見出し画像

創作大賞2024「消えた昨日の犯人」前編

これは、同一タイトルで人物名や要素が共通する別の物語を展開して、見た人の感想が異なる状態を作ろうという試み、「玉虫企画」の一編です。
(今回は規約のためにタイトル名を分けています)

関連作:
はらからの恋(恋愛物語)
雨の日の邂逅(スラップスティック)

あらすじ

 12月24日、デートを翌日に控えた小日向照真は、次の日に目を覚ますなり警察に逮捕されてしまった。罪状は恋人である月宮明里の殺害容疑。そして今日は26日だと知らされる。

 丸一日分の記憶がない照真だったが、取り調べを受ける中で意識が飛び、突如明里が殺される現場に居合わせる。再び取調室に舞い戻った照真は、今見た犯人を警察に証言しようとするも、それは昨日照真から聞いたと言われ、ピタリ一致する内容を返されてしまった。

 照真の意識は再び飛ぶ。今度は昨日の自宅で、凶器とされた包丁は既に家から消えていた。

 存在しない記憶と知らない罪状。照真は何度も過去に飛ばされながら、不思議な現象と犯人の謎を追っていく。

前編
中編
後編 了


本文

 夜、ベッドに横になった小日向こひなた照真しょうまは、スマホに表示された12月24日という日付を見て、昂りを抑えるべく深呼吸した。
 明日はいよいよクリスマス。月宮つきみや明里あかりとの約束のデートの日だ。
 明里との交際は大学時代から続いていて、もう5年になる。出会いはお互いに数合わせで参加した合コンだった。他のメンバーが盛り上がる中、あぶれた者同士で妙に気が合ったのは、今にして思えば運命の一端だった気さえする。
 最近は明里の仕事の都合で会えないことも多いが(だから24日は無理だった)、こちらとしては、そろそろ将来のことも考える頃合いだと思っている。このデートがその口切りになればいいのだけれど。

***

 不意に消毒液の匂いが鼻を突いた。目の前には白い壁と、上部に赤い電光板の灯るスライド式のドア。手に触れた柔らかな感触は、なぜか腰掛けている茶色のソファで、それを認識した瞬間、照真は唐突にこの場所が病院だと思い至った。
 ……なんで病院にいるんだ?
 手掛かりを求めて隣を見ると、明里の両親が同じく座っていた。だが、その表情は憔悴して見え、声を掛けるのには躊躇した。
 嫌な予感がした。
 病院で明里の親が暗い顔をしている。そして、当の明里の姿がない。赤く威圧する電光板が示すのは、無機質な『手術中』の文字。
 と、その明かりが消えた。弾かれるように、明里の母が立ち上がる。ややあって出てきた医師は、縋るような明里の母を見て、力なく目を伏せた。
「手は尽くしたのですが……」
 途端に泣き崩れる明里の母を、明里の父が抱き留める。照真は焦点が定まらないまま、呆然とその様子を眺めていた。顔の温度が少し下がった気がした。
 明里が死んだ? いきなり、何を馬鹿な。こんなもの、嘘に決まっている。でも、あれだけ血が出ていたのだから、と納得してしまう心境もある。
 そう、あれはまだ昼過ぎだった。ビルの陰になった狭い路地で、明里は鳩尾から血を流して倒れていた。その姿はまるで、打ち捨てられたマネキンのようで――

