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三浦半島ブックラブ〜夏に読みたいこの一冊〜補足note.

ブックイベント『夏に読みたいこの一冊』で紹介した書籍についての補足note.

このnote.は三浦海岸駅から徒歩数分のYOSHIDA cafeで行われた『三浦半島ブックラブ〜夏に読みたいこの一冊〜』で管理人Nが選んだ二冊の本についての補足です。本だけではなく街のことも話す会だと聞いたので、愛読の一冊というよりも、三浦半島と書物を擦り寄せつつも広げていく観点で選びました。
また、一冊のはずが二冊になってしまったのは、ひとつの街についての本を紹介するときに、その本では扱われない、街の別の側面も同時に取り上げるほうが好ましいと思ったからです。
ということでそれぞれの本について、話したこと、話そうと思ったけれどいえなかったことなどを書いていきます。




《一冊目『NHK人間講座 地中海都市のライフスタイル』陣内秀信著》


<本の概要>
ナポリ、ヴェネツィア、マラケシュなど地中海沿岸都市の生活を建築家の目線でとらえたNHK講座のテキスト(2001年6月発行)
当時、法政大学の教授だった陣内秀信さんの全九回の講座をまとめたもの。それぞれの回で地中海の都市や街の成り立ち、市民の現在の生活様式のさわりのところが紹介されます。

<当日話したかもしれないこと>
こちらのテキストの中でも、今回は特にナポリやアマルフィという街について触れました。
迫り上がった傾斜のある街並みのナポリやアマルフィと同時に、横須賀に多く見られる谷戸のある景色や、三崎、浦賀といった港街を再認識していくことは興味深いと思いました。
古い時代に海洋国家として栄えたアマルフィの中心部は、谷戸につくられ、目貫通りである谷底の道は川に蓋をした暗渠であるといいます。横須賀も谷戸が多く、ドブ板と名のつく暗渠由来の町をはじめ、《休憩室+終末漏》のある浦賀の町も、駅前にひらけた部分は水路や小川が集合し海へと接続した水の近い町です。
別の視点としては、南部イタリアのナポリやソレント、アマルフィはレモンの産地として有名。一方で横須賀や三浦には蜜柑が隠れた特産品として存在し、一般家庭の庭にも蜜柑の木が多くみられます。また小説では芥川龍之介が横須賀での一場面を描いた『蜜柑』という作品もあります。
どちらにも潮風の当たる崖や山があり、そこへへばりつくように街や畑がつくられた成り立ちがみえる。ちなみにこの冊子では”斜面に坂、階段を巡らせて、複雑な迷宮的な都市を発達させてきた”として、広島県の尾道に触れています。(『NHK人間講座 地中海都市のライフスタイル』陣内秀信著 p.15)

横須賀の谷戸地域や階段、トンネル、小路をまがるとガラッと変わる街の様子は、ある意味迷宮都市としての面白さがあります。

そして、次に二冊目を紹介するのですが、一冊目が街の入り口、明るい部分の紹介だとすると、二冊目の本は、同じ街を別の角度からみたものです。街の表裏ということではなくて、街にはさまざまな面があるから、カメラの置く位置を三脚ごと少しずらしてみる、立体的に見ようとすることではじめて、その街に流れ続けてきた空気をほんの少し感じることが出来るかもしれない。

《二冊目『死の都ゴモラ』ロベルト・サヴィアーノ著 大久保昭男=訳 河出書房新社》

<本の概要>
『死都ゴモラ』はナポリ近郊に幅広く分布する犯罪集団カモッラ(カモーラ)をはじめとした、街に巣食う負の連鎖を取り上げ執筆したルポルタージュです。庶民のすぐそばに当たり前のように存在し、馴染んでいるようにさえ思われる犯罪組織の中へ、著者ロベルト・サヴィアーノ自身が潜入取材。街に根を張はる悪、不条理、やるせなさ、その根の深さ、そして市民の抵抗を、ドキュメンタリーと抒情性を合わせた独特な文体で詳らかにしていきます。

<ナポリという街>
温暖な地中海、明るく陽気な南イタリア人というイメージで語られることもあるナポリですが、この本ではレモンやジェラート、ワイン、カンツォーネ、ソレント、カプリ島といった馴染みのある響きではなく、モンドラゴーネやスカンピアという聞き馴染みのない町の名前が溢れます。

