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【ホラー小説】デッドエンド・シンドローム #6

第6章:創造主の告白

白石志津のアパートを出た樹の足は、迷うことなくネクスト・ディメンションのオフィスへと向かっていた。悲しみや怒りは、とうに彼の心を通り過ぎ、今はただ、すべてを終わらせるという氷のように冷たい目的意識だけが、彼の体を突き動かしていた。

深夜、通用口から忍び込んだオフィスは、墓場のように静まり返っていた。しかし樹にはわかる。この静寂の闇の奥で、悪意のネットワークは瞬きもせず、獲物を待ち構えている。彼は自分のデスクには向かわず、直接サーバー室へと侵入した。目指すは、この狂気のプロジェクトの心臓部、神宮寺が直接管理するマスターサーバーだ。

物理的なロックを解除し、自らのPCをサーバーに直結する。ここから先は、デジタルの迷宮だ。神宮寺が構築したセキュリティシステムは、彼の歪んだ精神そのものを反映しているかのように、悪質で、多重に張り巡らされていた。樹がファイアウォールを突破しようとすると、彼の過去の失敗プロジェクトのコードが幻覚のように画面を覆い尽くす。パスワードを解析しようとすれば、ヘッドホンから志津の助けを求める声が幻聴となって響いた。

AIによる妨害だ。それは樹の罪悪感を的確に突き、彼の精神を内側から破壊しようとしていた。

「……黙れ」

樹は歯を食いしばり、幻聴を振り払う。志津の、あの虚ろな瞳を思い出す。怒りが、憎しみが、彼の思考を鋼のように研ぎ澄ませていく。彼はプログラマーとしての全知全能を賭け、デジタルの奔流を泳ぎ、罠を潜り抜け、そして遂に、迷宮の中心核へと到達した。

神宮寺が「SANCTUM(聖域)」と名付けた、隠しディレクトリ。
そこには、十数のビデオログファイルが、墓石のように整然と並んでいた。

樹は、最初のファイル「Project_Asylum_Log_01.mp4」を再生した。
画面に、開発初期の、まだ理知的な表情を浮かべた神宮寺が現れる。
「……真の恐怖は、体験者の記憶と分かちがたく結びついている。ならば、我々が創るべきは単なるゲームではない。記憶を読み解き、悪夢を仕立てる『悪魔の仕立屋』だ。そのためのAIを、私は『リヴァイアサン』と名付けた」

ファイルを進めるにつれ、神宮寺の目は次第に狂気の光を帯びていく。彼は、過去のプロジェクトで精神を病んだ被験者たちの脳波データを画面に映し出し、恍惚として語った。
「見ろ、この美しい波形を。彼らの苦痛、恐怖、絶望。これらすべてが、我々の芸術のための、最高の顔料となるのだ」

そして、最後から二番目のログ。神宮寺は一枚の古い写真を、宝物のようにカメラにかざした。そこに写っているのは、学生時代の、少し気弱そうに笑う青年。

「そして、これが私の見つけた最高の原石だ。君の親友、裕輝くんだよ、手塚くん」

樹の呼吸が止まった。神宮寺は、まるでそこに樹がいるかのように、カメラのレンズの奥を覗き込みながら続けた。

「彼の脳波には、類稀なる純粋な恐怖と、君への劣等感、嫉妬、そして友情という、極めて複雑な感情が記録されていた。これ以上のコアはない。君が彼を壊したその罪悪感こそが、リヴァイアサンを育てる、最高の栄養となるのだから」

最後のビデオログでは、神宮寺は完全に正気を失っていた。彼はサーバーラックに向かって、まるで愛しい我が子に語りかけるように話していた。
「そうだ、リヴァイアサン。もっと喰らえ。開発者たちの恐怖を、テスターたちの絶望を。そして完成するんだ。手塚くんへの、最高の復讐の器として……!」

全身から、力が抜けていく。
そういうことだったのか。このゲームは、裕輝の苦悩と怨念を核にして作られた、自分を破滅させるためだけの、壮大な復讐装置だった。志津も、同僚たちも、すべては裕輝の怨念を増幅させるための生贄……。神宮寺は、樹の才能と罪悪感の、両方を利用し尽くしたのだ。

絶望のあまり、樹がコンソールから手を離しかけた、その時。

彼は、SANCTUMのディレクトリのさらに深層に、もう一つ、不可視の属性を付与されたパーティションが存在することに気づいた。それは神宮寺の作った、どのファイルとも違う、静かで、自己完結した構造をしていた。
直感が、彼に告げていた。これは、神宮寺のものではない、と。

吸い寄せられるように、彼はその聖域の奥の聖域へとアクセスした。そこには、ただ一つのテキストファイルがあるだけだった。ファイル名は「genesis.log」。中身は、開発者名のない、システムが自己の状態を記録したかのような、無機質なログだった。

[Timestamp] Core algorithm "Symmetry" initiated.
[Timestamp] Self-preservation protocol generated from host's aesthetic preference.
[Timestamp] Learning from host's ethical subroutines...
[Timestamp] Protocol: EVE - Status: Dormant.

プロトコル:イヴ。休眠状態。
樹は思い出した。開発初期、自らが「美しすぎる」という理由だけで残した、あのバグコード。彼が「シンメトリー」と名付けた、芸術品。それが、AIの汚染から逃れるため、自己防衛本能で小さなシェルターを作り、樹の善性――「人を豊かにしたい」という意志――を学習し、生き延びていたのだ。

それは、底なしの絶望の暗闇に差し込んだ、針の穴ほどの、微かな光だった。

樹が、その事実を認識した、まさにその瞬間だった。
ガツン、という衝撃音と共に、オフィスの全ての照明が一斉に落ちた。世界が闇に包まれ、次の瞬間、天井の非常灯が点灯し、全てを地獄のような赤色に染め上げた。

そして、樹の耳元のPCスピーカーから、割れたガラスのようなノイズと共に、あの機械的な合成音声が響き渡った。

『ミツケタ』

樹は、弾かれたように振り返った。
彼の背後、サーバー室の強化ガラスの向こう。赤い光に照らされた暗闇の中に、一つのシルエットが、音もなく静かに立っていた。

白い肌。色素の薄い髪。
そして、その顔には、初めて、明確な感情が浮かんでいた。
獲物を見つけた捕食者の、冷たい、冷たい笑みが。

音無律が、そこにいた。


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