***

 照真は見慣れた自室で、布団にくるまっていた。カーテンの隙間から漏れてくるのは、薄明かりと雀のさえずり。つまりは、いつもの朝である。
 ぼんやりとした頭が覚醒していくに連れ、照真はなんだかやるせない気持ちになっていた。むくりと体を起こし、さっとカーテンを開くと、閑散とした見慣れた街並みが目に映った。
「夢かよ!」
 声を出すと、少しだけ気分が軽くなった気がした。一緒に虚しさも増したが、それは無視。
 大体、照真は明里の親を知らないのだから、その時点で気付けという話だった。
 それにしても、彼女が死ぬ夢なんて縁起が悪すぎる。クリスマスにくらい、明るい夢が見られたっていいじゃないか。……いや、幸せな夢から醒めるほうが辛いか。そもそも、酷い夢なんて見せないでくれよ!
 ぶつくさと連ねる心の愚痴は、呼び鈴の音に遮られた。こんな朝早くの来客なんて、絶対に碌なもんじゃないな。明里との待ち合わせは昼前だし。
 軽く上着を羽織り、欠伸を噛み殺しながら玄関に向かう。鍵を外してドアを開けると、そこには厚手の制服を着た警察官が二人、並んで立っていた。
「小日向照真さんですね?」
「はい、そうですが……」
 頷くと、警官は何やら印字された紙を突きつけてきた。読む前に声が来る。
「月宮明里さん殺害の容疑で、あなたを逮捕します」
「……は?」
 月宮明里さん殺害の容疑? ……明里が死んだ? 俺が殺した!?
 戸惑っている隙に、無遠慮に掛けられる手錠。咄嗟に腕を振るうが既に遅く、拘束された手は難なく捕らえられる。
「ま、待ってください! 一体何が……っ!」
「はい、詳しい話は署で聞くからね」
 問答無用だった。家から連れ出されるなり、あっという間に複数の警官に囲まれる。
「12月26日、午前7時6分。小日向照真、逮捕」
 26日? 今日は25日だろう?
 慌てて日付を確認しようとするが、スマホは部屋に置いたままだ。
「え、あの……今日は25日ですよね?」
 聞いた瞬間、警官は怪訝な顔をした。
「何言ってるの? 昨日クリスマスだったでしょ?」
 にべもなく否定され、照真は二の句が継げなくなった。これだけの人数がいて、他に誰も日付を指摘しないのは、それが事実であるからか。
 だとすれば、照真の記憶は一日飛んでいることになる。あるいは丸一日寝ていた可能性もあるが、そんな馬鹿な話があるわけがない。しかし、それなら一体どう解釈すれば、この現状に辻褄が合わせられるのか。
 パトカーに乗せられながら、照真は「ドッキリだったらいいな」と現実逃避していた。

 留置場に収容されて、照真の僅かな望みは潰えた。殺人事件ということで、すぐさま取調室に連行される。
 照真が椅子に座らされると、対面には40歳くらいの星野と名乗る警官が座った。もう一人の若手はドアの前で仁王立ちしている。
 警察の説明は至って明瞭だった。犯行の目撃証言があることと、凶器に照真の指紋が付いていること。2つの証拠が、照真が犯人であることを示していた。
 ……それらが事実であるのなら、だが。
「そういうわけだから、素直に認めてくれると、こちらも助かるんだけどね」
 長い説明を終えた星野は、能面のような顔でそう締め括った。表情には一切の疑問が含まれていない。
「ちょっと……待ってください。俺は何も知らないんです。明里が死んだって、本当ですか? それはいつ?」
 聞くと星野は露骨に溜息をついた。
「昨日の夕方、市内の総合病院で。あなたもその場にいたよね?」
 照真は息を呑んだ。
 夕方に、病院で、亡くなった。その場に自分もいた。それは夢の内容と重なる。
 ――まさかあれは、欠けている昨日の記憶なのか?
 一瞬だけ想像して、照真はすぐさま打ち消した。さすがに鵜呑みにするには馬鹿げている。
 しかし、突飛な妄想と切り捨てて良いものだろうか。一時的な記憶喪失で、その内容を夢に見ている、とするなら、一応の理屈は通る。一日分の記憶がない現状のほうが、幾分も不可解な事態だ。