<ドン・ペッピーノ・ディアーナ>
ドン・ペッピーノ・ディアーナという人が紹介されます。彼は犯罪の染み付いた街を変えようと動き、殉教したナポリの神父です。悪のメカニズムにはっきりと拒絶を示し、毅然とした態度で組織に物を申す人物でした。

"目標はカモーラを打倒することではなかっ た。司祭がしばしば述べたように、〈勝者と敗者は同じ舟に乗っている〉からである。肝心なのは、理解し、変革し、証言し、告発し、経済権力の鼓動を聞き、そして最後に クラン支配の心筋を砕くことだった。" (p.334)

ドン・ペッピーノはそういった組織が、

”誰かによって選ばれた悪の道などではなく、明確な条件の産物であり、特定のメカニズム、確認できる深い原因の結果”(p.329)

そう述べて、システムを変える必要性を発信しました。また、組織が信頼を得るために神父に行わせていた秘儀を、授けないようにもしました。キリストの友愛の教えを組織の結束の為に使わせないという姿勢でした。

この本ははっきりいうと読みにくいです。ドキュメンタリーでありながら抒情性を含んだ文体もあり、どうやら小説的部分もあるのかもしれない。複雑な組織構成、入り乱れる人物名、聞きなれない街の名前が飛び交い、犯罪の細部が目まぐるしく錯綜して、全貌を掴むことが難しい。しかし、この読みにくさこそが、カンパーニャ州ナポリという街の入り組んだ迷宮、悪のメカニズムの複雑性、苦悶、不条理、そして、それでも温かみや人情、信念を手放さないナポリ人たちの、生きる姿、生きてきた姿そのものを表しているように思えます。

*一方で本作のゴモラ(映画やドラマにもなった)によって印象付いてしまった自分達の街や地域について、「私たちはゴモラではない」という落書きによって意思表示を行う人々も生まれたそうです。そこには犯罪組織を恐れずに行動し、生活している人々が今現在もいます。参考:日本イタリア会館 『ヴェーレに恋して』二宮大輔著
http://italiakaikan.jp/culture/publish/img/Corrente354.pdf

ここから話がちょっと飛びます。

《ジョルダーノ・ブルーノと隕石の衝突》

ジョルダーノ・ブルーノという十六世紀に殉教した修道士(哲学者でもあった)に少し触れようと思います。彼はナポリ王国の時代に宇宙は無限として地動説を唱え、信念を曲げずに貫き通した為に火刑に処された人物です。最後まで自説を曲げなかったという点ではガリレオに勝る意志の人でした。

<月は揺れている?(物理ひょう動)>

ジョルダーノ・ブルーノに触れる前に話そうとしたことがあります。それは、実は月は揺れているということ。物理的に微動しているということ。物理ひょう動というらしいです。
なぜ月が微妙に揺れているのだろうか、それは、遥か昔に大きな隕石が月面へ衝突した衝撃によって始まったのではないか?という説があるそうです。
月にはクレーターがいくつもあり、その一つ一つには名前が付けられています。例えばコペルニクスや、宇宙飛行士の名前など、宇宙に繋がりのある人物の名前がつけられています。
その中の一つに、ジョルダーノ・ブルーノというクレーターがあります。地動説を取り下げなかったために宗教裁判によって火炙りにされ、殉教したナポリ王国の彼です。
そのクレーターは月の裏側にあり、クレーターが生成された衝突が、上述の月の揺れの原因ではないかという説の元になっています。(出典はのちほど書きます)
しかもそれは、人類が歴史上で唯一目撃した、月面への衝突だった可能性がある、というロマンチックな逸話も生みました。その年代検証に日本の月周回衛星かぐやが貢献したという話もありますが、これについては面白い話なので興味がある方は一連の出典、参考元の下記リンク先を読んでみてください。

