一致運動」
宣誓が法定されたのと時を同じくする明治~大正時代頃,文学界において「言文一致運動」が興りました。文語体から口語体へ改めようという動きです。
文学界で興ったこの言文一致運動は,各界にも影響を与えました。法曹界も例外ではありませんでした。その流れを受けて,書面を少しずつ,口語体へ改めるという動きが始まったのです。
当時の法曹は超エリートばかりで文語体を貫くことも容易だったのでしょうが,証人や判決の名宛て人は必ずしも超エリートではありません。
そのような者向けに,裁判文書を平易にしようという考えを現場の裁判官が持つに至るのは,言文一致運動の当然の帰結といえるでしょう。
まず,判決文を口語体で書こうという裁判官が現れました。この点については詳細な先行研究があり,本稿よりも非常に読み応えがあるので引用しておきます。
近代民事判決文書の口語化-ある裁判官の先駆的な試み-(永澤済)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/27438/files/ggr037010.pdf
その中で,宣誓書をも口語化しようという裁判官も現れました。藤江忠二郎裁判官です。
わたくしが口語文の宣誓書を使いはじめたのは,東京控訴院にいたころで,昭和十五年二月のことでした。わたくしは,役所や役人の使う文章が,いっぱん国民の日常用いるそれと文体を異にすることはほんらいのあるべき姿ではない,公用文書はすべて口語体を使うべきである,という考えを持ち,まず自分ひとりでも実行できるところで公用文に口語体のクサビをうちこもうと考えました。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2805456/1/15
藤江裁判官によると,口語化に当たっては以下のことを考慮したそうです。
民訴法第288条2項には「・・・誓フ旨」とあるから,そうキュウクツに解さなくてもよかろうし,したがって口語体だからとて,それだけで違法だとはいわれまい。しかし「旨」になっていないとの非難は警戒を要すると考えたが,さればとて,いまの刑訴規則第118条2項のように(中略)するならば,おそらく,その程度のことになんの意義があるかと,やられてしまうにちがいない,そこで,まあ,こんなところではどうでしょうという心持ちでつくったのが前記の口語体宣誓文なのです。だから民訴法に書いてある原文にもできるだけ忠実に,そして,なにか口語化したことに意義がありそうに思われるという要求をみたそうとしたわけです。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2805456/1/15
法文に忠実でいて,かつ,口語化したことに意義があるようなものにしたかったというわけです。個人的には法文を軽視しているかのように見えていたのですが,藤江裁判官の努力と知性が垣間見え,考えを改めました。
そして実際に最初に口語化した宣誓書は次のとおりのようです。
良心に従つて,ほんとうを申上げます。知つてゐることを,だまつてゐたり,ないことをつけ加へたりなどは致しません。
右の通り誓ひます。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2805456/1/15
法文を意訳していて,まさに藤江裁判官の狙いどおりに口語化されたように思います。
その後も少しずつアップデートしながら口語化された宣誓書を使っていたところ,司法省が口語化宣誓書を配布することとなったようです。司法省において,藤江裁判官の文例や,東京地裁の金澤潔裁判官が独自に実行していた口語化宣誓書の文例等を集めて検討し,以下の宣誓書の文例が配布されたようです。
良心に従つて,ほんとうのことを申上げます。知つていることを,かくしたり,ないことを申上げたりなど,決して致しません。
右の通り誓います。
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2805456/1/15
この文例は全国的に少々ながら用いられたようで,無学な証人(原文ママ)が出てきたときに限って使うようなこともあったと藤江裁判官が述懐しています。
そして戦後,公用文が,そして民事訴訟法・刑事訴訟法の法文自体が全面的に口語化されるにあたって,この宣誓書の文例が広く用いられるようになったようです。
このように,判決文の口語化に端を発した法曹界における言文一致運動は,宣誓書を分かりやすく口語化しようという動きにまで波及したのでした。
宣誓書の書式の百花繚乱時代の到来
ところが,この司法省謹製の書式も,必ずしも評判が良かったというわけではありませんでした。
「ないことを申し上げたりなど」という部分が分かりにくい,語感もぎこちなく読むときによく引っかかる。読み違えて傍聴人が笑い出したりすることもあったと言われています(「宣誓書くらべ」判例時報405号4頁,石田穣一(当時の最高裁調査官))。
そこで,各地の裁判所でこの書式を元に工夫や改良が施されるようになったようです。宣誓書の文言について,我も我もと自説を唱える百花繚乱の時代へと突入したのです。
この当時の各裁判所の宣誓書の書式を集めた文献がありました。
「民事訴訟記録および判決書の合理化に関する研究 : 民事合理化研究 (司法研究報告書 ; 第17輯 第6号)」(司法研修所,昭和43(1968)年,前田覚郎編)です。
実際にどんな文例なのか見てみましょう。
良心に従ってほんとうのことを申し上げます。知っていることをかくしたり,ないことを申しあげたりなど決していたしません。右のとおり誓います。
司法省謹製の書式の漢字を開くなどしたものか。
良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,又何事も附け加えないことを誓います。
法文に忠実な書式。
良心に従って真実を述べ,何事も隠さず偽りを述べないことを誓います。
デファクトスタンダード文例キター。
良心にしたがい,知っていることを正直に述べることを誓います。
かなり大胆なアレンジ。
良心に従って,ほんとうのことを申します。知っていることはかくしません。無いことは申しません。右のとおり誓います。
司法省謹製の書式のアレンジその2。
良心にしたがい知っていることをかくさず正直に述べることを誓います。
④の大阪地刑のもののアレンジか。
さすがに全部の裁判所を調査したわけではないかと思いますが,昭和43(1968)年当時でこれだけの種類の文例があったというのは驚きです。
まとめ
察しますに,これらの文例が各地でさらにガラパゴス的に進化を遂げ,あるいはデファクトスタンダードに飲まれるなどして,現在は地域によって文例に差があるという状況が誕生したものと思われます。
宣誓書の書式の全国分布に関する知見はありませんが,上記の調査を元にして調べると面白いことが発見できそうです。
補論:デファクトスタンダード文例について
ところで,③東京地で用いられている文例は,司法研修所でも用いられている,デファクトスタンダードともいえる文例でした。そうすると,それが誕生した背景も知りたくなるところです。
前掲「宣誓書くらべ」判例時報405号4頁によれば,この文例は,昭和30年代後半頃に,東京地裁において,裁判官が中心となって長い間検討を重ねてようやくできあがったものであるとのことです。
確かに,「偽りを述べない」という表現はこの文例にしか登場せず,画期的な表現です。普段,この文例に見慣れているからかも知れませんが,長すぎず短すぎず,語呂も良く,それでいて格調高さを感じる文例であると思います。
しかし,このデファクトスタンダード文例,昭和43(1968)年当時の裁判官からは評判が悪かったようです。
前掲「民事訴訟記録および判決書の合理化に関する研究 : 民事合理化研究 (司法研究報告書 ; 第17輯 第6号)」には,大阪高裁の民事・刑事の裁判官44名によるアンケート結果が掲載されています。
デファクトスタンダードは③です。果たして得票数は,
①7票,②4票,③1票,④6票,⑤4票,⑥9票,⑦その他13票
となっています。デファクトスタンダードがボロクソでワロタwwwwww