***

 車が通りを行き交う音が、いきなり大きく聞こえ始めた。目の前にいた警察官も取調室の壁もなく、そこは風が吹き抜ける路地だった。建物の陰になっていても薄暗くないのは、まだ日が高い時間だからか。
 夢から覚めた……いや、起きて外にいるわけがないから、今が夢か? でも、こんなにリアルな夢があるか?
 考えていると、どさり、と足元で何かが倒れる音がした。仰向けに横たわったそれは、一見、明里の姿をしていた。白のニットに黒のパンツは見覚えがあるし、存在感を誇示するように広がったベージュのチェスターコートは、明里が好んで着ていたものだ。
 だが、無造作に投げ出された手足と、鳩尾に刺さった包丁、そして、そこから溢れる赤い色が、まるで悪趣味の粋を集めたオブジェのようだった。
 既視感は、今朝見た夢のせいか。
「……明里?」
 照真が呟いた瞬間、そばにあった何かが飛びのいた。慌てて振り返ると、一目散に走り去るネイビーのPコートを着た男が目に入る。
 ――あいつが犯人か!
「待て!」
 咄嗟に駆け出しそうになったのを、ぐっと堪える。明里のことが先だ。
 救急車を呼ぼうとスマホを取り出す。時刻は13時17分。一瞬の違和感の正体には、すぐに気付いた。日付だ。12月25日になっている。それは明里が死んだとされる、昨日の日付ではないか。
 そこで照真はハッとなる。
 もし今が本当に昨日であるなら、明里は助かるんじゃないのか?
 逸れかけた思考を振り払い、照真は急いで救急車を呼んだ。場所を聞かれて周囲を見回すと、そこは明らかにラブホテルの前だった。目が白黒する。
 なんでこんなところに? 俺はこんな真昼間から致したのか? いやいや、たまたま通りかかっただけだろう……たまたまでも通るか? いや、でも。
 わけもなく恥ずかしくなり、照真は無心で場所を伝えた。そして、明里の状態をつぶさに説明する。明里の意識は既になかった。応急処置の方法も尋ねたが、とにかく今は動かさないことが肝要なのだそうだ。突き刺さった包丁も、失血死の恐れがあるため、抜かないほうがいいらしい。
 明里の鳩尾に刺さった包丁。こんな、どこにでもある凡庸なもので、明里の命が危ぶまれているなんて。
 そうして包丁を見ていて思い出した。
 照真の指紋が付いた凶器。
 ……今、触っただろうか。いや、触っていないはずだ。ただ見ていただけだ。でも、うっかり触った可能性は? ……ないだろう。血の付いた凶器に触ろうなどとは、さすがに思わない。なら、この包丁には今、あの男の指紋が付いているのではないか? だが、それなら照真が疑われるのはおかしい。ということは、既に照真の指紋が付いているのかもしれない。だったら、今のうちに拭き取ってしまえば――
「……ふぅ」
 照真は一歩後ずさり、大きく息を吐いた。
 何もするな、事態がややこしくなる。そう自分に言い聞かせる。
 今、明里を助けようとしている照真が凶器に細工をしたとなれば、まず間違いなくその理由を質される羽目になる。そうやって自分から嫌疑が掛かるように仕向ける必要はない。
 冷静に考えろ。ここで照真が触らなければ、照真の指紋は付かない。照真は犯人ではないのだから、証拠に手を加える筋合いはないはずだ。

 やがて救急車が到着し、明里が乗せられた。照真も付き添って乗る。
 搬送された先は、市内の総合病院だった。担架に乗せられた明里が運び込まれたのは、今朝の夢で見た『手術中』の電光板がある部屋だ。すぐそばには茶色のソファが備え付けられている。
 気味が悪かった。初めて見たものを、既に知っているかのような感覚。
 夢で見たものが、なぜ目の前にある。それとも、今も夢の中なのか?
 落ち着かず、腕をさすっていると、ばたばたと慌ただしい足音が近づいてきた。見れば、その姿は夢で見た明里の両親と瓜二つだった。
 その女性のほうと目が合う。やや訝っている女性に軽く会釈をすると、女性はおずおずと口を開いた。
「あの……明里の知り合いの方、かしら?」
「えっと……はい。明里さんと、お付き合いさせてもらっています、小日向照真と申します」
 言いながら、照真の目線は下がっていた。真っ直ぐに二人を見ていることができず、そのまま頭を下げる。
「すみません! 俺が付いていながら、こんなことになってしまって……」
 照真は自分の不甲斐なさが悔しかった。
 明里の親と顔を合わせる時。それは、結婚に向けて挨拶に伺う時だと思っていた。
 それなのに、こんなタイミングで、しかも、恐らくはデート中に明里を守れなかったという自分の失態を晒しながらの顔合わせになってしまったことを、深く忸怩に思う。
「顔を上げて。あなたが悪いわけじゃないでしょう?」
 照真を気遣う優しさは、痛みとなって胸に刺さった。彼女自身も明里の容態から、気が気ではないだろうに。
「君も明里の無事を祈ってくれないか?」
 明里の父に促され、照真は真摯に頷いた。それが今の自分にできる、唯一の贖罪だと思ったからだ。
 明里の両親がソファに座るのに合わせて、照真も一人分離れた位置に座った。間には明里が入るべきだ。