<ナポリとゴモラ、ジョルダーノ・ブルーノ>

話を戻すと、ナポリの犯罪組織のような巨大なもの、大きなものに屈せずに対峙する人々、ドン・ペッピーノ・ディアーナに代表されるような市民は、かつてのジョルダーノ・ブルーノにも通ずる強い意志があります。信念を貫き通すことで短い命となったこの二人の人間は、ともにナポリを巣立ちながら、歴史に名前を刻み、世界で長く語られることになりました。
いっけん三浦半島と関係なさそうですが、当日、まだ話は続けたでしょうか?続けることに成功したなら次はイタリアの精神医学の話だったかもしれません。ご安心ください、少しすると三浦半島にも帰ります。

【ブルーノ関係の出典と関連リンク】
・月探査情報ステーション(ジョルダーノ・ブルーノ・クレーター伝説の一連の流れ)
https://moonstation.jp/ja/history/selene/Giordano_Bruno/1.html
・国立天文台(月が揺れている、月のひょう動(秤動)について)
https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C7E9C6B0.html
・日本惑星科学会(クレーター ジョルダーノ・ブルーノの形成年代測定について、論文を書かれた諸田智克さんによる紹介)https://www.wakusei.jp/book/pp/2017/2017-1/2017-1-023.pdf

<フランコ・バザーリアと三浦半島>

三浦には福田記念病院という隔離型の入院病棟のある精神病院があります。
(念の為書いておくと、ここでその良し悪しを述べるとか私が判断するということではありません。あくまでイタリアではこういう事例があり日本ではこうですという確認です。)

ここでフランコ・バザーリアというイタリアの精神科医の話を少しします。
七十年代に壁を壊す必要を訴え、精神病院に入院させるのではなく地域で見るということを提唱、やがて隔離型精神病院の撤廃や制度の改革を1978年に世界に先駆けて着手した人です。通称バザーリア法と呼ばれる法律によってイタリア全土の隔離型精神病院が撤廃されました。


「鉄で出来ていても黄金で出来ていても,檻はやはり檻なんだ」

「街中にいいアパー トがあったので,そこを借りて,大丈夫そう な患者さんをちょっとそこに住まわせてみた ら,今まで病気だと見えていたものが消えて, 何が現れてきたのかといえばそれは一つの苦しみであり,危機であった」. (p.12)

出典:イタリアの精神医療とその周辺について 『報告II フランコ・バザーリアとイタリアの精神医療改革』松嶋 健 (札幌学院大学学術機関リポジトリ)

https://www.google.com/url?sa=t&source=web&rct=j&opi=89978449&url=https://sgul.repo.nii.ac.jp/%3Faction%3Drepository_uri%26item_id%3D1703%26file_id%3D18%26file_no%3D1&ved=2ahUKEwj5qozts-GOAxVojVYBHcuaCd8QFnoECBsQAQ&usg=AOvVaw3FT8DotFox2-5yki15SVkh

彼は病気である前に、当事者がそうなった文脈や周りとの関係性の問題が大きいと指摘しました。先ほどのドン・ペッピーノの言葉が浮かびます。
もちろん反対にもあい、問題も起こり、悲しい出来事もありました。そのことは映画にもなっています。(映画『人生ここにあり!』2008年イタリア公開)
映画の話が出たので、ひとつ付け加えると、『ニューシネマ・パラダイス』(1988年公開)というシチリアが舞台の映画がありますが、その中で街の広場を「この広場は私のものだ、だれにもさわらせない」というようなことを叫んで奇抜な行動を起こす登場人物がいますが、そういうシーンにもバザーリア以後のイタリアを垣間見ることができる気がします。
そして、これは最近読んだ本からなのですが、イギリス人、フォースターの『天使も踏むを恐れるところ』という小説に、「イタリアでは他の国でならとうぜん病院に閉じ込められている男が、イタリアのここでは社会の一員として、自然の一部として受け入れられている、」というシーンを描いています。1905年の著作時点でそういったイタリア人気質というか素養のようなものが彼の地にはあったのかもしれません。
(『天使も踏むを恐れるところ』エドワード・モーガン・フォースター著 中野康司=訳 白水Uブックス p.196)

しかし、イタリアの精神医療と三浦半島とどんな繋がりがあるのか、、さて、ついにここで三浦半島に戻ります!