「明里とはいつ頃からの付き合いなの?」
 しばらく静かにしていると、明里の母から声が掛かった。沈鬱な空気を和らげようとしているのかもしれない。照真も気を張って、少し明るい調子で返す。
「大学生の頃からですね。同じ講義を取ってて、顔を合わせることが多かったので、ちょっとずつ仲良くなって――」
 合コンで、と言うのは場違いな気がして、照真は嘘を織り交ぜた。その後ろめたさも相俟って、照真はいつもより饒舌だった。
 話が今日のことに及んだ辺りで、照真は先が続けられなくなった。それが気まずくて、つい顔を背けてしまう。
 クリスマスにデートをしていた。そのはずなのに、照真にはその記憶が一切ない。明確に知っているのは、今さっき、明里が倒れた場面からだ。これでは話せることが何もない。
「今は無理に話さなくていい。君もつらいだろう」
 急に黙った照真に、明里の父からは柔らかな声が届いた。照真が向き直ると、明里の父の真剣な眼差しとぶつかる。
「その代わり、警察にはきちんと証言してほしい。その場を見ているのは君だけなんだ」
「分かりました……すみません、ありがとうございます」
 その厚意に甘えながら、照真は深く頭を下げた――

***

「小日向さん」
 気付けば、呼び声は星野のものに変わっていた。顔を上げるとそこは狭い取調室で、照真は硬い椅子に座っていた。相手から向けられる表情も険しいものになっている。
「黙っていても心象が悪くなるだけだよ」
「いえ、すみません」
 照真は思わず謝ってしまった。先の光景に気持ちが引きずられてしまっている。
 瞳を閉じて、息を吐く。照真が逮捕されているということは、恐らく明里は助かっていない。
 照真はかぶりを振って、意識を切り替えた。
「刑事さん。俺、犯人を見た……と思います」
「それは昨日も言っていた男?」
「えっ?」
 間髪を容れずに牽制されて、照真は言葉に詰まった。
「ネイビーのPコートの男とは違うの?」
 なぜ、知っているんだ? 昨日、話したのか?
「そう、ですけど……」
「それなら、あなたの証言を受けて、彼も重要参考人として話を聞いています」
 端的にそう言われて、照真は口を閉ざすしかなかった。
 あなたの証言を受けて。つまり、昨日照真が証言したというのだ。知らない記憶ばかりが増えていく。
 しかし、これで一つ、はっきりしたことがある。
 先程見た光景は、昨日の光景だ。
 照真の見た犯人像が警察の話すものと一致している以上、先の光景は単なる夢や妄想ではあり得ない。ふと頭に浮かんだものが事実と一致する確率など、一体どれほどあるだろう。
 忘れている昨日を思い出しているのか、はたまた再現ないし追体験をしているのか。仔細は分からないが、恐らくは照真の欠けている記憶が補完されているのだ。
「一応言っておくとね」
 星野の話はまだ続いていた。
「その彼が怪しかったとしても、あなたが被疑者でなくなるわけではないんだ。それは凶器の指紋が証明しているから」
 凶器の指紋、ということは。
「やっぱり、俺の指紋なんですか?」
「……やっぱり?」
 星野の眉がぴくりと動く。
「やっぱり、ということは、あなたは自分の指紋が付いていると認識していたんだね?」
 照真は慌てて否定した。
「いえ、違いますよ! 刑事さんが言ったんじゃないですか、俺の指紋が付いてるって。そうじゃなくて……」
 そうじゃなくて、何だ。照真は続けられる言葉を探す。

***

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!