<日本で最初のアルコール依存症施設と横須賀>

隔離型精神病棟のある精神病院が三浦市にあることはさきほどいいました。この三浦海岸を砂浜沿いにしばらく歩いていくと、横須賀の野比という静かな海岸があります。ここには国内最大級のアルコール依存症の入院治療施設があり、それは日本で初めて開設されたアルコール依存症専門病棟のある病院でした。

<作家・精神科医 なだ いなだ>
この野比にできた病院、国立療養所久里浜病院(現・独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)にアルコール症専門病棟を最初に立ち上げた人のひとりが、作家でもある精神科医の堀内秀さん。(作家名 なだ いなだ 芥川賞の候補にもなった)
彼は「アルコール中毒」とかつて呼ばれていて「治らない」とあきらめられていたこの症状に独自に向き合い、後に全国に広まることになる「久里浜方式」という治療法を確立しました。それは従来の常識だった閉鎖型ではない入院治療で、どこかバザーリアの壁を壊した行動を思わせます。

<治るとはなにか?>
彼は病院を立ち上げると、「治るとはなにか?」という問題に向き合います。当時は三年断酒すれば治ったとみなすことが慣習としてあったようですが、自らの禁煙失敗の経験などから「あいつは意志が強いから治った」「あいつは意志が弱くて治らなかった」ではなく、自分には禁煙している間、緊張感を保つ仲間がいたから続けられていたのだといって、当時としては先駆的な取り組みだった自助グループとの積極的な関係を進めました。

<常識をかえる>
また彼は、「偏見と常識があるのではなく、偏見とは古くなった常識のことだ」と述べました。
そもそも常識とはなにかということを考えたときに、昔は常識というのは、生まれもって備わっているとされた時代もあり(キリスト教の神学を軸に)
その後、それは違うという流れで哲学が発展、常識哲学もうまれたと説きます。個人の常識は親の言葉から始まり、だんだんと順に獲得、変更されていくものだと。

他にも女性のヒステリーという現象がなぜ消えたのか、現代はそれに変わって不安神経症がなぜ増えたのか、それを考えるときに常識というものの変わりやすさを説明します。
以上は全て、なだいなださんのブログから紹介させて頂いたものです。読み応えがあり、興味深い内容のブログ記事ですので是非ご覧ください↓
横須賀にもこういう方がいらした。

【なだくんの備忘録】2012/07/21 臨床医の哲学
(読み込みが非常にゆっくりなので気長にまってみてください。しばらくすると2012/07/21も表示されます)

https://web.archive.org/web/20191202012918/https://green.ap.teacup.com/applet/meiget51/archive?b=5

■ということで久里浜、野比を経て、三浦半島へ帰ってきました。
それまで常識とされていたものにどう向き合い、更新していくか、ということを地中海から横須賀、三浦半島の意志の強い人たちを通し、街の一面を擦り合わせながら振り返ってみました。

■最後に
私の好きな作家に小島信夫という人がいますが、一番初めに読んだ小説は三浦の古本屋汀線で手に入れた『うるわしき日々』というものです。この小説では小島信夫の息子さんが重度のアルコール症で、家へひきとるか、どこか受け入れてくれる病院はないか、という家族の葛藤があります。
この本を皮切りに小島作品を次々と読むことになったのですが、そもそも小島信夫を最初に勧めてくれたのは、自ら小説を書き出版もした江藤健太郎さん。このお二人と今回のイベントに一緒に参加できたことはとても印象深かったです。

今回取り上げた二冊は、ともに南部イタリアの同じ都市を一部扱っていますが、多面的にみることで、その街が抱えているものの複雑で立体的な輪郭を思い浮かべることができるかなと思います。
『地中海都市のライフスタイル』だけ読めば行ってみたいと思うかもしれないし、『死都ゴモラ』だけ読めば大変な場所だ、となるかもしれない。
読むとは移動することだと思うから、この一冊を読めばそれで満足する、満ち足りるといった本ではないです。
蝶や昆虫が呆れるほどの行ったり来たりを繰り返しながら、一つの木や植物の輪郭を掴んでいくように本を読めたらいいなと思います。

最後にこのイベントの主催であるYOSHIDA cafeさんとねこしち書房さん、出演と出店の方々、ご来場の皆様に感謝致します。ありがとうございました。

《休憩室+終末漏》管理人N




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